婚約破棄された悪役令嬢は冒険者になろうかと。~指導担当は最強冒険者で学園のイケメン先輩だった件~

三月べに

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二章・多忙な学園の始まりは、恋人と。

80 春休み最終日の初面談。

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 一着、また一着。
 平民向けで複数置かれてはいても、洗練された紳士服を色んな組み合わせを確認してみた。

「ルクトさんって……制服も、襟を立たせたりします?」
「いやいや、立たせてないよ。……似合うなら、立てるけど」
「じゃあ、見せてくださいね」

 ルクトさんは襟元が立っている方が、落ち着くみたいだ。

「んー、リガッティーはどれが一番好きだった?」
「そうですねぇ……三番目と、五番目が、よかったかと」
「そっかぁ……。どうしようっかな。リガッティーが見繕ってくれたし、全部買おうか……。でも、着るかなぁ」

 悩むルクトさんは、首を傾げた。
 店員さん達が持ってくれている組み合わせた服を、見比べるルクトさんを横から見上げて。

「……あの、ルクトさん」

 そう口を開く。

「何?」
「私から言うと、気にしちゃうとは思いますが……ちゃんと、”デート”と称したお出掛けしませんか?」
「!」

 今日みたいな冒険と、今みたいな買い物も、デートにカウントするかどうか、わからないけれど、ちゃんとデートと決めて出掛けないか。

 ちょっと恥ずかしげに、ルクトさんを上目遣いで首を傾げて見上げる。

 ルクトさんは目を見開いて、頬を赤らめた。

「この服でもいいので、よければ、観劇などに行きませんか? ルクトさんが好きだとはまだ聞いていませんが……格式がそれほど高くないところから始めて、行きたいのですが……どうでしょうか?」
「えっ……えっと、お母さんに付き合って、家族三人で行ったことがある、けど、も……」
「……私も、ドレスでお洒落します」
「絶対に行きます」

 食い気味で、返答。

「よかったです。劇のチケットを取りますね」
「うんっ。……うーん。なんか、リガッティーから言わせて、ごめん。ちゃんとデートしたいもんな」
「そうですね、デートしたいですよね。同じ気持ちでよかったです。ただカフェに行ったりとか、そんなデートもしてみたいですの」

 気付いてくれるかな……と、不甲斐なさそうに頭の後ろを掻いているルクトさんを見つめてみた。

「あっ! この前、『パトラミの街』にオススメのパフェがあるって話したこと! 覚えてる!? デートにどう!?」
「いいですね! 行ったことのない街ですし、ルクトさんのオススメのパフェ、とっても気になっていたんです」
「じゃあ、明後日! 入学式のあととか、行こう! パンケーキも美味しいんだ。ランチにも、どう?」
「わあ、いいですね。では、初デートはカフェですね」
「うんっ!」

 思い出してくれたルクトさんは、そうデートを立ててくれる。
 よかったよかった。これでルクトさんが誘ってくれたデートが、正式な初デートになる。

 私に誘導されたことには気付いていないルクトさんだけれど、女性店員は笑わないように唇をキュッとして俯いた。
 初デートを誘ったという男の矜持を持たせたこと、バレないでほしい。

 ルクトさんは初デートに浮かれているので、バレそうにはなかった。

 その店で、二着を購入。

 他の店にも足を踏み入れて、また試着をしてもらって、選んだ。


「そういえばさぁ。聞きそびれたけれど……ネテイトくんと、お友だちをくっつけるの?」
「ん? ああ、いえ、違いますよ。ただ交流を深める場を設けるだけです。元々、顔を合わせてはいますが、それほど親しくはなかったのですよね。二人がその気になれば、応援はします」

