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第二章
祈 十
しおりを挟む身体から龍彦が退いてからも、みなほのすすり泣きが止まない。
肌の内がまだ騒々しい。鼓動が速いままだ。
露わな肌に、まだ腕が絡みつく。
「空が白めば、儂はまた帰らねばならぬ……。独りに」
横臥したみなほの背に、龍彦が唇を触れている。
彼の胸の下に引き寄せる力が、強い。
「離れがたい。我が妻、みなほ」
みなほの身体はまだ震えを帯びている。寒さを感じているのではない。龍彦の掌には熱く湿った感触がある。肌は温もりを帯びていた。
その温もりが。
「そなたは帰りたいのだろうか?」
「私……?」
「連れて去りたい」
顎の先に龍彦が触れる。しずかに、みなほの顔が彼の方へと向けられた。
龍彦の吐息が、みなほの額に触れた。おののくような、そんな響きをみなほは感じた。
「愛しくなった……」
瞼が触れるような距離で、みなほは龍彦の目に見つめられている。青く底の光る瞳は、得体が知れない。
御子ヶ池の精霊であろうとは、知っている。
かんぬきを掛けられた戸が開閉もせぬのに、龍彦はいつの間にか、社の中に居た。彼が現われる気配も感じなかった。
気付けば、みなほは彼の腕の中にいた。
人ではない。
それは、解っている。
「ん……!」
龍彦の唇がみなほのそれを覆う。温度を帯びて、みなほの口内に忍び込んだ舌に、舌が絡んだ。
「ん、ぅ」
うなじに風が通ったようにざわめいた。
胸元の幽かな膨らみを、龍彦の手が触れる。何度も摘まれた蕾にまた指先が伸びている。尖り始めたそれを弾き、挟み、揺らす。
みなほの躯体が忙しなくうねった。華奢な肢体が様々に描く曲線が、龍彦の頬を少し緩める。
「可愛い」
青年と覚しき美しい相貌を紅潮させながら、なお、龍彦がみなほに触れる。
みなほは眉を寄せて、瞼を固く閉ざす。裸体を龍彦の目にさらし、その上に与えられる仕草に反応する姿を見下ろされる。それは痴態であろうと思う。
淫らな意図を帯びた掌がみなほの肌を探る。
何度も、乱された感触を、身体が覚えている。抗えずに、みなほはただ喘ぎ、身悶えるばかりだ。
いや、と呟きながら、爪先で褥を掴み締めて腰を浮かせた。
「快いか?」
楽しげな問いに、みなほは嫌だと答えた。
嫌だと、思っている。そのくせ、秘所に龍彦の指先を含んで揺らぐ身体を止められない。
「悦べ、みなほ。その姿が、愛しい」
「やっ……あ!」
身体の内側を激しく擦られて、みなほは勝手に肌身が痙攣するのを知った。
龍彦が、祈りだと言ったあのときの感覚が戻る。
「この止めどなき蜜の坩堝が」
慌ただしく、その粘液を彼に纏わせ、か細い腿を引き寄せる。
熱の塊が、とみなほは思った。過敏な襞を、熱塊が押し広げていく。
「あぁ……! あぅ……!」
「……なんと、快い」
嘆息を零しながら、みなほの膝を持ち上げ肘の裏に絡めて、龍彦が身体を進めた。
「離したくない」
「……くるし……」
喉が抜けそうなほどに仰け反りながら、みなほが喘いだ。
「そうだ、もっと深く儂を抱きしめろ」
みなほの膝に腕を絡め、褥についた手を支柱にして、龍彦が身体を打ち下ろす。
びく、と背を反らせてみなほが戦慄を走らせる。
「かつて知らぬ、これほどの」
「ん……! 龍彦様……」
「これほどの快さ、かつて知らぬ……!」
固く閉ざした瞼の下に雫が流れる。
胸の底を叩かれているように思う。龍彦が、みなほに満ちた。華奢な身体に、彼の全てを埋めて、その内側が蠢動する。
子猫のような声で啼きながら、みなほは方々へ首筋を背けた。貫かれる箇所から湧き上がる波に、心が耐えられない。痺れが、爪先から旋毛へ何度も走った。
「みなほ」
我が妻、と囁きながら龍彦が旺盛に身体をみなほに打ち付ける。操る糸を失った人形のように、みなほの首が頼りなく揺れた。
