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8巻
8-2
第三章 エルミナのお酒~未完成~
エルミナの研究所。
コメから酒が造れるかもと言っていたエルミナのために空き家を一軒使わせているのだが、家というより研究所っぽくなっていたのでそう呼んでいる。
俺はメージュ、ルネア、それとハイエルフのシレーヌとエレインを連れエルミナの研究所に来た。
家の中はエルミナの着替えが散乱し、食事の跡も残っている。
壁にはたくさんのメモ書きが張られ、大きな机の上には実験道具や実験に失敗したコメの残骸が残っていた。
というか、家の中が臭う……窓を閉め切っているので匂いが籠り、室内はとんでもなく臭い……勘弁してくれ。
足の踏み場もないくらい荒れた部屋で、エルミナは実験を繰り返している。
「あ。みんな‼」
「あ。みんな‼ ……じゃないだろ。窓くらい開けろよ」
「ん、ごめんごめん」
みんなで窓を開けると、外の爽やかな風が室内へ。濁った空気が外へ押し出され、新鮮な空気が室内を満たす。
エレインが、部屋を見渡しながら言う。
「エルミナちゃん。お掃除してるの?」
「んー、銀猫たちが何日かに一度掃除してくれてる。毎日掃除するって言うんだけど、実験もあるしあまり荒らされたくないからね」
「ってか、荒らされるとかそういう次元じゃないじゃん」
「う、うっさいわね」
シレーヌのツッコミにそっぽ向くエルミナ。ルネアはエルミナの下着を指でつまみ、顔を歪める。
「汚い」
「さ、触んないでよ‼ ってかアシュトは見るな‼」
「わ、わかったよ」
顔を部屋の隅に向けると、そこには小さなネズミがいた。
『よお、来たのか』
「あれ、ニックじゃないか」
ネズミのニック。
古龍の鱗の実験に協力してくれたネズミで、今は村の住人だ。ネズミたちは住居の害虫駆除をしてくれるありがたい存在となっている。俺はそのうちの一匹のネズミにニックと名付け、目印代わりに小さな首輪を付けてやった。意外と喜んでいたのが嬉しかったね。
ニックは、小さな黒光りする虫を掴んでいた。
「そ、それ……」
『ああ。この家、ぼくらには天国だぜ。住みやすいし温かいし虫はいっぱい湧いてるし。今はこの家を拠点にしてるんだ』
「そ、そうなんだ……」
要は、ネズミに好まれる家になっていたようだ。
エルミナを見ると、メージュに部屋の汚さについて叱られている。ニックたちは村の住人だしとやかく言うつもりはないけど、ネズミに好かれる家ってどうかと思う。
「ん、どうしたの村長?」
「あ、いや。なんでもない」
ニックのことは住人に伝えたけど……この家が気に入られているってのは言わなくてもいいか。
それより、なんで俺たちがこの家に来たかと言うと。
「エルミナ、研究もいいけど農園の手伝いもしろよ。最近農園に来ないってメージュが心配してたからな」
「べべ、別に心配してないし‼ 村長、そこまで言わなくてもいいって‼」
「あ、ごめん」
エルミナは、コメから酒を造る研究に没頭している。でも、なかなか上手くいっていないのか、家でも頭を悩ませていることが多かった。
シレーヌが俺の肩をちょいちょい叩く。
「エルミナ、普段はおちゃらけた能天気娘だけど、ああ見えてハイエルフの里では秀才なのよ。頭の回転も速いし、若いハイエルフから慕われてるしね……酒癖は悪いけど」
そんなエルミナが悩んでいる……なんとか協力できないかな。
「とりあえず、みんなで部屋の掃除をしよう。環境が整えば少しは頭も冴えるだろ。いいか、エルミナ?」
「ん……わかった。ありがとう」
というわけで、ハイエルフ娘たちと一緒に、部屋の掃除を始める。
「うげ、汚い……」
「人の下着を汚いって言うな‼」
メージュがエルミナの下着をつまみ苦い顔をした。
エレインが服や下着を籠に入れ、外へ洗濯に出ていった。俺とルネアとシレーヌは部屋の掃除を始め、メージュは洗いものをする。エルミナは実験道具を整理し、捨ててよさそうなものを選別していた。
シレーヌは、窓を拭きながら言う。
「コメから酒ねぇ……ほんとにできるの?」
「できる。私はそう思うわ」
エルミナは断言する。それに対して、床を拭いていたルネアが言う。
「コメ、焼いたお肉やお魚と一緒に食べるの美味しい」
「あー確かにな。焼いた魚の身をほぐして混ぜて食べても美味いし、サシミを乗せてタレをかけて食べても美味いよな……あー、今夜のメニュー決まったな」
「いいなぁ……村長。わたしも食べたい」
「いいぞ。よかったら今夜、みんなで来いよ」
「うん。ありがとう」
「ちょっとそこ‼ 手が止まってる‼」
