水霊の贄 孤独な少女は人ならぬ彼へ捧げられた

春想亭 桜木春緒

文字の大きさ
21 / 34
第三章

密 五

しおりを挟む

 冷たい水ではなかった。
 どこか脈動を感じる、とろりと温もりのある水で、どくん、どくん、と耳元に音が聞こえるようでもある。
「おきさき様!」
 底の知れない水の中に落ちて、みなほは沈んでいく。
 水面の光を見上げながら、呼吸のできない苦しみにもがく。

 救ってくれたのは、あゆとますだった。
 みなほを二人がかりで水底から引き上げ、階段の上に押し上げてくれた。
「ありがとう……」
 少しむせながら、みなほは二人に礼を言った。
 その日は、食事を摂って、横たわったまま過ごした。
 身体の重みは、水に落ちた後に層倍になり、呼吸さえ苦しいようだった。手足にも力が入らなくなった。物を掴むにも握る力が乏しい。臓腑が虚になったように、
 全てが空っぽになってしまった感覚がして、心細くなった。
 みなほはうつらうつらと目を閉じる。それだけで精一杯の心地で、床に横たわった。

 昼の無聊を、あゆとますと過ごすことが多かったが、今日はそれさえも難しかった。
 可愛らしい少女達と他愛なく過ごす時間も、みなほにはここに来て初めて知った楽しみだった。村では、いつも独りだった。
 あゆとますが、貝合わせや双六で一緒に遊びながら、笑ってくれるのが嬉しかった。
「楽しいの?」
「はい」
「楽しゅうございます」
 二人が、にこにこと笑って、一緒に楽しいと返事をしてくれるのが嬉しかった。
 だから、龍彦の留守でも寂しくはなかった。
 しかし、あゆやますは建物に上がることはできない。龍彦が不在で、自ら身体を運べなければ、みなほは天井を見上げて仰臥するばかりだ。 
 独りには慣れている。しかし、ここへ来て独りではない日々を知り、誰も居ない場所で臥していることの寂しさを感じた。

 独りは慣れていたはずだった。
 しかし、今は違う。愛おしい、とずっとみなほに囁きみなほを抱く龍彦が居ないことが、夜には寂しくて堪らなくなった。
 あゆもますも屋敷に上がることができないために、みなほは一人ひたすら横になっていた。
 得体の知れない身体の不調も手伝って、みなほはひどく悲しくなってしまっていた。
 夜に、龍彦が戻った。涙ぐんで、みなほは彼を迎えた。
「お帰りなさいまし」
「何とした? 顔色が良くない」
「心細うございました」
 寝床の傍らに片膝をついた龍彦が、胸元にみなほを引き寄せる。
「髪が濡れているな」
「外に落ちましてございます」
「……なんと?」
「落ちる前から身体が強張って辛うございました。でも、食事を持ってきてくれたので、外に出たのでございます。そのときに」
「建物から降りてはならんと申したのに」
「はい。申し訳ありません。目が回っていて、足を滑らせてしまいました」
 みなほの背を龍彦の両腕が包む。
「目が回ると?」
「はい。何やら何日も何もお腹に入れていないような風に、目が回りました」
「今は?」
「まだ、苦しうございます」
「ああ、そうであろうな……」
 そっと、龍彦がみなほの身体を床の上に倒した。
 
 みなほの衣の襟元を広げながら、龍彦の顔が沈む。
 肌を吸いながら、唇が下降する。
「あ、……今は、いや」
「ならぬ」
「身体が辛いのでございます」
 身体を露わにしていく龍彦の腕に、みなほの指がかかる。
「解っている故、少し急ぐ」
「んっ……、だめ……!」
 抗うみなほの腿を割り、龍彦は花芯に唇をつけた。花弁をめくり、舌先を内側に忍ばせていく。
 びく、とみなほが腰を反らせる。
 重くだるい身体であっても、一度覚えてしまった甘い刺激には抗えない。喘ぎながら、みなほは首筋を左右に揺らす。抗い、強張った脚が、もう閉ざされることはない。
「少し軋むが、許せよ」
「……は」
 柔らかに融けるまでに至っていないみなほに、龍彦が彼を含ませた。言うとおり、潤みが足りない。痛みを覚えて、みなほは嗚咽を漏らす。
「こんな風になさるの、いや……!」
「少し耐えよ」
 頼りない膝を外側に押さえながら、龍彦が身を進めた。幾度か往来を繰り返すうちに、みなほの肌が桜色に染まり始めた。嗚咽の声も潤み、甘やかになる。
「いや、いや」
「……みなほ、もう、良いはずだ……」
 囁きながら、龍彦がみなほの唇を覆う。
 奥を突き止めた龍彦をみなほのうねりが締め上げる。白い膝が律動する腰を挟んでゆらゆらと揺らぎ続けた。

