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第二十二話 町と食事と宿と金貨

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「船長! 町が見えてきやしたぜ!」
「よぉし! 船速を落としてくれるか?」
「はーい。分かりました」
 私は魔法を弱めていく。ゆっくりと。
 そして船を下げて、本来あるべき水面へと戻していく。
 そのままゆっくりゆっくりと前進させながら……私は段々と自身の魔法の出力を弱めていった。
 そして、船が岸にかなり近付いたところで、あとはもう波に任せるように私は魔法を使うのをやめた。
 船はそのままゆったりと岸に着いた。
 船員の人達がロープをかけ、渡し板をかけて、船と岸との移動が出来るようになった。
「ようしお前ら荷下ろしだ! ちゃっちゃとやっちまって飯にすっぞぉ! 早めに終わったら酒もその分飲めるから頑張れよぉ!」
「よっしゃあ!」
「やったるぜぇ!」
 船長の声に気合の入る船員たち。
「私達はどうします?」
「客人のお貴族様に手伝って貰おうなんて思っちゃいねぇさ。それよりもここに行ってくれねぇか?」
 船長さんは一枚の紙を私に手渡してきた。
「本来ここの宿に泊まる予定だったんだが、日程が早まっちまったからな。ちょっと話してきてくれや。今日空いてなかったら別の宿を探す必要もあるしな。本当は俺がやる必要があるんだが……ここの指示も必要だしな」
「分かりました。船の足が早まったのは私達のせいですからね」
「せいだなんて!こちとら大助かりだぜ! でもまあ、宿にとってはそうでもないかもな」
「あはは……では行って来ます」
「おう! よろしく頼むぜ」
 私達三人は船着き場から、町の中へと入っていった。
「そういえばこの町は何か有名なものはあるの?」
 ギンシュちゃんに尋ねる私。
「そうだな……この辺りは牧畜が盛んだから、羊や山羊の肉や、あるいは乳製品とかがよく食べられていたりするな」
「へぇー」
「あとは、その町のすぐ近くまで迫ってきている森の、豊かな恵みが食としては結構美味しいと思うぞ」
「なるほどー。じゃあ宿でも楽しみだね」
「私はお姉さまとの食事が楽しみですぅ」
「あ、あはは……がんばるよ」
「はいっ!」
「おい……まさか、またアレをやるのか?」
 ギンシュちゃんは戦々恐々だ。
「アレって……だってアレがミレイの食事だもの。ミレイ一人だけご飯無しはかわいそうでしょ?」
「私がご飯抜きなら、ギンシュちゃんもご飯抜きにしますよぉ。お腹が減るのはつらいですよぉ……」
 ミレイは死んだような目でギンシュちゃんを脅しにかかる。ギンシュちゃんはたじたじだ。
「わ、分かっている。私もひもじいのはつらい。団の訓練でもわざわざ山に行って二日ほど食べずに訓練とかもしたがな、あれは中々に堪えたからな……ただ、船員達と同じ宿に泊まるのではないか? そこで……その……」
「あー……確かに、聞こえちゃうかもね」
「構わないですぅ。お姉さまとの行為なら、誰が聞いてようとも問題ないですぅ」
「それはちょっと」
「それに……多少聞こえてた方が……その……」
 もじもじしているミレイ。もしかして……
「……燃える?」
 こくん、と赤くなりながら小さく頷く。
 ヤバい。ムラムラが止まらない。
 どうしよう。今すぐ襲っちゃいたい。なにこの可愛い娘。
 普段の残念さからは考えられんぞ。
 なぜこの世界ではラブホがないのだ!
「どうしよう今すぐ襲いたい」
「おいやめろ! 何を言い出すのだお前は! 昼間だぞ! 馬鹿か! 馬鹿なのか!?」
「ミレイは……いつでも大歓迎ですよ!?」
 ふぉおおおおおお!!
