婚約破棄された悪役令嬢は冒険者になろうかと。~指導担当は最強冒険者で学園のイケメン先輩だった件~

三月べに

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二章・多忙な学園の始まりは、恋人と。

81 生涯の伴侶の全てが好き。(ルクト視点)

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 足を踏み入れるのは、これで二度目になるファマス侯爵邸。

 緊張がピークに達していたところで、出迎えてくれたリガッティーを見て、緊張は和らいだ。
 それなのに、「おかえりなさいませ」だなんて、愛らしい笑みで言うものだから、驚いた。

 言い間違えたと恥ずかしげに顔を、仄かに赤く染めたリガッティーだけれど、本心から言ってしまった言葉だろうか。

 家に帰ってきた、だなんて。
 リガッティーがそう出迎えてくれたのは、嬉しい。


 鼻の下に黒い髭を生やしていて、黒髪をオールバックにした男性が、リガッティーの父親。ファマス侯爵様。

 鮮やかな紫の髪色を結った女性が、リガッティーの母親。ファマス侯爵夫人。
 紫色の目をやや吊り上げたようなメイクをやめれば、リガッティーの姉妹にも間違えられてもおかしくないくらいに、そっくり。

 それから、義弟のネテイトくん。
 なんか、彼まで緊張している気がする。

 両親の前だからと遠慮することなく、エスコートして、隣り合って座って、いざ話そうと口火を切ったのだが。

 そこで、侯爵夫人がリガッティーを連れて退室してしまった。

 想定外だ。
 でも、オレが頑張って認めてもらわないといけない番なのだから、怖気付かない。
 リガッティーにも、笑顔で任せろ、と口パクで伝えておいたので、待ってくれるリガッティーに、あとで朗報を知らせないとな。

 リガッティーは、ほぼ母親である夫人と一騎打ちだったのだ。

 オレは、リガッティーの父親である侯爵様と一騎打ちか。

「……引き下がらないと宣戦布告をしてきたが、あの子に平民落ちをさせるつもりかい?」
「いえ! 滅相もありません! なんとか説得を続けて、許可を得る所存です。勝手ながら、リガッティーの身分を下げるなんて、嫌だと思っていましたので……リガッティーの前の進路が王妃だったですし、リガッティー自身、高い地位にいるべき、気高い女性だと思っていますので。それだけは避けたいです……ホント」

 侯爵様が重たい口調で尋ねてきたから、慌てて首を左右に振って否定する。

「つまり、あの子の選択肢の一つ、か」
「その、例の隣の王太子の問題で思い詰めて、言い出した選択肢です、ね。平民落ちなら、娶られないし、家にも迷惑をかけないだろう、と……」
「う、うーむ」
「意外ですか? オレもギョッとしましたが……そうなってでも、オレと一緒になろうとする意志が、堪らなく嬉しかったりします」

 ポリポリ、と頬を人差し指で掻いては、へらりと笑ってしまう。

「どんな道を歩こうとも、一緒にいることは譲れないんです。もうリガッティーのいない人生は、考えられない……いえ、ないんですよ」

 リガッティーのいない人生は、要らない。
 だから、ないだ。

「でも、リガッティーは気高く、優れた女性です。オレ自身が侯爵の地位をもらえるならもらって、今後も身分は落とさないでほしいと、本当に勝手に思ってます。王族にも、そして同年代の貴族にも、多くに慕われている彼女が身分を落として、失うのは嫌なんです」

 こういう話はしたことないから、本当にオレが勝手に思っていることだ。
 首をさすりながら、微苦笑をする。

「……ふむ。実のところ、君には感謝しているんだ」
「感謝、ですか?」

 侯爵様が背凭れに背中を預けて、言い出したことに目を丸めた。
 どれのことだろう。リガッティーが、身分を落とさないこと?

「娘が幼い頃に、魔法を学んで年相応にはしゃいでいた姿を忘れるくらい…………完璧な淑女になっていた娘が、感情豊かな顔を見せてくれるようになったからな」
「!」

 驚いてしまい、さらに目を見開いた。
 侯爵様は、少し寂しげな笑みになる。

「王族からの縁談を聞いて、心底嫌そうな顔をしていたことは覚えている。けれども、わりとあっさりと受け入れた。貴族の義務だと、ね。10歳の娘が、魔法から王妃教育に集中しただけのことだと思っていたが……気付けば、完璧な淑女として冷静沈着というよりも、淡白な娘に成長してしまっていたんだ。政略結婚ではあったが、元婚約者を優秀だと褒め称えていていても、恋愛感情は全く芽生えそうになく、そんな感情がなくても信頼関係があればそれでいい……だなんてキッパリと答えた時は、本当に……私も妻も、衝撃的だった」

