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私が、でも……。

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「静かにしてるのよ」

 保険医のロスベルト・ディアベル先生がベッドルームから出て行った。

「はい」

 そんな先生の背に私は返事をした。それから血の気が引いてクラクラする意識の中で天井を見つめて目を閉じた。遠くから四時間目の授業開始を告げる鐘がなった。

(ああ……お腹痛いし、気持ち悪いしで最悪)

 女の子の日特有の気持ち悪さと痛みに嫌気がさした。

(ああ、イライラする。なんで女ってだけでこんなに体調悪い時が定期的に来るんだ?)

 そして女の子の日にはもう一つ特徴がある。それはーーなんかめちゃくちゃ無性にイライラする!

 特に普段我慢してることがあればそれについてものすごく爆発する。まさに女の子の日とは"触れるな危険"だ。

「ああ!女の子の日なんて無くなってしまえばいいのにー!」

 で、今の私は女の子の日に対して無性に怒りを覚えていた。

「くらぁ!静かにしてろって言ったでしょ!」

 しかしその代償として学園で唯一仲の良いディアベル先生にめちゃくちゃ叱られた。

「すみません……」

 仕方なく私はいつ来るかわからない眠気を目を瞑って待った。

"キャロル頼む!"

 でも、こんな時に限って神経が過敏になっていて今、考えたって答えの出ないと言うことを考えてしまう。

"モデルをしてくれ!"

(はぁ……なんて答えたらいいんだろう)





 時は遡り朝。私はいつものようにロベルト殿下のアトリエで家事をしていた。いつものように洗濯をした後に朝食を作りロベルト殿下と一緒に食べていた。

「次の絵のモデルをキャロルに頼みたいんだけどいいか?」

 おお、今日のスープは上手くできたな、と感動していたらロベルト殿下からの突然の頼みに、

「え?!私がですか!」

 スープを吹き出しかけた。

「そうだ、いいだろ?」

 驚く私に対して涼しい笑顔のロベルト殿下。

「いや、待ってくだ」

 そんなロベルト殿下に私は即座に頼みを断ろうとした。だけど、

「考えておいてく、zzz」

 ロベルト殿下は食卓に倒れ込むとそのまま眠ってしまった。

「えぇぇ」

 ロベルト殿下の生活リズムは完全に昼夜が逆転している。朝8時に就寝した後、18時に目を覚まして一日が始まる。そして今がちょうど朝の8時なのでロベルト殿下、おねむの時間となってしまった。

「せめて私の返事を聞いてからにしてよ」

 結局返事できないまま登校して今に至る。

(はぁ……まあ、ロベルト殿下だから仕方ない)

 これ以上イライラするのも馬鹿らしいし、何よりも私の中ではロベルト殿下=バk……じゃなくて変わった人ということになっていて自然と怒りが込み上げてこない。

(基本マイペースな人。でも、根っこの部分は優しくて)

「ありがとう」って時折、家事をしているとお礼の言葉と共に抱きついてくる。

(ありがとうって言われるのは嬉しいけど、あの整った顔を耳元に近づけて優しく囁くように言ってくるのはやめてほしい……)

 その時のことを思い出したらロベルト殿下の感触や体温が、

(やばいやばい!ただでさえ体調悪いのに)

 一瞬にして信じられないほど心臓がはじけてしまったので深呼吸して体の熱を冷ます。

(ふぅぅぅ、本当にめちゃくちゃ。朝食を済ませたらすぐに寝ちゃうし、片付けても一日でゴミ部屋にしちゃうし、平気で3日くらいお風呂入らないし……)

 だけど、一度暑くなると中々布団の中の熱は冷めないので足だけ出して体温調節した。

(でも、絵は違う。絵のことになると日常生活の時の抜けっぷりが嘘のようにスムーズだ。それにロベルト殿下の描く絵はすごい。絵のことは詳しくわからないけど、とにかくすごいってことはわかる!)

 ただテンションの上昇と共に体温も上がってしまって暑かったので布団を全て剥ぎ取った。

(家にあった父の自画像や本で見た偉人達の絵は風景や人物を精巧に描いていて『上手いな』と思う。だけど、ロベルト殿下の絵は鉛筆しか使わないのに白いキャンパスに黒い線でそれらの上手いと思わせる絵と遜色ない絵を描いてしまう。そしてロベルト殿下の絵には血が通っている。見てるだけで絵の中に引き込まれてしまう。一瞬にして)

 日の当たらない保健室は春になったといっても寒い。が、今はその冷気が心地よく高まった体温を下げてくれた。

(そんなすごい絵を描くロベルト殿下からデッサンモデルに選んでもらえたのは正直に言うと嬉しい)

 しかし、

"この醜い老婆が"

"醜いわねぇ。本当に私の娘なのかしら?"

"消えてしまえ!我が家の恥晒しが!"

(私なんかがモデルになったらロベルト殿下の『絵』を汚してしまう)
 
 わかってる。私は相応しくない。汚してしまうだけだと……なのに、ノーと言い切れない。

「……」

 それから答えが出せぬまま、

「放課後は真っ直ぐと寮の部屋に帰りなさいよ。そして決して無理はしないように!」

「はい。ありがとうございました」

 放課後を迎えてしまい、私は保健室を後にした。

(私がデッサンモデルになってもいいのだろうか……いやいや、それでも私なんかじゃロベルト殿下の絵を汚してしまうだけで……)

 曖昧なままだったからなのかもしれない。そんな私を見てイラだった神様が私に罰を与えるのは当然のことだった。現実を見ずにまやかしに目を向ける私の

「こんな所で会うなんて奇遇ね」

「ま、マリア……」

 目を覚まさせる人物ーーマリアベルが現れた。

「姐さん聞いたわよ。随分ロベルト殿下と仲が良いみたいね。まあ、そのせいでロベルト殿下の根も葉もない噂が流れてるみたいだけど……ロベルト殿下がそれを耳にしたらどんな思いをするんだろうなぁーー存在するだけで他人に迷惑しかかけないなんて、本当に醜いね」

 そして私は思い知った。現実をーー自分の存在の醜さ、立ち位置を。

(そうだ。なんで忘れてたんだろう。未来を期待するような幸せな展開が起こると倍になって不幸せなことが返ってくるだけなんだって。幸せを感じた分だけ傷つくだけなんだって。周りに迷惑をかけるだけだから私は一人で居ようって決めたじゃないか)

 再確認した。本当は休ませてもらおうと思ったけど、わたしはそのままの足でロベルト殿下のもとへ向かった。

「醜い私はロベルト殿下に相応しくありません。もう二度と関わりません。ごめんなさい」

 と告げてアトリエを飛び出した。

「……え?」

 戸惑うロベルト殿下をそのままにして。
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