「離れがたい」
「龍彦様……、たつひこ、さま」
痙攣のあとに、身体の節々の力が抜けていく。宙に放り出された感覚の中で、ただ龍彦の存在だけが、みなほの中で明瞭にある。
離れたくないと、何度も言う。離したくない、我が妻だと。
「愛しい、みなほ」
唇に唇が、みなほの胸を熱くする。
愛しい、離れたくない、どちらもみなほを求める言葉だ。求める、思いだ。
誰からも、寄せられたことがない、熱い感情だ。
みなほを求める、温かい思いだ。
「んぁ……っ、あ……!」
身体の中に居る龍彦を、みなほの内側が抱きしめる。往来を繰り返す彼に絡みつき、逃さぬように奥へ誘う。誘うようにうねり、蠢いた。膝がびくびくと波打った。
自らの身体が、みなほは解らなくなる。
知らぬうちに、涙が目尻を伝っている。嗚咽が唇から漏れて止まない。
愛しいと言う彼を、みなほも愛しいと思うのか。愛しいものがなお奥へと求めるなら、それに応じたいと思うのか。
心の奥へ、みなほを妻と呼ぶ龍彦を、招きたいと望むのだろうか。律動が激しくなる。
「みなほっ……」
龍彦の声が、切迫した。
みなほの小さな身体を押し拉ぎながら、奥深くに、滾るような精を放った。
かつて知らぬ深みに熱を受け止めながら、みなほは全身に戦慄を感じた。快いと知った。
産声のような音色を、みなほは脳裏で遠く聞いた。
呼吸が、治まらない。
「そなたが悦びに果てる気色、なんと儂に力を与えることか」
胸にみなほを抱えたままの龍彦の肩も、まだ波を打っている。
「そなたを、里に帰したくない」
みなほの頭上にそんな言葉が聞こえた。
死んでしまいたかったと、先刻、龍彦に訴えた。悲しいことを言うなと、咎められた。
だが、里に帰ったら、誰がみなほのその言葉を咎めてくれるだろう。
居なくなれば良い
痛い目に遭えば良い
帰ってこなきゃ良い
そう、村の人々に思われていることを、もうみなほは知ってしまった。
否、知っていたのだ。
ずっと、以前から。
一人生き残った呪いの子。狂気の人殺しの子。おぞましい殺人鬼の娘、殺人鬼の孫。村の人々はみなほを忌み嫌った。
好きで選んだ父ではない。祖父ではない。
それでも同じ血筋を持つみなほを、人々は同じ呪いを持つものと見なし、穢れとし、つまはじきにした。
好きで家族を失ったのではないのに。
好んで独りになったのではないのに。
みなほ自身は誰ひとり傷つけていないのに。
誰もがみなほを居ないものとして、居なくなれと望んで、姿を見たくないと遠ざけた。
日差しと囲炉裏の火の他に、みなほに温かいものは村には何もなかった。
人々に投げつけられたのは、心凍える憎しみだけだった。
だから生きていたくないと思ったのだ。
贄の役が終われば、もうみなほには村の誰も用がない。
また戻るのだ。
独りに。
「……帰りたく、ない」
口に出して、みなほはそれが本当の気持ちだと知った。
「帰りたくないの……」
あの場所に帰ればまた、みなほはまた独りだ。独り、人々からの嫌忌の視線を浴びて、死んでしまいたくなるだろう。
帰れば、誰もみなほの名を優しく呼んでくれる人など居ない。愛しいと言ってくれる人も居ない。
みなほの生を望む人もない。
温かな肌もない。
ならば、帰ることになど意味は、あるのだろうか。
独り、遠巻きの冷たい視線を注がれながら在り続ける場所に、帰る意味はあるのだろうか。
愛しいと差し伸べられる腕を振りほどくほどの意味が、あの場所にあるのだろうか。
朝に。
贄を迎えに来た輿の担ぎ手が社の扉を開けたとき、その中が空である事を知った。
褥はある。
整えられていたが、肌の何かを知った湿り気を帯びている。
だが、贄は消えた。
みなほは、姿を消した。
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