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一章・甘々な春休みは、最強冒険者と。

16 いいことも悪いことも。

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 新治癒薬が、無事開発出来た。

 これで、ルクトさんが、万が一にも負傷しても、動けなくなるという絶体絶命の危機は回避出来る!

 ルクトさんが負傷するなら、絶対に並の冒険者でも無傷に済まない危険地帯なはずだから、必須だ。

 しかし、『ポーション』が効かない体質があるのは、本当に驚いた。
 解明するには、細心の注意が必要な案件だ。いずれは、誰かに相談しなくては……。
 そんな体質の人のためにもなるし、材料費を考えれば、庶民にも手が届く価格で販売が出来て、多くの人々が助かる薬となる。

 画期的すぎるので、私の手に負えないため、運良く来てくれた大叔父様こと学園長にあとのことを託した。
 王妃になる身なら、その立ち位置も利用して、全力を尽くして取り掛かり、互いの影響や反響などで王国が大混乱しないように、やりくりしただろうけど……今は、もう違う。

 王族でもあり、開発された学園の最高責任者である学園長なら、悪いようにするはずもないので、安心して任せられる。
 私は完成に貢献したので、優先して買わせてもらう特権さえもらえれば、十分。

 それにしても、びっくりするほど、トントン拍子に進んだ。
 幸運すぎて、あとが怖いってくらい。
 でも、レインケ教授の素晴らしい研究の成果の産物だし、居合わせた私達の手が役立っただけの当然の結果だ。
 運も実力のうちである。

「予定を変更してまで付き合ってくださり、ありがとうございました。ルクトさん」
「いいよ。オレも楽しく研究に参加出来たし、新薬が完成すれば助かるし。言い出してくれたリガッティーに、オレがお礼を言いたいくらいだ」

 学園の門を出たところで、改めて、お礼を言う。
 急な変更も嫌な顔せずに、付き合ってくれるなんて……。
 スマートなイケメンにもほどがある先輩だ。

「明日はどうしますか? 今日のように待ち合わせして、依頼を選んでから予定を立てますか?」
「うーん。連れて行きたいところがあるから、ついでに済ませられる依頼を引き受けてから行こうと思う。リガッティーも、明日も冒険者活動する気満々なんだ?」
「は、はい。それでは、そうしましょう」

 やる気だけで褒められて、頭にポンと手を乗せられてしまった。
 そのまま、優しく撫でられるから、口元が緩みそうでキュッと口を閉じる。
 夕陽が赤くてよかった。顔が赤いのは、バレないはず。

「それでは、今日もありがとうございました。また明日もよろしくお願いします。ルクトさん」
「ん。ご苦労様、リガッティー。また明日な」

 ひらり、と手を振って、ルクトさんは歩き去る。

 私も見送ったあとに、いつもは馬車で帰る道を【テレポート】で移動。もうすっかり【テレポート】を使いこなせてきた。


 ファマス侯爵家の門は、今日も開いたまま。門番は、しっかりと前を向いて、仕事を務めていた。

「「お帰りなさいませ!」」
「ただいま」

 今日は挨拶を先にしてくれたので、笑顔で返す。
 ふと、家の物ではない馬車が、二つも停車していることに気が付く。

「誰が来ているの?」
「はい。今朝と一時間前に、キャメロット伯爵令嬢と王室魔術師様が、合わせて二度訪ねていらっしゃったのです」
「はい!?」

 おずおずと教えてもらったのは、訪問者が出直してからまた来たというとんでもない事実。

 油断した。家主が不在でも、訪問者はいないから困ることがないと高をくくっていたので、迷惑をかけることを承知で抜け出していたのに……。

 令嬢の方はともかく、何故魔術師まで……?
 とにかく、対応をしないと。

 【テレポート】一回で玄関前に移動。中に入れば、洗練された姿勢のまま、足早に家令が出迎えた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま。着替えは……しないで、話をするべきよね」
「ええ、急いだ方がよろしいかと。しかしっ」
「お二方は、大応接室? ん? 何?」

