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お試しの居場所編(後)
自惚れ男の鼻はへし折っておく。 (後半)
『七羽ちゃんっ』
「七羽ちゃん」
「数斗さん?」
携帯電話を、片手に戻って来た数斗さん。
目を瞬かせてしまう。手ぶらだ。慌てて列から出てきたみたいだ。
新一さん、どんな内容のメッセを送ったの……?
『新一が絡まれてるって、メッセを送ってきたけど……そんな雰囲気じゃなさそう?』
心配している眼差しで、顔を覗き込んで、数斗さんは私の頭を優しく撫でた。
『嘘……こんなイケメンが、カレシ? 嘘でしょ……それでお金持ちなの? どこのボンボンなの? ハイスペックイケメン……素敵』
連れの人が信じられないと驚きつつ、ポーッと数斗さんに見惚れる。
イケメンでお金持ち。綾部の正式なカノジョの座を狙っているのに、顔を見ただけで靡いている。
『はあ? この人が古川のカレシ? 高卒でフリーターの古川が、どうやって大卒のイケメン金持ちと?』
経歴が違うカップルに、疑問しかない綾部も、驚いているし怪しむ。
「古川の恋人さんですか?」
「……はい」
綾部から私の名前が出たことに、ピクリと反応して、スッと数斗さんは目を眇めた。
「こんにちは。おれ、綾部です。中学の同級生だったんですよ。卒業以来会ってなかったんで、びっくり」
『中学?』
「あ、あの、わたし」
「コイツは、おれの大学の女友だちです」
「……」
甘ったるい声を出して、連れの人が数斗さんに自己紹介をしようとしたけれど、綾部が遮る。
私はマズいと察知した。数斗さんが、私の中学の同級生ってところに、大きく反応した。
「へぇ? 中学の。なんだか、イケメンだから、生徒会長とかやっていそうなタイプって感じですね」
「あ、わかります? 中高と生徒会長やってました」
『ん? 古川はなんのジェスチャーやってんだ?』
『何してんの、この子』
数斗さんが生徒会長か否かと探る質問に、けらりと綾部が自信げに答えてしまう。
私は数斗さんの視界の外で、両手でバツを作って止めようとしたけれど、伝わるはずはなく、見事に発覚してしまい顔を両手で押さえて俯いてしまった。
綾部も連れも、変だと思うだけ。
『七羽ちゃんを二回もフッた生徒会長……七羽ちゃんが二回も告白した相手』
心の声が底冷えしているけれど、心なしか、数斗さんから冷気が漂っている気がする。
「それは、すごいですね。ところで……俺の恋人は、足を休ませるために座っていたはずなんですけど?」
口元は弧を描くけれど、目が笑っていない数斗さんが、二人を冷たく見下ろす。
『え、何、怒ってる……?』
『やだ、怖い……』
「あー、いや、古川が、コイツに譲って……」
『裕太! わたしのせいにしないで!!』
数斗さんの圧にたじろくと綾部が、事実だけれど、わざわざ言わなくてもいいことを言ったから、キッと連れの人にまた睨まれた。
席を譲ったのか、と数斗さんが心配な眼差しを私に向けて、視線で問う。
『七羽ちゃんなら、二人組で来てるんだし、譲るだろうな。それに自分をフッた相手の隣にいたくないだろうし』
数斗さんは、なんとなく予想を的中させては、私の頬をひと撫でした。
「君達さえよければ……俺達に席、譲ってくれないかな?」
私に向ける眼差しから一転、またもや冷たい目で見下ろされる二人は、気圧されて縮こまる。敬語もなくなった。
何もベンチを奪い返さなくてもいい。ジュースも買うことを中断したのなら、喫茶店に向かえばいい。
「あのっ、もういいですよ、数斗さ、きゃッ!」
「! 七羽ちゃん!」
数斗さんを止めようと一歩踏み出そうとしたけれど、そこでガクンと足をくじいてしまった。
倒れかけた私を、数斗さんは腕で受け止める。
ホッ。無様に床に倒れるかと思った……。
すると。
フワッ。
浮遊感を味わったかと思えば、私は横抱きをされたことを知る。
数斗さんに、お姫様抱っこされた。
お、お姫、様、抱っこ……!