「わ、悪いエルミナ」
ルネアとまったり話し込んでいるとエルミナに怒られた。
コメは美味い。それだけでいいと思うんだけどな……酒が造れるかもしれないってのはすごいけど、村には美味しいお酒がいっぱいある。
セントウ酒から始まり、麦を使ったエールや、同じく麦を使ったドワーフの火酒、ブドウから造られる上質な赤、白ワインとか、お酒には困っていない。
エルミナがここまでする理由は一つ……酒が大好きだからだ。
「っと、ん? ……なんだこれ」
箒で掃き掃除をしていると、本に埋もれるように木箱が出てきた。というかエルミナ、借りた本をこんな扱いして……読書好きのローレライが知ったら怒られるぞ。
俺は木箱を持ち上げ、テーブルの上に置く。
「エルミナ、この木箱は?」
「えー? なにそれ……忘れたわ。捨てていいわよ」
「中身は捨てるけど、木箱は勿体ないから取っておくぞ」
「いいわよー」
とりあえず中身を確認して捨てようと、木箱の蓋を開けた時だった。
「ん? ──っうわ⁉ なんだこれ⁉」
中にあったのは、コメだった。
ただし、乾燥して白い糸が引き、カチカチになっている。甘いような、どこかクリみたいな匂いもする……でも、腐っているようには見えない。水分が全て飛んでしまったような状態だ。
「おいエルミナ……実験に使ったコメはちゃんと食えよ」
「あはは、ごめんごめ……」
エルミナは箱の中にあるコメを見て目の色を変えた。
そして、俺を押しのけ木箱のコメを掴み、手でほぐす。
「……これ、今まで見たことのない反応だわ。アシュト、これ」
「し、知らないぞ。本に埋もれた木箱の中にあったコメだ」
「……クリみたいな匂い。それに、甘さもありそうね……うん、これ、お酒に使えるかも‼」
「え、エルミナ?」
「ありがとうアシュト‼ 大好き‼ ん~ちゅっ♪」
「おっぷ⁉」
エルミナは俺に抱きつき、思いきりキスをした。
放心していると、エルミナは片付けた実験道具を引っ張り出す。するとシレーヌが隣に来た。
「よくわかんないけど、スイッチ入ったね」
「え?」
「エルミナ、何かわかったみたいだよ」
メージュとルネアも頷く。
「ま、農園に引っ張り出すのはまた今度でいいや……ああなったエルミナは止まんないしね」
「うん。メージュ、エルミナのことわかってる。さすが一番の親友」
「う、うっさいルネア‼」
「ぅぐぐ……」
メージュはルネアの頭を脇で抱え、思いきり締め上げる。
そこに、部屋のドアが開きエレインが洗濯から戻ってきた。
「戻りました~♪ あら、みなさんどうしたんですか?」
「ん、エルミナのスイッチ入ったみたい。とりあえず……あたしらは帰ろっか」
シレーヌが部屋を出ると、エレインや、ルネアの頭を絞めているメージュも出ていった。
エルミナはもう、俺たちのことは見えていないようだ。実験道具を片手にとびきりの笑顔を見せている。
「ふぅ……頑張れ、エルミナ」
エルミナの酒造りは、まだ始まったばかりだ。
第四章 銀猫たちの戦い
アシュトに忠誠を誓う銀猫族。彼女たちは銀猫族専用宿舎で寝泊まりしている。
毎朝早くに起き、特定の住人の世話をするのが主な仕事。世話の対象は主にドワーフたちだ。ドワーフは家事能力が皆無なので、銀猫たちが食事や掃除をしているのである。
それとは別に、村の施設関係は銀猫たちが管理をしているのも多い。
銀猫族のリーダーはシルメリア。
その補佐にマルチェラとシャーロット。
この三人は数いる銀猫たちの中でも別格。見た目ではわからないが年長者であり、他の銀猫たちが小さい頃から面倒を見てきたのである。そのため、この三人がアシュトに仕えるのは当然だ。
アシュトの家のすぐ傍にある使用人の家にはシルメリア、補佐のシャーロットとマルチェラ、シルメリアからいろいろ教わっているミュア、薬草幼女のマンドレイクとアルラウネ、魔犬族のライラ、そして少し扱いは違うが黒猫族のルミナが住んでいる。
この家に住めるのは光栄なことであり、アシュトの傍で仕事をする彼女たちは、銀猫たちにとって羨望の的であった。
そんなある日。銀猫たちに、チャンスがやってきた。
◇◇◇◇◇◇
深夜だが、銀猫たちの宿舎は明るい。全員が一階に集まっているのだ。
全員が寝間着姿で会話はない。朝食会場でもある一階ホールにはテーブルが並び、全員が静かに座っている。
静かだが、彼女たちは一様に尻尾が動き、ネコミミがピコピコ動いている……見る者が見れば銀猫に落ち着きがないのはあきらかだった。
そして、宿舎のドアが開く。
「遅くなりました」
給仕服に身を包んだ銀猫、シルメリアだった。
