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第2章 迷宮成長編

第94話 ニャーゴ珈琲

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 ぎゃあぎゃあ騒ぐ女性たちを眺めていいたが埒が明かないので咎めようとしたところ、樹木の香りとともに唇を塞がれた。
 突然のキスに戸惑うもそのふっくらとした唇の味には勝てず舌を受け入れた。
 大胆な行動に出たのはミスティだったのだ。
 色々と思惑があると思われる行動だが、ミスティがその気なら拒むつもりもなく濃厚なキスとその細い腰に手を回し、他の女性たちに見せつけるように体を撫で回してやった。

「あら~ 大胆ね」
「なっ! 人前で何してんのよ!」
「いいなぁ・・・私に代わってくれないかしら?」

 それぞれ思い思いの言葉を発するが、我が家の連中と最近やってきた女性たちで感想が割れているようだった。
 いつも通りの行動と捉え自分もと隙を窺う妻たちに対して、男性経験もなくキスもしたこともない若い女の子には刺激が強すぎたかも知れない。

「どう? これが大人のキスよ! あなたたちに人前でこれができるかしらね」
「な、な、な、そんな破廉恥なことできる訳がないだろ!」
「そうだそうだ! ちっぱいエルフの分際で生意気だぞ!」
「誰がちっぱいエルフよ! そっちこそポン子の分際で生意気よ」
「なんだとぉ!」

「ミスティちゃんはちっぱいでも妊娠したら大きくなるから心配いらないわよ」
「に、妊娠・・・・」
「ママ・・・もう気が早いんだから。でもママさっき、どさくさに紛れて何口走ってたの? まさかママもヤマト様を狙ってたの?」
「き、気のせいよ。それより例のモノ登録しなくて良いの?」

 怪しむ娘と慌てて話題を反らした母親・・・どっちも抜けてるが綺麗なエルフさんなのは間違いない。

「例のモノ?」
「そうだった。ここに呼んだのはこの魔道具に登録してもらいたかったためなんだ。これは魔力の波長を認識登録し個人カードを発行する魔道具なんだよ。サービスである程度のお金も入金しておくから、街で買い物するときもカードがあれば小銭用意しなくて済んで便利だよ」
「へえ~ なんだか分かんないけど便利そうね」

 本当の目的は違うけどカードを作るためには必要なことは間違っていない。それに瑞希ちゃんの知識に期待しているのだ。男と女、しかも女子高生の知識だ。俺の知らない知識も多いことだろう。

「瑞希さんはどんな本をお読みになってますか?」
 魔道具にて登録を行っている間に、メティスが目を輝かせて瑞希ちゃんに詰め寄っていた。

「本? 本は読まないけどしいていうならファッション誌くらいかな」
「ファッション誌・・・じゃあじゃあ、同性愛について書かれた本とか読んだことありませんか?」
「えっ? ないけどそれがどうしたのですか?」
「そうですか・・・・それは残念です・・・・なんでもありません・・・・・」

 チーン。残念でした。誰でも分かるくらい気落ちしたメティス、トボトボと退出していく姿が哀れだった。

「OKこれで4人の登録が完了したよ」
「紗弓様、よろしければ私が街をご案内いたしますがいかがなさいますか?」

 ルナちゃんが紗弓様を誘って街へと繰り出すようだった。

「俺は買ってきたニャーゴの実を加工するから、街を見学してくるといいよ。特に瑞希ちゃんは驚くと思うよ」
「ニャーゴの実の加工は時間が掛かるの?」
「一からの作業だから時間掛かるよ。出来上がったら連絡するから行っといで」
「じゃあ。行こうかしら」
「うん。いってらっしゃい。てことでルナちゃん街の案内よろしくね」
「ハイお任せください」