 身体の調子が良くないと訴えたのに、忙しなくみなほを貫く龍彦を、むごいと思った。
 それなのに、肌が熱くなっている。
「たつ、ひこ……様!」
 みなほは奥に龍彦を受け止めて強張り、弛緩した。襞の内がなお彼を迎えようとしているのがみなほ自身にもわかる。
 ほんの三日ほどの不在だったのに、これほどに龍彦を待ち望んでいたのだろうか。
 恥ずかしいほどの愉悦に、みなほは震えて泣いた。
 みなほ、と呼ばわりながら、龍彦が身体を震わせる。迸る精が、みなほの隘路に満ちた。
 一度果てたようなのに、そのまま龍彦がみなほを翻した。
 身体は繋がったままだ。
「あ、……まだ……?」
「まだだ」
 腿に、温い物が溢れたのを感じる。粘ついた音を立てながら、それでも龍彦がまだみなほを貫いている。
(お腹が熱い)
 龍彦に突き上げられた。みなほは伏せた姿勢で、腕を突っ張らせて衝動を受け止める。
 首筋に汗を感じた。胎内に熱いままの龍彦が居る。内側から焙られるような心地で、みなほは肌身に熱が灯ったのを知る。
 ぎゅう、と指の節が白くなるような力を籠めて、褥を掴んだ。みなほはその柔襞で、龍彦から注がれた精を再び吸い込んだ。
 
 呼吸を途切れさせながら、みなほは身体を起こす。
 指が強張るような力で褥を握っていたことを、そのときに覚った。
(さっきまで、何も掴めないほどだったのに?)
 龍彦に抱かれているうちに、不思議と手足の心許なさが消えている。
「頬が紅くなった」
 襟元も髪も乱れたまま、みなほの頬に触れて、龍彦が美貌をほころばせた。
「おいで、みなほ。留守の間に足りなくなったのだろう」
「足りない……?」
「そなたは儂ゆえにここに在る」
「はい」
「儂の精がそなたの内に満ちれば、また身体の力も戻る」
「そうなのですか」
「今は、先ほどに比べてどうであろう?」
 ずきずきするほどに貫かれ、腹の中には龍彦のそれが充填されている。
(目が回ってない。……手にも力が戻っている)
 確かに彼の言う通りかもしれない。
 そうだとしたら、みなほは、食事をするように、常に龍彦を身体に受け入れることで生きていることになる。
「ここではそうなのだ」
 みなほを膝の上に抱え上げながら、龍彦が額に唇をつけた。長い髪の下に手を入れ、みなほが龍彦の首筋に腕を回す。半ば剥がれた薄絹がはらりと背を滑って褥に落ちた。
 露わになったみなほの背を龍彦の掌が往来する。触れそうな距離で、みなほは彼の瞬きを見上げる。瞳の底が青白く光っている。人ならざる眼差しを、初めて見たときには怖かった。
「我が故に生きる者よ……」
 端整な唇が笑みを刻んだ。笑みのまま、みなほの唇に重なる。
 みなほは目を閉じて、龍彦の首筋から頬へと掌を滑らせた。少し湿ったような肌が、みなほの手にも快い。何より温かだった。
「ふぁ……」
 大きな手がみなほのささやかな膨らみを覆う。やわやわと弾ませ、尖った蕾を指の間に挟んで円を描く。感触が、みなほの肌を熱くした。
「我が、妻だ。……みなほ」
「はい」
「そなたの気が儂に力を与え、それ故の精がそなたの糧になる。儂故に生きるそなたと、そなた故に力を得る儂と、互いに補い合うのだ」
「互い、に?」
「そうだ。ずいぶんと長く独りで生きてはいたが、日々このように力が増すなど、過去にはなかった。今の儂に、みなほの居ない日々は耐えられぬ。そなたが儂には必要だ。それゆえの、妻だ……」
「……はい」
 小さな声でうなずきながら、みなほは身体を波打たせる。
 腿に、再び力を湛えて反り返る彼が当たった。禍々しいように鎌首をもたげたそれから湧き出すものが、今のみなほの身体に力を与える糧になるのだと龍彦は言った。
(ここは、人の世ではない)
 御子ヶ池の精霊たる龍彦の世界だ。彼が言うのなら、それは本当なのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...