 やや顔が青ざめている家令を見て、急いで客人と会うべきだと思ったが、一番に急いでほしいのは、手紙を読むこと。
 手渡しされた手紙は、ファマス侯爵夫人、つまりは私の母親からの手紙だ。
 一日に二度も来たお客様よりも、確認すべき内容が書いてあるのだろうか。

「私めにも届きましたが……旦那様がお怪我を」
「!」

 固い表情で伝えられた情報を聞き、すぐさま私宛ての手紙を開封する。
 怪我をしたという報告は、よっぽど酷いはず。


 母が手紙に書いてくれたのは、私の今の心情を気遣えないくらい切羽詰まった雰囲気があった。

 領地の屋敷宛てに届いていた手紙を確認してすぐさま、王都に戻るために引き返したのだが、そう遠く離れる前に、魔物の群れと遭遇して負傷者が出てしまったという。
 その負傷者のうち、二人は呪いまで受けたそうだ。その一人は、ファマス侯爵である私の父親。

 呪いは、稀に魔物が死に際に、瘴気を移して、相手を痛みで苦しめるもの。
 腕に噛み付いた魔物を振り払ったが、最後の悪足搔きで、呪いをもらってしまったとのこと。
 馬車移動すらも出来ないほどに、痛みに苦しんでいる。

 招集日には、とてもじゃないが間に合わない。もちろん、母も父から離れるはずもないので、ファマス侯爵夫妻は不参加ということになる。

「そんな……。お父様も心配だし、領地も……」
「領地も、ですか?」

 家令への手紙は、どうやら詳細は省かれたようだ。


「魔物の群れに、魔獣もいたそうよ……」
「っ!? そ、それはつまり……モンスタースタンピードですかっ?」


 驚愕したが、なんとか声を抑えて、家令は違うという否定欲しさに問う。


 モンスタースタンピード。
 集団暴走を意味したこの単語は、瘴気で凶暴化している【核】を持つ魔物と魔獣が群れを成して、甚大な被害を起こす獣害。
 津波のように襲い掛かる災害と変わらない。

 暴走するモンスターの群れは、魔物と魔獣が集まる。似た姿形ならば、魔物と魔獣がともに行動するのは、ままあること。

 しかし、姿も、名前も、全く違う魔物まで加わって、群れとして行動している場合は、モンスタースタンピードの群れだと、みなさなければいけない。

「まだ断定は出来ないけれど……群れの規模は小さくても、身動きは取れないわね。お父様が苦しんでいるなら、お母様が仕切らないといけないから……ああ、なんて災難」

 ついさっきまで、幸運だと浮かれていたら、これである。
 やはり、いいことも、悪いことも、身に起きるものなのだ。

 額を押さえ付けて、手紙を読み返すために、視線を走らせた。

 まだモンスタースタンピードだとは決まっていない。
 騎士団長も、襲ってきた群れは多いとは言わなかった。
 魔物と魔獣が入り混じっていれば、モンスタースタンピードの疑いは十分あるが、我が領地に限って、あり得ないと思ってしまう。

 先ず、前例がない。
 ファマス侯爵の領地の周囲は、魔物が少ないのだ。魔物被害なんて、王国を一、二を争うほど、少ない領地だと言える。
 だから、群れの出没自体、あり得ないと思ってしまうのだ。

 でも実際に、被害に遭い負傷者が出ている。
 モンスタースタンピードだと想定して、被害を最小限にするためにも、外出制限をかけては、騎士団長が率いて領地の兵士達とともに討伐するはず。それまで、身動きは取れない。

 せめて、苦しめる呪いを解いてほしいけれど、光魔法の使い手である神官が、屋敷のある街の付近にいなかったはず。都合よく、神官以外の光魔法の使い手が、ひょっこり現れたりはしないだろう。お父様が、心配だ。


「領地は、お母様に任せて……私は、婚約破棄に専念か」


 領地のことより、婚約破棄に集中していい。そう書かれている。
 心強い母親だ。

「婚約破棄……つまり、リガッティーお嬢様の婚姻は白紙にするおつもりで?」
「第一王子殿下の希望を叶えるために状況は動いているわ。ファマス侯爵家の答えは出た」
「……」

