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お試しの居場所編(後)
58 不法侵入者は警察に任せて。(前半)
しおりを挟む「警察、呼ばないと。職場の人が可能性が高いですよね? 数斗さんがそろそろ帰ってくると知っているでしょうし、私と遭遇しましたし、逃げちゃうかも」
「あ、そうだね……一応、ここで出ないように見張っておこうか。……ちなみに、どんな女性だった?」
警察に通報するために携帯電話を取り出した数斗さんは、情報を得て、犯人を絞ることを考える。
みすみす逃がすわけにはいけないので、私達は出入口で見張るべきだろう。
非常口もあるけれど、そこから出るとは限らない。初めて訪れたとなれば、場所わからないだろうし。私だって、非常口の場所は知らない。
「茶髪のボブヘアーの女性です」
「茶髪のボブヘアー? 職場に、何人もいるな……」
特定出来ないと、数斗さんは困り顔になった。
従業員も多いだろうなぁ。
白いベビードールを着ていたと言おうとして、思い出す。見覚えがあると思ったけど、数斗さんが思い浮かべていたヤツだ。透け透けで、お腹なんて見え見えなデザインで、パンツすら丸見えなもの。数斗さんが、私に着て欲しいからって、買う気でいたはず。
「えっと……際どい、白いベビードール、着てました」
「…………は?」
何故か、数斗さんは低い声を出した。
『七羽ちゃんに買っておいた、あの白いベビードールを? 着てた? はぁ? ……殺す!』
数斗さんの怒りが、またもや、殺意に変換。
いや……私、着ませんけど、それ。絶対。
……あれ? そういえば……私の下着を買う際に、数斗さんは恥を忍んで、同僚の女性陣に聞いたとか……。
多分、同じランジェリーショップで、そのベビードールを買ったはず。それでロゴを見付けて、身に付けたとかでは?
犯人は、数斗さんにランジェリーショップを教えた人かも……。
「数斗さんって……職場の同僚の異性とは、私的な会話をします?」
「いや、全然? 俺が御曹司だって知ってるから、変に気を持たせないように、一線引いて私語はしな…………あっ。七羽ちゃんの着替えのために、オススメのランジェリーショップを聞いた時……三人のうちの一人が、ボブヘアーだった……」
『そういえば……やけに鼻かかった声だったし、熱っぽく、見つめてきて……』
「嘘だろ……あの人のランジェリーショップが一番近いから、そこに行くって言っただけなのに……ちゃんと恋人のためだって」
『恋人がいるって言ったのに、それで気があるとかで勘違いで、鍵盗んで、不法侵入で薔薇なんか撒いて、紙袋から取り出してベビードール着て、ベッドで待ち構えた? 気持ち悪すぎる……』
げんなりしている数斗さんに、ポンポンと肩を叩いて宥めてあげる。
『なんか、マジで七羽ちゃんの存在がトリガーになってる気が……絶対言わない』
うん。私もそんな気がします。私、修羅場のトリガーになってません???
普段、同僚の女性と私的な会話をしない数斗さんが、私の着替えのために話しかけたことで、自分に気があると勘違いして、今数斗さんの部屋に居座っている。……ゾッ。
「あのベッドは捨てよう……。今、通報するね」
犯人の特定も出来たことだし、数斗さんは通報を始めた。
「家に不法侵入者が居座っているので、助けてください。はい。相手は女性です。仕事から帰宅しようとした時に、鍵の紛失に気付きまして。恋人が来ているはずだと連絡しようとしたら、ちょうど出てきました。それで不法侵入者と遭遇したとのことです。恋人はすぐに逃げてきたので、危害はまだ受けてませんが、我が物顔で居座ってるようで、異常者みたいで……。どうやら、俺の職場の人らしく、ベッドの上で下着姿でいるとか……。恋人が怖い目に遭いましたし、俺も恐ろしいです」
『七羽ちゃんが、傷付くことが。傷付いたらと思うと……殺してやる』
数斗さん。警察に通報しながら、殺意を湧かせないでください……。
「出入口であるエンストラスの前に、恋人といます。一応、見張っていますので。……はい、そうします。よろしくお願いします」
