グータラ令嬢の私、婚約す。そしたら前世の記憶が戻った。

さくしゃ

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私の苦手なもの

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基本的に白黒の気に入った服を何着も購入してそれだけを着続け、メイクはほとんどせず、おしゃれや流行のロマンス小説にも一切興味なし……一般的にイメージされる貴族令嬢像からかけ離れた存在が私だ。

 しかしそんな私にも苦手なものがある。それは異性と二人で過ごすこと。おぎゃあと生まれて15年、成人間近の私は本格的に結婚相手を探す時期を迎えた。

 レイブン侯爵家のあとを継ぐ血筋は、私と妹と、女しかいない。そして結婚できる年齢を迎えているのは私ーーそうなると必然的にレイブン侯爵家の跡取りとなる男を捕まえなくてはならない。

 正直、面倒くさいことこの上ない。だけど、私もこう見えて一応は貴族令嬢だ。務めを果たさなければならない。のだけど……、

「やっと2人きりになれたね」

 お見合いの席で未来の旦那様候補と2人きりになった瞬間、それまでは"素"がバレないように『貴族令嬢』を演じていた私の心がざわつき出す。

(はぁ……はぁ……)

 視界は揺れ、呼吸が浅くなる。次第に胸が締め付けられるように痛み出して……

「え……ミリア嬢!?」

 気を失ってしまう。そして気がつくといつも自室のベッドで目を覚ます。

「またか……」

 なんでいつもこうなるんだ?と自分自身でも原因が分からず困惑してしまう。

 昔から異性と2人きりになるのは苦手で気絶してしまうことがたびたびあった。だけど、毎回あるわけではなくて豊満な体型の男性か、目が鋭い男性の時だけだった。しかし、お見合いをするようになってから症状が悪化してしまった。

 心当たりがあるとすると3ヶ月前……15歳になって初めてのお見合い相手。

「ごきげんよう」

 私はぎこちないながらも失礼のないように貴族令嬢を演じた。相手は、私と同い年の中では一番優秀な人物ーーメルエム・ジーニスト。(侯爵家次男)

 容姿端麗、同世代に並ぶものなしといわれる知力、兵士5人に圧勝してしまう武力、そしてバランスの良い筋肉を搭載したしなやかでスタイルの良い身体は、どんな奇抜な服でも着こなしてしまう。

 性格も温和で身分など気にせずに誰にも分け隔てなく接するため、貴族だけでなく民からの人気も高いという。

 はっきりと言って私の父が元宰相であることを抜きにしても釣り合わない。

 もっと他に、財力がある家や権力を有する家ならいくらかでも存在する。それに出世欲も人並み以上だとも聞いた。

 そんな人物がなんで私にお見合いを申し込んだのか疑問で仕方なかった。けど「優秀な者の血を取り込む」という貴族令嬢の務めを果たすべく会うことにした。

「噂に違わぬ美貌……こちらこそお目にかかれて光栄です」

 優雅に挨拶を返してくれたメルエム。第一印象は噂通りだと思った。その後、お見合いはつつがなく進み、ついにメルエムと2人きりになる時間がやってきた。

「それではあとは若い者たちだけで」

「そうですね」

 私の両親、メルエムの母が部屋を出て行った。

(こ、こんな時は深呼吸……)

 2人きりになった瞬間、ドクン!と跳ね上がる心音。それは次第にドクンドクンドクン!と小刻みになっていき、震え出す身体。

 ふぅぅ……と、息を吐くことで幾分落ち着きを見せ、最近ではパーティーで異性に囲まれても気を失わずに対処できるようになった。

「よ、良い天気ですね」

 まあ、対処できるようになったというだけで苦しいということに変わりはない。しかしこれはお見合い。相手に失礼をしてしまっては申し訳ない、となんとかぎこちない笑顔に見えないようにできるだけ自然な笑顔を心がけた。

「……」

 そんな私の問いかけに対して聞こえていないのか、メルエム・ジーニストは顔を下に向けてしまった。

(ま、まさか笑顔がぎこちないことがバレて……)

 その様子に私は一瞬不安になった。が、

「グヒッ……」

 メルエム・ジーニストは下を向いたまま突然肩を揺らして笑い出した。

「グヒヒヒヒ」

 抑揚のない一定の高さを保った笑い声……息遣いを一切せず、実に1分ほど笑い続けた。

(……に、逃げなきゃ)

 急に雰囲気が豹変したメルエムにただならぬ悪寒を感じた私の身体はかつてないほど震え、直感的に「危ない」と思った。なぜそう思ったかは分からない。ただ私の直感が警鐘を鳴らした。

「急用を思い出しまして……失礼します!」

 席を立った私は、一礼し顔を上げた。すると、こちらを覗くメルエムと目があった。

「グヒッ」

 長い前髪の間からこちらを覗くメルエムの不気味な視線と目とあってしまった。その瞬間、頭に雷が落ちたような激痛が走った。

"グヒッ……グヒヒヒ!これで君と僕の仲を裂こうとする邪魔者は消えた"

 あの夢に出てくる黒髪の少年が腹部を抑えて倒れた。そして倒れる少年の正面に立つ風船のような体型の男は私に向かって愉快そうに笑い、倒れた黒髪の少年の腹部を蹴った。その衝撃で蹴った男のズボンは飛び血で赤く染まった。

「あ……ぁ」

 わけがわからない。メルエムに対して恐怖する心、急に頭を襲った激痛、フラッシュバックするような一瞬にして駆け巡った記憶?それとも夢?……現状を把握しようとする脳の処理が追いつかず、私の意識は暗転した。

 その後、目を覚ますと私は自室のベットに居た。私が目を覚ますとベッド横にいた父が号泣、母と妹も安堵の息を漏らし、侍女やメイドなどの使用人、兵士たちは胸を撫で下ろしていた……どうやら相当心配させてしまったようだった。

「何が『正式にミリアさんと婚約します』だ!気絶した娘をほっぽって……あのクソガキィ!」

 ひとしきり泣いて私が気絶したショックから立ち直った父は、メルエムのことを思い出すと今度は怒り出し、腰に刺した剣を振り回し始めた……私の部屋なんですけど。

「だーれが認めるかぁ!」

 怒りの炎は時間の経過とともに燃え上がり、それに比例して言葉遣いも悪くなっていったため母が代わりに何があったのか説明してくれた。それでも長かったので要約すると、

「婚約を申し込んできたメルエムとその母の婚約するのが当たり前という態度が気に食わず、屋敷から追い出した。その際に2度と来るな!」

 と父は怒鳴ったそうだ。その後、慌てた父が兵士たちと一緒に私を部屋へと運んだという。

(よかった)

 「信用が命の貴族」においてやってはならない行動ではあったけど、この時ばかりは父に心から感謝した……メルエムのあの時の目を思い出すと鳥肌がたって体が震え出してしまう。

 長くなってしまったけど、それからというもの異性と2人きりになると気絶するようになってしまったため、今はお見合いを中止している。

 あとはメルエムがたまに屋敷までやってきては無理矢理にでも私に会おうとしたり、手紙を頻繁に送ってきたり、ダイヤモンドのネックレスを寄越したり……ということもあって。
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