 冤罪による婚約破棄を告げられても、こちらの無罪を証明して、しっかり婚姻も白紙にする。
 お父様とお母様、私とネテイト。ファマス侯爵の人間は、満場一致で選択した。
 家令は、重たい沈黙を作り出す。


「最悪な事件が重なってしまったけれど、乗り越えられるわ。大丈夫」


 そう微笑んで見せると、家令の顔の強張りが少し良くなった気がする。

「とりあえず、その件で来たお客様と話さないとね」

 家令に手紙を渡して、私は大応接室に入った。
 普段なら、大人数の客人をもてなす部屋なのだが、そんな客人は大抵、丁重に扱うべき大物の場合だ。護衛や従僕が外せない身分とか。
 今回は、二人揃って来てくれたので、そこに通したのだろう。
 まぁ……令嬢の方には、護衛騎士が二人、後ろに控えさせているけれど。

「ごめんなさい、長らくお待たせしましたわ」

 私を見るなり、別々の長いソファーに座っていたお客様二人が、跳ねるように立ち上がった。

「リガッティー様っ。い、いえっ、いえっ! わ、わたくしが、便りもなしに、勝手に待たせていただいただけですのでっ」
「アリエット様。落ち着いて。腰を下ろしていいわ」

 あたふたとドレスの裾を摘まみ上げて、一礼するのは、アリエット・キャメロット伯爵令嬢。
 明るい茶髪を一つにサイドに束ねて、くるりんとカールさせた髪型。翡翠色の瞳。二つ年下の少女は、蒼白の顔で今にも泣き出しそうだ。

 かなり取り乱している様子からして、彼女にも説明と宥める手紙を送るべきだったと反省した。

「わたくし、昨日、お母様がお茶会で聞いたと……それで知って、今朝、テオ様に確認して……だから、リガッティー様に会わないとと思い」
「そうなのね。とりあえず、座ってちょうだい?」

 この世で一番恐ろしいものを見たかのように、血の気が引いた顔で、放心気味に経緯を話すアリエットは、今にも気絶しそうだ。

 やっと、ヨロッと腰をソファーに沈めてくれたところで、もう一人のお客様と顔を合わせる。
 アリエットの様子に、もう笑みが引きつるしかないみたいな表情だ。

「リガッティー嬢。自分も突然の訪問の上、不躾に待たせてもらってしまい、申し訳ございません」
「いいえ。こちらこそ、長い間待たせてしまったことが、心苦しいですわ」
「ははっ……」

 丁寧にお辞儀をした赤茶の短髪と長いローブをまとう青年は、乾いた笑いを零す。
 心苦しい点は、主にこんな状態のアリエットと一緒に、長時間待たせてしまったことである。ちゃんと伝わったから、そんな笑いを零すのだろう。

 青年は、オオスカー侯爵家の次男、エリオス様だ。王室魔術師の一人。
 オオスカー侯爵の現当主が、今の王室魔術師をまとめる師長を務めている。
 長男がその補佐の座にいるほど、王国でも指折りの優れた魔法の使い手の一族なのだ。

「想像はつきますが、どうしてお二人が一緒に、我が家へ?」

 エリオス様も座ってほしいと掌で示して、腰を下ろしてもらってから、私も向かい合うソファーに座った。

「あー、アリエット嬢。説明は、自分に任せてください」

 今のアリエットでは、支離滅裂に話しそうなので、エリオス様は一任させてもらおうと、引きつらないように堪えて笑いかける。
 アリエットは首振り人形のように、頷いた。

 そんなアリエットに少しでも落ち着きを取り戻してもらおうと、侍女に温かい紅茶を淹れさせる。

「アリエット嬢は、昨日母君から噂を聞き、翌朝にテオ殿下に事実かどうかを直接尋ねに行ったのです。そこに居合わせました自分も、リガッティー嬢とお話をしたい気持ちもあり、テオ殿下にアリエット嬢の護衛を頼まれて同行させていただいたわけです」

