ハーレムヴァンパイア〜すべてのヒロインたちに花束を〜

LABYRINTH

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28話

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「後ろ乗っていくか?」

「私の気を引くことより、自分の心配でもしたら? どうせまた遅刻するんじゃない」


 次の日も俺は杏が家を出るのを待っていたが、やはり気のない返事が返ってきた。

 目の前を杏が素通りしていく。

 俺は頭をかき、自転車を元の場所に戻した。


「今日は運転手なしか。電車を使うしかないの」

「悪いな、トリエステ」

「なぁに、安心せい。主水らの邪魔はせぬよ」

「そんな心配してないさ」


 俺は杏を追って駆け出した。

 とぼとぼ歩いていたのですぐに追いついた。

 とはいえ彼女の斜め後ろらへんでぴったりついて歩くことしかできず、気の利いた会話のひとつも投げかけることができない。

 かろうじて挨拶はできたが、「おはよう、古路里くん」と実に距離感のある返しをされて終わった。


「どこまでついて来るの? はっきり言って邪魔なんだけど」


 窮屈な電車の中でも、俺は杏の近くに陣取った。幸い杏に手を伸ばしたあのサラリーマンの姿はない。

 駅で電車が停車し、少し人が少なくなったところで、勇気を振り絞って話しかける。


「昨日は、その……大丈夫だったか?」

「なんの話?」

「いや、だからあの……」

「私の心配してるの?」


 俺は目をぎゅっと閉じる。それから口の中で粘つく唾を飲み込んだ。


「自分の心配しろってことだよな?」

「そういうこと。退学になっても知らないから」

「宿題、やってきたんだ」


「へえ」と杏の声音は平坦だったが、少しだけ口が開いていた。


「でもそんなの当たり前のことでしょ。わざわざ自慢すること?」

「そうじゃなくて。間違ってるとこがないか確認してほしいんだ」


 電車が最寄りの駅についた。

 俺たちは並んで改札を抜けた。

 しばらく杏はだまりこみ、何か考えている様子だった。


「ふぅん……別に間違えてても大丈夫だよ。課題はやることが大事なんだから」

「そ、そうか……」


 ふぅんの後に少しの間があった。おそらく『そういう作戦に出たか』なんてことを言いたかったのだろう。

 確かに、俺の方も下心を否定できるわけではないが、効果がまるでなかったというわけでもなさそうだ。

 相変わらず俺たちの間に会話はないし、微妙な距離をあけてお互い歩いてはいたが、「邪魔なんだけど」みたいな言葉はなくなっていた。


 その日の俺はまぶたをこじ開けて授業を受けた。もしも意識を失ったら指をへし折ってくれと、トリエステにお願いしたのが功を奏した。 おかげで午前の授業をほとんど眠らずに乗り切ることができた。

