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09 艶やかなもふもふ。
しおりを挟むカリーの叫びが原因で、私達がレベルアップしたことは知れ渡った。
その場にいた冒険者から、受付の女性達に苦情が殺到する。
「昨日冒険者になったのに、今日レベルアップしたってどういうことだ!? おかしいだろ!!」
「いくら”冷笑の令嬢”でも、こんなに早くレベルアップになっていいのか!? 絶対貴族の金で小細工したんだろ!?」
「そうに違いねぇ!!」
「違います! レベルは小細工出来ません!」
「誤解です!」
「嘘だ!! なんでレベルアップしたんだよ!?」
「そうだそうだ!!」
受付の女性達は宥めようとするが、ヒートアップする一方。
「あわわっ! 自分のせいで……!」
「なんかどうもすみません、騒ぎになってしまいましたね。サブギルドマスター」
「んーぅ」
カリーは耳を押さえて私の後ろに隠れて怯える。
サブギルドマスターの女性は、私の冒険者プレートを見つめながら困ったように笑う。
「倒した魔物は、どんなのでしたぁ?」
「あ、それなら、【無限収納】の中に入ってます」
「この場に出してくださーい」
サブギルドマスターがそう言うので「大きすぎるので、頭だけ出しますね」と私は二つの頭を取り出した。
「きゃああっ!」
突然、カウンター内に大きな犬の頭が二つ出たからなのか、受付の女性一人が悲鳴を上げる。
それで注目が集まり、苦情は止んだ。
「んーぅ、二つ頭がついてて火を噴きましたぁ?」
「はい、そうです」
「そっか、じゃあ間違いないですねぇー」
「資料にはなかったですが、レベル2の魔物ですよね?」
「違いますよ。レベル3の魔物、魔の番犬ケルケルですぅ」
サブギルドマスターから渡された資料に載って無かったかと思えば、レベル3だったのか。
「あの森にいるはずなんて、なかったんですけどねぇ」とぼやくように言葉を溢す。
たまたまいたのか。出くわしたのが、私とルヴィ様でよかった。他のレベル1の冒険者なら、灰になっていたのではないか。
「レベル3の魔物をお二人で戦って倒したのですねぇ?」
「はい」
「それならレベルアップするのも、頷けますよぉー。レベル1には膨大な経験値ですからねぇ。あ、レベル1の冒険者は真似しちゃいけませんよぉ?」
カツカツとカウンターに歩み寄りながら、ゆったりした口調で一同に告げる。
「まぁ、普通はレベル1の冒険者が、間違っても遭ってはいけない魔物です。遭ったら逃げなくては命がありません。レベル3のパーティでやっと倒せるかどうかの魔物ですからねぇ。しかし、このレティエナ・ピースソー様とルヴィ・カルブンクルス様は、たった二人で立ち向かい見事に倒したのですよぉ。まだわーぎゃー騒ぎ足りないのなら、直接確かめたらどうですかぁ? このお二人の強さを。決闘なら、あたしが立ち会ってあげますからぁ……」
呑気そうな声を伸ばしたのち。
「さぁ、誰から挑みます?」
凄むような威圧的な声を放った。
絶対に怖い顔をしたのだろう。私からではちょうど背中しか見えないから、表情はわからない。
中には「ひっ」と短く小さな悲鳴を溢すものがいたくらいだ。
流石はサブギルドマスターになるだけはある。きっと強い。
サブギルドマスターの次に私とルヴィ様は注目を浴びるので、ここはどーんと構えておいた。
どうやら苦情をしたのはレベル3以下の若い冒険者達らしく、私とルヴィ様に挑む胆の据わった冒険者はいない。
そうか、レベル3以上の冒険者は遠出しているから、まだ帰ってきていないのかも。それかこの騒ぎに参加していないか。
「仕事に戻ってくださぁい」
呑気な声に戻ったサブギルドマスターは、大きな犬の顔の前にしゃがんだ。
「これ、ギルドで買い取ってもいいですか? もちろん高額で。魔の番犬は、レアなのでコレクターが目の色変えて買うはずですぅ」
「あ、よかった、買い取ってもらおうと持ってきたのですよ。……で、いくらになりますか?」
「5000ゴールドでどうでしょうぉ?」
「んー相場がわかりませんが、まぁいいでしょう。交渉成立で」
この国にはゴールドとシルバー、そしてブロンズの三種類の硬貨がある。
大雑把に説明すると、ゴールドは一枚千円、シルバーは一枚百円、ブロンズが一枚十円くらいだ。とても薄いコイン。
ゴールドのそれを五千枚きっちりもらったら、【無限収納】に入れておいた。
これで当分は、二人と一匹の食費に困らない。服や装備を買い揃えなくては。
「毛皮や尻尾も、防具店などで売れますよぉ」とアドバイスをもらったので、先ずは売るか。
その前に、カリーの殺害未遂の件だ。どうなったのだろう。
ギルドマスターは見当たらないから、まだ片付いていないのだろうか?