 うん、想像通りの経緯である。

 まだ学園に入学していないアリエットは、知る由もなかった。
 進級祝いパーティーで第一王子が婚約破棄と断罪未遂を起こした事件は、緘口令を敷かなかったために、人伝に広まっている。

 アリエットは伯爵夫人がお茶会で聞いたと教えられて、その日のうちにテオ殿下に、翌日の朝いちばんに登城して、直接話を聞くと連絡を入れたに違いない。そして、テオ殿下からも事実だと聞いて、卒倒しそうな身体のまま、私に会いに行くと決めたため、居合わせたエリオス様が同行したわけだ。

 第二王子のテオ殿下。
 彼の婚約者が、このアリエットである。

 なので、アリエットは、私と同じく、王族に嫁ぐはずだった令嬢仲間だったのだ。

「それで……今朝も一度、来てくださったのですね?」
「はい。夕方頃にお帰りになると教えていただいたので、誠に勝手ながら、出直して、また訪問させていただきました」
「申し訳ないですわ。たくさんの方が心配してくださっていることはわかっていたのに……アリエット様、ごめんなさい」

 申し訳ないとは思うけれど、携帯電話を常備する習慣がない世界観なので、前日には事前に訪問予告をしてくれないと、すれ違いもしょうがない。
 でも、アリエットも混乱すると考えが至らなかった私の落ち度である。素直に謝っておく。

「いえっ、いいえっ! リガッティー様は落ち着いているのに、こんなにもわたくしは動転していて……お恥ずかしい限りですわ」

 私を見て、だんだん落ち着きを取り戻しつつあるアリエットは、温かい紅茶を啜る。

「本当ですね。心配ではありましたが、大丈夫そうに見えるので、安心しました。でも、朝から夕方まで、一体どちらに行かれていたのでしょうか?」

 不思議そうに、エリオス様が首を傾げた。
 当然、家の者から、、とは聞いていない。

「思い詰めないためにも、気晴らしに出掛けてましたの。先程までは、学園長と会っていましたわ」
「ディベットと……!?」

 事実を一欠けら、答えておく。
 そうすれば、アリエットは食いついた。

 アリエットも、学園長に大叔父様呼びを頼まれていたのね。知らなかった。

「あの、ど、どうして……? 大叔父様が、進級祝いパーティーでの不祥事を口止めしなかったのはっ……やはり、ミカエル殿下をお怒りに……?」

 またもや顔色を悪くしたアリエットは、頭をユラユラとふらつかせる。

 学園長が、婚約破棄イベントが起きた事実を、あえて広めたのは、第一王子に激怒しているから。間違ってはいないけれど、どちらかと言えば、呆れて失望したので、私に有利に働くように放置したまで。

 よく考えれば、緘口令を敷かなかった先代王弟殿下の学園長の思惑に、誰もが気付けるだろう。
 大局を見守っている賢い貴族は、そのはず。

「テオ様も、リガッティー様に会ってお話をしたかったのですが、事が収まるまで会うことを、王妃様に禁じられてしまったので……。どうしてこんなことに? これからどうなってしまうのですか?」

 カップを両手に包んだまま、アリエットは涙目で私に尋ねる。すがりつくような涙声だ。

「どうしてこんなことになったか。それは私達が、最善を尽くして、収拾させるわ。第一王子殿下をお支えする私達の力が及ばず、こんなことになってしまったことは、不甲斐なく申し訳ないと言うだけでは足りないわね……」
「だ、殿…………もう……訂正も、修正も、しないのですね……?」

 婚約者だった相手に、他人行儀な呼び方に、アリエットが絶望に押し潰されたように顔を下げた。
 どこまで情報を得たかはわからないけれど、第一王子は取り返しがつかないことをしたという事実は、もう理解しているのだろう。

「これからどうなってしまうのか。その問いの答えは……どんな変化が起ころうとも、アリエット様も立ち向かわなくてはいけないから、心を強くして構えなくてはいけないわ」
「!」