 ハールク様の元婚約者マティアナに、ネテイトを新たな婚約者にどうかと勧めたことか。

「両親は、恋愛婚を目指してほしいとか?」
「はい。私が淡白に政略結婚を受け入れたせいか、ネテイトの方にちゃんと好きな相手を選んで、結婚をするようにと言っていたのです。お二人が、恋愛婚ですからね。まだ目ぼしい方もいないですから、フリー同士、交流してもいいかと。マティアナは、元婚約者の感情があまりにも顔に出ないところが不満でしたらね。贈り物を渡しても、喜んでいるかどうか、全くわからないと嘆いてました」
「その点、ネテイトくんは、感情を素直に出してくれる?」
「そうですね。それに、ネテイトは人気なのですよ。ちょっと可愛い顔をした侯爵令息、と」
「可愛い顔……それって複雑じゃない?」
「ええ。ネテイト自身、小柄さも気にしてますからね」

 乙女ゲームでは、ツンデレショタ枠の登場人物だったのだ。コンプレックスだけれど、今後は直るかもしれない。

 クーデレより、マティアナには、わかりやすいツンデレがいいのかも。なんてね。

「ネテイトくんも、初恋は、まだだってね」と、ルクトさんはクスクスと笑う。
 一つ年下のテオ殿下に、恋について説教されていたような姿を、思い出したみたいだ。

 交流して、いい感じになれば、いいとは思う。

「リガッティーは、貴族の責務だって、政略結婚を受け入れたって話を聞いたけれどさ……恋愛とか、憧れたことないの?」
「んー……魔法に夢中でしたので、なんとも言えません」
「あはは」

 首を捻って苦笑を見せる。憧れた覚えがないまま、私は政略結婚を受け入れた。

「ルクトさんの方は?」
「ん~、オレも冒険に夢中だったからなぁ……。でも漠然と、両親みたいに、いつかは恋愛するんじゃないかなーってことは思ったことあるよ。聞いたことなかったけれど、リガッティーの両親ってどんな感じ?」
「夫婦仲ですか? ……父がゾッコンで、菫のように可憐なご令嬢だった母を射止めました。お洒落にこだわるのも、母のためかと」
「なるほどぉ……。……オレも、頑張る」

 キリッと気合いの入れた表情を作るルクトさん。
 私のためにも、お洒落を頑張ってくれる、と。嬉しい言葉だ。

「私達も、手掛けたいですしねぇ。センスを磨かないと」
「うむ。どっちも、ファッションセンスも磨く」

 コクコクと、頷き合う。

 どっちも。冒険者向きのファッションも、貴族紳士服のファッションも、勉強して磨かないといけない。

「結局、シンさん、いや、シン、に調べさせるの? あのクラン」
「はい。彼の能力を確かめるのには、丁度いいかと。情報収集能力がどれほどか、見定めたいですしね」

 クラン『冠の宝石』を調べてもらう。
 彼のちょっとした実力
試験に、最適だ。今後の使い勝手を知るためにも、試したい。

「ルクトさんは、家を把握されてます?」
「あいつらに? んー……わかんないなぁ」
「そうなんですね……とりあえず、明日迎えに行く馬車に乗る際は、注意をしてくださいね」
「あ、うん。……本当に、迎えの馬車を送ってくれるんだね」
「こちらにお招きするのに、歩かせるわけには行きませんから。私の伴侶として挨拶するなら、なおさらです」

 ゴクリ、とルクトさんは喉を鳴らす。
 ちょっと緊張を覚えたようだ。

 私の伴侶として挨拶。

 そのためにも、馬車を出すことは決まっている。

「今夜……寝られるかなぁ」
「隈を作ってはだめですよ?」

 スッと、ルクトさんの目元を拭う。
 力が抜けた笑みを見せて、ルクトさんは頷いた。
 購入を終えたところで、手を繋いで、ファマス侯爵邸に向かって歩いていく。

「リガッティーのご両親、正式な謝罪を受けただろうけど……どうだったんだろうな? オレとリガッティーの話にもなったかな、やっぱり」
「ええ。婚約破棄の傷心を、ルクトさんが癒したようなことを、仄めかしたはずですよ」
「オレが傷心に付け込んで、口説き落として恋仲になったって、言っておくんだっけ?」