「あぁ~。カリーちゃんの件なら、無事確保しましたそうですよぉ」
「あら、そうなんですか?」
「はい、今は牢獄に入れる手続きとかでギルドマスターはまだ帰って来れてないのですぅ」
「じゃあ、もうカリーは安全ですね」
いい子いい子と頭を撫でると、カリーは気持ち良さそうに目を閉じた。
「レティエナ様。レベル1の依頼をこなしたことも報告しないと」
「あ。忘れていました」
うっかり忘れるところだった依頼遂行の報告を、ルヴィ様が教えてくれる。
依頼の薬草を渡せば、依頼書に遂行完了のハンコを押された。
その依頼書に冒険者プレートを翳せば、少ないが経験値が入るそうだ。一応、翳しておく。もちろん、レベルの変動はなかった。
レベル3目指して、明日も頑張らなくはいけないな。
冒険者ギルドを出ると。
「レティエナ様。先ずはその汚いもふもふをどうにかしないといけませんね……」
敵意むき出しの目で睨むように見るカリーの視線の先には、ぼさぼさのロン。
「そうね、このまま汚れたままなのも可哀想。一度家に帰って洗ってあげましょう」
そう言って、ロンの脇を持ち上げる。
「レティエナ様。私が洗いますよ。猫の姿とは言え、雄の魔物です。レティエナ様の安全のためにも、私が」
きらきらの笑顔で、ルヴィ様が言い出す。
「ルヴィ様、何を言っているんですか……猫に嫉妬ですか……?」
カリーが呆れた顔を向ける。
「あなたには言ってませんよ、カリーさん」と、つかさず笑みを引っ込めた真顔で返すルヴィ様。
「むきー!」と、カリーは毛を逆立てる。
「私がこの子の責任を取ると言ったので、私が洗います」
「レティエナ様……ご立派ですね」
「普通ですよ?」
感動した、って目で見ないでほしい。ルヴィ様め。
「自分もお手伝いします!」
「ロンを洗い終わったら、服とか防具を買いそろえましょうね」
「はい!」
カリーは嬉しそうに満面の笑みを溢した。
買い物に行くと聞いたルヴィ様は、同行すると言い出した。
ルヴィ様いわく「女性二人きりで出掛けるなんて危ないですから」というのが理由。
カリーいわく「単に虫よけでついてきたいだけですよ、あの人」らしい。
虫よけ、ね……。
「レティエナ様は、お人がよすぎるのですよ! 自分の件もそうですが、なんでそう他人を受け入れやすいのですか?」
アパートの部屋に戻ったら、直行でバスルームに入った。
そこで大人しいロンを薄めたボディソープでもこもこと泡立てて洗ってやりながら、カリーが言った。
「別に普通だと思うけれど……」
「刃物を向けてきた相手を餌付けするのが普通だと仰るなら、レティエナ様の普通はおかしいです!!」
カリーに言い切られてしまう。
「そんなこと言われても、ね。ああ、そうか。”冷笑の令嬢”として他人を拒絶してきたから、その反動じゃないかしら」
「反動、ですか?」
「ええ。”冷笑の令嬢”なんて呼ばれるようになったから、それで婚約破棄をしてもらおうと作戦を立てたの。無表情か冷笑で他人を遠ざけていたから……その必要もなくなった今、好意を向けてくるルヴィ様も、いかにも訳ありのあなたのことも、このロンのことも、邪険に出来なかった。そうかもしれないわ」
「婚約破棄を、してもらおうと……?」
ぼんやりと答えに行き着いた私の言葉に、先ず婚約破棄作戦の意味がわからず、カリーはハテナマークをたくさん浮かべた。
「私は生まれる前から、第一王子の婚約者と決まっていたのよ」
私は短く話すことにする。
「だから未来の王妃として様々な教育を受けてきたし、強いられてきたの。でも……私は婚約破棄を望んだ。そうすれば自由が待っているからね。元々殿下も私には興味の欠片も持ってなかったし、作戦は見事成功して、冒険者となったわけよ」
厳密には、神様が望んだことだけれど、ややこしくなるからそれは伏せておこう。
「未来の王妃としての教育は無駄にならないわ、おかげで最速でレベル2の冒険者になれたようだしね」
言葉に迷う様子のカリーに、そう笑って伝える。
「ロン。頭のところに固いものがついていると思ったら、これ角かしら? やっぱり魔物なのね。今泡を流すわ」
「……あっ! レティエナ様!」
「あら?」
もこもこに膨れ上がった薄汚れた泡を洗い流すと、これまた艶やかに濡れた毛があった。
黒っぽかった毛は、紫色に艶めくエレガントなものだ。
これはいい感じのもふもふになるに違いないと、意気揚々と魔法具のドライヤーで毛を乾かし始めた。
ロンは最後まで大人しい。二人がかりで毛を乾かし、そしてブラッシングをしてもらえているのだ。身を任せているみたい。
「かんせーい!」
「レティエナ様の御髪より乾かすのに時間がかかった気がします!」
何故私と比較するのかはさておき。
完成したのは、長い毛がもふもふの魔物の猫。紫に艶めく黒の長い毛が、本当にエレガント。
ベッドの上に置いたロンは、すっきりしたような表情をしている気がする。
「それでは……吸わせてください!」
床に座って頭を下げてお願いした。
「吸う!? なんのことですか!?」
「え? 猫は吸うものでしょう? もふもふに顔を埋めて吸う……」
「さも当然のような顔をしますね! 自分は初耳です! ほら、ロンもドン引きな表情をしてますよ!?」
え? 猫は吸うものだって常識ではないの?