 翡翠色の瞳は、私に向けられては、揺れた。

「立ち向かうと言っても、お一人ではないでしょう」

 きっと大丈夫、という言葉は無責任なので言わない。

 本来、アリエットは王子妃になる未来があった。しかし、これで、さらなる未来で、王妃になるという未来が変更されてしまったのだ。
 王子妃も、多少内容が違えど、王妃教育とあまり変わらない。足りない教育があれば、これから身につければいいだけ。

 そんな責任重大な未来に怯えて混乱してしまっているアリエットは、もうすでに心構えをしなくてはいけない。


 けれども、一人ではないのだ。


 テオ殿下とは、一目惚れで選ばれた形で婚約者となったが、アリエットもまた一目惚れ。相思相愛の婚約者同士。

 アリエットは、優秀なテオ殿下と肩を並べようと努力していたし、私のことも目標にしてくれたほどだ。

 気を強く持って、婚約者とともに、味方の周囲の支えも得て、立ち向かってほしい。

「……はい。わかりました、リガッティー様」

 私が差し出したハンカチを受け取ると、アリエットは目元をそれで押さえた。
 ちゃんと私の言葉を真摯に受け取ってくれたようだから、気持ちの整理をつけるだろう。

「エリオス様のお話というのは……?」

 静かに呼吸を整えたいであろうアリエットから、エリオス様に向き直る。

「個人的に心配でお話を?」

 常識的に考えると、個人的に心配したからと言って、私的な関わりの少ない令嬢の家にまで来ないはず。
 でも、エリオス様の性格上、アリエットの護衛も任されたから、同行したついでに個人的に話すことも大いにあり得た。

「もちろん、個人的にもリガッティー嬢を心配していましたが、実は家族に頼まれまして」

 本気で心配していたのだと強く答えたあと、微苦笑に付け加える。

「父と兄が、王室魔術師長と補佐官として、設けられる会談に参加するとのこと……。それまで、テオ殿下同様に、接触を禁止されているので、自分がリガッティー嬢の様子の確認を頼まれたわけです。いや、本当に……この度は……なんて言ったら…………言葉がありませんね」

 へにゃりと力なく笑ったけれど、笑い事じゃないため、目を泳がせながら言葉を探しては、見付からずに俯いた。

 気の毒に。
 の一言で済むけれど、そうは言っていけない案件である。

 少々お調子者なエリオス様も、しっかり口を閉じた。

「そうでしたか。王室魔術師長様も、同席するのですね。公平な立場で、この件を収拾することを見守ってくれると思うと心強いですわ」
「あはは……父、魔術師長からすれば、手間を省いて、リガッティー嬢の味方として援護したいでしょうがね」
「ふふふ。本当に心強いですわ。ですが、必要なことですので、仕方ありません」

 彼らの同席は、意外ではない。
 援護して無罪放免にしたいだろうけれど、当事者達の力で進めないといけないことなのだ。

「父がカンカンに怒っていましたが……どうしてですか?」

 座ったまま身を乗り出して、エリオス様は小声で問う。
 王室魔術師長から聞いていないのに、知ろうとするのはマズいとは思いつつ、好奇心には勝てなかった様子。

 しかし、思い当たるは、噂で知ることが出来ることだから、私の口から教えておく。


「私がくだんの令嬢を、魔法で危害を加えたという罪、でしょうね」
「はぁ!? ありえねぇっ! ッ……おっと、すみません!」


 驚愕のあまり、怒りの低い声を上げて素の口調が出たエリオス様は、慌てて口を押さえる。

「ご令嬢の前で、申し訳ございません……」

 アリエットの護衛騎士にも睨まれてしまい、首を引っ込めて身を縮めて反省した。

「いやでも…………王室魔術師長に、教えを乞うたリガッティー嬢が、そんな罪を? だから、あんなにお怒りに……」
「? リガッティー様と王室魔術師長様は、師弟関係にあったのですか?」