 おかしいと、ルクトさんは喉をくつくつと鳴らした。

 今日、正式な謝罪を元婚約者の両親である国王夫妻から、受けたはず。当然、今日公開した功績の件とともに告げられた恋仲について、探ってくるだろう。
 王妃様は、無粋な真似をしないとは思うけれど、私の将来や私が握っているお願いの使い道を警戒している国王陛下は、もっと知りたがるはず。

「なんだか、いつもルクトさんが悪者扱いですよね……」

 私は悪役令嬢の転生者だというのに、そんな私を唆したとか、挙句には誑かしているみたいに仄めかされている。

 ファマス侯爵家としては、国王側からの無用な縁談が押し寄せないための防波堤代わりに、ルクトさんの存在を利用しているのだ。

 そして、明日、ルクトさん自身を認めないとなれば、私を説得の上、別れさせることを、視野に入れているはず。
 私の平民落ち回避のためにも。

「オレはいいけど」
「なんでですか?」
「リガッティーをオトした悪いオトコになった気分。わりといい」

 ぼそっと、熱っぽく耳打ちしてきたから、ポッと頬を赤らめた。
 ルクトさんは愉快そうに、ニッと笑って見せる。

「ていうか……客観的に見ただけの感じ、そうなんじゃない?」
「一理あります、ね…………嫌だわ、私ってば、悪いオトコにオトされてしまいました」
「プハハッ!」

 ノリを見せれば、ルクトさんはお腹を押さえて噴き出して笑った。

「まぁ、ルクトさんの性格からして、柄じゃないですよ。悪いオトコは」
「そっか。悪いオトコ、お好みじゃないか。んー、じゃあリガッティーの評価としては、オレってどうなの?」

 ルクトさんは、真逆に好青年ってタイプだもの。

「真逆のいいオトコ?」
「疑問形……いや待って? 定義がよくわからないけど?」
「もっと言えば、好青年ですかねぇ」

 自分の頬に人差し指を食い込む仕草をしてから、ルクトさんの肩を掴んで、耳打ちする。


「私を一途に求めてくれるのですから、悪いわけないじゃないですか」


 ちゅっ。
 そのまま、ルクトさんの頬に唇を押し付けた。

 ルクトさんは目をまん丸にすると、頬を赤らめる。

「じゃあ、明日。お待ちしてますね。ルクトさんの想いを伝えるの、頑張ってください」

 両手をギュッと握り締めて、微笑む。

 もう家が見えているので、見送りはここまででいい。

「うん……頑張る。リガッティーも頑張ってくれたんだから、あとは任せろ」

 ルクトさんは握り返して、眩しげな笑みを見せてくれた。

 その手の甲に、ちゅっと口付けてくれたルクトさんに見送られて、帰宅。


「義姉上(あねうえ)…………シン・ホワイトさんの雇用についての話をしたいんだけど……着替えたら、僕の執務室に来てくれ」

 私の冒険者姿を映像で見たとは言え、実物を見るとなると硬直してしまう義弟ネテイト。
 目のやり場に困ったように、視線を泳がした先に、目をカッ開いてガン見している従者のスゥヨンを見付けた。
 グリッと頬に拳を押し付けて、見ることをやめさせる。

「わかったわ」と頷いて、すっかり落ち着きを取り戻したイーレイの指示の元、メイド達が着替えさせてくれた。

「イーレイ。宝石の件だけど」
「明日の早朝には、デザインを送ってくるとのことです」
「では、ルクトさんの背広のオーダーメイドの件は」
「ご指示通り、わたしの名で注文し終えました」
「ありがとう。流石だわ」
「この程度で、お礼は不要です。余裕ですので」