 ……私の肉体が男でなくて良かったな。男だったら間違いなくその辺の路地裏に連れ込んでヒャッハーしているところだった。
 いや女でも結構限界値に近い所まで来ているけれど。
 それでも船長さんの宿に話をつけるのが先だ。
 それが終わったら……よし。
「ねえギンシュちゃん。この辺でそういう連れ込み宿みたいなこと出来る場所ある?」
 ぶっ! と吹き出すギンシュちゃん!
「なっ、ななななな……そんなの知る訳なかろう! 娼館街にでも行けば一軒くらいはあるのではないか!?」
「じゃあ私達この宿で話つけたら二人でそっち行くから、ギンシュちゃんは船長さんに報告お願い。私ももう限界」
「はぁ……お前たちはもう……何を考えているのか……」
「大丈夫だよ。今度はギンシュちゃんも襲うから」
「やめろぉ! 私はもういい! これ以上されたら……本当にお嫁に行けなくなるからぁ……」
 ちょっと語尾が弱まるギンシュちゃん。かわええ。凛々しい騎士がしなを作るのってこんなにもときめくモノがあるのだな。かわええ。
 私の語彙力が乏しくなるのも仕方がないと思う。だってかわええのだから。
 そしてここで私は意地悪な言葉を紡ぎ出す。
「でも、沢山色々な夜の経験をしたら、妄想も膨らむから魔法の威力も上がるかもよ?」
「なっ!? なぁぁっ!? ぐぅぅ……」
 私の言葉に乗せられるか、自らの矜持を貫くか、凄く迷っている顔のギンシュちゃん。
「なんなら……家訓に近いことだけど、下着を着けずに町を歩いたりしたら、多分相当威力上がるだろうね」
 私の言葉に慌てて股間を、前と後ろを手で押さえるギンシュちゃん。
 ギンシュちゃんは騎士の服装とはいえ、中々なミニスカートを穿いていらっしゃるので、そりゃあ下着も頼りないことだろう。いざとなれば……むふふ、なのである。
「おっ、お前はなんてことを考えるのだ!? 馬鹿じゃないのか!? エルフってやつはみんなこうなのか!? だから魔法が世界で最も使える種族なのか!? だったら私はエルフを金輪際さげすむぞ! いいな!」
 めっちゃ動揺してる。今度いたずらしてやろ。かわええ。
 そしてそのタイミングで横のミレイは私の袖をくいくい。そちらを見ると……ちょっと赤くなって目線を反らす。
 ……え、いいの? ねぇそれいいの?
 うわぁ……いかん何この娘。そうかこれが『鉄の証』という力か。
 『心地良い奴隷契約』とはよくいったものだな。
 だったら今度からお散歩しちゃうからね!
 とまあこんなお馬鹿な話をしていると、目的地に到着した。
「『羊の角曲がり』。ここだな」
「だね。失礼しまーす」
 私達は扉をくぐって宿の中へと進む。
 宿ではお爺さんがカウンターの奥でゆっくりしていた。
「なんだお前さんら。ウチに用かい?」
「船長のアシンさんの使いの者です。船が予定より早く到着したので、本日の宿が空いているかの確認をしにきました。こちらが書類です」
 お爺さんはぎょっとした顔になる。
「なんだって!? アシンの奴が!? おいおいまだ二日はかかるはずだろ!?」
「そうなんですけど……まあ色々あって早まりました」
「なんだ!? あいつは無事なのか?」
 ん? どうしてそういう返答になるのだろう。
 あっ怪我したりトラブルがあって早まったとか勘違いしてるのかな?
