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第2章 迷宮成長編

第93話 ニャーゴの実

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 それは何気ない検索だった。

 前から探していたコーヒー。
 日本ではコーヒーといえば日常的に飲まれる人も多いだろう。俺もそのひとりである。食後や休憩時間にまったり飲むのが美味しいのだ。
 缶コーヒーからインスタントコーヒー、レギュラーコーヒーまで様々で専門店では多くの種類と飲み方を楽しむことができた。

 なかなか見つからず半ば諦めかけていたのだがついに見つけたのだ。
 コーヒー豆そのものやコーヒーの実を探していたら、類似植物の実が検索にヒットしたのである。
 
 その実はニャーゴチェリー、通称ニャーゴの実。
 小さなサクランボのような赤い実を付ける果実で、南方の温暖な地方で良く採れるらしく、その地方に住む山猫族が好んで食しているらしい。
 コーヒー豆としては利用されておらず、その小さな果実を食すか、その実を煮出した飲み物として好まれているらしかった。
 コーヒーとしてその種を焙煎して飲まれていないのだから、いくら探しても見つからない訳だった。

 日本では観葉植物としても人気のコーヒーの木、鉢植えとして容易に入手でき、艶のある緑の葉と赤い実を長期間にわたって結実させる外観の美しさが観葉植物として人気らしかった。
 寒さに弱いことを除けば室内で栽培するのは易しい部類で、栽培開始から3年から5年程度で白い花を咲かせ実がなるようだ。

 そのニャーゴの実だが、食用と煮汁の他、薬の原料として少量だが流通しているようだった。これはぜひとも入手せねばならない。
 そうと決まれば善は急げだ!


「将軍、鬼柴将軍! お願いがあります。将軍の領地である南方に住む山猫族との交易を許可してください」
「なんじゃ唐突に? 山猫族との交易だと? あんな山奥になんぞなんもなかろうに。だがお主のことだ、何か必要な物があるのか?」
「はい。通称ニャーゴの実と呼ばれる果実の種が欲しいのです」
「ニャーゴの実の種だと? 果実ではなく種か・・・詳しく申してみよ」
「実は・・・・・・・・・」

 俺は鬼柴将軍にニャーゴの実の種の使い道を説明した。
 この街の食べ物を食した将軍はすぐさま交易を了承してくれたのだ。
 そしてそのポテンシャルを悟った将軍は、ニャーゴの木の栽培とその実の優先取引権を約束する代わりに、将軍の領地とブルストを結ぶ交易路の確保と魔動機の導入を約束させられた。
 将軍としても俺の領地との交易はメリットがあり、お互いが得する環境が整っているのだから願ったり叶ったりなのである。



「してそのコーヒーとやらは美味いのか?」
「苦味がクセになりなりますよ。砂糖やミルクを入れることでマイルドにもなりますし、気分転換や眠気覚ましにピッタリな飲み物です」
「そうかそれは楽しみであるな」
「さっ着きましたよ」

 善は急げということで、南方の領地まで行かずともニャーゴの実が手に入る港町イセへとやってきた。
 馬車だと一日の距離でも魔動航空機なら数分の距離なのだ。

 港町を拠点にしている瑞希ちゃんには事前に出発前に連絡してある。
 と言っても連絡して数分だから直前とも言うが気のせいだ。

「いらっしゃいと言いたいけど、ちょっと急すぎないかしら?」
「キノセイデスヨ」
「紗弓様お久しぶりでございます」
「鬼柴将軍も息災で何よりです」

 くだけた俺と瑞希ちゃんの挨拶とは違い、織田家の姫君である紗弓様とその臣下である将軍は堅苦しかった。

「紗弓様またお会いできて光栄であります」
「・・・・キミも元気そうだな」

 濃姫様やルナちゃんから間接的にだが、紗弓様が俺に好意を持っていると聞かされているため緊張してしまう。
 だって一国のお姫様だよ・・・・黒髪の良く似合うお姫様だよ・・・上司の娘であり、父親は魔王信長様なのだから緊張するのも無理はない。

「聞いたよ。領地と官位まで賜ったそうじゃないか」
「ありがとうございます」
「母上に何を吹き込まれたかは知らないけど気にしないでね!」
「はい・・・・」
 
 気にしないでと言いつつ恥じらう姿を見せられると、余計に気になってしまうんですけど・・・・だって可愛いんだもん。
 前回会った時は鎧姿だったけど、今日は体のラインがでるタイトな黒のトップスに大胆なスリットが入ったスカート姿が可憐な女性らしさを出しており、年齢より大人っぽくエレガントな雰囲気を出しているのだ。
 刀を持っているのは相変わらずだけど、そのギャップが彼女らしかった。

「シルエラさんもご結婚おめでとうございます」
 一緒についてきたシルエラとの挨拶も刺々しく非常に気まずい。
 互いに警戒し牽制しあうのは止めてほしい。
 とっとと本題を済ませて撤退するに限る。