 着替えながらのイーレイの報告を聞き、頼んでいたことは終わらせてくれていたことに、満足して頷く。イーレイも、得意げ。
 イーレイの名前を使ってくれたおかげで、ファマス侯爵家の者ではないサイズの背広の注文で、噂が立つことは阻止が出来る。

 まぁ、明日のルクトさんの面談次第では、イーレイを隠れ蓑にしなくて済むけれども。


 『ダンジョン』で採取した宝石で、アクセサリーを作ってもらうことにした。
 レベッコさんに、個人的にお世話になっているお礼として。特別な時のお洒落用のアクセサリー。
 あと、尋ねるチャンスがなかったけれど、メアリーさん達にも注文するつもり。

 ルクトさんの色だと持ち帰ってきた、白銀の半透明の石は、アンジェンクリスタという名の宝石。
 ここまで半透明なのは珍しいと、鑑定してくれたレベッコさんが言っていた。
 欠片を一粒、明るいルビーも一粒、指輪にしてもらうつもりだ。
 残りのアンジェンクリスタは、丸く加工してもらって机の上の置き物にしようと思っている。ルクトさんの髪色を思い出させるから、楽しみだ。


 ルンルン気分で、一階にあるネテイトの執務室に向かう。
 現当主のお父様の執務室とはまた違う、次期当主用の執務室だ。
 そこでシンも待機していたので、早速、用意してくれた雇用契約書の内容を確認。

「義姉上が雇うと言ったのなら、反対はしないけれど……本当に大丈夫なんだよね?」
「ええ。大丈夫よ、ありがとう」

 ネテイトもスゥヨンも、物言いたげ。
 王妃様の命令で監視していたシンは、王室側に情報を渡さないか。それが心配なのだろう。
 でも、雇用契約書も魔力効力が込められているので、裏切り行為という違反をすれば、それ相応の対価を支払ってもらうことになる。

 私のサインをして、完了。各々で管理することとなった。

「それで、義姉上。こうして、異性の補佐官を得たのだから、執務用の部屋を用意すべきじゃない?」
「あら……そうね」

 ネテイトが提案してくれて始めて、思い至る。
 イーレイならともかく、シンが私の部屋に居座るのはよろしくない。

 ……七年もそばにいたから、今更だとは思ってしまうけれど。
 まぁ、彼の場合、姿は見せていないしね。

 そうチラリと見てみれば、立っているシンは、気まずげに視線をよそに向けた。

「家令のニコラさんから、候補の部屋をリストアップしていただきました。リガッティー様が選んでくだされば、改装の手配をします」
「あなたは、本当に素晴らしいわね」
「いいえ。これしきのこと、当然です」

 イーレイがすかさずもう候補をリストアップしてくれていると聞いて、感心する。
 出来るオンナすぎるわ、イーレイ。
 どやっとしそうなほどの雰囲気ながら、真顔なイーレイだった。

 とりあえず、リストアップしてもらった部屋を、改めて見て回ることにする。

「そうだ、シン。早速、情報収集をしてもらいたいの。あなたのちょっとした能力テストをかねて」
「テストですか。かしこまりました。なんの情報収集でしょうか?」

 シンに忘れずに言っておかないと。

「冒険者のクランっていう集団がいるの。名前は『冠の宝石』と名乗っているわ。メンバーは50人で、リーダーはハヴィス・フーランという名のAランク冒険者よ」
「Aランク冒険者、ですか……」
「そう。今日勧誘されたの。今まで遠征で不在だったけれど、最近戻ってきて、新人の私に目をつけてきて、ルクトさんと一緒に傘下に入れたいようなのよ。彼らがどこまで私達の情報を得ているか、または今後の動きについての把握をしてもらいたいわ。どう?」

