グータラ令嬢の私、婚約す。そしたら前世の記憶が戻った。

さくしゃ

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プロローグ

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駅の改札から逃げ惑う人々。

" 〇〇が無事で "

 私の腕の中でどんどん冷たくなっていくーー。

" 本当によかったぁ "

 ーーの腹部から流れ出る血。私はハンカチで力一杯抑える。だけど、止まらない。

" ずっと怖くて言えなかった "

 寒い時に握るとカイロの代わりになって暖かいーーの手。今は信じられないほど冷たいーーの手が出血部を抑える私の手を握った。

" おれはずっとお前のことが "


………
……



「やだ!」

 いつからか見るようになった夢……石造が主流であるこの世界とは様相の違う建築物。

「私」

 そんな建物の中を見たことのない服装の人々が逃げ惑う。そしていつも私の腕の中には腹部から血を流した黒髪の少年がいて、体がどんどん冷たくなっていく。

" 俺はずっとお前のことが "

 愛おしそうに私を見つめる少年がそう口にした瞬間、少年の瞳から生気が消え失せ、弱々しく鳴っていた鼓動が停止する。

「まだ何も……」

 その少年が誰で、夢の中の私とどんな関係なのかは知らない。だけど、少年が死んでしまったと悟った瞬間、私の胸中を襲う虚無感と絶望感に押しつぶされそうになる。そんな受け入れ難い現実を否定するように少年に手を伸ばすと、

「……まただ」

 私の意識は夢から覚めていて、自室にあるベッドの天蓋に向かって伸びた自分の手が視界に映り、目尻から流れ落ちる涙が「ここは現実」だということを教える。

「はぁ……」
 
 そして遅れてやってくる虚無感になんとも言えない目覚めとなってしまう。が、最悪の目覚めというわけではない。ただ、なんというか大切な何かを忘れてしまっているような気がしてならない。

(なんなんだ……?)

 と、思考を巡らせる。けど、準備体操もしていない頭では満足な答えなんか出せない。それに冴えた昼間にふと思い出して考えてみた事があるけど心に引っかかっているものがなんなのか全然わからなかった。

「考えても仕方ないか」

 胸に詰まるような重苦しい空気を吐き出すと私はベッドから這い出て、クローゼットへ向かった。

「……こんなにあってもなぁ」

 私は50畳の自室と変わらない広さのクローゼットを呆れながら見つめる。

 私は服に対するこだわりなんてない。5着もあればこと足りるし、クローゼットではなく衣装タンスでいい。でも、娘である私を溺愛する父様がそれを許さない。

"かーわーいーいー!どの服もミリアたんにピッタリ!端から端、みーんなちょうだい!"

 休日になるとハイテンションな父に連れ回されいろんなドレス、宝飾品等々を買い与えられる。

「はぁ……服なんて着れれば一緒なのに」

 そんな生活を15年、当然のように部屋には入りきらず50畳のクローゼットを増築。さらにドレス用の部屋を5つ用意した。が、それでも入りきらないものが出てきてしまい、そういった服はメイド達にあげている。

「なんでもいいや……今日はこれにしよ」

 入り口近くにかけられたドレスに手を伸ばして着替える。

「お嬢様。失礼致します」
 
 私が着替えていると戸がノックされ部屋に侍女が入ってきた。

「どうやら本日もお寝坊のようでございますね」

 静かに戸を閉めた侍女は、カーテンの隙間から差し込むわずかな光によって照らされたベッドを見て嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「はぁ……今日はどんな可愛い寝顔が見れるかしら」

 音をたてずにベッド脇まで進むと、

「旦那様は寒い日は頬を膨らませると言われていたけど、とんでもない!今日の気温から言ってお嬢様はきっと白い顔で具合悪そうにうなされているはず!」

 何やら喋り終わると頷き、

「旦那様よりもずっとおそばで見てきた私の方が誰よりもお嬢様のことを知ってるんだから!」

 掛け布団へと手を伸ばした。

「お覚悟!」

 布団に手をかけた侍女は、まるで討たれた主君の仇討ちを決意した騎士のような覚悟の決まった顔で布団をめくった。

「……お、お嬢様がいない!?」
 
 布団をめくった瞬間、恍惚した顔でベッドの中を覗き込んだ侍女だった。が、覗き込んだベッドの中に目的の人物がおらず、すぐに驚愕に顔を染めた。

「私がお腹を痛めて産んだお嬢様……いずこにいらっしゃるのですかぁ!!」  

 いつも楽しみにしている無防備な私の寝顔が見られなかったショックからその場に崩れ落ちる侍女。

(なーにやってんだこの人)