アシュトの屋敷での仕事を終えて来たのである。まだ入浴も済ませておらず、態度や顔には絶対に出さないが、やや疲れているようだ。シャーロットとマルチェラがいないのは、アシュトの家で留守番をしているからである。
銀猫たちは立ち上がり、シルメリアに頭を下げた。
「お待たせして申し訳ありません。では、さっそく始めましょう」
そう言ったあと、シルメリアは全員がよく見える位置に移動した。
「では、ご主人様のお仕え銀猫を誰にするかを決めたいと思います」
アシュトのお仕え銀猫はシルメリア、シャーロットとマルチェラ、そしてミュアの四人だが、最近仕事の量が増え、四人だけでは手が回らなくなってきたのである。
そこで、もう一人補佐を選び、使用人の家に住ませることにした。朝はそれぞれの仕事があるため、誰がアシュトの家で仕事をするのか選ぶのは深夜となった。
シルメリアは、とりあえず聞いてみる。
「では、立候補……聞くまでもありませんね」
立候補と言った瞬間、全員が挙手した。それはそうだ。ご主人様のアシュトが住む家は銀猫たちにとって最高の職場。誰もが望む仕事である。
困ったことに、銀猫たちの家事の技量は同じレベル。ぶっちゃけ誰でもいい……とは言えないシルメリア。そのため、最も求められる家事能力ではない技量に目を付ける。
「では、戦闘能力……ではなく、『運』で決めましょう」
ご主人様に対する愛を比べて争うことは無意味。なら、銀猫一人一人が持つ運の強さで勝敗を決めるしかない。
以前、アシュトとシェリーがもめていた時にやった方法で決めることにした。
シルメリアは、事前に準備していた箱をテーブルの上に乗せる。
「では、これより『クジ』で決めたいと思います。一人一つ、この箱の中にあるクジを引いてもらいます。そして私が引いたクジと同じ模様のクジを持つ銀猫を補佐に任命します」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
銀猫たちは静かに頷く。
どんな時でも、不必要に騒がない。彼女たちは淑女の心得を備えていた。だが、尻尾とネコミミだけは正直に動いている。
「では、一人ずつお引きください」
シルメリアの前にある箱から、銀猫たちは一人ずつ折り畳まれた小さな羊皮紙を引く。
全員が羊皮紙を引き終わったのを確認したシルメリアは別の箱を取り出す。
「こちらの箱から一枚引きます。私が引いた模様と同じ模様を持つ銀猫が、新しい補佐です」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
ぴくぴくと、ネコミミが揺れる。
シルメリアは箱に手を入れ……一枚の羊皮紙を取った。
そしてそれ開き、全員に模様を見せる。
「こちら、ミュアが書いた『ネコ』模様を持つ銀猫が、新しい補佐です。確認を」
羊皮紙には、可愛らしいネコが書かれていた。このクジはミュアやライラたちが作ったものだ。
銀猫たちは一斉に折られたクジを開き……
「……私です‼」
一人の銀猫が挙手をした。
◇◇◇◇◇◇
新居の自室で読書をしていると、一人の銀猫がティーカートを押して入ってきた。
ミュアちゃんかなと思ったが、俺と同い年くらいの見た目で、長い銀髪を三つ編みにした銀猫だ。
「あれ? メイリィじゃないか。どうしたんだ?」
「はい‼ 本日より使用人の家に住むことになりました。これからはシルメリアさんの補佐として、ご主人様のために働きます‼」
「そっか。よろしくな」
メイリィは嬉しそうに尻尾を揺らし、ネコミミもぴくぴくさせながらお茶の支度をしている。
今日のお茶はカーフィーとクララベルの作ったクッキー。読書しながらのカーフィーは最適だ。この苦みがなんともいえない。
「ご主人様、お茶です」
「ありがとう」
俺専用のカップに真っ黒なカーフィーが湯気を立てている。
クッキーも焼き立てだ。マーブル模様で砂糖がまぶしてあるクッキーで、クララベルのお菓子作りの腕前が上がっていることがわかる。
さっそく一つ齧る。
「うん、美味しい」
「クララベル様、毎日お菓子作りを頑張ってるみたいです。ナナミの作ったジャムを分けてもらいに来たこともありますよ」
「へぇ~、銀猫のナナミのジャムか。頑張ってるんだな……あ、メイリィちょっと来て」
「はい?」
俺はクッキーを一つ摘まみ、メイリィの口の中に入れた。
「不意打ち成功。味はどう?」
「ふ、ふにゃっ……おお、おいしいです‼」
「よかった。おっと、シルメリアさんには内緒な? こんなの見られたら怒られる」
「にゃうぅ……は、はぃぃ」
メイリィは顔を真っ赤にしながら、ティーカートを押していった。
ちょっと悪戯してしまった……悪いことしたかな?