 ソファーと空の棚が置かれただけの空き部屋を見回したあと、やれるかどうか、シンを振り返って尋ねた。

「今ある情報は、それのみでしょうか? リガッティーお嬢様」
「ええ。彼らの拠点は、知らないわ」
「わかりました。拠点を把握し、リガッティーお嬢様が望む情報を集めてきます。期間は?」
「最短で」
「最短……では、すぐにでも始めてもよろしいでしょうか?」
「今すぐ? まぁ……そうしてもらった方が助かるわ」
「はい。リガッティーお嬢様の素性を調べられていないか、早急に把握すべきかと」
「大丈夫? 無理はしないで」
「……お気遣いいただき、ありがとうございます。大丈夫です」

 今私が持っている情報はこれくらいだ。あとは丸投げ状態で、情報収集を頼む。
 ファマス侯爵邸に来たばかりなのに、大丈夫かと気になったが、問題ないと頷いて見せる。
 間があったけれど、どうしたのかと小首を傾げかけて気付く。

 そうか。今まで面と向かって気遣ったことないものね。今まで監視対象だったのだから、新鮮だろう。

「ゴホン。では、執務室はあとで教えていただく形で構いませんか?」

 照れ隠しなのか、咳払いを一つして、私の視線から逃れたシンが、今すぐに向かうと言い出す。

「そうしてちょうだい。イーレイと決めておくわ。何か要望でもある?」
「オレの要望、ですか……?」

 思ってもいない質問だったようで、目をパチクリさせるシン。
 難しそうに黙り込んだから、イーレイが助け船を出す。

「後々、追加すればよろしいかと。シンさん。最短の情報収集となると、具体的に報告が出来るのですか?」
「明日には一度、報告に戻ってきます。一日あれば、リガッティーお嬢様の情報をどれほど持っているか、調べられると思いますので」
「あらまあ……速いのね。優秀な部下が、もう二人も出来て嬉しいわ」

 かなりの自信がある様子のシンに、感心した。
 有能だわ。私の補佐官。
 ついで褒められて、イーレイも気を良くしている様子。

「……念のために確認したいのですが、ルクトさんほどの方ではないですよね?」
「…………その点は、大丈夫よ。ルクトさんほどの冒険者が、ゴロゴロいるわけないでしょう?」
「ですよね。安心しました……では、問題なく、収集してきます」

 明らかに、ホッとしたシンは、またもや自信に満ちたような拳を固めて見せて、空き部屋から出ていく。
 いってらっしゃい、と手を振って見送る。

 ルクトさんの【探索】は質がいいから、シンの姿を完璧に消す闇魔法でも、存在を把握される。
 私も最初は苦戦したけれど、ちゃんと【探索】で存在が把握出来るまでになった。

 そんな質のいい【探索】を使う相手ではないはず。そもそも【探索】は使えなさそうだ。
 今日も推測してやってきただけだったもの。

 ルクトさん並みなんて、先ずないだろう。
 ルクトさん相手でなければ、自信満々らしい。
 規格外最強冒険者だものね。うん。


 私達の執務室は、イーレイの意見ももらって、図書室の隣の空き部屋に決まった。
 古典的にドーンと重たそうな机を置くのではなく、ちょっとした会議室がいいと思う。
 報告や会議のために、中央にテーブルを置いて囲う形がいいな。そんな意見に、イーレイは反対しなかった。
 イーレイとしては、自分の机が欲しいとのことなので、それを許可する。

 すでに、今後参考になるであろう書物も注文しているそうで、本棚が必要だとか、そんな話をした。
 休憩のためのスペースも用意することなり、執務室というより、サロンみたいになってしまったと、くすっとしてしまう。


 夕食時に、両親から国王夫妻の正式な謝罪の話を聞く。
 私の元婚約者は、心からの謝罪が出るほどの反省がまだ出来ていないため、後日だそうだ。

 両親が慰謝料として請求したのは、領地に転移装置と【ワープ玉】製造を要求。
 婚約破棄騒動直後に、領地で魔物の群れが出たために、今後の不測の事態を危惧しての処置。
 ということで、要求したのだ。
 領民は助かるし、領民のための要求ならば、社交界でファマス侯爵家の株も上がる。