「イセの町に来たのは、以前に話した交易路についてと食材の購入、瑞希ちゃんが希望すればだけど転移陣の構築の提案で来たんだ」
「交易路については問題ないけど、転移陣も良いの?」
「もちろんだとも。瑞希ちゃんも日本が懐かしいだろうし遊びに来るといいよ」
「ホント? 行く! 行くよ!」

 瑞希ちゃんみたいな女の子が、嬉しそうにイクイク連呼するのは非常にヤバい気がするが気にしてはダメだ・・・・沈まれ、俺のマグナムよ・・・ここで悟られると変態扱いされてしまう。
 
「とりま市場へ行こうか」
「何を探してるの?」
「ニャーゴの実って果実で、日本だとコーヒーの実だよ」
「ええっ!? そうなの?」
「俺もついさっき知ったんでびっくりしてたんだ。まだコーヒーとして飲まれてないけど類似品なのは間違いないよ」
「そんなのよく分かったね」

「ふっふっふ、それはね。ジャジャーン! これを使ったんだ」
「スマホ? どうしてそれがこの世界で使えるのよ。電波も電気もないのに・・・・・ねえ、まさかよね?」
「うん。魔改造した」
「ちょ、ちょっと見せて!」

 瑞希ちゃんは俺からスマホを奪い取ると、慣れた手つきでスマホを操作しだした。この辺はさすが女子高生だな。

「うわぁぁぁ! どういう仕組みか分かんないけどホントにスマホだ。ねえ、私のスマホも使えるようにならない? お願い! 何でもするからお願い!」
「それは良いけど。女の子がそうやすやすと、何でもするなんて口にしてはダメだよ。イケないことお願いしちゃうよ」
「あっ! つい興奮しちゃって、でもエッチなこと以外なら協力するのはホントだよ。ほらシルエラさんが睨んでることだし、とにかくエッチなこと以外なら何でも協力するから。シルエラさんもそれぐらい良いでしょう?」
「ええ、まあ分別付けてくれれば問題ありません」
「ほらほら。シルエラさんの許可も下りたことだし、お願い!」
 
 瑞希ちゃんからピンクのケースに入ったスマホを受け取ると魔力を込めた。
 
「わぁぁぁぁ♪ 私のスマホが復活したわ。ありがとヤマトさん」
「どういたしまして。魔力を流せば使えるようなるけど、使えるアプリは制限されてるからね。電話もメールも端末を持ってる俺と嫁たちくらいだから、がっかりしないでね」
「ううん。全然いいよ」
「後は今のところブルスト領限定だけど、電子マネーも使えるから」
「ええっ! ホントにヤマトさんってデタラメよね」
「ははははは。誉め言葉として受け取っておくよ」

 おっとヤバいヤバい。あまり瑞希ちゃんと親しく話すとシルエラが不機嫌になってしまう。って紗弓様まで面白くなさそうな顔してるし、どうすれば良いのこれ?

「あれっ? 前回来た時より全体的に値上がりしてない?」
「最近この付近にシーサーペントが出没するようになり、船が襲われる被害が出始めて物価が上がり始めてるの」
「退治しないのか?」
「そうしたいのも山々だけど、相手は海の中よ。私たちも討伐に向かったのだけど中々捉えられなくて困ってるのよ」
「なるほどね・・・しかしそういうことなら」

 そう言いかけたところで突然、大砲の砲撃音が聞こえてきた。

「言ったそばから出たみたい。しかも港の側よ」
「瑞希、綾乃! 行くわよ!」
 迷宮主である瑞希ちゃんが魔物を察知して、紗弓様が飛び出して行った。
 
「待って! 瑞希ちゃん。俺も手伝うよ」
「ありがとう・・・えええぇぇぇ!!」
 索敵範囲から魔物の反応が一瞬にして消えた。呆気ないな。

 実は魔物の襲来を察知して、魔動飛行機にドッキングしてある小型戦闘機2機が迎撃に向かい見事撃退したのである。

「なにあれ・・・・」
「ひょっとして倒したらダメだった?」
「ううん・・・・そんなことないけど・・・・非常識ね」
「はっはっは。婿殿のあれは厄介よの」
 
 唖然とする瑞希ちゃんと笑っている鬼柴将軍。そんなことより買い物を続けるのだ。そのために港町に来たのだから。

「これがニャーゴの実か」
「うむ。果実は小さいので食べづらいのが難点だな」
「必要なのは果実ではなく種の部分なので問題ないです」
「そうだったな」
「なに普通に買い物してんのよ・・・頭おかしいんじゃない?」
 
 瑞希ちゃんがぶつぶつ言ってたが無視して買い物を続け、買い占めたニャーゴの実の替わりにブルスト産の穀物を商会を通じて格安で提供しておいた。宣伝と魔物の被害にあった港町への援助を兼ねているが、魔物を倒したのが俺だと分かると町の有力者から感謝されたのだが、それより海の幸を卸してほしいです。まじで。

 瑞希ちゃんの迷宮に立ち寄り転移陣の準備をしたところで、紗弓様とその従者である綾乃さんがシーサーペントの魔石とその素材や肉を持ってきてくれた。肉は珍味で美味いらしいのでありがたく頂戴しておこう。
 お礼を言うと素っ気ない態度を取ろうとしてるが、その表情は嬉しさが思いっきり顔に出ており見ていて面白いほどだった。