人生初の! お姫様だっこを、スマートにされた!
『本当に軽い……ちゃんと食べさせないと』
「大丈夫? 痛めた?」
数斗さんは私の顔を覗いては、それから、足の方を見る。
「だ、大丈夫ですっ。……多分」
近さや抱き上げられたことに、動揺しつつも、自分の足を気にした。
抱き上げられたので、どれくらいダメージを受けたから、わからないので、”多分”をつけるしかなかった。
「――ねぇ。退いてくれる?」
『邪魔、退け、殺すぞ』
笑顔で威圧した数斗さんは、二人に再び席を譲るように脅迫、いや、頼んだ。うん。表向きは、頼んだ形。
慌てて二人は退いたので、連れの人の方の席に、数斗さんは私を降ろす。片膝までついて、くじいた方の右足にそっと触れた。
「痛む?」
「いえ。全然大丈夫そうです」
不安げに見上げてくる数斗さんに、私はくるっと軽く足首を回して確認したが、ダメージは残らなかったと笑みを見せる。
数斗さんは、胸を撫で下ろす。
『すごい優しい……羨ましい……。なんで、低学歴のフリーターで、こんなお金持ちなイケメンをモノに出来たの?』
連れの人の羨む声に、まだ二人がいることに気付く。
「古川の言う通り、すごい優しい人なんですね」
なんて、綾部は、数斗さんに声をかける。
本当に鈍感なの!? 数斗さんにもう嫌われているって気付いて!!
「……何?」
『なんでコイツ、七羽ちゃんに絡んでいるんだ……? フッたくせに、気まずくないのか?』
「いや、さっき、どんな人かって訊いたら、すごい優しい人って」
「……俺は、七羽ちゃんには特別優しいんだ」
数斗さんは横目で一瞥したあと、私の左足は大丈夫かと手を触れて無言で尋ねた。
『なんか怒ってるよ! 早く行こうよ!』
『なんだよっ! ウザいな』
連れの人の方が、数斗さんの刺々しさに気付いていて、綾部の腕を掴んで引くけれど、綾部はそれを振り払う。
何がしたいのやら。どうでもいいけど、むしろ、知りたくないので、早くこの場を去ろう。
数斗さんにそう言おうと思ったのだけど。
「まぁ、古川は泣き虫ですし、庇護欲ありますもんね。世話も焼きたくもなりますよね」
泣き虫? 変なことを言い出したな、と思ったけれど、今に始まったことじゃないな。
数斗さんも怪訝な顔で立ち上がって、綾部を見た。
「泣き虫って?」
「え? いや、よく泣くでしょ? 古川」
『年上らしいし、身長差とか、顔の可愛さとか、庇護欲で優しくしてるってことでしょ。よく泣くから、いい人すぎて優しくしてるとか。しつこいからな、古川は』
心の中で綾部が思っていることは、別にどうでもいいんだけど…………一つだけ、訂正させてほしい。
「私、綾部の前で泣いたことないけど?」
「え? あるって。ほら、あん時」
「どの時?」
「いや、あの時だって」
『言わせる気?』
『……七羽ちゃん、全然覚えがないみたいだけど』
首を捻る私を見て、数斗さんはどういうことかと、綾部に視線を戻す。
「ほらっ! もうカレシの前で言って悪いけど、おれにフラれた時!」
そう我慢出来ず、と言った感じに勢いで口にした綾部は、なんだか優越感を滲ませていた。
私も数斗さんも、目を丸める。
連れの人も、ギョッとした顔で綾部から私に目を戻した。
「いや、泣いてないけど」
パチパチと瞬きするよりも先に、私は間も開けずに、キッパリと否定する。
「は? いやいや、泣いてたって! ほら……ホワイトデーで! お返し渡して無理って断ったら、鼻啜ってた!」
「? ……寒かったからじゃない? 強風がすごかった、よね? 私寒いの弱いし、普通に寒くて出た鼻水かも」
強風の中、お返しとともにフラれた覚えがあるけれど、泣いてなんかいない。返事なんて、わかりきっていたから。ダメもとの当たって砕けろな、バレンタインデーイベントに乗っただけ。
お返しを外でもらった時、三月で、まだ冷たい風だったはず。
「で、でもさっ! 林間だっけ? キャンプファイヤーのあとだって、二回目の告白してきたじゃん!」
