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27話
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いつもより早めに起きた俺は、アパートの前で自転車にまたがり、待っていた。
杏が家から出てくるのをだ。
「そんなとこで何やってんの?」
想像していたとおりだが、杏はちらっと俺の姿を認めると、すぐに目をそらした。そして鼻で笑うようなそのセリフ。
俺はめげずに、キザっぽく親指を立てた。
「後ろ、乗ってかないか?」
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておく」
そういって杏は一瞥もせずに俺の横を素通りしていく。これには流石に心が折れそうだった。
スタスタとあっけなく杏は消えてしまった。
昨日の別れ際の雰囲気ならいけそうな気がしたのに、おかしい。頭の中のシミュレーションでもうまくいった。これが女心というやつなのか。
俺は親指を立てたまま笑顔を凍りつかせた。しばらく固まっていると、トリエステが二階の部屋から出てきた。
「おぉ、気が利くの主水」
※
「なんで……ぜえぜえ……お前だけ涼しい顔……ぜえぜえ……してんだよ」
「ほれ、主水。もっと気合いを入れてこがぬか。これでは、余裕で遅刻するぞ」
「きついんだよ……ぜえぜえ……坂が」
学校へと続くなだらかな坂は、見た目に反して挑戦的だ。最初は余裕かと思えても、延々と長い傾斜が容赦なく心をくじいてくる。後ろにトリエステを乗せていればなおさらだ。
たしかに、ほとんどの生徒たちは途中で自転車を降りて、手で押して進んでいた。その他の人たちはそもそも自転車を使わず歩いている。なるほど、それが賢明な判断だ。
それを裏付けるように、はるか先に見える生徒の一団の中に、杏の姿が見えた。数分違いで家を出たはずなのに、彼女はもう校門の手前まで来ていた。
「おい、主水。信号が変わってしまうぞ、一旦止まれ」
「いやいや、ギリセーフだ!」
歩道の信号が点滅しはじめたが、ぎりぎり横断歩道に侵入。途中で赤に変わってしまったが、背に腹は代えられない。
「これ、主水。安全運転せぬか。どこで誰が見てるかわからんぞ」
「だったら二人乗りはいいのかよ。すでに交通違反だぞ」
「なんじゃ。最初にやろうとしたのは主水じゃろ?」
「だ、だけどよ……」
「おっと、タイムオーバーじゃ。わしは先に失礼するぞ」
トリエステは後部座席から華麗にジャンプすると、くるりと空中で反転、俺の前に颯爽と躍り出た。
坂が終わる直前、校門のところに立っている指導教官からはぎりぎり見えない場所だ。
「わっ、ちょっ、おいっ。あぁ!」
トリエステが派手なジャンプを披露したせいで、俺はバランスを崩し自転車ごと横倒しになった。へろへろの脚では踏ん張りきれなかったのだ。
「それじゃあの、主水」
トリエステは颯爽と駆け出した。
チャイムがなり始め、校門がガラガラと閉まっていく。
トリエステは滑り込みセーフ。
俺は余裕のアウトだった。
※
それから校門前で竹刀を持った指導教官にこっぴどくしぼられ、教室では居眠りで先生にしかられた上に、やり忘れた宿題のコンボ。
スリーアウトでまたしても進路指導室送りになってしまった。
「ほんとその精神は見習いたいところね。どうして平気でいられるの?」
あの手この手で杏と会話をしようとしたが、ほとんど無視された挙げ句、最後の最後でいただけた唯一の言葉がそれだった。彼女はもう叱ろうともしなかった。
完全に見捨てられた気分だ。
進路指導室で注意を受けた帰り。とぼとぼと教室に戻ったが、期待していた杏はいない。
代わりにトリエステだけがぽつんと独り夕暮れた教室にいた。
「なんだまたいたのかよ。好きなテレビはいいのか?」
「なんだとはなんじゃ。今日のテレビはお休み。それに運転手が必要じゃろう」
「えぇ、また俺がこぐのかよ?」
