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第三章
密 六
しおりを挟むみなほは華奢な背を幾度か弾ませた。
龍彦の手がみなほの内側に触れている。彼が触れる核が、みなほの身体に旋律を与える。揺らぎ、時に強張りながら震えた。
(おっしゃることは本当だ)
身体の内に凝集されていく愉悦に嗚咽を漏らしながら、みなほは龍彦の言葉を脳裏に刻む。白濁するような悩乱の中でさえ、龍彦の精を頂くまでの、奇妙な具合の悪さは、既にみなほの身体から失せたと実感できる。
内側が空っぽになるような力の抜けようは、もうない。ただ彼の仕草で、心が弾けそうに翻弄されるのが怖いだけで、手足にも力が戻っている。
「快いか?」
耳朶を噛むように龍彦が言う。
意味を為さない声を出しながら、みなほは幾度も点頭した。
座したまま、龍彦がみなほを引き寄せ、天を差した彼の上に沈めた。愉悦に溢れた坩堝に龍彦が隙間もなく満ちた。
「は、あぁ……、あ……」
「何と快い」
ざわ、とうなじがそそけだつような心地で、龍彦も震えるようなため息を漏らす。
みなほ、と龍彦が何度も言う。
愛しげに名を呼ばれる度に、みなほの胎内に悦びが凝集する。龍彦の体温を身体中に感じる。悲しいような寂しさも消えた。彼は一緒に居て、みなほに愛しいと心を囁いて、温かく抱いてくれる。
龍彦がみなほの中を往来する。
襞を擦る感触に、みなほは肌を粟立てながら子猫のように鳴く。彼を逃さぬようにと思うのか、動き回る楔にみなほがきつく絡みついていく。
深いところを突き止められた感覚に、みなほは全身の筋を跳ね上げた。
汗の滴が、胸の膨らみの間を流れて落ちる。寒気のようなものがみなほの背筋を幾度も走った。
「みなほ……!」
龍彦が、みなほの臀部を掴んだ手に力を籠める。宙を舞ったみなほの爪先が、大きく揺らいだ。
命を与えるそれを、龍彦はみなほに注ぎ込んだ。みなほの手が、爪を立てて龍彦の背を掴む。肌を刺すような力だ。
それだけの指の力を取り戻した。それも先ほどの事ゆえであると思えば、みなほがもたらす小さな痛みは、龍彦にはただ愛おしいばかりに感じる。
啜り泣きながら、みなほは身体の中に放射された熱を受容した。甘美に満たされ、溢れていく感覚に、みなほは歌うような声を迸らせた。
素肌で抱き合って眠った。
その朝。
みなほが目覚めると、龍彦が衣を身につけて帯を締めていた。
「また少し、留守にする。身体の力がなくなったら、縁の近くに安静に横になっているのだよ。外には出ぬように。ゆめ、下に落ちてならぬ。あゆやますなどの言うことをよく聞くように」
「……はい」
昨日までの、あの心許ない身体の調子を思うと、龍彦の不在はみなほにはひどく心細い。
しかし、何の用かは知らぬものの、彼の外出を引き止めることはできないのはわかる。行かなくて良い用事であれば、龍彦はみなほを置いていかないだろう。
「ご一緒は、できないのでしょうか」
薄絹の衣を胸元に抱えながら、半身を起こしてみなほは縋るように言った。
少し悲しげに眉を寄せながら、龍彦はそっと首を横に振った。
「この外は、そなたの住む世とは違う」
屋敷の外の水の上を、龍彦が遠ざかる。
水面を歩くような、滑っていくような、不思議な姿で進んでいる。
みなほの視界から、靄が龍彦の姿を隠す。しばらくして、屋敷の後ろでぱしゃんと大きな魚でも跳ねたような音がした。少し、水面がざわめいている。
みなほは屋敷の奥ではなく、外に近い場所に身を横たえた。
龍彦は、少し留守にすると言った。少しとはどのくらいの時間だろう。いつまで一人だろう。また昨日までのように身体が動かなくなっていくのは、少し怖い。
「お叱りを受けてしまうのです」
と、ますが言った。
「誰が叱られてしまうの? ますもあゆも、何も悪いことはないのに」
「私たちではありません」
ますとあゆが、水面の中から顔を出している。彼女たちがふと目を見交わして、それから顔を上げてみなほに答えた。
「御子様です」
「龍彦様が?」
どうして、とみなほは唇の中で呟いた。
(私の、こと?)
それしか思い浮かばない。
みなほは、ここの世界のものではない。ますやあゆとは、異なる。龍彦とも違う。彼等とは同一に生きられない。人である。
人の世で当たり前であったように、糧を口に入れるだけでは、ここでは生きる力を得られない。龍彦の精を身に受けなければ、先日のように身体を動かす力もなくなってしまう。
みなほはそうなってしまう。
屋敷から出てはならないと命じられた。
故意ではなかったが、みなほはその命に背いた。屋敷の階段から、下の水に落ちた。
あれは、「水」だったのだろうか?
ますやあゆが建物に上れないのと同じように、みなほは建物の下に落ちてしまえばただ沈むばかりだった。彼女たちが、顔を出して居るような高さに、とどまっていられなかった。
襟元を抑えて、みなほは息を詰めた。
「私のせいなの……?」
「いえ、あの」
「それは」
「いいの。はっきり言って。私のせいで、龍彦様はお叱りを受けてしまうのね?」
あゆが、ますのほうを見た。ますは、黙ってうつむいた。
「どなたに叱られてしまうのでしょう?」
「龍神様と、眷属の皆様に……」
ますが小さな声で答えた。言った後、少し顔を上げてますはあゆと目線を交わした。
「叱られたら、どうなるの?」
「縛られてしまいます」
「動けないように」
「ずっと?」
ますとあゆが顔を見合わせて首を横に振った。
「龍神様と、眷属の皆様のお心しだい。御子様なら、それは大丈夫でございますよ」
「ええ、すぐにお戻りになりますよ」
「ご安心なさって下さい、おきさき様」
口々になだめる二人の声を聞きながら、みなほは龍彦の去った水平線を、気が遠くなる思いを持って眺めた。
我が故に生きる者よ。
昨夜、龍彦が言った。数日の留守の間に、みなほは身体の力を失っていった。
龍彦の精ゆえに、みなほはこの地で生きている。
だとしたら、留守が長引けば、みなほはどうなってしまうのか。
(怖い)
みなほの居る広い御殿のような建物は、果ての見えない湖の真ん中にある。龍彦に出会う前に住んでいた小屋より、村長の屋敷よりもずっと広い。それでも、それだけだ。
周囲の湖水にみなほは触れることが出来ない。触れればまたあの水のような実は異なるようなモノによって、力を奪われる。つまり生きる空間は建物の上のみである。
この先の生涯の全ては、そこだけになる。そう思うと狭い。
しかし、狭くとも、他に行くところもないゆえに、事足りぬこともない。
龍彦さえ居るならば。
みなほはますとあゆが運んでくる重湯のような物を口にした。甘くとろみのあるそれは美味で、飽きることはない。大きめの椀に一杯も飲み干せば、一日分の糧は満たされる。
だがみなほの身にはそれだけでは足りぬ。龍彦の精を注がれなければ、身体から力が失われていく。
緩慢に力を失って、いずれ立ち上がることも出来なくなってしまうのだろうか。怖い、と思った。
「早く、帰って来て」
霞む湖水の向こうを眺めながら、みなほは胸に手を当てて祈る。
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