ピッ、と数斗さんは警察を呼ぶことを済ませて、電話を終えた。
「すぐに来てくれるって。危険じゃないなら、ここにいてくれってさ」
「はい。……引っ越し、しませんとね。不法侵入された家に、住み続けられませんもんね」
「うん……絶対に嫌だね。ベッドは絶対捨てるよ。気持ち悪すぎる……」
げんなりした数斗さん。女性だけでもなく、男性も嫌になるのは当然だろう。
『七羽ちゃんと想いを伝え合った部屋なのに……。いや、待って? 他にも触られたんじゃない? あのベビードールはクローゼットの中に置いていたし……うわぁ。ソファーにも触られていないって確証はない……七羽ちゃんとの思い出があるのにっ! 汚されたッ!! 殺してやる!!』
数斗さん数斗さん。落ち着いて。
宥めるために、ポンポンと肩を叩いておく。
数斗さんの内心の激怒による殺意を宥めるためと、家に入られた被害者として落ち着かせる。
「引っ越しと家具の新調なんて大変ですよね……」
「うん……もう全部、新調しようかな」
被害に遭って、大出費。あー、この場合、加害者に、請求が出来る……? どうなんだろう。
そこで、首を傾げた私を見上げて、数斗さんは眉を上げて、ぱあっと明るい表情になる。昨日のように、閃いた顔。
「七羽ちゃん。付き合ってくれる? 家具の新調……新居選びも」
パチパチと、目を瞬かせる。
数斗さんは、爛々と目を輝かせていた。期待大って感じ。
「それは……楽しそうですね」
『承諾!』
引っ越して、新しい家具を揃える。
まるで、おもちゃの家の家具を選んで置くみたいな? リアルでやるとか、楽しそう。
「しばらくは新一の家に泊めてもらおうと思う。新居を決めて……俺はこだわりないから、家具とか選んだり置いたり。七羽ちゃん、手伝ってくれる?」
『七羽ちゃんの好みの家にしてもらいたい』
「こだわりなら、数斗さんはシンプルを好みますけど……じゃあ、一緒に選びましょう」
「うん、ありがとう」
『やった! 七羽ちゃんとの想いを通じ合った場所を失う代わりに、七羽ちゃんが選んでくれた新しい家が手に入るなら、よしとする! 失っても、得るものがある!』
一緒に楽しみたいので、数斗さんの好みも考えて、家具を選ぼう。
前向きになって、何より。
『これから七羽ちゃんが遊びに来るなら、もっと七羽ちゃんが快適な部屋になるといいしね。七羽ちゃんが居座る時間が増えるかも』
……少しでもいいから、自分の家だってことを考えてほしいな。あなたの部屋であって、私の部屋ではありません。
数斗さんはバックからタブレットを取り出すと、少し操作したあとに、私に持たせた。
画面には、物件探しのサイト。
「即入居可のマンションで探してくれるかな? お気に入りにも、もうあるけれど」
「セキュリティーは高めの場所で」
「そうだね」
「わっ!」
数斗さんは、ひょいっと私を昨日みたいに持ち上げると、膝の上に乗せられた。
「……膝に乗せます?」
「俺も見たい。俺は、ネットで買えそうな家具をリストアップするから。新一にも、許可もらえないと」
う、ううーん。仕方なく、数斗さんの膝の上で、横向きで座る形で、タブレットをいじる。
数斗さんは、新一さんにメッセージを送った。
【新一。悪いけれど、しばらく泊めてもらえないかな?】
何故か、【天使守り隊】というふざけた名前のグループルームに、送信。
「今日のシチュー。新一の家で作ってもらっていい? 俺、もう七羽ちゃんのコーンクリームシチューを食べる気満々だから、どうしても食べたい」
『初めての七羽ちゃんの料理だから、独占したいのは山々だけど、しょうがないな。もう今日、絶対、食べたい』
買い物袋を指差した数斗さんは、お願いするけれど、心の声は意志が強い。
なるほど。それで、グループルーム内で新一さんに尋ねたのか。
【いいけど】
そう新一さんから、すぐに返信がきた。
数斗さんの心の声から、新一さんは今日は休みだったと知る。
きっと続けて、理由だと尋ねてくるだろうけれど、私は先に打った。
【見返りは、コーンクリームシチューでどうですか? 私が作るんですけど。苦手ではありません?】