「大丈夫です。誰も怪我してませんし船も荷物も無事です。ただ予定がかなり繰り上がっただけですので」
「そうか……それならいいが」
 お爺さんはホッとした顔になる。と同時にまた驚きの顔へと変化する。忙しいなぁ。
「ちょっと待て今日だと!? 部屋は空いてるが、食材が足りんぞ」
 あらま。どーしましょ。
「えっと……結構無いです?」
「食材もそうだが……仕込みも今からやってギリギリだ。食材はそっちで何とかならんか?」
 うーん……そうだ。
「えっと、獣の肉とかあればいいですかね?」
「そんなもんが簡単に手に入ったら苦労せん。羊も山羊も一頭潰すのなんぞ大変なんだ」
「いえ、私の持ち込みで……兎とか、熊とか、猪とか」
「はぁ!? 今から捕ってくるってのか? それにしたって解体に仕込みに……」
「いえ、今出しますね」
「何を言ってんだ小娘が、ふざけるのも大概に……」
 お爺さんが喋っていたが、論より証拠だ。
 私は鞄に手を突っ込み、アイテムボックスを発動させて先日捕まえたままの猪を丸ごと取り出した。
 そういえば私のアイテムボックスに関してだが、【ステータス】スキルの上昇と共に機能も色々と備わっており、【ステータス】スキルのレベルが8となった今では、内部での時間は止まるわ整理整頓もしてくれるわで極めて使いやすいものになっていた。
 ちなみに最初に試しにと思って入れていた氷は結局水になってしまった。無念。
 まあ鞄が水浸しにならなかったのは良かったけれど、取り出すのにちょっと一苦労あった。
「おい……なんだこれは」
「猪です」
「見れば分かる! どこから取り出したんだ! おまけにこいつ……全然腐敗していないぞ」
「倒したてですから。エルフの一族に伝わる魔法の鞄にしまっておきましたので」
「なるほどな……エルフの鞄か。ならこれくらいは出来るのかもな」
 よしっ、ここでも通じるエルフ設定。いやホント便利ですわ。
「これで足ります? なんならもう一、二体出しますけど」
「そんなにあるのか?」
「もっとありますよ」
「しかし人手が足らんな」
「主人よ、料理は出来んが解体くらいなら手伝えるぞ」
 名乗りを上げたのはギンシュちゃん。
「そりゃあ助かる。ただ船員達はしっかり食べるだろうしなぁ……おい、エルフの嬢ちゃん、アンタあとどれくらい出せる?」
「えっ、あとは猪五体に熊二体にあとは兎が」
「そんなには要らん! よし猪全部寄越せ。多少は金も出す。だから知り合いの宿に声かけて解体と仕込みを手伝って貰うことにする。お代は肉で返せばいいからな。ってかこれ殆ど傷がないぞ? 皮にもいい値が付くんじゃないか?」
「あ、だったらお手伝いの人には皮を渡せばいいんじゃないですか? 皮一頭分渡せばいい値がつくでしょう」
「おいいいのか? こいつはお前が仕留めたんじゃ」
「美味しいご飯が食べられるなら、頓着しませんよ」
「アンタ……どこのお貴族様だよまったく……だが気に入った! よっしゃ今すぐ声かけてくるから裏庭に出しといてくれ。そこの扉から出れるから」
「分かりました」
 ふぅ。何とかなりそうだ。
「ギンシュちゃんありがとね。解体手伝ってくれるなんて」
「いや、それよりもエリィ殿がいなかったら泊まれても食うものがないことになっていて大変だっただろう。あの船員達を満足させる食事は中々に大変そうだしな」
「そうだね。今日は特に飲みそうだしね。あっお酒あるかな?」
「その辺は私が話しておこう」
「足りなかったらこれも使ってって渡しておいて」
 私は金貨が入った革袋をポイっと渡した。
「よっと。ってなんだこれは!? これお前の財布じゃないか!?」
「うん」
「馬鹿お前財布を投げるな! お前……お前これが無かったら一文無しじゃないのか!?」
「いや大金は別にしてあるから大丈夫。そっちは自由に使っていいから」
 袋を縛っている紐をほどき、中を確認してぎょっとするギンシュちゃん。