「そんなことより、主水」トリエステは帰りじたくをはじめた。「今日もたっぷりやられたようじゃの。入学して早々、完全に目をつけられたみたいじゃ」
俺は肩をすくめて、カバンに教科書をつめこんだ。
「ほんとやることなすこと裏目に出る。どうしたらいいんだ?」
「なんじゃ。主水が言ってるのは如月杏のことかいの?」
「別に血を吸いたいとかそういうのじゃなくてだな。なんていうか、もっと彼女のことを知りたいんだ」
「まさか人に興味をもつとは珍しい」
「出会って一ヶ月も経ってないお前に俺のなにがわかるってんだよ」
俺はため息をついて、カバンを肩にかけた。
学校を出て、人目がなくなったところで、トリエステを後ろに乗せて坂をくだった。帰りは傾斜にまかせれば言い分、いくらか楽だった。
「如月杏の件、比較的楽な攻略ルートだと思ったのだがの。主水の実力ではちと厳しかったか?」
「攻略ルートとか言うなよ。これはゲームじゃないんだぜ」
「ゲームのように簡単にはいかぬか?」
「まったく。由奈氏くらいわかりやすければいいんだけどな」
「ほお、由奈氏なら簡単に落とせるとな。彼女も随分となめられたものじゃの」
「そ、そこまでは言ってないだろ……」
「それなら由奈氏にすればよいじゃろ。今日も主水のことをちらちら見ておったぞ」
長く生きる吸血鬼というのは、まるでものの見方が違うようだ。俺にそんな器用な事できっこない。
「あっちがだめだからこっちにするって、そんなの人として最低だろ」
「まだ人間気分でおったのか。あきれたの」
「第一ふたりに失礼すぎると思わないか?」
「安心せい。いずれどっちの血もいただく。順番を変えるだけじゃ。そもそも煮え切らない主水の態度、それがいかんのじゃ」
「煮え切らないって。如月杏の方が俺を避けてるんだろ? 俺は仲良くなるためにできることはやってるぜ」
「果たしてそうかの?」
後ろを振り返らなくてもトリエステがどんな顔をしているかわかる気がした。
また、含ませたような言い方をしやがって。
俺にはまだ何かが足りないと言いたいらしい。
杏が家から出てくるのをだ。
「そんなとこで何やってんの?」
想像していたとおりだが、杏はちらっと俺の姿を認めると、すぐに目をそらした。そして鼻で笑うようなそのセリフ。
俺はめげずに、キザっぽく親指を立てた。
「後ろ、乗ってかないか?」
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておく」
そういって杏は一瞥もせずに俺の横を素通りしていく。これには流石に心が折れそうだった。
スタスタとあっけなく杏は消えてしまった。
昨日の別れ際の雰囲気ならいけそうな気がしたのに、おかしい。頭の中のシミュレーションでもうまくいった。これが女心というやつなのか。
俺は親指を立てたまま笑顔を凍りつかせた。しばらく固まっていると、トリエステが二階の部屋から出てきた。
「おぉ、気が利くの主水」
※
「なんで……ぜえぜえ……お前だけ涼しい顔……ぜえぜえ……してんだよ」
「ほれ、主水。もっと気合いを入れてこがぬか。これでは、余裕で遅刻するぞ」
「きついんだよ……ぜえぜえ……坂が」
学校へと続くなだらかな坂は、見た目に反して挑戦的だ。最初は余裕かと思えても、延々と長い傾斜が容赦なく心をくじいてくる。後ろにトリエステを乗せていればなおさらだ。
たしかに、ほとんどの生徒たちは途中で自転車を降りて、手で押して進んでいた。その他の人たちはそもそも自転車を使わず歩いている。なるほど、それが賢明な判断だ。
それを裏付けるように、はるか先に見える生徒の一団の中に、杏の姿が見えた。数分違いで家を出たはずなのに、彼女はもう校門の手前まで来ていた。
「おい、主水。信号が変わってしまうぞ、一旦止まれ」
「いやいや、ギリセーフだ!」
歩道の信号が点滅しはじめたが、ぎりぎり横断歩道に侵入。途中で赤に変わってしまったが、背に腹は代えられない。
