アウトロー ~追憶~

白川涼

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2章 ミュラー青春の謳歌

夢のダービー③

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 皐月記念、三大クラシックの最初の一冠であり、もっとも速いニワトリが勝つと言われるレース。芝2000メートルの中距離レースである。

 このレースで上位に入着した闘鶏はダービーへの優先出走権が手に入る。
 最初のクラシックG1レースにその年の若鶏が集う。

 ミュラー、オルマ、クロエも当然参戦する。
 しかも三人の乗るニワトリが上位人気を占めていた。

 1番人気 羅王 オッズ 3.4倍
 2番人気 空星 オッズ 5.2倍
 3番人気 鈴鹿 オッズ 8.5倍

 ミュラーの羅王の戦績からすれば、当然であろう。
 しかも前走のレースは負けたとはいえ、ほぼ同着であった。
 もう一度走れば羅王が勝つ。
 大衆は羅王に切符を賭けた。
 そして前走でその羅王に土をつけたオルマの空星にも期待が集まった。
 ここまで無敗で駆け抜けたニワトリだ。
 この不敗神話がどこまで続くか、皆が注目した。
 そして前走の弥生ステークスでは惨敗してしまったクロエの鈴鹿の人気も高かった。
 今まで大差で逃げ切り続けたのだ。
 弥生ステークスも騎乗ミスがなければどうなっていたかはわからない。
 このニワトリの逃亡劇に観客達は魅せられていた。

 クロエは内心思った。

 一番人気は入らない、欲しいのは一着なんだ。

 レース本入場の時、羅王に跨ったミュラーがオルマに険しい顔で話しかけようとした。
 ミュラーは勝つためなら手段を選ばない。
 例え一番人気になっても、クロエの燃えるような闘志を見抜き、万全を期すため、あらゆる布石を打つ。
 鈴鹿が前走で負けた最大の原因、そして致命的な弱点である極端なまでの臆病な気性を見破っていた。
「オルマ、仕掛けるぞ。スタートで全力で前にいけ、俺はクロエに並んで競り合う。削るだけヤツの体力を削る。二人で挟み込むんだ。絶対にクロエに自分の闘鶏をさせるな、ヤツが鶏群に沈んでか勝負するぞ」
 オルマは深く頷く。
 二人は知っていた。クロエの鈴鹿の底力を。
 そして、恐れていた。
 それだけパドックで鈴鹿に乗っていたクロエの気迫は鬼気迫るようなものだったのだ。
 全てのニワトリがゲート入りし、ファンファーレが響きわたった。

 そしてゲートが開く。
 先頭に踊りでたのはミュラーの羅王だった。
 一瞬場内はどよめく、出遅れ気質のニワトリが好スタートを切ったことに驚きを隠せないでいた。
 そしてそれにオルマの空星も続く。
 二人はマークしようとした相手を確認しようと振り返る。
 瞬間、白い影が二人の愛鶏を抜き去った。
 まるでゴール目前のような激しい手綱捌きでクロエが追うように先頭を駆け抜けてしまった。

 その瞬間を見たオルマは悪寒が走った。

 クロエと鈴鹿の気迫に怯んでしまったのだ。
 こうなっては後ろで控えるレースをせざるえなくなる。
 だがミュラーは違った。
 羅王に何度も鞭を入れ、クロエの鈴鹿に競り合う形で先頭争いをする。
 こうなっては当初の作戦は台無しだが、羅王の底力を信じ、体力の削り合いを選択したのだ。 
 ミュラーは隙あらば羅王の身体をぶつけるつもりで、並走していた。
 しかしいくらぶつけても、クロエは平然としていた。
 鈴鹿はこゆるぎもしなかったのだ。
 スタートから1200メートルを走りきった時、最初にレースの違和感に気付いたのは、クロエから少し離れた後方に位置にいる先行したオルマだった。

 ペースやばくない? ひょっとしてヤバいくらいのハイペースなんじゃ……?

 ブシュロンは時計を見て驚愕した。

 1200メートルを一分5秒だと!? 
 コースレコードを遥かに超えている! 
 こんなハイペースは前代未聞だ! 
 このままだと三羽とも潰れるぞ!!

 第四コーナーを抜けて、最後の直線400メートルになった時、バテバテの鶏群を連れ、オルマの空星が猛追する。
 しかしその脚は伸びなかった。
 心臓破りの坂がオルマ達に立ちふさがる。
 残り200メートル、二頭の叩き合いが繰り広げられた。
 当然クロエの鈴鹿も体力は限界だった。
 だが底抜けの精神力と鈴鹿のずば抜けた肺活量が二の足、三の足を使い、先頭をひたむきに走らせることができたのだ。
 ミュラーも負けまいと風車鞭を放つ、しかし羅王は限界だった。
 嘴から泡を吹き、ミュラーを放り投げ、レースから脱落してしまった。
 ターフに叩きつけられたミュラーが思わず呟く。
「……あれは化け物だ、殺す気か……」
 クロエの鈴鹿はゴール板を駆け抜き、最後まで先頭の景色を譲らなかった。

 荒い息を全力でする鈴鹿をクロエは優しく撫でる。
 ガッツポーズもせず、辛いレースをしてくれた鈴鹿を労い続けた。
 後に狂気のハイペースと呼ばれる、伝説のレースとなった。

 コースレコードを記録し、皐月記念のトロフィーをクロエの鈴鹿はブシュロンにプレゼントした。
 そしてブシュロンは確信した。

 クロエと鈴鹿なら、次走のダービーどころか、三冠だってとれる!