「何よ! 人の顔じろじろ見て」
「別にただ、可愛いなと思って見てただけだよ」
「ばっ、馬鹿なこと言ってないでもう帰るんでしょう。私たちもキミについてくんだからちゃんとエスコートしなさいよね」
「はいはい。お姫様の仰せのままに」
「むうぅぅ・・・なんか馬鹿にされてるみたいで嫌」
「んもう、ヤマトさんも紗弓も遊んでないで早く行きましょう」

 そんなこんなでブルストの街上空。

「おおっ! もう着いたの? もっと空の旅楽しみたかったのに」
「こんな鉄の塊が空を飛ぶとは・・・奇天烈だな・・・」
「紗弓も綾乃も飛行機ごときで大袈裟よ。すこしは夕凪を見習いなさい」
「いや、瑞希にとってはどうか知らんが我らには初めての体験なのだぞ」
「興奮してるとこ悪いけど、もう着いたから。さっ降りるよ」

 飛行機が領主館裏の発着場に着陸すると、メイド長のセイレーンが出迎えてくれた。相変わらずできるメイドに感心する。

「お帰りなさいませご主人様」
「ただいま。セイレーンお客様を客間にご案内してくれ」
「かしこまりました。お客様どうぞこちらへ」

 瑞希ちゃんたちをセイレーンに任せ、俺はアルデリアちゃんの元に向かった。

「ヤマト様、お目当ての果実はあったのですか?」
「アルデリアちゃん。待たせてごめんね。ニャーゴの実あったよ。あるだけ買い占めてきたから実の選別お願いね」
「ハイかしこまりました。選別後は果肉を取り除くのですね」
「うん。一部はシルエラ農園に回して、それ以外は精製するからよろしく」

 無造作に広げられたニャーゴの実を選別し、精製する前段階をお願いしたのはアルデリアちゃんと信長様の料理人である妙子さんとその部下たちである。
 皆、新しい飲み物に興味があるらしく積極的に協力してくれているのだ。

 一方その頃、客間では学園の先輩、後輩が顔を合わせていた。

「ルナも摩耶も元気そうね」
「紗弓先輩もお元気そうで何よりです」
「ふたりはどうしてこの街に? 学園はどうしたのよ」
「今は実習期間でして、私と摩耶は課題をクリア済みなので遊びに来たのです」
「そうなのね」
「そうなのです。婚約者でるヤマト様の街に遊びにきたのだ。美味しい食べ物多くて最高の街なんだよ」

「そう・・・婚約者・・・・・」
「ふっふ~ん。摩耶はヤマト様の婚約者なのだ。紗弓様には負けないのだ」
「あら? それはどういうことかしら?」
「言ってもいいのですか?」
「喧嘩を売ってるのかしら? いい度胸じゃない」
「あら~ 気にしてるんですか? でも私はお爺様公認なの。対して紗弓様は? あれ~? あれあれ~?」

 客間に行くと摩耶ちゃんが紗弓様を煽ってる場面だった。
 ポン子はどこでも賑やかだな。怖いもの知らずともいうが主家の姫様によくやるよホントに・・・・

「婚約者が何よ。まだ結婚してないのだから。せいぜい愛想を尽かされて婚約破棄されないように気を付けることね」
「紗弓様、僻みはみっともないですよ~」

「何とでも言いなさい。私は戦いに敗れ、押し倒された上に殿方のアレも見てしまったのよ。キスもせがまれたこともあるわ」
 いやいやいや、お姫様! あんたは俺の大事なとこ蹴ったでしょ! それにキスだって綾乃さんに押し付け、結果的に約束反故にしたよね?

「なっ! あ、アタシだって耳に息吹きかけられて、脇も舐められたことがあるんだから・・・・そのうちそれ以上のことだって・・・」
 
 この不毛なやり取りいつまで続くの? 瑞希ちゃんも綾乃さんも止めないの?
 そう思った時だった。
 
 ピロリン♪ 魔導スマホに新着メッセージが入った。
 え? 日本ではない異世界でメッセージ? いったい誰が? スマホを持っているのは嫁たちだが、メッセージ機能までは使いこなせていないはず。

 スマホを開いてみるとそこには---
 
 瑞希ちゃんのアイコンと「私だって負けませんよ」と書かれた短いメッセージが表示されていた。
 ええぇ・・・まさかの瑞希ちゃんのメッセージ・・・・さらに場を乱しかねないメッセージに驚き、その当人を見ると照れくさそうにする瑞希ちゃんと目が合ってしまった。
 そして目が合った瞬間にニコッと微笑み俺の心を打ち抜いていったのだ。
 
 本来なら接点のない現役女子高生だった瑞希ちゃん。
 知らない世界に放り出されて心細かったのかも知れない。
 唯一の同郷として俺に好意を寄せているも理解できるのだが・・・マジですか・・・・可愛い女の子たちに好意を寄せられて嬉しいはずなのだが・・・嫁のいる前でこの状況はカオス過ぎるよ。
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