「ま、うまいからいいや」
俺はもう一つクッキーを齧り、カーフィーを味わった。
◇◇◇◇◇◇
「にゃぅぅ……えへへ、ご主人様に食べさせてもらっちゃった」
メイリィは幸せだった。補佐に入って一日目でさっそくアシュトに甘やかしてもらったのである。
アシュトの笑顔に癒され、クッキーの甘さに酔いしれる。
クジ運に恵まれたことに感謝し、ティーカートを押してキッチンへ。すると、シルメリアが昼食の仕込みをしていた。
「メイリィ、こちらの手伝いをお願いします」
「はい‼」
「……なにかありました?」
「いい、いえ別に……」
「……」
メイリィは汗を流し、シルメリアから視線を外す。
シルメリアはメイリィを見て、にっこり笑った。
「メイリィ、口にクッキーの食べかすが」
「にゃっ⁉」
「付いていませんが……なるほど、補佐初日につまみ食い……いえ、ご主人様に食べさせてもらったのですね?」
「……」
冷や汗をダラダラ流し、メイリィは引きつった笑みを浮かべた。
「まぁ、いいでしょう。でも、他の銀猫に知られたら羨ましがられますね」
「うう……き、気を付けます」
「はい。では、こちらの手伝いを」
「はい‼」
シルメリアは、厳しくも優しい。
こうしてメイリィは、アシュトの新しい使用人となった。
第五章 エルミナのお酒~ふとしたきっかけ~
「ん~……もう少しなんだけど」
エルミナは一人、研究所で悩んでいた。
コメから酒を造る仕事を始めて数か月にして、コメの研ぎ汁のような乳白色の酒ができた。
もちろん、これもれっきとした酒だが、甘味が強すぎる。エルミナはそこが不満だった。
器具を置き、着替えや下着が脱ぎ散らかしてあるソファに座る。
「はぁ……アシュトには怒られるし、酒造りは上手くいかないし……疲れた」
乳白色の酒を住人たちに味見させすぎて、腹を壊す者が続出。さすがにやりすぎだとアシュトに叱られてしまったのである。
悩むエルミナの肩に、首輪を付けた一匹のネズミが乗る。
『よう、悩んでるみたいだな』
「ニック……害虫駆除ありがとね」
『気にすんな。それより、美味い酒を頼むぜ』
「あいあーい……」
ネズミのニックは、エルミナと仲良くなっていた。
汚い研究所の住み心地がよく、今や村中のネズミが屋根裏で暮らしている。
最初に知った時は驚いたが、今では害虫駆除をしてくれる頼もしい同居人、いや同居ネズミだ。
意外にも、甘い乳白色のコメ酒が好きらしい。平皿に注いで屋根裏に置くと、屋根裏はネズミたちの宴会場に早変わりだ。
すると、研究所のドアが開き、一人の少女が入ってきた。
「あ、いらっしゃい」
「……」
「お菓子あるわよ。アルラウネドーナツに、甘クリ、あと剥いたセントウも」
「食べる。ちょうだい」
「いいわよ。おいでおいで」
「……みゃう」
黒猫族のルミナだ。
ここに来れば、いつでも好きな時におやつを食べれるのに気が付き、頻繁に来るようになった。
ただ、条件としてエルミナの隣で食べなくてはいけない。しかもエルミナはルミナの頭を撫でたり、ネコミミをカリカリするのだ。
「ふふ、おいで」
「みゃあう。おやつ」
「はいはい。果実水もあるからね」
エルミナの隣に座り、さっそくドーナツに手を伸ばす。
銀猫たちからもおやつをもらっていたが、食べすぎだとシルメリアに怒られてしまい、決まった時間にしか食べられないのである。
エルミナは、ルミナを撫でながら言う。
「ミュアたちも可愛いけど、私はあんたが一番好きかも」
「みゃう……なんでだ」
「だって、名前が似てるんだもん。私はエルミナ、あんたはルミナ。ね?」
「……どうでもいい」
ドーナツを食べ、甘クリに手を伸ばす。やはり、村で作ったおやつは美味しい。自然と顔が綻ぶルミナ。
「お前、酒はできたのか?」
「んーん。まだまだ完成には遠いわ……なに、応援してくれるの?」
「べつに。なんとなく」
エルミナはルミナを撫でながら破顔する。ルミナはプイッとそっぽ向き、甘クリを一つ掴んだ。
◇◇◇◇◇◇
ルミナがソファで丸くなり昼寝を始め、エルミナはニックを肩に乗せて研究を再開した。
「コメから酒は造れる。でも、真っ白くて甘いまま……どうやって透明にするか」
エルミナは悩み、ウンウン唸る。
「……温めてみよう」
何度か加熱してみたが、特に何も変わらなかった。
でも、なんとなくそこにヒントがあるような気がして、エルミナは乳白色の酒をまた加熱させる。
キッチンのかまどは汚すぎて使えなかったので、暖炉の中に鍋を入れて温めた。
「温めても美味しいんだけどね……銀猫族も美味しいって言ってたし」
暖炉にしゃがんで様子を観察していると、ドアがノックされた。
「はーい‼」
「エルミナ、ちょっと手を貸してほしいんだけどー‼」
「メージュ? どったの?」
「収穫した果物を運んでるんだけど、ちょっと手ぇ貸してー‼」
「えー? ……まぁ、ちょっとだけね」
そう言って、エルミナは暖炉の薪を少しずらして火を弱め、メージュの手伝いに出ていった。