 鼻声気味のアリエットが、会話に加わる。

「師弟関係と言うのは、おこがましいですわ。私がせがんでいただけでして」
「物凄くオブラートに包んで言ってますが、王城にいる間、隙あらば、せがんでいました」
「まあ」
「初対面で、魔法教育に我が父を名指ししました。目の前に立ちはだかってまで」

 コラコラ、エリオス様め。余計なことを。

 しかし、アリエットの気も紛れるので、冗談の風に言ってもいいだろう。
 実際、彼らにとったら最高に面白い笑い話である。

「10歳までは、魔法を学ぶことを中心に生活をしていましたので、王城で働く王室魔術師長様に会う度に、魔法についての話を振ったり、教えてほしいと頼んだり……流石に最近はありませんよ?」

 そう私も笑わせるために、茶目っ気に話す。

「そうだったのですね」
「ですが、リガッティー嬢の学園での魔法関連の成績を、小耳に挟んではニッコニコしてましたよ。我が父は、自慢の弟子扱いですよ。まぁ、つまりは、王室魔術師長という栄えある役職に就いた父からすれば、弟子とも言えるリガッティー嬢が、醜い理由で危害を加える魔法を行使したなんて罪を被せられたことが許せないでしょうね」
「な、なるほど……理解は出来ますわ」

 腕を組んでうんうんと頷くエリオス様の横で、私の評価の高さに慄いた様子で、つられたように頷くアリエット。

 あははは……。私の周りは、私を一切有罪だと思わないのね。人徳の高さに、自分でビックリしてしまうわ。

「昔から言ってましたからねー。王室魔術師に欲しい人材だ! って」
「あら、それは初耳ですわ。あの方に、そこまで買われていたなんて、嬉しい限りです」
「リガッティー様ならば、あらゆる分野で引っ張りだこになるのも無理ありませんよね」

 のほほん、とした空気の中、うふふあはは、と三人で穏やかに笑ってしまった。

 しかし、ピタリと静止する。


「………………んっ?」
「…………」
「…………」


 笑顔のまま、腕を組んだ身体ごと首を傾げてしまうエリオス様。

 私もアリエットも、沈黙した。


 直接口に出さないようにしているが、婚約破棄によって、私の未来は婚姻とともに白紙となる。

 王室魔術師長様が、王室魔術師に欲しい人材だと言っていたのは、もちろん王妃になる身だから、惜しいとの発言だった。

 つまりは、本当に王室魔術師にスカウトする可能性が高すぎる。

 王妃になるならない、の話に触れられないため、王室魔術師のスカウトにも軽々しく触れてはいけない空気。

 迂闊に口走る前に、エリオス様は黙ることにしたのだった。

「コホン。そろそろ、お帰りになりますか? あっ。一応、エリオス様からも、オオスカー侯爵様に伝えていただけませんか?」
「はい? なんでしょうか?」

 このタイミングで、お引き取り願おうとしたが、せっかくなので伝言を頼むことにする。
 しかし、先程の話に繋がると思い込んだエリオス様は、緊張でガチガチに身構えた。

「すでに陛下に連絡が届いているはずですが……会談の日に、我が父は参加することが出来そうにないのです」
「ファマス侯爵様が、不参加ですか!? そんなっ! 一体何故!?」

 王家と結んだ婚姻にも関するのだから、相手の家の当主が不参加になる理由は何かと、聞きたがるのは当然だ。

「いずれは、耳に入ることですが、他言はしないでくださいませ」

 混乱を招くからと、不必要に口外しないでほしいと釘を刺しておく。

「領地から引き返した父の一行が、モンスタースタンピードらしき群れに襲われたのです」
「なっ!? ファマス家の領地に!? 聞いたことがありませんねっ……!」
「魔物被害が少なすぎると言われているほどの地なのに……」
「はい。まだ断定は出来ませんが、群れ自体は小規模なので、討伐に身を乗り出すそうです。しかし……父は負傷した上に呪いを受けてしまったそうで、完全に身動きが取れないため、不参加もいたしかたないのですわ」