 クロエは嬉しさの余り泣き崩れた。
 自慢の愛鶏が誰よりも速いことが証明できたことに感極まったのだ。
 この子とずっと先頭の景色を見続けるんだという熱い想いがこみ上げた。
 そんなクロエの様子を見かねた鈴鹿は嘴で優しくクロエの髪を撫でる。

 そして迎えた闘鶏ダービー当日、一番人気をもぎ取った鈴鹿は飛ぶ鳥の勢いでスタートから先頭をひた走る。
 ミュラーもオルマも策は捨てた。
 ただ自分の闘鶏に徹しようと。
 騎乗するニワトリの力を信じた。
 遠くで先頭を走るクロエと鈴鹿が眩しく思えた。
 クロエと鈴鹿は先頭の光景を眺めながら、実に伸び伸びとしたレースをしていた。
 まるで闘鶏を楽しんでいるかのように。
 ミュラー、オルマは離されながらも必死に前方集団へと位置する。
 流石にクロエの鈴鹿をマークすることはできないが、前回のような失態を犯すまいと、レースペースを守り、愛鶏の脚を温存し、互いのニワトリの力を信じた。
 逃亡を続けたクロエ達はさらに後方を遥か彼方まで引き離した。
 小さく見えなくなるまで。
 今回も前回のレースに迫るハイペースなのに、その逃亡劇は実に華麗なレースをしていた。
 観衆の誰もが見惚れた。
 そして誰もがダービーは鈴鹿のものだと確信していた。
 第二コーナーでミュラーの手綱が動く、まるで直線一気の豪脚が爆発する。
 これで離されたクロエとの距離を縮めようとする。
 しかしそれは叶わなかった。
 いくらミュラーが追っても、その差は縮まらない。
 クロエの鈴鹿は道中なのに二の足で大飛びをし、柔らかいフォームで勢いよく前を先行し、その差をさらに広げる。
 そのレースぶりにを後ろで見たミュラーとオルマは驚嘆する。

 まるで走ってる次元が違う。

 その悠然とした走りに観客は激しい歓喜の声を上げる。
 誰もが今回のダービーは鈴鹿が取る。

 誰もが確信した。

 しかし悲劇は第四コーナーで起きた。
 クロエの鈴鹿が急に失速し、慌てて、クロエがその背を降りる。
 しかし今はレース中だ。
 このままでは他のニワトリに激突される。
 それでもクロエは鈴鹿を庇うように寄り添った。

 異変に気付き、ミュラーとオルマも手綱を締め、クロエを守る形で二羽で壁を作った。
 他のニワトリたちが二羽を避けて、ラストの直線まで走り抜けたところで二人がクロエに駆けつける。
 ブシュロンも観客席から飛び出し、クロエの元へと走り寄る。
 なんと鈴鹿の片方の前脚が折れていたのだ。
 ブシュロンの顔が青ざめた。

 ニワトリの骨折は死を意味する。
 二足歩行が出来なくなったニワトリは身体の機能に異変を起こし、苦しみながら死ぬ。
 だからすぐ安楽死処分される。
 鈴鹿も例外ではない。
 クロエは大粒の涙を流しながら、鈴鹿を抱きしめた。
 そして謝罪の言葉をうわごとのように何度も繰り返す。
「ごめんね……ごめんね……ごめんね……ごめんね……」
 そんな悲しい顔をしたクロエをまた慰めるように鈴鹿はその大きな嘴で顔を撫でる。

 ブシュロンは驚愕した。

 本来骨折したニワトリはその痛みに耐えられず、暴れたり、喚いたりするものだが、鈴鹿は違った。
 もう自分がクロエと長くいられないことを悟っていたのだ。
 そしてクロエを励ますように優しく寄り添った。

 ありえない。
 こんな光景は見たことがない!

 ブシュロンは驚きと同時に胸を打たれた。
 溢れる涙を堪えながら、鈴鹿を処置室へと運んだ。
 最後までクロエを気遣うかのように鈴鹿は優しく鳴き声を上げ続けた。
 クロエは泣き叫び続けた。
 鈴鹿の最後の姿を見ながら心が枯れるまで泣き続けた。
 鈴鹿はそれを諭すように優しく鳴いていた。
 その鳴き声にその場にいた四人だけでなく、観衆の全員が心を動かされた。
 そして皆が沈黙し、溢れた涙をこぼした。


 一月後、鈴鹿の眠る墓にクロエは鎮魂の祈りを捧げていた。
 クロエはショックのあまり、あれ以来騎乗することができないでいた。
 誰も声をかけることができなかった。

 だが空気を読まないミュラーは違った。
 鈴鹿の墓前で菊のトロフィーを供えていた。
「お前がいないおかげで勝てたぞ」
 と神経を疑うような言葉を放つ。
 クロエはひたすら無視し、祈り続けた。

 すると鈴虫の鳴き声が聞こえ始めた。
 まるで鈴鹿の鳴き声かと思うくらい似ていた。

 辛かった、だがそれ以上に楽しく、嬉しいひと時を懐かしんだ。

 その鈴の鳴る声でクロエは立ち上がる。

 そしてミュラーに勇んだ声を弾ませ、告げた。
 「来年はダービーのトロフィーを鈴鹿に供えるわ」

 クロエは雲の彼方を見げた。

 あの空で元気に鈴鹿は走っているんだろうと、願いを込めて想いを馳せる。

 鈴の鳴く音がクロエの心に明かりを灯した。
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