それから一時間後。
「みゃぁぅぅぅん……くぁぁ」
ルミナが目を覚まし、大きく伸びをした。
「……あれ、あいつ」
エルミナがいないことに気が付く。どこかへ行ってしまったらしい。
ルミナも自分の家である薬院のベッド下に帰ろうと立ち上がる。
汚い部屋の中を歩き、出口へ向かおうとした時だった。
「みゃうっ⁉」
暖炉の近くで、木箱に躓いてしまった。
木箱の中身がバサッと放り出され、暖炉、そして温まっていた乳白色の酒に降りかかる。
箱の中は『灰』だった。暖炉の消火用にエルミナが準備していたもので、鍋の中の乳白色の酒は、見るも無惨な灰まみれになってしまった。
「みゃ、みゃあ……ど、どうしよう」
火も消えてしまった。さすがに悪いことをしたと思うが、ルミナはまだ子供だった。
「……し、しらないっ」
そのまま部屋を出て、慌てて薬院のベッド下に帰ってしまった。
この日、エルミナは帰ってこなかった。
収穫物の運搬後に酒に誘われ、実験の鍋のことをすっかり忘れてしまったのである。
エルミナの研究所。
コメから酒が造れるかもと言っていたエルミナのために空き家を一軒使わせているのだが、家というより研究所っぽくなっていたのでそう呼んでいる。
俺はメージュ、ルネア、それとハイエルフのシレーヌとエレインを連れエルミナの研究所に来た。
家の中はエルミナの着替えが散乱し、食事の跡も残っている。
壁にはたくさんのメモ書きが張られ、大きな机の上には実験道具や実験に失敗したコメの残骸が残っていた。
というか、家の中が臭う……窓を閉め切っているので匂いが籠り、室内はとんでもなく臭い……勘弁してくれ。
足の踏み場もないくらい荒れた部屋で、エルミナは実験を繰り返している。
「あ。みんな‼」
「あ。みんな‼ ……じゃないだろ。窓くらい開けろよ」
「ん、ごめんごめん」
みんなで窓を開けると、外の爽やかな風が室内へ。濁った空気が外へ押し出され、新鮮な空気が室内を満たす。
エレインが、部屋を見渡しながら言う。
「エルミナちゃん。お掃除してるの?」
「んー、銀猫たちが何日かに一度掃除してくれてる。毎日掃除するって言うんだけど、実験もあるしあまり荒らされたくないからね」
「ってか、荒らされるとかそういう次元じゃないじゃん」
「う、うっさいわね」
シレーヌのツッコミにそっぽ向くエルミナ。ルネアはエルミナの下着を指でつまみ、顔を歪める。
「汚い」
「さ、触んないでよ‼ ってかアシュトは見るな‼」
「わ、わかったよ」
顔を部屋の隅に向けると、そこには小さなネズミがいた。
『よお、来たのか』
「あれ、ニックじゃないか」
ネズミのニック。
古龍の鱗の実験に協力してくれたネズミで、今は村の住人だ。ネズミたちは住居の害虫駆除をしてくれるありがたい存在となっている。俺はそのうちの一匹のネズミにニックと名付け、目印代わりに小さな首輪を付けてやった。意外と喜んでいたのが嬉しかったね。
ニックは、小さな黒光りする虫を掴んでいた。
「そ、それ……」
『ああ。この家、ぼくらには天国だぜ。住みやすいし温かいし虫はいっぱい湧いてるし。今はこの家を拠点にしてるんだ』
「そ、そうなんだ……」
要は、ネズミに好まれる家になっていたようだ。
エルミナを見ると、メージュに部屋の汚さについて叱られている。ニックたちは村の住人だしとやかく言うつもりはないけど、ネズミに好かれる家ってどうかと思う。
「ん、どうしたの村長?」
「あ、いや。なんでもない」
ニックのことは住人に伝えたけど……この家が気に入られているってのは言わなくてもいいか。
それより、なんで俺たちがこの家に来たかと言うと。
「エルミナ、研究もいいけど農園の手伝いもしろよ。最近農園に来ないってメージュが心配してたからな」
「べべ、別に心配してないし‼ 村長、そこまで言わなくてもいいって‼」
「あ、ごめん」
エルミナは、コメから酒を造る研究に没頭している。でも、なかなか上手くいっていないのか、家でも頭を悩ませていることが多かった。
シレーヌが俺の肩をちょいちょい叩く。
「エルミナ、普段はおちゃらけた能天気娘だけど、ああ見えてハイエルフの里では秀才なのよ。頭の回転も速いし、若いハイエルフから慕われてるしね……酒癖は悪いけど」
そんなエルミナが悩んでいる……なんとか協力できないかな。
「とりあえず、みんなで部屋の掃除をしよう。環境が整えば少しは頭も冴えるだろ。いいか、エルミナ?」
「ん……わかった。ありがとう」
というわけで、ハイエルフ娘たちと一緒に、部屋の掃除を始める。
「うげ、汚い……」
「人の下着を汚いって言うな‼」
メージュがエルミナの下着をつまみ苦い顔をした。
エレインが服や下着を籠に入れ、外へ洗濯に出ていった。俺とルネアとシレーヌは部屋の掃除を始め、メージュは洗いものをする。エルミナは実験道具を整理し、捨ててよさそうなものを選別していた。
シレーヌは、窓を拭きながら言う。