この世界では違うのかしら……。
真剣に考えていれば、カリーもロンもドン引きらしき表情で身を引く。
「よいではないか!」
私は許可を得ずに、ロンを捕まえて、顔を埋めた。じたばたする中、しっかり押さえてもふもふの中で深呼吸すれば、同じボディソープの香りがした。桃のボディソープなので、桃が仄かに香る。洗いたてのもふもふは、格別。
やがて、ロンは暴れることをやめて、諦めたようだ。
「最高よ、ロン」
「……それにしても、喋りませんね。この魔物。使役出来たからには、言葉を発するのでしょう?」
「……うん。無口なのよ」
騒ぎそうなので、ロンの本名を知らないことは黙っておくことにした。
「よし、ルヴィ様も待っているから、そろそろ行きましょう」
「そうですね」
「ロン、寝てていいよ」
そう声をかけて、部屋を出ようとしたけれど、ロンはベッドから飛び降りるとぴったりとついてくる。
「え? 一緒に行きたいの?」
「まぁ使役している魔物なら入店を断られることもありませんし、いいんじゃないですか?」
この街はかなり緩いので、動物の出入りは基本的に許可されているのだ。
アパートも、ペットの禁止はされていない。
疲れているみたいだから寝ててよかったのに。同行したいのなら仕方ない。
結局、ルヴィ様もロンもつれて、カリーの衣服を何着か購入した。
「いいんですか!? いいんですか!?」とはしゃぐものだから、じゃんじゃんと買い与えたくなったものだ。
ついでに防具店なので、魔の番犬ケルケルの胴体ごと毛皮と尻尾を売っておく。しかし防具にしても買い手がいないかもしれないとスキンヘッドの店長がぼやくものだから、私が買うと言ってみた。聞けばさらに北部に行けば、レベル3の魔物がうようよしていて、そして気温も下がり雪が降り始める地域なのだという。そこで毛皮や尻尾が、防寒対策になるとのこと。レベル3の冒険者になったら使おうと、予約で買うことにした。
武器屋にも寄る。魔の番犬ケルケルの戦いで刃こぼれしてしまった剣を新調。
廃棄のために渡した剣を見て「どうすりゃ一日でこんな刃こぼれを……」とぶつくさ店長が言っていたが、聞こえないふり。
帰る際には、野菜を買い込んだ。
「今日の夕飯は何になさるのですか!?」
耳をぴくぴくと立てて、カリーが問う。
「今日は昨日の魔獣でビーフシチューを作ろうと思うの」
「ビーフシチューですか!」
目を爛々と輝かせて、よだれを垂らしそうなカリー。
「レティエナ様は貴族時代から料理をなさっていたのですか?」
ルヴィ様が覗き込むようにして尋ねてきた。
「そうですね、出来ないことはない王妃にしたかったようで、料理も叩き込まれましたよ」
「……そうなんですね」
少し痛々しそうに見てくるけれど、私は笑って見せる。
「ビーフシチュー、ルヴィ様も食べていきますか?」
「……ええ、ぜひ。いただきます」
ルヴィ様は嬉しそうに微笑んだ。
きっとふたりでは食べきれないから、食べてもらいたいだけである。
するとブーツにまた重みを感じた。前に向かって持ち上げれば、またロンがかじりついている。
「何よ? ロン」
「まさか、ロンもビーフシチューを食べたい、だなんてー」
冗談でカリーが言ったが、的中したようで、コクコクと激しく頷くロン。
「猫は人の料理は……あ、魔物でしたね。まぁこの材料で足りるでしょう」
あまりよくないと思ったが、ロンは魔物。胃袋的に大丈夫だろう。
三人と一匹分、作れるだろうとアパートの部屋に帰った。
煮込んだビーフシチューをテーブルについていただく。
ロンだけは床で食べてもらおう。はくはく、とがっつり食べている様子を見て、大丈夫そうだと判断。
濃厚なシチューの味と、牛肉を味わいつつ、団らんとした光景に顔を綻ばせた。
真夜中のこと。
ふと意識が浮上して瞼を上げる。
右隣にはすやすやと眠る狼耳の少女カリーがいて、その間にロンがいたはずなのにいない。
どこだろう、と視線を動かして気が付く。
窓辺に誰かが座っている。青年のようだ。雰囲気からして、ルヴィ様に匹敵しそうな美しさを感じる横顔。
なんて思ったのも、束の間だ。
こちらを振り返りそうな時に瞬きをすれば、青年の姿はなかった。代わりのように、窓辺にはロンの姿があった。
じっと琥珀の瞳でこちらを見つめてくるロンをぼーっと見つめたあと、こっちにおいでと微笑んで手を伸ばす。
ロンは窓辺から降りると、ベッドに戻り、私とカリーの間に潜り込む。
何度かその頭を撫でて、私は再び眠りに落ちた。
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