 街へと繰り出した女性陣を見送って調理場へと赴くと、赤く熟した実とそうでない実に分けられていた。

「おおっ! もうこんなに分けたんだ。ありがとう皆」
「いえいえ、ヤマト様のお役に立てて嬉しいです」

「後はこの実から果肉や外皮などを取り除き種の部分を取り出す作業だけど、大きく分けて2種類の方法があります。まず一つ目は一般的な自然乾燥法、乾燥させた実を脱穀機にかけて果肉や外皮などを取り除く方法。もう一つは水洗処理法、専用の機械にかけて皮を剥いだ後、水にさらして一晩置くと果肉と種の部分が綺麗に剥がれるようになるらしいです」

「魔法を使えば自然乾燥の方が早そうですね」
「だね。精製方法で風味が変わるけど今回はお試しだし、魔法で処理しちゃおう」

 魔法で熱風を発生させながらかき混ぜることで均一に乾燥させることができ、乾燥し終わった実を脱穀機にかけ外皮や果肉を取り除き生豆の状態にした。

「凄いですね。この脱穀機って魔道具」
「ああ、妙子さんは見るの初めてでしたか。お米も脱穀機があれば簡単に玄米と籾殻に分けることができて便利ですよ」
「素晴らしいです。ここのブルスト産のお米は甘く美味しいのが特徴ですから、大量生産できるのは良いことですね」
「ありがとうございます。さてこの精製された生豆を大きさ別に分けて、大きさの割に軽い生豆や、一部が欠けている生豆を取り除きましょう。生豆の色は淡い緑色が良質でそれ以外の変色した豆は使いませんのでこれも取り除いてください」

「うわあぁ・・・大変そう」
「自動で選別する魔道具作るからそれまで我慢してね」
「あっ、いやそういうつもりで言ったんじゃありませんから。もうホントですよ」
「大丈夫だよ。それくらい分かってるから」

 笑いながら作業を進め、次は焙煎工程だ。この焙煎によりコーヒー豆独特の茶色い色や、香ばしい香り、苦味や酸味が出来上がると思っていい。

「これから焙煎するけど、焙煎をすればするほど甘みと苦味が増し、酸味は減少すると思っていい。ニャーゴの実の特徴が分からないから8段階ある焙煎度合いの真ん中、中煎りで良いかな? 中煎りは酸味と苦味のバランスも良く甘みとコクもあると思うから。豆の特徴が分かれば焙煎度合いを変更してみよう」

「ヤマト様にお任せします」
「じゃあ焙煎しようって、アルデリアちゃん今つまみ食いしたでしょ」
「んぐっ・・・なんのことでひょう?」
「口モグモグさせながら言っても説得力ないよ」

 可愛らしいリス娘のアルデリアちゃんを見ながら、金属製の網ざるを2つ重ねてドーム状にした物に生豆を入れて、魔導コンロに五徳をセットし弱~中火で加熱していく。
 焦げないように左右に振りながらの作業となる訳で、大変だからドラム式の魔道具を作れば解決できそうだね。

 しばらく金ざるを振り続けていくと豆のカスが飛び散り始めた。
 パチパチと音が鳴り始め、同時にコーヒーのいい香りが広がりだした。しばらく振り続けると先程よりも強いバチバチという音が鳴り、その後白い煙がもくもく出てきた。色も茶色くなってきたぞ。

「ここからは時間との勝負です。油断すると一気に焙煎が進み真っ黒になるので注意してください」

 火からおろしても余熱で焙煎が進むため、素早くざるに移し変えて熱を冷ます必要がある。手作業なため、どうしても真っ黒になってしまった豆もあるが、それらを取り除けば香ばしい香りのするコーヒー豆の完成だ。

「ヤマト様、凄く良い香りがします。ちょっと食べてみてもいいですか?」
「ちょっとだけだよ」

 目をキラキラさせたリス娘のおねだりに勝てるはずもなく許可をだしたら、それがアルデリアちゃんだけで済むはずがなく、結局俺も含め全員で出来立てのコーヒー豆を味見することになった。
 アルデリアちゃんじゃないけど、良い香りのする豆はそれだけで美味しそうなのだ。俺もひとつ食べてみよう。

