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「お前を失うと、困るのだ……」
ふと、そんなことを仙之介が口走ったのを聞いた。
それは加恵が彼に初めて抱かれてから何日目のことだったのだろう。気を失った加恵が目を覚ましたときに、安堵したような顔で言った。
(私を心配してくださった……?)
加恵は、それが奇妙に嬉しかったのを覚えている。男からそのように労わられたことは、かつてない。
加恵の身体に触れるたびに、仙之介は「何人の男を知っている?」と訊く。そのことは辛い。「申したくありませぬ」と、それが加恵にとって嫌悪すべき質問であると何度も言うのだが、仙之介は執拗だ。加恵は頑固に答えない。
悲しげな眼差しで唇を結ぶそんな加恵の表情を、いつも仙之介は面白そうに見下ろしている。どうなのだ、と問い質しながら、惨いような仕草で加恵に触れる。
「どうだ?」
と反応を見ながら訊く仙之介が、加恵は辛かった。
嫌だと抗う加恵の身体を、揶揄するように犯すのが、仙之介には楽しいらしい。
しかしながら、そういう惨いような言葉と苛烈すぎることを除けば、加恵は仙之介に求められることが、そのころにはもう苦痛ではなくなってきていた。
仙之介の仕草は加恵にとって惨いばかりではない。如何にすれば玩具をより楽しめるかということを、好色なだけに彼はよく知っている。
そのとき、気を失ってからようやく目覚めた加恵を仙之介の顔が心配そうに覗き込んでいた。
加恵がこのとき気を失ったのは、愉悦のあまりであったことを、彼は知っているだろうか。知らないのだろうか、とあまりに悲しげな顔をした彼をふと可愛そうに感じ、その頬に手を伸ばして撫でた。
仙之介の端整な顔が子供のように笑み崩れた。そんな彼を見て加恵も笑った。
その日から、仙之介は加恵に過去のことを問わなくなった。
雪の夜。
酒、と命じる仙之介の杯にそれを注ぎながら、加恵は細く開けた障子の隙間に、しんしんと降る雪を見ている。間もなく春だというのによく降る。
仙之介の身柄が報国寺に預けられると、そのとき加恵は初めて聞いた。
「ご出家ですか……?」
「そんなところだろうよ」
「……私にはおいとまを賜るのでしょうか」
ふん、と仙之介は鼻を鳴らして加恵を横目で見た。
「嬉しいか」
「そのような……」
眉をひそめて首を振る加恵の手元から酒を奪い、傍らに投げ出した。
その場に加恵を倒し、襟元を押し広げる。こぼれ出た膨らみに唇を付け、執拗に吸った。
「若君様…」
加恵が乱れた吐息の下で仙之介を呼ぶ。
絹のそこかしこを掴み、か細い肢体を露わにする作業をする仙之介の手を、加恵の手が掴んだ。
「なんじゃ……」
遮られて、仙之介が苛立った声を上げる。
加恵は静かに、その仙之介の左手を、自らの喉に押し当てた。
「お好きに……」
穏やかに微笑して、加恵はそう言った。紅い綸子の襦袢から、膝がするりと滑り出た。
仙之介は空いた手で慌ただしく加恵の内に自らのそれを導き、湯に当たったような上せた顔で、滑らかな花芯の奥を突き止めた。
やがて加恵の喉元に、左手のみか、右の手をも当ててじわりと力を籠めてゆく。
うぐ、というような声で、加恵が呻く。細い喉元の仙之介の手に、加恵の指がかかった。
苦悶の表情で、加恵が身体を捩る。そんな加恵を貫きながら、仙之介は久々のその感覚に溺れていた。
加恵のこめかみの筋が膨れ上がり、顔色も青紫のようになってきた。四肢が、びくり、と痙攣している。
不意に、仙之介はその手を加恵の喉から離した。離して、その手を加恵の背に廻し、胸を合わせるように引き寄せる。
少し咳き込み、目じりに涙を流しながら、加恵は怪訝に喘いだ。
「加恵」
仙之介が耳元でその名を繰り返し呼ぶ。
そのまま、加恵の喉を絞めていたときより層倍も激しく、深くその身体を抉った。加恵は堪えきれずに悲鳴のような声を何度も上げた。
仙之介は、あらぬ姿態に加恵を開き、身悶える身体をひたすら貫き続ける。
そんな彼の手を、加恵は何度かその喉元に誘った。