「ばっ……ばばばばば」
「どしたの?」
「こんなっ、こんな大金投げるなぁ!!」
「へっ?」
「お姉さま……ちなみにあれ、幾ら入ってたんですぅ?」
「金貨十五枚くらい?」
 ミレイもハァ、とため息をつく。
「えっと、金貨が五枚から十枚もあれば、このくらいの宿の主人が一年間に稼ぐ額ぐらいはあるですぅ」
「あっ、そんな大金なんだ」
「分かってなかったのかこの大馬鹿者ぉ! こんな大金を私に渡すな! 手が震えてくるだろうが!!」
「あれ、お貴族様じゃないの?」
「だからこそだ! 貴族は自分で金など持たん! 金払いなど侍女や執事の仕事だ! そんな私でもこの金の価値くらい分かる! お前は本当にどうしたらこんなことになるんだぁ!!」
「いやぁ……私エルフで、神の落し子ですし」
「それでなくたってもうちょっと……こう……ああもう! 次から二度とするな! ってかこんなに要らん! 私がくすねたらどうするつもりだ!」
「ギンシュちゃんに限ってそれはないでしょ。もしそんなことしたら、罪の意識で自ら腕とか切り落としかねないし」
「当たり前だ! 伯爵家の娘が泥棒など死んでもするか!」
「じゃあいいじゃない。それもう持ってていいから。返さなくていいから」
「やめてくれ! これ以上私に心労をかけるのはやめてくれ! それでなくたって……もう一杯いっぱいなのだぁ!」
 とか言いながらちらりとミレイを見るギンシュちゃん。あぁ最近何も言わないけど、我慢してるだけなのか。
「じゃあ何枚あればいいの?」
「枚数が要らん! そもそも金貨を両替して貰える商会に行かないといかん! ああもう非常識にもほどがあるだろうこのクソエルフは!」
 あははーギンシュちゃんついに暴言が出てきましたよ。
「じゃ残りは返して」
「全くだ。ほら手を出せ」
 私にそーっと丁寧な仕草で渡してくるギンシュちゃん。面白いのでもう少しからかってやろっと。
「あっと」
 私はわざと貰い受け損ねる。
「あぁあああああ!!」
 紐を縛ってなかったので、床に散らばる金貨たち。
 そしてそれを見て大声を上げるギンシュちゃん。
「お前何をしているんだ! 私はかなり丁寧に渡したはずだぞ! 大金を落とすな! ああもう! ああもう!! 全くもう!!」
 声を荒げながら慌てて金貨を拾い集めて私の財布に入れてゆく。めっちゃ焦ってる。なんか流石に悪いことしたな。金貨一枚何十万円ってことなんだろうか。わお。
「はい。ごめんなさい」
「もういいからさっさと裏庭に猪を置いていけ。邪魔だ!」
「そんな言い方しなくても」
「どうせ今のもわざとだろう! じゃ! ま! だ!」
「はい……」
「行きましょうお姉さまぁ」
 私達は裏庭に出て、猪を五体出してきて戻ってくると、ちょうど主人のお爺さんが戻ってきたところだった。
 同時に数人の男たちが入ってくる。きっと助っ人達だろう。
「おぉ、もう裏庭に猪は」
「出しておきました。どれも綺麗なので、皮はどうぞ持っていってください」
「じゃあちょっと見に行くか。皆、来てくれ」
 ゾロゾロと裏庭へと続く男たち。そして扉を開けると、動きが止まる。
「おい……あの猪の皮……本当に貰っていいのか?」
「構いませんよ。何なら一人一頭解体バラしてそれぞれ持ち帰ればいいんじゃないですか? 売るもよし、店に飾るもよし。なんなら頭も好きにしていいですよ」
「こいつはいい仕事だな」
「ビン爺さん、呼んでくれてありがとよ。いい土産になるぜ」
「なぁに、儂一人じゃどうにもならんからな。助かるぞ」
「エルフの嬢ちゃん、いい猪をありがとよ!」
「いえいえー。じゃあ私はこれで。夜にまた戻ってきますね」
 解体の手伝いを行うギンシュちゃんを置いて、私達は宿を後にした。
 さてさてこれから船長に連絡をしにいかねば。あー連れ込み宿行きたい。
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