ハーレムヴァンパイア〜すべてのヒロインたちに花束を〜

LABYRINTH

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1話

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 唐突な話で申し訳ない。

 どうやらトラックにはねられたみたいだ。


 おそらく俺は死ぬ。


 アスファルトに右頬を押し付けて倒れ伏している俺。その視界には、血の海が広がっている。

 全身が痺れたように動かない。

 この出血、どうあがいても生き延びるのは無理そうだ。


 死にかけていた女の子を助けたいって、そう思っただけなのに。

 まさかこんなことになるなんて。

 ほんとついてない。


 まったく、死因がトラックにはねられてってのは笑える。よく考えりゃ、それってテンプレじゃねえか。


 まぁいいさ。


 そろそろ異世界に行けそうな予感がしてたもんな。



……

…………

………………


 数時間前。


━━次は海浜幕張、海浜幕張~。


 気だるげな車内アナウンスが流れた。

 電車に揺られながら窓に映る景色を眺めていた俺は、よっこいしょと座席から立ち上がった。


「じゃあ次は冬コミだな」


 俺は両隣に腰掛けている歴戦のニート仲間たちに別れのサインを送った。サインというのはつまり、立てた人差し指と中指を合わせて額に軽く当てるというトレンディドラマ風のものだが。まあ、そんなことはどうでもいい。


 ともかくもニート仲間というのは、高校時代からの友人で、揃いも揃って「くそ」が付くほどの童貞だ。もちろん現在進行形で。


 そして我々三人は現在進行形で引きこもり生活をエンジョイ《こじらせて》している。

 したがって、こうして冴えない顔を突き合わせるのも夏と冬のコミケをおいて他にはないというほどの珍しい機会なのだ。


「俺たちも良い年だし、お互い健康には気をつけようぜ、なっ」


 電車が駅に到着し、俺が颯爽と扉へ向かおうとした時、


「おいっ、戦利品! 忘れてるぞ!」


 仲間の一人が慌てた声で言った。

 もう一方の仲間は、「それ忘れるなんて何しにコミケ行ったんだよ、ネオ氏」と笑っている。


 俺はしまったと頭を掻きながら、膝が逆向きに折れそうなほどの機敏なクイックターンをして、突き出された紙袋を受け取った。


 戦利品とはつまりコミケで購入した大切な品々というわけだ。

 ちなみにネオというのは俺のコードネーム。我々は本名を捨て、家族からの信頼を犠牲にしながらも、日々巨大な悪と戦っているのだ。

 広大なネットの荒波を暗躍するには本名は都合悪いというわけだ。


━━ドア、閉まりまぁす。


「ネオ氏、ぼうっとするな! ゴーゴー!」


「おっ、おう!」


 俺は駆け出した。

 閉じられていく扉の間をすり抜けて、間一髪ホームに飛び出す。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 強烈な西日が俺の目に突き刺さる。