 昨日も、似た話をリガッティーが言っていたな……。
 両親にとっては、結構ショッキングだったのか。

「それで、ネテイトくんには、恋愛婚を求めた、とリガッティーが言ってました……」
「まぁ……その通りだ」

 侯爵様は、苦虫を食い潰したような顔を見せた。
 ネテイトくんは、戸惑ったような表情だ。まさか、義姉が恋愛感情なく結婚をするつもりだから、自分は恋愛婚を求められたことまでは知らなかったらしい。

「君への想いを語るリガッティーを見て……こんなにも感情を表に出せる娘だということを知らなかった。もうとっくに、淡白に感情を制御してしまって、いつでも何事も、冷静に対処してしまう人間に成長したとばかり…………私も妻も、親失格だと思ってしまったものだよ。ちゃんと、娘を見てやれなかったと……素のリガッティーを表に出してくれたのは、ルクト君。君だ」

 膝の上で肘をついて、軽く握った拳を顎に乗せた侯爵様は、そう優しげな眼差しで告げた。

「あー……いや、それは……そうだと言い張りたいのは、山々なんですが…………多分、リガッティー自身が素を出したからこそ、オレにあんな可愛い顔を見せてくれたと思います」

 そう言ってもらえるのは嬉しいが、ちゃんと訂正しておく。

「きっかけは、あくまで婚約破棄による解放で、それから……リガッティー自身が選んだ冒険者活動です。初対面したリガッティーは、侯爵令嬢なんて雰囲気をまとうことなく、演技じゃなく気軽な雰囲気で喋ってくれました。もう可愛いの一言です。オレに恋してくれているリガッティーの可愛さが、オレが引き出しているというなら、そこは喜んで胸を張りますよ」

 自分の手柄はない。
 リガッティー自身が選んだから、今がある。

「リガッティーは……オレにはもったいないほど、素晴らしい女性です。高嶺の花すぎる女性です。自分自身で突き進める彼女と肩を並べられるように、駆け上がりたいです。いえ、駆け上がって、彼女の隣に相応しい男になります」

 自分で選んで進んでいけるリガッティーの隣を得るために、オレは努力を惜しまない。


「気高く凛として美しいのに、可愛さを振り撒くリガッティーの全てが好きです。リガッティー以上に想える人なんていません。いえ、絶対に存在しませんね。オレには初めから、リガッティーしかいなかったと思います。オレには、リガッティーだけです。ただ一人の生涯の伴侶が、リガッティーです」


 思えば、リガッティー以外に想いを打ち明けるのは、初めてだった。
 胸に手を当てて、ギュッと押し込む。そんな仕草をしても、溢れているようにしか思えない。

「そんなリガッティーと添い遂げるために、先ずはファマス侯爵夫妻に認めてもらおうと今日は来ました。リガッティーに想いをありのままに語ればいいと言われたので……語っていいですか?」
「えっ? まだ始めてないの? 今のは、なんだったんだい?」

 素っ頓狂な声を出して、目を点にする侯爵様。
 後ろに控えているリィヨンさんと、もう一人の補佐官なのか、剣を携えているから護衛なのか、強面の人も、一緒になって目を点にした。

「ええぇっと……正直、まだ語れます!」

 頭を掻いてから、その手でグッと拳を固めて見せる。

「実は、リガッティーの想いの惚気を語るのは、初めてで……」

「いや、惚気って……」と、苦笑のリィヨンさんが口元を引きつらせて呟いた。

「こちらとしては、目を合わせて話したことで、信用に値する人物だと判断した。妻も、リガッティーを連れて、それで席を外したわけだ」
「えっ! もう……信用してもらえたんですか……?」
「なんだい? もっと苦労して説得したかったのかい?」

 腕を組んだ侯爵様は、意地悪な感じに笑いかける。
 宣戦布告したところで、夫人はリガッティーを連れて出て行った。

 あの宣戦布告だけで、意志は認められたってこと、か……?

「実は……そのぉ……学園長には、結構、強めに阻まれている感があるので、拍子抜けしちゃってます」

 ガシガシと髪を乱してから思い出す。
 髪をセットしていたのに。完全に力が抜けたオレは、それを撫でて直した。

「学園長って……先代王弟殿下?」
「はい……」
「ディベット様が、何故……?」
「それはぁ……テオくん、いえ、テオ殿下とともに、もう家族として想っているからでしょうかね。テオ殿下は応援してくれてますが、学園長の方は、”まだまだ満足に認められない”、みたいな姿勢です……」

 侯爵様は、知らないのか……。

「それは……災難だな……。いや、何故、私よりも阻んでいらっしゃるんだ……???」

 わからないと首を捻る侯爵様。

「それだけ、王族の方には、かなり評価されているというか、ね?」

 なんて言えばいいのやら。
 ネテイトくんとスゥヨンさんに、ちょっと助けを求めるように目をやる。

「テオ殿下の方が、王妃教育に励んでいた姿を見ていたり、学園でも優れた成績を出したりと、ディベット様がよく知っている……から、ではないでしょうか? なんだか……義姉上が、新時代を開拓しても納得だという反応をしていました」
「新時代を開拓」