 あと、些細ながら、他国の王族の縁談は拒否したい、と言っておいたと。
 そして、尋ねられたルクトさんとの関係は、私の傷心を強調して、仲を深めていると仄めかした。

 その傷心を理由に見守っているとも、話したのだとか。


「明日が楽しみだな」と、お父様が笑って言った。

「ルクトさんが緊張で眠れないかもしれないと言ってましたわ」
「子守歌でも歌ってあげなさい」

 私が微苦笑すれば、お母様はうふふっと笑って、連絡するように言う。
 どうせ今夜も通信するのだろう、と予想がついているみたいだ。

 まぁ、その通りですけど。
 ……子守歌は、歌いませんが。


 ルクトさんに、シンを調査に送ったことや、執務室を用意することも、報告した。
 明日、無事に挨拶が終わったら、ファマス侯爵邸を案内するとも、話す。

「大丈夫ですか? ちゃんと眠ってくださいね?」
〔うん、ちゃんと寝るよ。……明日、任せとけ。相棒〕

 穏やかな声で、頭に響くように聞こえた。
 目を閉じて、微笑む。

〔好きだよ、リガッティー〕
「……私もです、ルクトさん。その想いを、認めてもらってくださいね」
〔うん。大好き、おやすみ〕
「大好きです、おやすみなさい」
〔うん、好き〕
「……はい」
〔好き〕
「……ふふっ」
〔ふふっ。好き〕
「ルクトさんったら……」

 好き好き攻撃。なかなか通信を切らないから、二人して笑った。
 もう一度、おやすみと言い合って、眠る。



 翌日。春休み、最終日。

 白のブラウスとフリルと、赤いリボンを腰に結んだ深紅色のドレス。編み込んで、結った白いリボンは、銀色のラメが入ったものを組み込んだ髪型。

 深呼吸をした。私も、緊張してしまう。
 そう思われないように、静かに背筋を伸ばして、玄関で佇む。

 ルクトさんを連れてきた馬車が、到着。

 中から降りてきたルクトさんは、大きな襟が立った白いワイシャツに、ループタイをつけている。
 紫のストライプの入った黒いベスト。黒に近い暗い紫色の春スーツ。
 白銀の髪は、前のように右分けにして額を晒している髪型にセットしている。

 ルビー色の瞳が細められて、私に微笑みかけた。


「――――おかえりなさいませ」


 ルクトさんが目を見開いたところで、私は我に返る。

 私……今…………いらっしゃいませ、と言ったつもりだったのに……。

「……い、言い間違え、ました……」

 笑みで固まったまま、私は羞恥心で顔が熱くなったのを感じた。

「ほう? 言い間違えた? 親(わたしたち)にしか言わないような挨拶を、か?」
「そうなの? 間違えてしまったのね? リガッティー」

 後ろに佇んている両親が、笑いを含めたわざとらしい声で指摘する。

 そう。今の言葉は、両親にしか言ったことがないものだ。

 ぷるぷると震えてしまうが、唇を強く結んで恥を耐えた。

「……ありがとう。緊張がほぐれた」

 ルクトさんは、笑みを深めると顔を寄せて、そう囁いた。

「リガッティーは、オレの色のドレス? 可愛い」

 頭の後ろのラメを煌めかせたリボンを撫でたようで、その指先を私の頬まで移動させたあと、そっと撫でる。

「……ルクトさんも、素敵です」

 私もベストをなぞるようにして指を滑らせてから、囁き返す。

「コホン。お父様、お母様。私の恋人のルクトさんです」

 気を取り直して、くるっと振り返って、ルクトさんを掌で差し示した。

「我が家へようこそ。ファマス侯爵現当主、シュヴァルトだ。こちらが、我(わが)妻」
「リカリアンですわ。ようこそ、ファマス侯爵邸へ」
「改めまして、ファマス侯爵家の跡継ぎ、ネテイトです」