「そうだけど……ごめん、やっぱり泣いてない」
「は、はあ? いやいや。カレシの前だからって、そんな否定しなくても……」
『おれにゾッコンだって、知られたくないのかよ。大袈裟に言ったおれが、恥ずかしい奴みたいじゃん』
『必死に、何言ってるんだ? コイツ……』
数斗さんを気にしている綾部は、私が嘘をついているように言う。
数斗さんの方は、綾部を胡乱げな目で見た。
いや、本当に、綾部は大袈裟に言ってるんだけど……。
「他の子と間違えてるんじゃない? 綾部って学校のアイドルみたいにモテて、たくさん告白されてたじゃん」
「え、うん、まぁ……そうだけど」
『否定は出来ないな』
優越感に鼻を高くする綾部に、小さくため息を吐く。
「私もファンの一人みたいに、イベントのノリで告白しただけだから、泣いたりしないよ。サッカー部のイケメン生徒会長って肩書きに釣られて、ノリで告白してごめんね? バレンタインなんて、お返しが大変だったでしょ、ごめん」
「えっ……」
両手を合わせて、私は軽く笑って見せる。
フッと、数斗さんが小さく噴き出した。
小さくとも、全員が注目するには、十分な音だ。
「もしかして、イベントに乗じたノリだと気付きもせずに、本気で想われてたと思ってた?」
数斗さんの小バカにした物言いに、綾部は赤面した。
『ふざけるな』
数斗さんの心の声は、怒っている。
ちょっと、びく、としてしまったけれど、数斗さんは見ていなかった。
私に背を向ける形で、綾部の目の前に、立ったからだ。
「そうだとしても、軽々しく他人の過去の告白を、今交際している相手の前で言うのは、おかしいだろ」
そう低い声を放つ。
「告白された回数が多いって自慢したいなら、よそでやれよ。自惚れたその顔、二度と俺の恋人に見せるな」
私に聞こえないように声を潜めて、綾部に冷たく告げる。
けれども、例の如く、私には心の声が聞こえるので、何を言ったかはこの距離ならわかる。
怖い声音に、顔が引きつらないように堪えた。
「見る目がなくて、ありがとう。今更惜しくなっても、無駄だから」
青ざめて固まる綾部の右肩の上に、ポンと手を置く。
「さっさと遊び相手と、どっか行ってくれない?」
その肩を、軽く握ったのが見えた。
連れの人が、”そういう遊び相手”だと察したようだ。
その連れの人も、青ざめた顔で、綾部を置いて、先に足早に離れていく。
綾部も会釈みたいに頭を微妙に揺らしては、連れを追いかけた。
パンパンと汚い物に触ってしまったみたいに手を払う数斗さんは、また私の前にしゃがんだ。
「……好きです」
ぽつり、と零す。
「え? 今のは……どの部分に?」
『今のどこを好きだって思ったんだろうか……? まさか、あんな奴と想いを比べてるとか、そんなことを気にしてると思って、否定を込めての慰めで? 七羽ちゃんの想いを疑ってなんかいないのに……。アイツ、殺す』
わからないと言った顔をする数斗さん。
自分への不信感からきた言葉なのかと、不安がる。
そして怒りの矛先が、綾部に向かう。
物騒な心の声。怒りが殺意に直結するのは、毎度のことだ。
「……私だけに、特別に優しいところです」
数斗さんの両手を包むように握って、告げた。
私のために怒ってくれて、その相手には容赦ない。
なのに、私には特別優しいところ。
それを正確に言うのは、ちょっと抵抗があるので、それだけ。
「七羽ちゃんが、大好きだからだよ」
数斗さんは優しい微笑みを零すと、私の左頬を撫でた。
……数斗さんの私以外に物騒な心の声まで、好きかもしれない。……だなんて。
ちょっと手遅れなほどの場所まで来たかもしれないな。
火照る頬を押さえて、私はうっすらと自覚してきた。
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※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。