「コメから酒ねぇ……ほんとにできるの?」
「できる。私はそう思うわ」
エルミナは断言する。それに対して、床を拭いていたルネアが言う。
「コメ、焼いたお肉やお魚と一緒に食べるの美味しい」
「あー確かにな。焼いた魚の身をほぐして混ぜて食べても美味いし、サシミを乗せてタレをかけて食べても美味いよな……あー、今夜のメニュー決まったな」
「いいなぁ……村長。わたしも食べたい」
「いいぞ。よかったら今夜、みんなで来いよ」
「うん。ありがとう」
「ちょっとそこ‼ 手が止まってる‼」
「わ、悪いエルミナ」
ルネアとまったり話し込んでいるとエルミナに怒られた。
コメは美味い。それだけでいいと思うんだけどな……酒が造れるかもしれないってのはすごいけど、村には美味しいお酒がいっぱいある。
セントウ酒から始まり、麦を使ったエールや、同じく麦を使ったドワーフの火酒、ブドウから造られる上質な赤、白ワインとか、お酒には困っていない。
エルミナがここまでする理由は一つ……酒が大好きだからだ。
「っと、ん? ……なんだこれ」
箒で掃き掃除をしていると、本に埋もれるように木箱が出てきた。というかエルミナ、借りた本をこんな扱いして……読書好きのローレライが知ったら怒られるぞ。
俺は木箱を持ち上げ、テーブルの上に置く。
「エルミナ、この木箱は?」
「えー? なにそれ……忘れたわ。捨てていいわよ」
「中身は捨てるけど、木箱は勿体ないから取っておくぞ」
「いいわよー」
とりあえず中身を確認して捨てようと、木箱の蓋を開けた時だった。
「ん? ──っうわ⁉ なんだこれ⁉」
中にあったのは、コメだった。
ただし、乾燥して白い糸が引き、カチカチになっている。甘いような、どこかクリみたいな匂いもする……でも、腐っているようには見えない。水分が全て飛んでしまったような状態だ。
「おいエルミナ……実験に使ったコメはちゃんと食えよ」
「あはは、ごめんごめ……」
エルミナは箱の中にあるコメを見て目の色を変えた。
そして、俺を押しのけ木箱のコメを掴み、手でほぐす。
「……これ、今まで見たことのない反応だわ。アシュト、これ」
「し、知らないぞ。本に埋もれた木箱の中にあったコメだ」
「……クリみたいな匂い。それに、甘さもありそうね……うん、これ、お酒に使えるかも‼」
「え、エルミナ?」
「ありがとうアシュト‼ 大好き‼ ん~ちゅっ♪」
「おっぷ⁉」
エルミナは俺に抱きつき、思いきりキスをした。
放心していると、エルミナは片付けた実験道具を引っ張り出す。するとシレーヌが隣に来た。
「よくわかんないけど、スイッチ入ったね」
「え?」
「エルミナ、何かわかったみたいだよ」
メージュとルネアも頷く。
「ま、農園に引っ張り出すのはまた今度でいいや……ああなったエルミナは止まんないしね」
「うん。メージュ、エルミナのことわかってる。さすが一番の親友」
「う、うっさいルネア‼」
「ぅぐぐ……」
メージュはルネアの頭を脇で抱え、思いきり締め上げる。
そこに、部屋のドアが開きエレインが洗濯から戻ってきた。
「戻りました~♪ あら、みなさんどうしたんですか?」
「ん、エルミナのスイッチ入ったみたい。とりあえず……あたしらは帰ろっか」
シレーヌが部屋を出ると、エレインや、ルネアの頭を絞めているメージュも出ていった。
エルミナはもう、俺たちのことは見えていないようだ。実験道具を片手にとびきりの笑顔を見せている。
「ふぅ……頑張れ、エルミナ」
エルミナの酒造りは、まだ始まったばかりだ。
第四章 銀猫たちの戦い
アシュトに忠誠を誓う銀猫族。彼女たちは銀猫族専用宿舎で寝泊まりしている。
毎朝早くに起き、特定の住人の世話をするのが主な仕事。世話の対象は主にドワーフたちだ。ドワーフは家事能力が皆無なので、銀猫たちが食事や掃除をしているのである。
それとは別に、村の施設関係は銀猫たちが管理をしているのも多い。
銀猫族のリーダーはシルメリア。
その補佐にマルチェラとシャーロット。
この三人は数いる銀猫たちの中でも別格。見た目ではわからないが年長者であり、他の銀猫たちが小さい頃から面倒を見てきたのである。そのため、この三人がアシュトに仕えるのは当然だ。
アシュトの家のすぐ傍にある使用人の家にはシルメリア、補佐のシャーロットとマルチェラ、シルメリアからいろいろ教わっているミュア、薬草幼女のマンドレイクとアルラウネ、魔犬族のライラ、そして少し扱いは違うが黒猫族のルミナが住んでいる。
この家に住めるのは光栄なことであり、アシュトの傍で仕事をする彼女たちは、銀猫たちにとって羨望の的であった。
そんなある日。銀猫たちに、チャンスがやってきた。
◇◇◇◇◇◇
深夜だが、銀猫たちの宿舎は明るい。全員が一階に集まっているのだ。
全員が寝間着姿で会話はない。朝食会場でもある一階ホールにはテーブルが並び、全員が静かに座っている。