 私の家族が揃って、自己紹介をする。
 お父様と、お父様が肩を抱くお母様。そして、横に立つネテイト。ファマス家のご挨拶。

「初めまして、ファマス侯爵ご夫妻。改めまして、ネテイトくん。リガッティーとお付き合いさせていただいている、ルクト・ヴィアンズです」

 ルクトさんは、胸に手を当てて会釈する。

「Aランク冒険者であり、リガッティーの指導者も務めています。冒険者活動の許可、心から感謝しています」
「うむ。まだ感謝は、早いかもしれないがな」

 感謝を受けるけれど、お父様は意地悪な言い方をした。

「では、話そう」

 お父様達が移動を始める。私とルクトさんは、顔を合わせた。
 ほんのりと緊張を浮かべた笑みを見せ合いながら、ルクトさんに手を見せる。
 ルクトさんはエスコートだとわかり、腕を差し出した。軽く絡むように、そっと手を添える。
 お父様達を追って、廊下を歩く。


 大応接室。

 『ダンジョン』帰りの時と同じく、私は客側のソファにルクトさんと肩を並べて座った。
 向かいには、お父様とお母様も、肩を並べて座っている。
 ネテイトは、一人がけソファ。
 後ろに、補佐官達が控える。

 メイドが飲み物を並べ終えたところで、ルクトさんから切り出した。

「先ずは、未成年の娘さんを二日も外泊する冒険に連れ出したことを、お詫び申し上げます」
「そうだな。娘自身が承諾したとは言え、親の許しを得ていないとわかっていながら、連れ出したことはよくない。謝罪を受け入れよう」

 深く頭を下げての謝罪を、お父様は受け入れる。

「ありがとうございます。リガッティーの想いも意志も認めてくださったことにも、感謝しています。あとは、オレ自身の想いと意志を認めてもらいに来ました」

 顔を上げたルクトさんは、真っ直ぐに父を見据えた。

 横顔は真剣そのもので、ルビー色の瞳は強い意志がある。

「生意気に思われるとは重々承知の上で、予めに言っておきます。オレは引き下がるつもりはありません」

 宣戦布告。
 意志表明をしに来たのだ。
 認めてもらうことだけを望んでここにいる。

 ルクトさんの膝の上に置かれた拳にそっと手を重ねれば、ルクトさんはすぐに指を絡めて握り締めてくれた。
 目を合わせて、微笑み合う。

 これから、ルクトさんが想いを語る。

 と、いうのに。

「じゃあ、行くわよ。リガッティー」
「はい?」

 お母様が立ち上がって、そんなことを言い出したので、目を点にする。

「あとは殿方だけで話すのよ」
「えっ。何故ですか? ルクトさんのそばにいたいですし、私の時は家族揃って聞いたではありませんか」
「あなたの場合と彼の場合は違うわ。サロンで終わるまで、待ちましょう」

 ええぇ……。まさかの退室。想定外。

 ルクトさんのそばにいたいのに、お母様に手を引かれて引き剥がされた。
 ルクトさんも困ったように眉を下げたけれど、すぐにニッと笑って見せる。


 あとは任せろ、相棒。


 口パクで、ルクトさんがそう伝えてきた。

 ならば、私も不安な顔をしていないで、手放しで信頼しよう。

 あとは任せました、相棒。

 そう込めた笑みで頷いて見せた。


 お母様と腕を組んで退室したあと、私はむくれる。

「酷いですわ、お母様。引き離すなんて。お母様は聞かなくてよかったのですか?」
「あなたから聞いたもの。それにもう十分、彼の覚悟もわかったわ」

 想いについては、私からの言葉で十分だなんて言うお母様。
 先程の宣戦布告で、お母様はルクトさんの覚悟を認めた、ということだろうか。

 まぁ、待つしかないか。

 私はサロンで紅茶を淹れてもらい、マンサスの花の砂糖漬けを食べながら、待った。


 
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