「お好きなようになさいませ……」
その度に、仙之介からその手を解かれた。
やがて鎮まった仙之介の胸の上に沈んだ加恵は、帯だけが辛うじて胴に留まっているような乱れた姿のまま上体を起こす。物言わず、そのまま仙之介をしばし見下ろしていた。
「なんじゃ?」
幾筋かの髪を頬に纏わりつかせたままの加恵に、仰臥のままで仙之介は問うた。
「殺めてくださいまし……」
消え入るような吐息とともに加恵が言う。
「何を馬鹿な」
舌打ちとともに、つつましい顔立ちにどこか凄艶さを漂わせた加恵の頬に触れた。加恵が少し首を廻し、仙之介の掌に唇をつける。吐息が、少し熱い。
「……四三人ですわ」
独語のように加恵が呟いた。
「何?」
「私が身を売ったのは…」
菩薩のような半眼で、加恵は静かに仙之介を見下ろしている。
「もう、嫌なのでございます……」
加恵の目から、涙が転がり落ちた。
「同時に二人や三人や、それ以上の相手をさせられたことも一度や二度ではありません。私を縛り付けて血が出るほど鞭打つ者もありました。……もっと、もっと酷い事だってたくさんありました」
それだけではない、と加恵は仙之介の目を見ながら言葉を継いだ。
「みんな、みんなそうしなければどうしようもないから、誰も嬉しくてしていることではないのに、そうしなくても良い、恵まれた方々には、憐れみとそれ以上に蔑みの目を向けられてきました。しなくて良いなら、あんなめに一度だって遭いたくなかったのに……」
「もう良い。聞きたくない」
「私だってこんなこと、言いたくありません。でもお聞きくださいませ。若君様がお寺にお出でになって……、お暇を賜れば私はまたそのような暮らしに戻らねばなりません」
戻りたくない、と加恵は細い震え声で言った。
その加恵の項に仙之介の手が伸べられ、やがて加恵の身体はまた仙之介の下に巻き込まれる。
「若君様」
殺めてください、と再び加恵は言う。
目蓋の下から涙を溢れさせながら、胸の前で、震える掌を合わせていた。
屋根から雪が滑り落ちる音がした。
ふと、そんなことを仙之介が口走ったのを聞いた。
それは加恵が彼に初めて抱かれてから何日目のことだったのだろう。気を失った加恵が目を覚ましたときに、安堵したような顔で言った。
(私を心配してくださった……?)
加恵は、それが奇妙に嬉しかったのを覚えている。男からそのように労わられたことは、かつてない。
加恵の身体に触れるたびに、仙之介は「何人の男を知っている?」と訊く。そのことは辛い。「申したくありませぬ」と、それが加恵にとって嫌悪すべき質問であると何度も言うのだが、仙之介は執拗だ。加恵は頑固に答えない。
悲しげな眼差しで唇を結ぶそんな加恵の表情を、いつも仙之介は面白そうに見下ろしている。どうなのだ、と問い質しながら、惨いような仕草で加恵に触れる。
「どうだ?」
と反応を見ながら訊く仙之介が、加恵は辛かった。
嫌だと抗う加恵の身体を、揶揄するように犯すのが、仙之介には楽しいらしい。
しかしながら、そういう惨いような言葉と苛烈すぎることを除けば、加恵は仙之介に求められることが、そのころにはもう苦痛ではなくなってきていた。
仙之介の仕草は加恵にとって惨いばかりではない。如何にすれば玩具をより楽しめるかということを、好色なだけに彼はよく知っている。
そのとき、気を失ってからようやく目覚めた加恵を仙之介の顔が心配そうに覗き込んでいた。
加恵がこのとき気を失ったのは、愉悦のあまりであったことを、彼は知っているだろうか。知らないのだろうか、とあまりに悲しげな顔をした彼をふと可愛そうに感じ、その頬に手を伸ばして撫でた。
仙之介の端整な顔が子供のように笑み崩れた。そんな彼を見て加恵も笑った。
その日から、仙之介は加恵に過去のことを問わなくなった。
雪の夜。
酒、と命じる仙之介の杯にそれを注ぎながら、加恵は細く開けた障子の隙間に、しんしんと降る雪を見ている。間もなく春だというのによく降る。
仙之介の身柄が報国寺に預けられると、そのとき加恵は初めて聞いた。
「ご出家ですか……?」