 まぁ、左手の指が三本ばかり変な方向に曲がってしまったが、昼休憩中には治るだろう。


 それはそうと、ひとつ意外な発見もあった。あの如月杏でさえ、授業中にこくこくと一瞬居眠りをしてしまう場面があったのだ。

 別に鬼の首を取ったように指摘する気にはなれない。必死に目を覚まそうとまぶたをゴシゴシこする姿を見て、なんだか胸が痛くなったって話だ。

 惣菜屋で働く様子だとか帰りを待つ弟の様子が目の奥で重なる。


「なぁ、俺は同情してるだけなのかな?」


 食堂でトリエステと向かいあわせに座った時、俺はこんな疑問を口にしていた。

 俺の昼食はカレーライス。トリエステは片手に丼を持ち、腹ペコの体育会系の男子のように牛丼をかき込んでいた。


「トリエステ、少しはキャラを考えろよ。みんなこっち見てるぞ」

「おぉ、しまった。つい空腹で」トリエステは何事もなかったように純白のナプキンで上品に口元を拭きはじめた。「最近は美味いもんを食えてないからの」

「嫌味か? 俺の手料理だって少しずつ上達してるだろ」

「たしかに惣菜選びのセンスはよくなっておるの」

「……で、俺の質問への答えは?」

「そんなこと自分で考えるんじゃな」


 俺はぐいと茶を飲み干し、スプーンの先をトリエステに向ける。


「おいおい、それはないだろ。アドバイスのひとつやふたつ頼むよ。だてに長生きしてるわけじゃないんだろ?」

「ふん、たとえ同情だとしてそれの何が悪い? どんな手段を使おうが心を奪えばいいだけの話じゃ。過程や方法なぞ、どうでもよかろう」

「はぁ、これだから寿命のないやつは……」


 俺が肩をすくめようとしたその時だった。


「なぁ、古路里。隣座ってもいいか?」


 にこにことした笑顔で近づいてきたのは、クラスメイトの音無だった。ザ・お調子者といった感じのそいつは、まだ許してもないのに俺を呼び捨てにしていた。

 まぁ、学校でわからないこととか聞いてもないのに教えてくれたりして、結構助けられているのは確かだけどな。いいヤツであることに変わりない。


「では、私はこれで失礼しますね。ごきげんよう、音無さん」


 入れ替わるようにトリエステは優雅に立ち上がると、音無に小さく手を振って去っていった。


「あぁ、行っちゃった……」


 うっとりした顔で手を振り返した後、残念そうに俺の横に座る音無。

 トリエステにお近づきになろうとしていた魂胆は見え見えだ。

 これくらいわかりやすくて下心に忠実なら実に生きやすそうなんだけどな。


「古路里よお、兄妹でなに話してたんだ?」

「いや、別に大したことじゃないよ」

「ほんとに美しいよな。あやめさん」音無は羨望の眼差しでトリエステの後ろ姿を見つめている。「やっぱり彼氏とかいるのか?」


 俺はぽかんと口を開けた。決して音無は悪いやつではないが、どうしてトリエステに太刀打ちできると思ったのだろうか。


「いや、いないと思うけど……」

「うっそ! まじか大チャンスじゃん!」

「そのポジティブシンキングが羨ましい」


 言い流しつつ食堂の端っこに座っている杏を見た。彼女は他のクラスの友人たちとテーブルを囲んでいた。

 一瞬目が合い、俺は咄嗟に目を伏せる。


「で、あいつのどこがそんなに良いんだ?」

「美しいところ! そんなの決まってんだろ」

「即答だな、おい。そして単純すぎだろ」

「じゃあ他に何があるってんだ? 古路里は見た瞬間に相手の心の綺麗さなんてのがわかるってのか?」

「そういわれると……確かに……」

「別にきっかけなんて、可愛いからとか気になるからとかでいいじゃんかよ。勝負はそこからよ」


 トリエステと似たようなことを言っているが、根本的に何かが違うような気がした。音無という男、頭空っぽそうに見えて意外と考えているのかもしれない。


「それで、音無。お前だったらどうやって俺の妹にアプローチする?」

「そんなの出たとこ勝負よ。オレがあの手この手の駆け引きができる経験豊富な奴に見えるか?」


 いや、何も考えてなかったか。

 これまで俺のまわりにいなかったタイプだ。

 俺はまじまじと音無を見つめ、首を横に振った。


「音無なら何か参考になるかと思ったんだけどな」

「すまねえな。逆にどうしたらいいかって古路里に相談しようと思ってたくらいだぜ」

「俺に?」自分を指差す。「そんな俺が女心わかるようなやつに見えるのか」

「見えるね」


 音無が深々と頷いた矢先、


「「古路里く~ん。一緒にご飯たべよ♡」」


 いつの間にか俺のまわりに人だかりができていた。もちろんみんな女の子だ。囲むように現れて、次々とテーブルに食器をのせていく。

 音無は、ほらなとでも言うような顔をしていた。

 案外、人ってのは人を見る目がないのかもしれないな。


 ちらりと目を移すと、如月杏の侮蔑するような視線が一瞬だけ見えて、すぐに女の子たちの陰に隠れてしまった。
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