静かだが、彼女たちは一様に尻尾が動き、ネコミミがピコピコ動いている……見る者が見れば銀猫に落ち着きがないのはあきらかだった。
そして、宿舎のドアが開く。
「遅くなりました」
給仕服に身を包んだ銀猫、シルメリアだった。
アシュトの屋敷での仕事を終えて来たのである。まだ入浴も済ませておらず、態度や顔には絶対に出さないが、やや疲れているようだ。シャーロットとマルチェラがいないのは、アシュトの家で留守番をしているからである。
銀猫たちは立ち上がり、シルメリアに頭を下げた。
「お待たせして申し訳ありません。では、さっそく始めましょう」
そう言ったあと、シルメリアは全員がよく見える位置に移動した。
「では、ご主人様のお仕え銀猫を誰にするかを決めたいと思います」
アシュトのお仕え銀猫はシルメリア、シャーロットとマルチェラ、そしてミュアの四人だが、最近仕事の量が増え、四人だけでは手が回らなくなってきたのである。
そこで、もう一人補佐を選び、使用人の家に住ませることにした。朝はそれぞれの仕事があるため、誰がアシュトの家で仕事をするのか選ぶのは深夜となった。
シルメリアは、とりあえず聞いてみる。
「では、立候補……聞くまでもありませんね」
立候補と言った瞬間、全員が挙手した。それはそうだ。ご主人様のアシュトが住む家は銀猫たちにとって最高の職場。誰もが望む仕事である。
困ったことに、銀猫たちの家事の技量は同じレベル。ぶっちゃけ誰でもいい……とは言えないシルメリア。そのため、最も求められる家事能力ではない技量に目を付ける。
「では、戦闘能力……ではなく、『運』で決めましょう」
ご主人様に対する愛を比べて争うことは無意味。なら、銀猫一人一人が持つ運の強さで勝敗を決めるしかない。
以前、アシュトとシェリーがもめていた時にやった方法で決めることにした。
シルメリアは、事前に準備していた箱をテーブルの上に乗せる。
「では、これより『クジ』で決めたいと思います。一人一つ、この箱の中にあるクジを引いてもらいます。そして私が引いたクジと同じ模様のクジを持つ銀猫を補佐に任命します」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
銀猫たちは静かに頷く。
どんな時でも、不必要に騒がない。彼女たちは淑女の心得を備えていた。だが、尻尾とネコミミだけは正直に動いている。
「では、一人ずつお引きください」
シルメリアの前にある箱から、銀猫たちは一人ずつ折り畳まれた小さな羊皮紙を引く。
全員が羊皮紙を引き終わったのを確認したシルメリアは別の箱を取り出す。
「こちらの箱から一枚引きます。私が引いた模様と同じ模様を持つ銀猫が、新しい補佐です」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
ぴくぴくと、ネコミミが揺れる。
シルメリアは箱に手を入れ……一枚の羊皮紙を取った。
そしてそれ開き、全員に模様を見せる。
「こちら、ミュアが書いた『ネコ』模様を持つ銀猫が、新しい補佐です。確認を」
羊皮紙には、可愛らしいネコが書かれていた。このクジはミュアやライラたちが作ったものだ。
銀猫たちは一斉に折られたクジを開き……
「……私です‼」
一人の銀猫が挙手をした。
◇◇◇◇◇◇
新居の自室で読書をしていると、一人の銀猫がティーカートを押して入ってきた。
ミュアちゃんかなと思ったが、俺と同い年くらいの見た目で、長い銀髪を三つ編みにした銀猫だ。
「あれ? メイリィじゃないか。どうしたんだ?」
「はい‼ 本日より使用人の家に住むことになりました。これからはシルメリアさんの補佐として、ご主人様のために働きます‼」
「そっか。よろしくな」
メイリィは嬉しそうに尻尾を揺らし、ネコミミもぴくぴくさせながらお茶の支度をしている。
今日のお茶はカーフィーとクララベルの作ったクッキー。読書しながらのカーフィーは最適だ。この苦みがなんともいえない。
「ご主人様、お茶です」
「ありがとう」
俺専用のカップに真っ黒なカーフィーが湯気を立てている。
クッキーも焼き立てだ。マーブル模様で砂糖がまぶしてあるクッキーで、クララベルのお菓子作りの腕前が上がっていることがわかる。
さっそく一つ齧る。
「うん、美味しい」
「クララベル様、毎日お菓子作りを頑張ってるみたいです。ナナミの作ったジャムを分けてもらいに来たこともありますよ」
「へぇ~、銀猫のナナミのジャムか。頑張ってるんだな……あ、メイリィちょっと来て」
「はい?」
俺はクッキーを一つ摘まみ、メイリィの口の中に入れた。
「不意打ち成功。味はどう?」
「ふ、ふにゃっ……おお、おいしいです‼」
「よかった。おっと、シルメリアさんには内緒な? こんなの見られたら怒られる」
「にゃうぅ……は、はぃぃ」
メイリィは顔を真っ赤にしながら、ティーカートを押していった。
ちょっと悪戯してしまった……悪いことしたかな?