 
 それを見た私は呆れるばかり。

(街中だったら絶対に他人のふりをするな)

 と思いつつ、これ以上騒がれたら寝起きの重い頭に響いて敵わないと、

「お嬢様はいずこにぃぃ!」

 ベッドを見つめたまま叫ぶ侍女の肩を指でツンツン。

「私はここだよ」

 そんな私の声に侍女はギギギと首を動かし顔を背後へ向けた。

「……お、おお、おおお!」

 腕を組んで立つ私を見た侍女は、しばらく見つめたあと、小刻みに震えながら片言で話し始めた。

「お、オジョウサマがご自身でオキラレテいる!」

 いい終わりと同時に飛び上がると、着地後すぐに鋭いスタートを切って部屋の戸を開け放ち、

「だ、旦那様ァァ!!お、お嬢様がご自身で起きられていました!しかもお着替えまで一人で!」

 食堂にいる父様に向かって叫びながら走り去っていった。

「な、なにぃぃ!!」

 そして食堂から100メートル離れているにもかかわらず、私の部屋にまで聞こえる父の声。

「兵士達!今の話を聞いたかぁ!」

 慌てた様子で私の部屋の前にやってきた父は私に向かって指を差した。あとをついてきた数名の兵士が父の指差した先に視線を向ける。

「あ、あの国王様がご来訪なさった時でさえ昼まで寝ていたミリアたんが、ぁぁ」

 徐々に顔色が悪くなっていき体が震え出す。

「自分で起きて自分で服を着替えているぅぅぅ!」

 血走った目を見開き、驚愕に顔を染める。

「っ!し、信じられない!」

「あのグーたらで有名なお嬢様が!」

 ドレッサーで髪を梳かす私を父と同じく血走った目を見開き、驚愕に顔を染めていた。

「うるさ」

 そんな父達の様子を鏡越しに見ながら邪魔な髪を後ろでまとめる。

「や、槍の雨……いや、ドラゴン?」

「いやいや。そんな生ぬい現象で済むはずがないですよ!」

「そうですよ!」

 コソコソと何かを話し合う父と兵士たち……仲いいな。

「じゃ、じゃあまさか……」

「ええ」

「間違いありません」

 絶望感漂う顔で話す父に頷く兵士たち……大人四人が固まって話されると通り道がなくて部屋から出られない。お腹空いた。

「い、隕石だぁ!隕石が降ってくるぞぉぉ!備えろぉぉ!」

「わかりました!魔王襲撃時に備えて用意した防護結界を展開します!」

「こんな時のために用意した魔法師部隊総勢30名で対応します!」

「急げぇぇ!!」

 父の指示によって兵士達が慌ただしく走っていく。

「大げさ」

 と、支度が終わった私は食堂へ向かった。

「おはようございます」

「おはようございます。姉様」

 この状況にツッコミも入れず、慣れた様子で静かに朝食を食べる母と妹に「おはよう」と挨拶を返して席についた。

 何かいつもと違うことがあると大騒ぎする父ーーウェルネス・レイブン侯爵。次期国王争いをする第一王子と第二王子に変わり、国が乱れないように国王不在の王国を裏から支えている元宰相(国王崩御のおり、第一王子により強制的にその任を解かれた)

 いつも冷静沈着、しかし自分好みの年下男性には目がない母ーーミセス・レイブン、妹ーーミラ・レイブン。

 そして父であるウェルネスによく似た性格の兵士達と、

「あははは!今日も寝坊したんだって!お嬢様!」

「ま、俺たちは昨日の夜から今まで飲んだくれてるんだけどな!」

「よっ!人でなしー!」

「ちげぇねぇ!ぎゃははは!」

 毎日何がおかしいのか笑って過ごす賑やかな領民に囲まれた生活が私の日常……これでも私、一応貴族だからな?

 大切な何かを忘れたような感覚はあるけれど、幸せな毎日を送っている。
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