「これ、主水。安全運転せぬか。どこで誰が見てるかわからんぞ」
「だったら二人乗りはいいのかよ。すでに交通違反だぞ」
「なんじゃ。最初にやろうとしたのは主水じゃろ?」
「だ、だけどよ……」
「おっと、タイムオーバーじゃ。わしは先に失礼するぞ」
トリエステは後部座席から華麗にジャンプすると、くるりと空中で反転、俺の前に颯爽と躍り出た。
坂が終わる直前、校門のところに立っている指導教官からはぎりぎり見えない場所だ。
「わっ、ちょっ、おいっ。あぁ!」
トリエステが派手なジャンプを披露したせいで、俺はバランスを崩し自転車ごと横倒しになった。へろへろの脚では踏ん張りきれなかったのだ。
「それじゃあの、主水」
トリエステは颯爽と駆け出した。
チャイムがなり始め、校門がガラガラと閉まっていく。
トリエステは滑り込みセーフ。
俺は余裕のアウトだった。
※
それから校門前で竹刀を持った指導教官にこっぴどくしぼられ、教室では居眠りで先生にしかられた上に、やり忘れた宿題のコンボ。
スリーアウトでまたしても進路指導室送りになってしまった。
「ほんとその精神は見習いたいところね。どうして平気でいられるの?」
あの手この手で杏と会話をしようとしたが、ほとんど無視された挙げ句、最後の最後でいただけた唯一の言葉がそれだった。彼女はもう叱ろうともしなかった。
完全に見捨てられた気分だ。
進路指導室で注意を受けた帰り。とぼとぼと教室に戻ったが、期待していた杏はいない。
代わりにトリエステだけがぽつんと独り夕暮れた教室にいた。
「なんだまたいたのかよ。好きなテレビはいいのか?」
「なんだとはなんじゃ。今日のテレビはお休み。それに運転手が必要じゃろう」
「えぇ、また俺がこぐのかよ?」
「そんなことより、主水」トリエステは帰りじたくをはじめた。「今日もたっぷりやられたようじゃの。入学して早々、完全に目をつけられたみたいじゃ」
俺は肩をすくめて、カバンに教科書をつめこんだ。
「ほんとやることなすこと裏目に出る。どうしたらいいんだ?」
「なんじゃ。主水が言ってるのは如月杏のことかいの?」
「別に血を吸いたいとかそういうのじゃなくてだな。なんていうか、もっと彼女のことを知りたいんだ」
「まさか人に興味をもつとは珍しい」
「出会って一ヶ月も経ってないお前に俺のなにがわかるってんだよ」
俺はため息をついて、カバンを肩にかけた。
学校を出て、人目がなくなったところで、トリエステを後ろに乗せて坂をくだった。帰りは傾斜にまかせれば言い分、いくらか楽だった。
「如月杏の件、比較的楽な攻略ルートだと思ったのだがの。主水の実力ではちと厳しかったか?」
「攻略ルートとか言うなよ。これはゲームじゃないんだぜ」
「ゲームのように簡単にはいかぬか?」
「まったく。由奈氏くらいわかりやすければいいんだけどな」
「ほお、由奈氏なら簡単に落とせるとな。彼女も随分となめられたものじゃの」
「そ、そこまでは言ってないだろ……」
「それなら由奈氏にすればよいじゃろ。今日も主水のことをちらちら見ておったぞ」
長く生きる吸血鬼というのは、まるでものの見方が違うようだ。俺にそんな器用な事できっこない。
「あっちがだめだからこっちにするって、そんなの人として最低だろ」
「まだ人間気分でおったのか。あきれたの」
「第一ふたりに失礼すぎると思わないか?」
「安心せい。いずれどっちの血もいただく。順番を変えるだけじゃ。そもそも煮え切らない主水の態度、それがいかんのじゃ」
「煮え切らないって。如月杏の方が俺を避けてるんだろ? 俺は仲良くなるためにできることはやってるぜ」
「果たしてそうかの?」
後ろを振り返らなくてもトリエステがどんな顔をしているかわかる気がした。
また、含ませたような言い方をしやがって。
俺にはまだ何かが足りないと言いたいらしい。
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