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お金を頂きに参りました
しおりを挟む「アデリー=プリシナ、貴様との婚約を破棄する!」
「えぇいいわよ、出て行ってやるわ!」
怒鳴るように吐き捨てたのは、世界でも指折りの資産額を誇るチャーム家の若き当主、リンス。
そんな彼に一歩も引かずに怒鳴り返したのが私、アデリーです。
彼の資産とルックス、そして優しい人柄に惹かれて求婚を受け入れたのは、ええ私。
でも結婚を決めてからというもの、彼の態度は日に日に横柄になっていきました。他所の女のところへ遊び歩いて、食事も自分だけ高級なものをかっ喰らい、私には豚の餌のようなものばかり食べさせる。たまの夜伽も独りよがり。どうせ、私のことをお抱えの娼婦のようにしか思っていないのでしょう。
私の方も、愛なんてこれっぽっちも残っておりませんでした。
だから体調の悪い日に、夜の相手を断りました。他の女のところへ行けばいいじゃありませんか、と突き放しました。
たったそれだけで、婚約破棄なんて。こんな男、結婚してもどうせすぐに離婚を切り出してきたに違いありません。今のうちに別れられて、むしろ良かった。
そう思いながら、私は胸を張って屋敷を出て行きました。
そして自分の生家に戻ると、家族にハキハキと報告したのです。
「お父様、お母様。私、チャーム様に婚約を破棄されました!」
両親は最初は何事かとあたふたしていましたが、事情を聞くと深く納得し、むしろ私を慰めてくれました。
次はお金持ちではなくとも、本当に優しい人と結婚しなさい、そう言ってくれました。
ところで、私には憎たらしい幼馴染がいました。名をシャルルといいます。
彼は農家の出でしたが頭が回り、ある日学問をすると言って都会へ出て行ってしまいました。
そのシャルルが、私がリンスのところにいる間に帰ってきたというので、私は渋々彼の様子を見に行きました。どうせ狭い町、どこかから話は伝わるのです。彼に嗤われないうちに、自分の口から事情を話さなければなりません。
「あぁ、出戻り娘だ」
開口一番、彼はそう口を開きました。少し遅かったのです。
私は握り拳に力を込めながら、出来るだけ分かりやすく、リンスがどれだけ非道で、私がどれだけ哀れな目にあったのかを話して聞かせました。十五分もしないうちに、彼は両手で耳を塞いで、
「もういい、分かったから!」
と言いました。
「ところで、貴方は何をしているの?」
「何って、何も」
「そろそろ畑に種を蒔く時期でしょう。貴方、帰ってきたのに何もしないなんてことはないでしょうね」
すると、シャルルは少しむっとした顔で、
「そんな訳ないだろ。畑を見にこいよ」
と言うので、首を傾げながら彼について行くと、何やら大きな物体が勝手に動いて、一定の間隔をあけて種を蒔いているではありませんか。
「農業機械だよ。都会で金を貯めて買ったんだ。向こうじゃ、みんなこれを使ってるよ」
「これ、誰かが操作しているの?」
「そんな訳ないだろ。予め情報を入力しておけば、あとは勝手に判断してやってくれるんだよ。種蒔きだけじゃない、毎日の水やりも、収穫も、全部やってくれるんだぜ」
彼は都会に行っても相変わらず小馬鹿にした口調でしたが、少しだけ自慢げでした。
よく見ると、服装も少し洗練され、格好良くなった気がします。
「これで、俺も親父も、ずいぶん楽できる」
「貴方、まさか、そのために?」
「他に何の理由があるんだよ」
私は驚きました。あの意地悪で憎たらしいシャルルに、父親を思いやる心があったなんて。
私は彼のことを少しだけ見直しました。
「ところでさ」
しばらくして、彼は口を開きました。
「婚約破棄の話。そんな経緯だったら、賠償金取れるんじゃないかな」
彼が言うには、この世界には都会の人たちが決めたルールがあって、この町の人たちもそのルールには従わなければならないのだといいます。そしてリンスはお金持ちだから、なおさらそのルールを破るわけにはいきません。
そのルールには、婚約を一方的に破棄した場合、相応のお金を支払わなければならないと書いてあるのだそうです。
ですが、私はお金なんていりません。むしろ、破棄されて嬉しいくらいなのです。
そう言うと、彼は意地悪な笑みを浮かべました。
「......でもさ。それ仕掛けたの、多分デレラの奴だぜ」
デレラ。
その名を聞いただけで、怖気が立ちました。
私が幼い頃、シャルルと一緒に毎日私に嫌がらせをしてきたあの子。
シャルルが都会へ行ってから、その悪行はますますエスカレートしていきました。いつもいつも、私の邪魔ばかりする人生のたんこぶ。
「都会で、あいつに偶然会ったんだよ。そん時にあいつ、今チャーム家の当主に取り入ってて、もうすぐ結婚できそうだって言ってた。俺、アデリーがその当主と婚約してるって知らなかったから、おめでとうって言っちまった」
悪びれもせずそう言ってのけるシャルルを、叱る気力も起きませんでした。
デレラ。またあの子が、私にちょっかいを。婚約という人生の一大事にまで、彼女の影がちらつく。
もう嫌だ。この先、私の人生にどんな幸運が降っていても、全部あの子に台無しにされるの?