「旨っ! ヤマト様、ちょっと苦いですけどこのまま食べても美味しいです」

 焙煎直後のコーヒー豆は苦味と香ばしさがあってそのまま食べることができたのだが・・・・美味しさのあまりほとんどなくなってしまった。
 仕方がないのでもう一回、今度はアルデリアちゃんが焙煎することになった。

 その間にコーヒー豆を粉砕するための道具として魔法でハンドミルを作りだした。
 どの程度細かくしていいか分からないので少量で試して、市販されているくらいの荒さに調節してコーヒー豆を挽いていけば、風味の良いレギュラーコーヒーの粉が完成した。

 同じく円錐形のドリッパーを土魔法で作り、ペーパーフィルターの代用品としてブルストの街で生産したキッチンペーパーを使いドリップコーヒーを淹れてみることにした。
 人数が多いので少し多めにコーヒー豆を用意したペーパーに入れて90度に設定された魔導ケトルを使い、中心から外側に向かって「の」の字を描くようなイメージで、コーヒー粉の上に少しずつお湯を注いで蒸らしていく。

「蒸らし時間は30秒前後、コーヒー粉がふっくら膨らみ泡が出きるのを目安にお願いします。蒸らしが足りないと水っぽく薄い味のコーヒーになってしまうので注意してください」
「蒸らしが大事なのですね」
「だね。次はお湯の注ぎ方だけど蒸らしの時と同じように、「の」の字を描くようにゆっくりと円を描きながら注ぐのがポイントです。お湯は3回くらいに分け同じペースで注ぎ、蒸らし時間と合わせて約3分が目安です」
「ふむふむ」
「同じ場所に注ぎ続けたり勢いよく注いだりすると、水圧でコーヒー粉の部分に穴が開いたようになるので、お湯はなるべく細く、少しずつ、ゆっくりと注ぐのがコツですね」
「お茶の心と同様、奥が深いですね」


 ゆっくりとサーバーに抽出されるコーヒーに期待を膨らませる面々。
 出来上がったコーヒーのいれたての香りや風味を保つためにカップも事前に温めてもらっていたので、コーヒーを楽しむ準備も万全だった。

 少量だが人数分のカップにコーヒーを注ぎ、待ちに待ったコーヒーを口にすることにした。

 口の中に広がる苦味・・・ああ、約1ヵ月ぶりのコーヒーだ。
 少し雑味があるが確かにコーヒーの風味とコクだ。

「苦っ! ヤマト様、苦いですよ」
「そうかしら? この苦味が美味しいと思うのだけど、お子様にはまだ早い味ね」
「ははは、アルデリアちゃん。そのままは苦いから砂糖とミルクを入れて飲んでごらん。飲みやすくなるよ」
「うん。そうします」

 俺も本来はブラックより砂糖たっぷりのカフェオレを好んでいた。年齢とともに缶コーヒーは微糖も飲めるようになったが、レギュラーコーヒーはたっぷり砂糖を入れて飲んでいた甘党だったのだ。

「どう? 美味しくなった?」
「ヤマト様凄く美味しいです! 苦味が嘘のように消えて甘くて飲みやすいです」
「それは良かったね」

 どうやらアルデリアちゃんは俺と同じカフェオレ派、妙子さんはブラック、妙子さんの部下はそれぞれミルクだけや砂糖とミルクを少量で飲んでいるようだが皆好評のようだった。

「試飲もできたことだし屋敷の皆も呼んでコーヒーのお披露目しようか」
「ハイかしこまりました。私どもで準備を致しますのでリビングでお待ちくださいませ」
「アルデリアちゃん、妙子さん、よろしくね。俺は皆を呼んでおくから準備よろしくお願いします」

