上 下
18 / 214

18・黒く焼けた左腕

しおりを挟む
「…………え!?」

 リンは、いつの間にかテラスにいた。
 レイジ、リリカ、セエレ、アルシェ、アンジェリカ姫が驚いている。

「リン? おいお前、なんでここに?」
「……」

 わかるわけがなかった。
 リンは自室で旅の支度をしていた。それなのに……声が聞こえたと思ったら、テラスにいた。
 自室には、間違いなく1人だった。誰もいなかったし、入れた覚えもない。
 それなのに聞こえた声……。

「…………まさか」

 リンは、上空に佇む祝福の女神フリアエを見た。
 フリアエは、リンを見て優しく微笑む……同性なのに、心がときめくような笑みだった。
 だが、リンは冷や汗が止まらない。

「……」
「おいリン、おーい?」
「……へんなリン」
「申し訳ないが、用がないなら去ってくれ。ここはリンがいる場所じゃないよ」
「リンさん?」

 何故だろう、あの笑顔を見ていると……寒気が止まらない。
 まるで、得体の知れないバケモノを見ているような。
 すると、女神フリアエは笑った。

『ようやく、五本の聖剣が揃いましたね』

 レイジ、リン、リリカ、セエレ、アルシェの手に、それぞれのギフトの象徴である『剣』が現れる。
 祝福の聖剣は、淡く美しい光を放っていた。
 レイジの『神剣グラディウス』は黄金、リンの『斬滅』は白銀、リリカの『鬼太刀』は真紅、セエレの『雷切』は紫電、アルシェの『壊刃』は青海に輝いた。

「おぉ……すっっげぇぇ!!」
「きれー……」
「これは、女神様の祝福……?」
「美しい……」

 レイジはゲラゲラ笑い、リリカは見とれ、セエレは驚愕し、アルシェは魅入る。
 リンは、不吉な予感が拭えなくなり、思わず剣から手を離してしまう。
 『斬滅』の太刀は床に転がり、それを見たレイジは咎めた。

「おいリン、なにやってんだよ!! 聖剣を落とすなんて罰当たりだぞ!!」
「え、あ……」

 ゾワリと、奇妙な視線がリンを貫く。
 ゆっくりと顔を上げると、女神フリアエがリンを見ていた。

『どうしたの?』
「あ……う」
『剣を取りなさい』
「ひ……」

 なぜ、自分はこんな恐怖を感じているのだろうか。
 なぜ、目の前の女神がバケモノに見えるのだろうか。
 なぜ、レイジたちは違和感を感じないのだろうか。

『どうしたの?』
「う……」

 リンは、ゆっくりと後ずさり始めた。
 ここにいてはいけない。本能が、そう感じていた。
 咎めるような視線で見るレイジたちはどうでもいい。ここから逃げなくては……。

『ああ……貴女、怯えているのね?』

 祝福の女神フリアエは、ゆっくりと降りてきた。
 そして、未だ興奮が冷めない国民を背に、レイジたちからほんの数メートルの位置で浮遊する。

『怖いのなら、もう戦わなくていいわ。怯えなくていい、もう貴女に力は必要ない。貴女は、普通の少女になりなさい』
「え……」

 すると、床に転がっていた『斬滅』がゆっくり浮き、グニャグニャと形を変えて小さな銀の玉になる。
 そしてその玉はフヨフヨと浮き、アンジェリカの元へ。

「え、あ、あの」
『勇者レイジの伴侶。この剣は貴女に相応しい』
「え……きゃぁっ!?」

 銀の玉は、アンジェリカの体内に吸収され、アンジェリカの前に一本の太刀が現れた。
 まぎれもなくそれは、リンが愛用した『斬滅』であった。

「う、うそ。わ、わたくしが……」
「マジか!! おっほほ、アンジェリカがリンの剣を!? すっげぇ!!」

 レイジは興奮し、リリカたちはアンジェリカを抱きしめる。
 一方のリンは、剣よりも目の前の女神に怯えていた。

「…………」

 間違いない。
 この女神は、味方ではないと。
 敵ではないが、味方ではない。
 
 関わってはいけない、本能で理解した。

 ◇◇◇◇◇◇
 
【ライト視点】

 ◇◇◇◇◇◇

「はぁ、はぁ、はぁ……うっ、っぐ……」

 炭化した左手が、燃えるように熱かった。
 本当に燃えてしまったのかもしれない。何度も嘔吐し、めまいで倒れてしまった。
 こんな状態なのに誰も来ない。誰もいない。

「う、ぅぅぅ……」

 右手は動く、足は動く……左手だけがダメだ。
 助けを呼ばないと、死んでしまう……。

「っくぉ、うぅぅ……」

 なんとか這いずることはできる。
 右手で床を掴み、ほとんど感覚のない左腕を動かす、すると腕は動くが焼けるような熱さと痺れが全身を蝕む。

「いっづ……ちぎしょう、なんあだよごれ……!!」

 あまりの痛みに涙が出た。
 ワケが分からない。なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
 なんとか鉄格子まで這いずり、力を込めて立ち上がる。
 格子を両手で掴み助けを呼ぼうとして───────。

「た、たずけ、っっうわ!?」

 左手で掴んだ鉄格子が、溶けて砕けてしまった。
 ジュワァァッ……と音を立て、格子からブスブスと黒い煙まで出ている。

「なん、だよ……もう、何なんだよ!!」

 こんな、得体の知れない黒い腕が、俺の《ギフト》なのか?
 俺のギフトは装備系、武器を生み出すんじゃなかったのか?
 レグルスやウィネみたいな、肉体変化系なのか?

 頭の中が混乱する。
 痛みとめまいで頭が燃えそうだ。
 
「とう、さん……かあ、さん」

 帰りたい。家に帰りたい……。
 ああそうだ、家に帰ろう。
 父さんは騎士の装備倉庫かな、こんな時でも仕事をしてるのだろうか?
 母さんは……帰って顔を見たいな。

「帰ろう、家に……」

 もう、騎士なんてどうでもいい。
 リンとの約束なんて、どうでもいい。
 家に帰って……ゆっくり寝たい。

「かえ、ろう……」

 俺は立ち上がる。
 帰るために………。

 家に、帰るために………。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

初恋の王女殿下が帰って来たからと、離婚を告げられました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:40,157pt お気に入り:6,942

主人公の幼馴染みの俺だが、俺自身は振られまくる

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:6

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:261

高校で人気者の幼馴染は何故か俺にだけ当たりが強い

青春 / 連載中 24h.ポイント:398pt お気に入り:19

幼馴染たちに虐げられた俺、「聖女任命」スキルに目覚めて手のひら返し!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:211

処理中です...