 ネテイトくんが恐る恐るな口調ながら、侯爵様にそう説明をしてくれた。
「事実になるかと」と、オレも付け加える。

「……ふぅ……ますます、親失格に思えてならないな。リガッティーの表面の姿しか、見てこなかったようだ」

 侯爵様は疲れたように息をつくと、自分の髪を後ろへ撫でつけた。

「んー……その侯爵様達が見てきたリガッティーの表面の姿とやらが、王妃教育で培った努力の賜物だったんじゃないですか? その努力は決して全てを無駄にすることなく、全部を惜しみなく発揮して生きて行くリガッティーを見ていけばいいかと。伸び伸びと自由を謳歌するリガッティーは、最高に可愛くてキレーで眩しいですよ」

 そう悲観しなくても、別に偽物を見ていたわけじゃないと励ますつもりで言う。
 これからのリガッティーが最高に素敵だと思うから、そう自慢してしまった。

「あっ。実の親に向かって、生意気ですみません」
「……まったくだ。そんな娘を掻っ攫おうとする男が、ぬけぬけと」

 苦そうながらも、意地悪に笑う侯爵様は、複雑な心境であっても、冗談気味に言ってくる。
 あ~。実の父親としては、そうなるなぁ……。
 見ればいいとか言って、オレが掻っ攫う感じになるのか……。……照れるな。

「安心だな。リガッティーも本当に傷心で、そこを突いて心に入り込んだ悪いオトコだったら、どう排除しようかと頭を悩ませていたから」
「はいじょ」
「実績が実績だから、難しいと思っていたんだ。よかったよかった」
「んんん?」

 また背凭れに身を預けた侯爵様が笑い退けるから、本気なのかと、ネテイトくんに疑問の視線を送ると、サッと色の悪い顔を背けられた。

 オレ、暗殺されそうだったのぉ~? ええぇ~? 貴族、物騒だね?
 いや、隣国にスパイとか送れちゃうから、そんなコマがいたりするのかな…………それとも、なんかプロの暗殺者とか雇ったりするのかな……気になる。
 でも、冗談だよな……? リガッティー、一言もそんなこと仄めかしてないし……。いや、でも、自分を観賞する隠れファン一家に気付かなかった前科あるからなぁ……。……まぁ、知らない方がいいっか。

「リガッティーがゾッコンで、君もゾッコンで、本気で添い遂げる未来を掴み取る気でいるなら、私達も力となる」
「! ありがとうございますっ。侯爵様」
「もう義理の父親と呼んでも構わないぞ」
「本当ですか? 学園長と差がありすぎて、ホント拍子抜けなんですけど……」
「はっはっはっ。ディベット様は別口で、頑張って認めてもらいたまえ」

 あっさりと義理の父親呼びを許されてしまい、本音を零す。
 笑い事にされては、苦笑しか返せない。

「お言葉に甘えて……義父様(おとうさま)、でいいでしょうか? 呼び慣れませんね」
「ああ。妻のことも、義母様(おかあさま)と呼ぶといい」
「義父様と義母様、ですね。慣れよう。……あっ、ネテイトくんは? オレのこと、義兄上(あにうえ)って呼んでくれる?」

 オレの実の親の呼び方は、お父さんとお母さんだ。違う呼び方なら、混合しないで済む。それに貴族様なら、こういう呼び方がいいだろう。
 リガッティーのもう一人の家族であるネテイトくんに顔を向ければ、ギョッとされた。

「えっと……いいですけども……。お父様、学園でも、そう呼んでもいいのでしょうか?」

 あ、いいんだ。リガッティーのことは義姉上(あねうえ)だから、オレのことも義兄上(あにうえ)と呼ばれたいと思ってたんだよなぁ。
 そんなネテイトくんが、明日から始まる学園生活内でも、そう呼んでもいいのかの確認をした。

「そうでした。交際を隠すな、という方針だってリガッティーに聞きましたが……そこの点はどうなんですか?」
「ん? 君はどうしたい?」
「どう、したいと言われましても……」

 にたり、とちょび髭の下で、口元を吊り上げる義父様。
 なんか、この人も意地悪な感じだな。学園長よりかは、か・な・り、柔らかいけれども。

「ぶっちゃけ、リガッティーがフリーになった今、虫が集らないように牽制したいので、学園内でも寄り添うことを許してほしいです」
「あっはっはっ! バカ正直だな!」

 義父様は、笑って膝を叩いた。

「声高々に公言をしなければ、構わないさ。学園内では、普通に会ってもいいし、寄り添ってもいいし、手を繋いでも構わない。存分に見せ付けて、虫除けをしてくれたまえ」

 思わず、グッと脇を閉めて拳を固める。
 よっしゃ、と言わなかっただけ、褒めてほしいくらいだ。
 学園内の牽制許可、もらえた!


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