 俺はウキウキしながら屋敷の中にいる人や、屋敷外にいる人には電話で連絡して皆が揃うのを待ちわびていた。
 今回は単一豆だけど、ミスティらエルフの協力とシルエラの祝福があれば、品種改良とブルスト迷宮産のコーヒー豆を作ることができる。複数の豆があればブレンドコーヒーを楽しむことができそうだ。


 しばらくすると続々と集まる妻たちとその関係者たち。
 そこへカップを運んできたのはメイドのセイレーンだった。

「これがコーヒー?」
「真っ黒なんですけど、泥水じゃないよね?」
「でも香ばしい匂い、紅茶と同じで香りも良いわね」

 コーヒーを飲んだことない人には黒い飲み物は未知の飲み物なんだろうな。

「最初は何も入れずそのままで、苦いと思ったら砂糖とミルクを入れて飲んでみてよ。人によって好みがちがうから、ちなみに俺は両方ともたっぷり入れるよ」

 俺は今回は最初から砂糖たっぷりのカフェオレだった。

「見た目と違い美味しいわね。風味も良いし食後に良さそう」
「うえぇぇ・・・苦いですぅぅ」
「馬鹿ね。ほらミルクと砂糖入れてあげるから」
「そうか? わしはこのままでも美味いと思うがの」

 皆の反応は予想通りだったので、苦味を引き立てるもの用意していたのだ。

「じゃあアルデリアちゃん。例のモノを」
「はい。では皆様、このケーキと一緒にコーヒーを飲んでみてください」

 アルデリアちゃんの指輪が光ると空間収納からケーキが取り出された。

「わあぁぁ凄い! ただでさえ美味しいケーキがさらに美味しく感じるわ」
「濃厚なケーキもお互いの味を引き立たせせて美味しいわね」

「シルエラは妊婦だから飲み過ぎはダメだよ。コーヒーに含まれるカフェインって成分が胎児の成長に悪影響を及ぼすから紅茶も今後は控えてね」
「ええっ! そんなヤマト様・・・酷いです。私だけ除け者にするなんて・・・悲しくて枕を濡らしそうです」
「いやいやいや。シルエラとお腹の赤ちゃんのためだからね。別に除け者にするつもりもないし、意地悪してる訳じゃないから。少量なら飲んでも大丈夫だから機嫌直してくれよ」
「ふふふっ。冗談ですよ。ヤマト様の慌てる姿を見たくてつい悪戯してしまいました。ごめんなさい」
「良かったぁ。でもカフェインの獲り過ぎは良くないらしいから注意してね」
「はい」

「そうですよシルエラさん。確か一日二杯くらいが上限らしいですよ。紅茶や緑茶も飲むなら1杯ですね。カフェインレスのコーヒーも日本にはありましたので、そのうち愛妻家のヤマトさんが作ってくれますよ」
「瑞希ちゃんフォローありがとう。でもハードルしっかり上げてくれたね」
「んふふ。それくらい良いじゃありませんか。この季節だとアイスコーヒーも良いかも知れませんね」
「そうだね。焙煎具合を調節すればアイスコーヒーも作れるね」

「ヤマトさん。このコーヒー豆もらってもいいかしら? 港町のカフェで出したいんだけどダメかしら?」
「カフェで? いいよ。瑞希ちゃんの淹れたコーヒーなら人気でそうだね」
「おだててもダメですよ。でもヤマトさんならエスプレッソマシンも作りそうだしインスタントコーヒーも作れるんじゃないかしら?」
「魔導スマホがあれば作れるだろうね」
「でしょう。ブルストの街見て思ったもん、絶対ヤマトさんの頭おかしいって」
「それ褒めてんの? 貶してんの?」
「さあ、どっちでしょう? んふふ、ご想像にお任せします」

 シルエラや瑞希ちゃんには遊ばれている気がするが、念願のコーヒーが手に入り大満足だった。
 そしてブルストを中心に珈琲文化が瞬く間に広がっていくのだった。
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