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第二章
祈 九
しおりを挟む我が妻、と龍彦は言った。
人とも知らぬ、目に映る姿だけは美しい青年のような存在は、熱い掌でみなほの頬を撫でる。
みなほが意識を失うほどに、その身体を玩弄し続けた手が、頬に柔らかい。
目蓋に口づける唇も優しい。
青白い光を奥に灯した眼差しは、人とも思えぬ。
だが人よりも、もしかしたら優しいのかもしれない。
少なくとも、みなほに今まで向けられた視線達よりは、ずっと。
「……何を泣く?」
秀麗な眉が、ひそと寄せられたのをみなほは不思議なものに見た。
龍彦は指の端でみなほの目尻に流れた涙を掬う。
みなほの血が冷えた。音のない夜に、せせらぎだけが耳に響く。
社の外には御子ヶ池。
澄み切った池の底からこんこんと湧く水が、小さな流れとなり麓の村々に注ぐ。恵みの水を生み出し続ける音色がする。
「死んでしまいたかった」
「何を申す?」
みなほを抱き寄せる腕に力が籠もった。
「そのように悲しいことを言うでない……」
「私なんか、生きていたって、仕方なかった」
居なければ良いと、村の者たちに思われているのを知った。
真由の代わりに贄の役を押しつけられた。それだけが村の人々にとってみなほの生きた理由になった。
人々に忌まれる贄の役を被せられるだけが、これまでの年月を生きた理由になった。定かに思い出せぬ、血まみれの光景から生き残った末に、担わされた役目が真由の身代わりの贄だった。
みなほが居て良かったと、今まで生きた中で思われたのは、多分それだけだ。
皆が敬愛する真由の代わりに、忌み嫌われる役をすることだけが。
(……どうして?)
どうして、自分は生きてしまったのだろう。
真由が痛い思いをすることは、皆が望まない。
だがみなほが痛い思いをすることは、誰も気に留めない。
どうして、人にはそんなふうに差があるのだろう。
みなほはそんな疑念の中にいる。
「愛しい贄。……我が妻だ、みなほ。ただ一夜とは悲しいと、思うているのに」
龍彦は己の方にみなほの顔を向けさせた。
涙にまみれる大きな瞳が澄んでいる。肉付きの薄い頬を掌で撫でながら、もう一度、我が妻、と龍彦は言った。
「そなたが死んでしまっては、儂のこの想いはどうなる? 寂しいことを申すでない」
「私は、贄ではなかったのに」
「この夜にこの社に居る者が贄だ」
「私は選ばれてないのに」
「儂は誰も選びはせぬ」
「だったら、誰が選んで決めたの?」
「人どもの仕業は儂の知るところではない。が……」
何かを言いかけたまま、龍彦は沈黙した。
しんと静まる夜の無音を、みなほはよく知っている。
八歳の時からこの春までずっと知っていた。耳が痛くなるような静寂が嫌いで、掌で耳を塞ぎ、ぼうと流れる血潮の音をよく聞いていた。
今も静かだ。
素肌で、人の胸に抱かれていることだけが以前と違う。
否、人でもないのか。だが、胸に鼓動があるのが聞こえる。みなほの耳元に幽かな呼気が聞こえる。
息をして、脈動がある。肌に、血が流れる温度がある。
ならば、傍らの存在はやはり人だろうか。
「萌した」
みなほの耳元にそんな言葉が注ぎ込まれた。
龍彦は、肉の薄い背中から腕を回してみなほを抱いていた。置くように無造作だった掌がさざめくような欲情を帯びてみなほの身体をなぞる。
「……うぁ……」
みなほの胸元の淡い隆起が、龍彦の掌に包まれた。膨らみの頂を指先に摘まれ、みなほは肩を竦めて声を上げる。龍彦の右手がみなほの腹を滑って下降する。
みなほは身を縮めて首を横に振った。いや、と言った。身体の芯に疼痛がある。痛みの源を、また龍彦は触れている。
痛い目にあえばいい
そう言われていたのを思い出す。痛い思いを、確かにしている。
怖い思いを、恥ずかしい思いをした。
贄とはつまり、そういう役目だということだ。知らなかったのは、みなほだけだった。他の者たちは、知っていた。
「っあ……」
背を跳ね上げながらみなほは手の甲で口を押さえた。
龍彦は青く底光りする目でそんなみなほを見下ろす。
みなほの華奢な輪郭の中に不均衡に大きい瞳が潤み、半ば開いた唇から湿った音色が漏れる。龍彦は左の手で尖りだした胸の蕾を捩り、右の手で涙を湛えたようなみなほの花芯に触れた。
みなほが喘ぎながら身を波打たせた。龍彦の指先がみなほの中に沈んでいく。
冷えたはず襞がすぐに熱を帯びた。最前までその刺激で幾度も狂わされた感覚を、身体の器官が思い出すのは脳より早いようだ。
意識を砕くような愉悦を。
「いや、……」
待ち望んだように蜜が漏れる。それがみなほを恥じらわせた。
龍彦の腕に縋りながら、何故、と口走った。
「そなたは悦んでいる」
「いや、……いや」
嘘だ、と龍彦は言う。悦んでいる。美味なものを咀嚼するようにみなほの体内が蠢動して、龍彦の指を吸い込んだ。這い入った物を捕えて離さぬように締め上げていた。
「あ、……あぁ……!」
退いたそれを追うように高らかな水音を立てて、溢れた粘液がみなほの腿を汚す。
痙攣を帯びたみなほの膝を立たせ、龍彦はその白桃に取付いた。褥に伏せたみなほの唇からくぐもった嗚咽が聞こえてくる。
半ば、龍彦のそれがみなほの坩堝に埋もれている。快いと龍彦は吐息混じりに呟いた。
「いや! ……いたい、の、嫌……!」
穿たれることに不慣れな道に疼痛が走る。通い路を広げようとするように、退きつつ刺突を繰り返す龍彦の仕草を、みなほは惨いと感じた。
「許せ……」
座した龍彦の上に、楔で穿たれたまま、みなほは乗せられた。身体の重みで楔の深度が増す。喉を詰まらせたような吐息と共にみなほは龍彦の胸の中で首を仰け反らせる。
労るように、龍彦が己の物を含むみなほの花弁を指先でなぞる。硬度を帯びた芽に触れたとき、みなほの身体が戦慄とともに跳ねた。
「はあ、あぁっ……!」
高く迸った音色は、苦鳴というよりは媚声に近い。みなほの内側が瞬時にこわばり、含んだ龍彦のそれに強く絡みついた。背筋が震えるような快い感触が龍彦を悦ばせた。
「ここが、好きか?」
問いながらの彼の仕草に、みなほは狂態を見せる。手足を舞わせて、背を反らし、髪を振り乱した。雷光を帯びたように戦慄し、やがて龍彦の腕の中で力を失った。
狂おしいような脈動の余韻の中で、ゆるゆると龍彦は情を解放した。
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