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10 なりたいものがある話
しおりを挟む目の前で崩れ落ちる身体。広がっていく血溜まり。その中に静かに佇む一匹の化け物。
間に合わなかった。手遅れだった。何もかもが遅すぎた。
こんなことなら、勿体ぶらずに行動すべきだった。そうすれば、俺は──
世の中は残酷で、弱者は強者に決して勝てない。弱いものは虐げられ、潰されていく。
お前は暗くて、教室の隅に一人でいるような奴だった。言いたいことも言えなくて、ずっと俯いているような奴だった。そんなお前と俺が出会ったのは必然だったんだと思う。
住宅街から少し遠い小さな公園の、生い茂る木や花壇に囲まれた古びたベンチ。人目につかない穴場で、俺たちの秘密基地だ。
お前と出会ったのは小学生の頃だった。全身怪我まみれの俺がベンチに座っていると、泣き腫らした目をしたお前がやってきた。俺を見て驚いて逃げようとしたお前を引き止めて、とにかくあれこれ色んな話をした。あの時は少しでもお前の気を引こうとして、訳の分からないことをたくさん言った覚えがある。お前はびっくりした顔で俺の話を聞いていたが、時々笑っていたのを覚えている。
それから俺とお前はほぼ毎日、放課後にベンチで落ち合っては色々な話をした。学校のこと、家のこと、将来のこと。好きな物や趣味の話ももちろんした。最初は黙って聞くだけだったお前も次第に話してくれるようになった。それが俺は嬉しくて、楽しくて楽しくて仕方がなかった。
俺とお前が出会ってしばらく経った頃、お前は異形に憧れているのだと言った。異形が書かれた本を読んで、かっこいいと思ったのだと。異形に、かっこいいものになりたいのだと俺に語った。
俺はお前に同じだと答えた。生まれ変わりたい、新しい自分になりたい。俺とお前は同志だと言うと、お前は嬉しそうに笑ってくれた。
中学にあがった頃、お前は元気がなくなった。聞くといじめられているのだと言った。異形が好きだと言ったら、周りの視線が変わったのだと。
それからのお前はとても辛そうだった。好きなものを好きと言えず、性格故に縮こまることしか出来ず苦しそうだった。俺は毎日話を聞き、お前を慰めた。
そのうちお前は異形にのめり込むようになっていった。異形の強さに惹かれているようだった。人間の遥か上をいく力。簡単に誰かを殺せる力。いつからか憧れは執着に変わっていた。
中学も卒業する頃に近づくと、お前はまじないや儀式について話すことが多くなった。いじめた相手に復讐するための準備をしているのだとお前は楽しそうにしていた。
俺は止めておけと注意した。そんなことをしてもなんの解決にもならなければ異形にもなれないし、お前が危ないかもしれない。辛いなら話を聞くし、して欲しいことがあるなら言ってくれとお前に言った。
するとお前はとても冷めた顔を俺に向け、何も言わずに帰ってしまった。
その翌日から、お前は来なくなった。
高校生になってしばらく経っても、お前は来なかった。毎日待っても、お前は現れなかった。
それから一年が過ぎた頃、お前は突然やってきた。俺は久しぶりに会えて嬉しかったが、お前は違うようだった。
お前はついに異形になると言った。異形になるための儀式に参加する、ついでに俺も誘いに来たと言って、まるで人相の変わった顔で笑った。
俺は誘いを断った。そしてお前も止めるように言った。怪しいところが多すぎたからだ。儀式とはなんだ?参加するということは他にも誰かいるのか?誰かに騙されているのではないか?異形になりたいのなら他に確実な方法がある、だから今は止めておけ。
俺は必死に説得した。けれどお前は聞かずに行ってしまった。
俺は追いかけなかった。追いかけられなかった。追いかける力がなかった。
それからまたお前が来なくなってしばらく経った頃、人間が集団でいなくなるという事件が起こったことを知った。
俺はすぐに理解した。居ても立ってもいられなくなって、俺は力を振り絞って秘密基地を飛び出した。日の沈んだ街を宛もなく走り回って探した。月がよく出ている日だった。足から血が止まらないが、構っていられない。
お前の言った通りなら、お前は今異形になっているのかもしれない。お前の願いが叶っているなら良いのだけれど、世の中は残酷だ。人間が編み出した半端な儀式で強い異形になれる訳がない。中途半端になって苦しい思いをしているかもしれない。失敗して異形に食われただけかもしれない。
お前をもっと強く引き止めていれば良かった。もっと話をするべきだった。今更後悔しても遅いけれど。
嗅ぎなれた匂いがして、心臓がはねる。匂いをたどって真っ暗な道を走る。T字路を曲がった先、切れかかった街灯の下。あの時最後に見た服装で力なく立つお前を見つけた。けれど、それはもうお前ではなかった。
一目見ただけでも分かる、人ならざる者から放たれる気配。かろうじて原型を留めてはいるが、いつ変質してもおかしくない。この出来だと、お前自身は既に死んでいるのだろう。
窪んだ目が俺を捉える。ずりずりとよろめきながら俺に向かってくる。明確な殺意を持って、近づいてくる。
動かしづらい足で後ずさる俺に、お前だったものが襲いかかる。けれど、その爪は俺に届かなかった。
目の前で崩れ落ちる身体。広がっていく血溜まり。その中に静かに佇む一匹の化け物。
化け物は軽く手を振って汚れを払うと、酷くつまらなそうにお前だった残骸を踏みにじり、呟く。
「人間の匂いがする異形。大蜘蛛のが残っていたのか」
化け物から放たれる強大な気配に、俺は為す術なくへたり込む。
間に合わなかった。手遅れだった。何もかもが遅すぎた。お前が二度死ぬのを指をくわえて見ていることしか出来なかった。
こんなことなら勿体ぶらずに行動するべきだった。そうすれば俺は、お前を使って人間になれたのに。
世の中は残酷だ。弱者は強者に勝てない。どれだけ弱者が築いても、強者の一振りで全てが壊されてしまう。
せっかくここまで育ててきたのに、熟れるまで待ったのに、また横から掠め取られてしまった。なぜ上手くいかないのだろう?人心掌握は出来ていたはずなのに。復讐を止めたから?仕方ないだろう、せっかくの入れ物が駄目になってしまっては元も子もない。問答無用で奪い取れば良かったか?それが出来たらこんな回りくどいことはしていない。まだ新月まで日がある。タイミングが悪かったんだ。
今の入れ物ももうガタがきている。この姿では人間社会に溶け込むのは難しい。だからこそ、早く綺麗な器が欲しかったのに。あと少しだったのに。先に唆しておけば良かったのか。あぁくそ、腹が立つ。
化け物が俺を一瞥する。それだけで俺は全身が竦んで動けなくなる。それ程までの圧倒的な力の差、格の違い。俺だって好きなように生きたいだけなのに。玩具で遊びたいだけなのに。世界は理不尽に満ち満ちている。
「俺の邪魔をするなよ!俺だって人間で遊びたい!」
思わず叫んだら、化け物がゆっくりとこちらを向いた。
「……成程、人間に寄生しているのか。生憎僕は機嫌が悪い。ついでに死んでおけ」
化け物が軽く腕を振る。それだけで俺の視界は宙を舞う。
ほらな!世界はとても残酷だ!
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