コーンクリームシチューって、嫌いな人いるのかなー、と疑問に思いつつも、確認。
【ナナハネが? 数斗さんが泊まるおれの家で?】
【だめですか?】
【別にいいけど、どういうことだ? 火事とか?】
数斗さんがしばらく泊まりたいと言い、私もキッチンで料理を作ると言う。
数斗さんの家に何かあったと察して、火事に遭ったかと予想した。
【事件が起きちゃったんだ。俺の部屋に、不法侵入者】
【事件だ】
【職場から鍵盗んだ人で、ベッドで待ち構えてたんだって】
【うえ。女か? ストーカーで不法侵入かよ。異常者じゃん。わかった】
数斗さんとやり取りをして、新一さんは家に身を寄せる理由にすんなりと納得する。
でもすぐに【待て? 待ち構えてたんだって、ってどういう意味?】と気が付く。
【まさか、不法侵入者とナナハネが遭遇したわけじゃねーよな!?】
「新一さんって、頭いいですよね……」と、しみじみ感心した。
計画もすぐに立てちゃう策士タイプ。仕事も、そんな感じだから、活かして働いている。
まぁ、数斗さんも頭の回転が早いけども。
返事を打つ前に、数斗さんに新一さんから電話がかかってきた。
「もしもし、新一? 七羽ちゃんがいるから、スピーカーでいい?」
許可を得てから、数斗さんは私とも会話出来るように、スピーカーに切り替える。
〔マジで事件か!? ナナハネ、大丈夫か!? おい!〕
「大丈夫ですよ、新一さん」
〔なんでそうなった!?〕
「シチューを作りに行ったら……廊下には赤い花びらが撒かれていて、辿っていけば……ベッドの上に、見知らぬ女性が」
〔ホラーかよ!!〕
「ホラーでしたねぇ」
そこで、パトカーが来た。警察のご到着。
数斗さんが対応のために、私を膝から下ろす。
その様子を眺めながら、私はスピーカーモードを切り替えて、新一さんと話した。
今わかっていることを話しておく。数斗さんは即入居可の物件を探して、家具も全部新調する気だとも。
〔お前……一回、お祓いに行くべきじゃないか?〕
「……行くなら、数斗さんでは?」
〔二人で行くべきじゃないか? はぁ……事情聴取とかあって、時間がかかるんじゃないのか? 迎えに行ってやろか?〕
新一さんの車は見たことないなー、とか思ったり。
答えに悩んでいる間に、他の警察官達が、不法侵入者の女性を現行犯逮捕で連行してきた。
ちゃんと服を着せられた彼女は、数斗さんを見付けると「誤解だって言ってください! 竜ヶ崎さんだって望んでいたって!」とギャンギャンと喚く。
数斗さんは、私を隠すように抱き締めて、背を向けた。
耳を塞いでくれたけれど、彼女が数斗さんのことを求めた心の声が、ひたすら響く。
数斗さんの方は、酷く不快そうでも、私だけを心配した心の声を零す。
「すみません。恋人も怖い目に遭ったので、友人の家へ一緒に行ってしばらくそこに泊まります。事情聴取とかは、また明日で」
数斗さんはそう警察官に早く解放してほしいと頼んで、連絡先を伝える。
警察官としては、やはり数斗さんの二股の線を疑っているけれど、仕事故の勘繰り。不法侵入者のヒステリックな様子からして、ストーカーだという線が濃厚だと思っていた。
私も数斗さんから借りていた合鍵を渡したら、解放されたので、二人で新一さんの家に向かう。
車内で数斗さんの携帯電話を通して流された曲は、カラオケで理不尽な罰ゲームで歌ったものだ。
「この曲……」
「これ、ずっと七羽ちゃんの歌声で脳内されちゃうんだよね。最初に聴いたからかな」
『七羽ちゃんの歌声で聴きたいな。録音、頼んでみようか』
「だめですよ」
「……まだ何も言ってないけど」
「はい。お断りします」
「……しょぼーん」
「そんな可愛く落ち込んでも、お断りですよ」
そんなやり取りをして、二人して笑う。
途中でスーパーに寄って、残りの材料である鶏肉を買った。真樹さんからまだ応答がないけれど、きっと来ると言うので、具沢山にちょっと多めの鶏肉を買っておく。
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