 ジーワ、ジーワ。

 蝉の大音響が頭蓋骨を揺さぶった。

 俺は極度の疲労から来るため息を吐き、がくりと肩を落とした。


 年々コミケという儀式が身体にこたえるようになってきているのだ。心の底から湧き上がるような情熱が薄れてきている。

 しかしそれでも、コミケには行かねばならぬ。

 それは暗黙の義務、引きこもりニートとしての唯一のアイデンティティ、現実社会や仲間と関わりを与えてくれる最後の砦として、俺の両肩に重くのし掛かっていた。


「寄る年波というやつか。いつから純粋に楽しめなくなったんだろうな。待ってるのは、孤独な死……あいつらともあと何回会えるだろう」


 そんな独り言を漏らしながら、改札を抜け、帰路に就いた。


 ていうか膝が痛い。散々コミケ会場で歩いた上に、とどめのクイックターンが効いたのだろうか。

 俺は西日を背に受けながら、膝を労るようにのそのそと歩いた。



 俺は今年三十七になる。

 大人ぶって発禁ゲームをプレイしながら、決して画面の中の世界には入れないのだと人の運命を呪った十五の夜。

 それならばと、画面から引きずり出すことを本気で目論んだ二十三歳。

 せめて俺の遺伝子情報をデジタル化し、二次元の世界に送れぬものかと画策した三十歳。


 そして俺は今、絶望している。


「二次元二次元ってなんだよ、ちくしょー! 俺だって生○○○にぶちこみてえよ。うわぁぁぁああ!」


 安心してくれ。俺とて駅前で突然こんなことを叫んだわけではない。

 駅からだいぶ離れていたし、何より非常に小声でぶつぶつと囁いただけだ。


「フーッ、フーッ!」


 ここ二十年、会話を交わした女性はお母さんだけ。


 君はコミケ会場にいた若いレイヤーを見たことがあるか?


 露出されたあの足の艶めかしさ。二次元にはない圧倒的存在感。

 二次元も三次元も同じ網膜に投影された映像に過ぎぬのなら、なぜこの二つは明白にも違うのか。答えてくれ、テクノロジー!


「二次元は俺の人生を狂わせた!」


 俺はいつの間にか我を忘れて、本気の怒号を発していた。顔を上げ、かっと目を見開く。


 が、同時に。俺はぴたりと足を止めた。

 血液が足元へすとんと落ちた気がした。


 目の前に若い女性の顔があったからだ。


 世間はお盆だというのに、女性はスーツ姿だった。顔を引きつらせながら俺を見ている。身体が小刻みに震えていて、きっと恐怖で足が動かせないから逃げることあたわずという具合なのだろう。


 俺たちは数秒の間、熱い眼差しを交わしあったまま硬直していた。

 疲れた顔をしているが美人だ。三次元だ。

 俺はすぅっと息を吸い込み、女性が叫ぶよりも早く、奇声を発した。


「あばばばばばば」


 我ながら凄まじい跳躍だったと思う。

 俺は直角方向に軌道修正。歩道から脇の茂みへと、びょーんと飛び移った。


 一刻も早くこの場から逃げなくては。


 運良く茂みの向こうには公園がある。俺はもう一歩、踏み出そうとして、


 ポキッ


 膝が変な音を立てた。


 と、同時に背後で女性の悲鳴がようやく上がった。

 叫びたいのはこっちだ、くそっ。

 アニメならこれが運命の出会いになるはずなのに。

 現実とは残酷だ。

 俺は今ただの変質者。


 転がるように公園の敷地へと踏み入れる。

 そのまま足を引きずりながら、公園内の木陰の方へ向けて進む。


 ちくしょう。こんなことならもう少し痩せておくべきだった。

 君は知っているか。太ると乳首が服と擦れて痛いのだ。特に歩き過ぎた日には乳首が取れて、血が出そうになる。


 右手で膝、左腕で乳首を押さえながら、俺は一瞬だけ後方を振り返った。

 女性の姿はもうなかった。

 ほっとため息を漏らしつつも、まだ安心はできない。


「歩けるか? まだ進めるか、俺?」


 無理だ相棒、と膝小僧が即答する。

 我々も限界だ、と両乳首が弱音を吐いた。


「もう少しだ。そこまでもってくれ膝ボーイ、マイ乳首!」


 公園の隅に、一本の木があった。

 すべてを包み込んでくれるような大木だ。

 俺は転がるように大木の裏に滑り込んだ。

 そこなら姿を隠せるはずだ。


 ふうと息をつき、額の汗を拭う。

 しばらく腰を下して待機だ。

 そう思って、両手を地面に突いた時だった。


 ━━ぷにっ!


 左手の平に、弾力のある感触を感じた。

 しかも、少し熱をもっている。


「うおっ⁉」


 驚いて手元を見る。

 そして我が目を疑った。


「しょっ、しょしょしょしょーっ」


 ━━少女だ。
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