「そんなところだろうよ」
「……私にはおいとまを賜るのでしょうか」
ふん、と仙之介は鼻を鳴らして加恵を横目で見た。
「嬉しいか」
「そのような……」
眉をひそめて首を振る加恵の手元から酒を奪い、傍らに投げ出した。
その場に加恵を倒し、襟元を押し広げる。こぼれ出た膨らみに唇を付け、執拗に吸った。
「若君様…」
加恵が乱れた吐息の下で仙之介を呼ぶ。
絹のそこかしこを掴み、か細い肢体を露わにする作業をする仙之介の手を、加恵の手が掴んだ。
「なんじゃ……」
遮られて、仙之介が苛立った声を上げる。
加恵は静かに、その仙之介の左手を、自らの喉に押し当てた。
「お好きに……」
穏やかに微笑して、加恵はそう言った。紅い綸子の襦袢から、膝がするりと滑り出た。
仙之介は空いた手で慌ただしく加恵の内に自らのそれを導き、湯に当たったような上せた顔で、滑らかな花芯の奥を突き止めた。
やがて加恵の喉元に、左手のみか、右の手をも当ててじわりと力を籠めてゆく。
うぐ、というような声で、加恵が呻く。細い喉元の仙之介の手に、加恵の指がかかった。
苦悶の表情で、加恵が身体を捩る。そんな加恵を貫きながら、仙之介は久々のその感覚に溺れていた。
加恵のこめかみの筋が膨れ上がり、顔色も青紫のようになってきた。四肢が、びくり、と痙攣している。
不意に、仙之介はその手を加恵の喉から離した。離して、その手を加恵の背に廻し、胸を合わせるように引き寄せる。
少し咳き込み、目じりに涙を流しながら、加恵は怪訝に喘いだ。
「加恵」
仙之介が耳元でその名を繰り返し呼ぶ。
そのまま、加恵の喉を絞めていたときより層倍も激しく、深くその身体を抉った。加恵は堪えきれずに悲鳴のような声を何度も上げた。
仙之介は、あらぬ姿態に加恵を開き、身悶える身体をひたすら貫き続ける。
そんな彼の手を、加恵は何度かその喉元に誘った。
「お好きなようになさいませ……」
その度に、仙之介からその手を解かれた。
やがて鎮まった仙之介の胸の上に沈んだ加恵は、帯だけが辛うじて胴に留まっているような乱れた姿のまま上体を起こす。物言わず、そのまま仙之介をしばし見下ろしていた。
「なんじゃ?」
幾筋かの髪を頬に纏わりつかせたままの加恵に、仰臥のままで仙之介は問うた。
「殺めてくださいまし……」
消え入るような吐息とともに加恵が言う。
「何を馬鹿な」
舌打ちとともに、つつましい顔立ちにどこか凄艶さを漂わせた加恵の頬に触れた。加恵が少し首を廻し、仙之介の掌に唇をつける。吐息が、少し熱い。
「……四三人ですわ」
独語のように加恵が呟いた。
「何?」
「私が身を売ったのは…」
菩薩のような半眼で、加恵は静かに仙之介を見下ろしている。
「もう、嫌なのでございます……」
加恵の目から、涙が転がり落ちた。
「同時に二人や三人や、それ以上の相手をさせられたことも一度や二度ではありません。私を縛り付けて血が出るほど鞭打つ者もありました。……もっと、もっと酷い事だってたくさんありました」
それだけではない、と加恵は仙之介の目を見ながら言葉を継いだ。
「みんな、みんなそうしなければどうしようもないから、誰も嬉しくてしていることではないのに、そうしなくても良い、恵まれた方々には、憐れみとそれ以上に蔑みの目を向けられてきました。しなくて良いなら、あんなめに一度だって遭いたくなかったのに……」
「もう良い。聞きたくない」
「私だってこんなこと、言いたくありません。でもお聞きくださいませ。若君様がお寺にお出でになって……、お暇を賜れば私はまたそのような暮らしに戻らねばなりません」
戻りたくない、と加恵は細い震え声で言った。
その加恵の項に仙之介の手が伸べられ、やがて加恵の身体はまた仙之介の下に巻き込まれる。
「若君様」
殺めてください、と再び加恵は言う。
目蓋の下から涙を溢れさせながら、胸の前で、震える掌を合わせていた。
屋根から雪が滑り落ちる音がした。
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