 我が家の領地に、モンスタースタンピード発生疑惑だけでも、信じられないと驚いたが、当主も呪いを受けてしまったことに、顔を曇らせた。

「不運が立て続けに……リガッティー様の心労が計り知れません。何か、お役に立ちたいのです。テオ様も同じ思いにありますが……手出しや関わりを許されず、歯痒い思いをなさっています……。あの、せめて、領地の問題でお助けが出来ないでしょうか?」

 シュン、と肩を落とすアリエットが、私の心労を軽くするためにも、テオ殿下と領地の方に手を尽くしたいと言い出す。

 テオ殿下も、渦中に呑まれないように、王妃様も手を打ったのだろう。それが賢明だ。

「お気持ちはありがたいけれど、私を含めて、お母様は外部の手助けは無用だと手紙に連絡してきたの。あちらはあちらで、こちらはこちらで、手分けして対処をするべきという意味よ。正直、今から討伐のための増援を送っても、間に合わないかと」

 距離的に考えて、無駄な派遣になる。手配の要請もないし、物資の方も十分なはず。こちらからは、無事解決することを願うだけ。逆も同じなのである。
 微笑んだが、また力になれないことに、しょんぼりした空気を出して、合わせた手をそわそわと動かすアリエット。

「ファマス侯爵が不参加なまま、会談を行うのでしょうか?」
「ええ、そうなります。ファマス侯爵家の後継者がいますので、陛下も日を改めないでしょう」
「……なるほど。では、我が父に、自分からも知らせておきますね」

 ネテイトが後継者として、手腕を見せ付けてくれるはずだ。

 エリオス様は、次期当主のネテイトが期待されていると思い込んだだろうが、国王陛下からしたら、婚姻の白紙を阻止出来る可能性もあるため、鬼の居ぬ間に、会談を決行するはず。

「話を広げて申し訳ないのですが……確か、二年ほど前にモンスタースタンピードが起きましたよね? 王室魔術師として、エリオス様も戦いに身を投じたと思いますが……」
「ああ、ええ。初めて、モンスタースタンピードの戦いに参加しましたね。モンスタースタンピードだという確証を得られる情報を聞き出したいのなら、お役には立てないかと」

 スタンピードの戦いの経験者であるエリオス様から、尋ねる前に、いい答えはないと先回りされてしまった。

「二年前のモンスタースタンピードは、大規模だと聞きましたけど……」
「そうですね。規模を考えれば、我が領地は全くマシだと希望があるのではと」

 アリエットが、おずおずと話題に参加する。
 規模の小ささが、救いに思えた。

「んー、でも、あの件は、思ったより、討伐も苦ではなかったのですよね」

 顎をさすりながら、当時を思い出すように宙を見つめたエリオス様が、予想外なことを言い出す。

「総動員に近い戦力で対処しなければいけない、大規模のモンスタースタンピードだったのでは?」
「いや、それがぁ……そのまた一年前のワイバーンの大量発生による人命救助や討伐の方が、あまりにも過酷だったせいで、モンスタースタンピードの方はまだ楽に対処出来たと体感で思いました」

 グフッ!
 つい昨日聞いた話に、私は心の中だけで噴き出したことを、自分で褒めたい。よく堪えた。

「三年前のワイバーン被害もまた、酷いものだとは、わたくしも耳にしましたわ……」

 アリエットが、その二件を比較する質問をする前に。

「ワイバーンの方は、冒険者の討伐が間に合わず、王室から要請を受けて派遣したと聞き及んでいます。モンスタースタンピードでは、冒険者の方々はどうでしたか?」

 あくまで平然に小さな笑みを貼り付けたまま、薄々返答が予想が出来ても、確認してみた。


「はい、その通りです。いきなり連携は出来なかったので、分担して討伐活動をしたのですが……冒険者側の方があっという間に片付けたと報告を聞きました。なんでも、いて、したそうです」


 そのおかげもあって気が楽だったのかも……、なんて呑気なエリオス様の前で、私は必死に貼り付けた笑みを壊さないように、固まる。

 爽やかなほど短く、眩い白銀髪と、ルビー色の瞳を細めて笑うイケメン先輩しか、頭に浮かばなかった。


 
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