そんなのって、ありません。
私は、シャルルに聞きました。
「どうすれば、リンスからお金を取れる?リンスとあの子を、破滅させるくらいの」
「......俺に、考えがあるよ」
シャルルは、悪戯っぽく笑いました。
それから、しばらくして。
私はチャーム家のお屋敷にやって来ました。彼も名家の当主ですから、流石に玄関先で追い返すような真似はできません。
応接室で待っていると、リンスと、憎きデレラがやって来ました。
彼女は似合わない、高価なドレスを身に纏っていました。そして勝ち誇ったように、私を見て笑いました。
けれどそうして笑っていられるのも、今のうちです。
「それで、今日は何の用だ」
リンスがむすっとした顔で言いました。私は、できるだけ高揚を隠し、いつもの調子で答えます。
「先日、私たちの婚約が解消された件で、お金を頂きに参りました」
リンスはデレラと顔を見合わせ、ひとしきり笑った後、嘲りの目で私を見ました。
「賠償金か。まったく、がめつい女だな。いくら欲しい?」
「......そうですね。貴方の資産の、半分ほど」
私が言うと、彼は目を丸くして黙ってしまいました。
無理もありません。賠償金で資産の半分を要求する女など、今までいなかったでしょうから。
「勘違いしないでください。私が求めているのは、賠償金などではありません。離婚に基づく、財産分与のお話をしているのです」
「ざ、財産分与ぉ?」
素っ頓狂な声をあげたのは、デレラでした。それでリンスも我に返り、一つ咳払いをすると、言いました。
「財産分与も何も、俺たちの婚姻はまだ成立してないだろう。式も挙げてない。誓いのキスだって」
「......貴方の基準では、そうなのかもしれませんが。この国の法律では、婚姻は妻の住居が夫の家に移った時点で成立しています。確認していただいても構いません」
「なっ......!」
呆然とした様子のリンス。
「一瞬結婚しただけで、これまで貴方が、貴方の祖先が代々稼いできたお金の半分も取られてしまうだなんて、ずいぶんおかしな制度。きっとこの国でも、そのうち皆がこのおかしさに気づいて、法律は変わるでしょう。でも残念ながら、今はそういう決まりです」
デレラはもう泡を吹いて倒れそうです。リンスも激昂し、今にも殴りかからん勢いで私に唾を飛ばします。
「 ふ、ふ、ふざけるな!俺は認めんぞ!このチャーム家の当主が、何としてもそんなこと阻止して......」
「出るところに出ますか?この国の司法は健全なようですから、賄賂は通用しませんよ。そうすれば、恥をかくのは貴方の方です」
「.......っ!」
リンスは机に拳を叩きつけた。
その様子を見て、私は満足して席を立ちます。
「では、書類は後ほどお送りしますので」
あぁ、その時の二人の顔といったら!
帰り道に私は何度もその顔を思い出して、にやけてしまいました。
「.......上手くいっただろ」
シャルルの家で、二人で去年収穫して「冷凍保存」したのだという野菜を食べながら、私は屋敷であったことを報告しました。
私が屋敷で話したことは、ほとんど全部シャルルの受け売りでした。彼はリンスがどう反論してくるのかまでぴたりと言い当ててみせ、私にどう返したらいいか教えてくれたのです。
「悔しいけど、貴方のおかげよ、シャルル」
「礼はいらないから、金をよこせよ。もうすぐたんまり入るんだろ」
そう、まだ実感がありませんが、私は大金持ちになるのです。
半分といっても、長者番付の三十番目くらいには載るほどの資産です。とても、一人では使い切れそうにありません。
「ええ、もちろん。私に入るお金の、半分は貴方にあげる」
言ってみると、シャルルの身体が硬直しました。
「半分!?正気か、お前」
「少なかったかしら」
言葉が出なくなるシャルルの様子を見て、私はげらげら笑いました。
散々笑った後で、私は野菜を齧りながら、呟きます。
「でも、貴方にただ半分あげるんじゃ、恐ろしい額の税金が取られちゃうんでしょう。私も勉強したのよ。そんなの、勿体無いわ」
「......それじゃ、どうするんだよ」
ぼそぼそと返すシャルルの横顔を見ながら、私は言いました。
「ねぇ、シャルル。財産分与って、税金かからないらしいわよ」
税金対策だと疑われないように、しばらく一緒に暮らさないとだけどね。
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