婚約破棄されたばかりの私の手が第三王子のお尻にめり込んでしまった。

さくしゃ

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「すぅぅ」

 四月下旬にしては肌寒かった。木造の壁の隙間から入り込んできた風が髪を揺らした。

"ごめんなさい。醜い私はあなたに相応しくありません"

"離れたくないよぉ"

 重たい瞼を開いた。瞳に映る見慣れた木目調の天井。

"お前がいないつまんねえ"

 それから身体を起こした。見慣れた勉強机に石造りの床、衣装タンス……、

"お前がいい。お前がいいんだ"

 停止した思考が動き出し、少しずつ眠る前のことを思い出していった。それはまるで夢のようで本当に現実で起こったことなのか疑わしくて、

「夢……じゃないよね」

 布団へ視線を落とした。そして夢見心地のまま6時を告げる鐘の音に反応して身体が動き出して身支度を終えると部屋を出た。

「言ってきます」

 
 部屋を出た私は、念のためにスカートの下に厚手のタイツを履いてきて正解だったと思った。初夏が訪れるというのに春直前の冬に逆戻りしたような寒さだった。

(夢だったのかな)

 林道を通る私は未だに夢見心地だった。

(そうだったらあのまま学院を去っていて今頃は…)

 そしてもし今見ている全てが夢だったとしたら本当の私は何をしてるのか想像してみた。

(学院を出る覚悟を決めた私は、本当はあのまま学院を出て、見知らぬ森を彷徨った挙句に野盗に捕まって奴隷商に売られる直前で人生に絶望してしまった私が見ている夢が今の光景……っ!)

 ゾッとした。想像したことを後悔した。

(そ、そんなことないよ、ね?)

 想像した内容があまりに現実にあり得そうなことすぎて、もし現実だったらどうしようと逆に心配になってしまった。

(っ!)

 突飛な不安であることはわかっている。けど、どうしようもなく不安になってしまって、

「急ごう」

 私はアトリエへと走り出した。不安を振り切るように。そして何より、

"おはよう、キャロル"

 そう言って笑って迎えてくれるロベルト殿下が見たかった。


「ふぅぅぅ」

 アトリエに着いた私は引き戸の取手を持ったまま固まっていた。

「大丈夫大丈夫」

 あり得ない、とわかってるけど、もしと考えたら開けようとする手が止まってしまう。

「……」

 取手を握り締めた右手を見つめていた。ずっとーーそうしたら、

「うおっ!あぶね!」

 ドアの向こうからロベルト殿下の叫び声がした。

「っ!大丈夫ですか!」

 その声を聞いた瞬間、肩にのしかかって私の動きを止めていた不安が霧散した。素早くドアを引いてアトリエへ入った。

「お、おう。キャロル」

 何か危ない状況なのかもしれない……そう思って部屋に入ったら、

「おはよう」

 いつものように目の下にクマを作り、どんよりした雰囲気のロベルト殿下がキャンパスの隣にある食卓へお皿を並べていた。

「おはようございます。何をされているんですか?」

「昨日からキャロルをモデルにした絵の構想を考えていたんだが、それがなかなかうまくいかなくて……気分転換に朝の3時くらいから飯を作り始めたら人生初のことに思いの外手こずって今に至り、皿を並べている」

 サラダが盛り付けられたお皿を置いて眉間を指で押さえてキッチンへと歩いていった。

「料理ってものすごく難しいな」

 と話しながらスープをよそってテーブルへ並べた。

 料理の内容は不揃いに切られ……たのではなく皮を剥いてそのまま野菜を投入したと思われるスープに、サラダとパンだった。

「さてと……」

 エプロンを脱いだロベルト殿下はふらふらしつつも慣れた様子で椅子へと腰掛けた。

(あのロベルト殿下が)

 私はというとテーブルに並んだ料理を見て、

(ゴミの捨て方がわからなくて面倒くさいからとそのまま床へ捨ててしまうあのロベルト殿下が)

 衝撃を受けていた。

(料理、を?!)

「ん?どうした?」

「ぷっ」

「ぷ?」

「あははははは!!」

「あははは?何かあったのか?もしかしてあまりに眠れなくて頭がおかしくなったのか?」

 お腹を抱えて笑う私を見てロベルト殿下は首を傾げた。

(だって、だって!死んだ顔でこの世の終わりのように絶望した様子でゴミの捨て方を教えてくれって言ってたロベルト殿下が料理を作るなんて……)

 死んだ顔は変わらないのに、と今の姿とゴミの捨て方教えてくれと言ってきた時のギャップが凄すぎて笑ってしまった。

「ごめんなさい。ちょっと驚きのあまりつい……いただきます」

「そうか。いただきます」

 それから両手を合わせるとフォークでまずはサラダを食べた。

「思ったよりもうまくできてるな。ただなかなかうまくいかないもんだな。これだけ作るのに三時間もかかってしまった」

 スープと睨めっこするロベルト殿下は難しい顔で野菜が丸ごと煮込まれたスープを食べた。

(三時間か……)

 きっとおっかなびっくり野菜を切ったりしてたんだろうな、と容易に想像できて、その料理をする姿に胸がキュンキュンしてしまった。

「なら、今度一緒に作りましょう」

 難しい顔で唸るロベルト殿下に笑いかけた。

「……き、キター!!これだー!!zzz」

 するとロベルト殿下は突然立ち上がり叫ぶと瞳を閉じて机に倒れ込んだ。

「……」

 いくら考えても解決しない悩みがある時、それが解決するアイデアが浮かぶとロベルト殿下は「キター!」と叫ぶクセがある。

「ふふ」

 そしていつも通り机に向かって倒れ込んで眠る。

(やっぱりいいな)

 ロベルト殿下は変わらずいつも通り。

(ロベルト殿下と過ごすのはやっぱり楽しい)

 ロベルト殿下に毛布をかけると寝顔を見つめたまま自身の横髪を耳にかけ、

「キャロルの絵の構想が決まった……ムニャムニャ」

 その頬へキスをした。

「お疲れさまでした」
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