「ま、うまいからいいや」
俺はもう一つクッキーを齧り、カーフィーを味わった。
◇◇◇◇◇◇
「にゃぅぅ……えへへ、ご主人様に食べさせてもらっちゃった」
メイリィは幸せだった。補佐に入って一日目でさっそくアシュトに甘やかしてもらったのである。
アシュトの笑顔に癒され、クッキーの甘さに酔いしれる。
クジ運に恵まれたことに感謝し、ティーカートを押してキッチンへ。すると、シルメリアが昼食の仕込みをしていた。
「メイリィ、こちらの手伝いをお願いします」
「はい‼」
「……なにかありました?」
「いい、いえ別に……」
「……」
メイリィは汗を流し、シルメリアから視線を外す。
シルメリアはメイリィを見て、にっこり笑った。
「メイリィ、口にクッキーの食べかすが」
「にゃっ⁉」
「付いていませんが……なるほど、補佐初日につまみ食い……いえ、ご主人様に食べさせてもらったのですね?」
「……」
冷や汗をダラダラ流し、メイリィは引きつった笑みを浮かべた。
「まぁ、いいでしょう。でも、他の銀猫に知られたら羨ましがられますね」
「うう……き、気を付けます」
「はい。では、こちらの手伝いを」
「はい‼」
シルメリアは、厳しくも優しい。
こうしてメイリィは、アシュトの新しい使用人となった。
第五章 エルミナのお酒~ふとしたきっかけ~
「ん~……もう少しなんだけど」
エルミナは一人、研究所で悩んでいた。
コメから酒を造る仕事を始めて数か月にして、コメの研ぎ汁のような乳白色の酒ができた。
もちろん、これもれっきとした酒だが、甘味が強すぎる。エルミナはそこが不満だった。
器具を置き、着替えや下着が脱ぎ散らかしてあるソファに座る。
「はぁ……アシュトには怒られるし、酒造りは上手くいかないし……疲れた」
乳白色の酒を住人たちに味見させすぎて、腹を壊す者が続出。さすがにやりすぎだとアシュトに叱られてしまったのである。
悩むエルミナの肩に、首輪を付けた一匹のネズミが乗る。
『よう、悩んでるみたいだな』
「ニック……害虫駆除ありがとね」
『気にすんな。それより、美味い酒を頼むぜ』
「あいあーい……」
ネズミのニックは、エルミナと仲良くなっていた。
汚い研究所の住み心地がよく、今や村中のネズミが屋根裏で暮らしている。
最初に知った時は驚いたが、今では害虫駆除をしてくれる頼もしい同居人、いや同居ネズミだ。
意外にも、甘い乳白色のコメ酒が好きらしい。平皿に注いで屋根裏に置くと、屋根裏はネズミたちの宴会場に早変わりだ。
すると、研究所のドアが開き、一人の少女が入ってきた。
「あ、いらっしゃい」
「……」
「お菓子あるわよ。アルラウネドーナツに、甘クリ、あと剥いたセントウも」
「食べる。ちょうだい」
「いいわよ。おいでおいで」
「……みゃう」
黒猫族のルミナだ。
ここに来れば、いつでも好きな時におやつを食べれるのに気が付き、頻繁に来るようになった。
ただ、条件としてエルミナの隣で食べなくてはいけない。しかもエルミナはルミナの頭を撫でたり、ネコミミをカリカリするのだ。
「ふふ、おいで」
「みゃあう。おやつ」
「はいはい。果実水もあるからね」
エルミナの隣に座り、さっそくドーナツに手を伸ばす。
銀猫たちからもおやつをもらっていたが、食べすぎだとシルメリアに怒られてしまい、決まった時間にしか食べられないのである。
エルミナは、ルミナを撫でながら言う。
「ミュアたちも可愛いけど、私はあんたが一番好きかも」
「みゃう……なんでだ」
「だって、名前が似てるんだもん。私はエルミナ、あんたはルミナ。ね?」
「……どうでもいい」
ドーナツを食べ、甘クリに手を伸ばす。やはり、村で作ったおやつは美味しい。自然と顔が綻ぶルミナ。
「お前、酒はできたのか?」
「んーん。まだまだ完成には遠いわ……なに、応援してくれるの?」
「べつに。なんとなく」
エルミナはルミナを撫でながら破顔する。ルミナはプイッとそっぽ向き、甘クリを一つ掴んだ。
◇◇◇◇◇◇
ルミナがソファで丸くなり昼寝を始め、エルミナはニックを肩に乗せて研究を再開した。
「コメから酒は造れる。でも、真っ白くて甘いまま……どうやって透明にするか」
エルミナは悩み、ウンウン唸る。
「……温めてみよう」
何度か加熱してみたが、特に何も変わらなかった。
でも、なんとなくそこにヒントがあるような気がして、エルミナは乳白色の酒をまた加熱させる。
キッチンのかまどは汚すぎて使えなかったので、暖炉の中に鍋を入れて温めた。
「温めても美味しいんだけどね……銀猫族も美味しいって言ってたし」
暖炉にしゃがんで様子を観察していると、ドアがノックされた。
「はーい‼」
「エルミナ、ちょっと手を貸してほしいんだけどー‼」
「メージュ? どったの?」
「収穫した果物を運んでるんだけど、ちょっと手ぇ貸してー‼」
「えー? ……まぁ、ちょっとだけね」
そう言って、エルミナは暖炉の薪を少しずらして火を弱め、メージュの手伝いに出ていった。
それから一時間後。
「みゃぁぅぅぅん……くぁぁ」
ルミナが目を覚まし、大きく伸びをした。
「……あれ、あいつ」
エルミナがいないことに気が付く。どこかへ行ってしまったらしい。
ルミナも自分の家である薬院のベッド下に帰ろうと立ち上がる。
汚い部屋の中を歩き、出口へ向かおうとした時だった。
「みゃうっ⁉」
暖炉の近くで、木箱に躓いてしまった。
木箱の中身がバサッと放り出され、暖炉、そして温まっていた乳白色の酒に降りかかる。
箱の中は『灰』だった。暖炉の消火用にエルミナが準備していたもので、鍋の中の乳白色の酒は、見るも無惨な灰まみれになってしまった。
「みゃ、みゃあ……ど、どうしよう」
火も消えてしまった。さすがに悪いことをしたと思うが、ルミナはまだ子供だった。
「……し、しらないっ」
そのまま部屋を出て、慌てて薬院のベッド下に帰ってしまった。
この日、エルミナは帰ってこなかった。
収穫物の運搬後に酒に誘われ、実験の鍋のことをすっかり忘れてしまったのである。
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