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29話
しおりを挟む「う~む……」
「古路里くん? そんなとこでなにやっとん? 難しい顔して」
「ゆっ、由奈氏⁉」
放課後のことだ。商店街で買い物をしていると、偶然関西ギャルの由奈氏に出くわしてしまった。
正確には、まだ買い物をしてないが、そんなことよりなんだか気まずい。初日の一件以来、まともに会話さえしていなかった。
「ちょっと夕方のタイムセールまでまだ時間があると思ってな……」
「それでこんなとこに?」
「あぁ、タピオカを飲んでみようかと。ミルクティーにするかいちごミルクにするか迷っていたと言うか、俺みたいなものが買ってもいいのか悩んでいたというか」
俺は制服姿のままエコバッグ片手にタピオカ屋の前をうろうろしていたわけだ。
俺の中身はまだおっさんだし、こういう若い人が入る店には絶大な抵抗感があるのだ。
でも、一度は飲んでみたいし、喉の渇きを癒やしたい。いちごミルクはどことなく血液に似ているし、だが王道のミルクティーも捨てがたい。
そんな葛藤たちと戦っていた。
「なんやそれ」由奈氏は少女のようにケラケラと笑った。「俺みたいなものって、おもろいなぁ」
「俺は真剣に悩んでるんだが……」
「まぁ、たしかに男子独りで入るのは勇気いるんかもしれんなぁ」
「わかってくれるか?」
「よっしゃ。なら、うちが付き添うで」
由奈氏は俺の腕をとり、強引に店内へと突き進んでいった。
「うちの分までありがとなぁ」
結局俺はいちごミルクに決め、由奈氏にはミルクティーをおごった。独りでは入りにくい店に付き添ってくれた礼として当然の行いだ。
「ありがとうは俺のセリフだ。注文方法もなんだかややこしいし、独りではこうはいかなかった」
「どしたん? そんな改まって」
由奈氏はふふふと笑っている。
俺はぽかんとその派手な色の唇を見つめた。
「やはり若さはいいな」
「なんやその変態発言」
「いっ、いや! 俺の話だよ。これがおっさんならタピオカ屋なんて入った瞬間に撲殺されてたところだ」
「タピオカ屋をなんだと思ってるん? おっさんならとか、どういう仮定?」
「たしかにクレープなら許されたかもしれん。しかし、パンケーキ屋ならアウトだ。この制服というのは、もしかすると最強の免罪符なのかもしれないな」
「ぐちぐち言ってないで、はよ飲んだら?」
俺たちは商店街の外れの方へとぷらぷら歩いていた。商店街はそのまま川沿いの道路に繋がっている。
穏やかな川の流れは、夕日を浴びてキラキラと輝いていた。
「見て、あれ。カモさんかわいい!」
由奈氏が下の方でぷかぷか浮かぶカモを指差して、はしゃいだ。
それから、川の下で泳いでいる魚に驚いたり、散歩に連れられている犬に興奮したり。とにかく弾けるような笑顔を惜しげもなく振りまいていた。
「生き物が好きなのか? なんか意外だな」
「なんや、喧嘩売っとんのか?」
「いや、そういうわけでは……」
「古路里くんもタピオカに興味持ったりして、そっちの方が意外やんけ」
「そうか? 俺は甘いもの好きだから」
「アホかいな。そんなん外見でわかるわけないやろ。古路里くんなんか、見た目でいったら、ギターとかいかにも好きそうやな」
「そ、そうなのか……確かに……」
確かに今の俺の顔を鏡で見ると、なんだかクールでキザな野郎だ。仲良くなりたくない種類のやつ。自分が一番違和感を感じている。
「俺はゲームが好きなんだ。エロゲーもするし、銃やらで戦うのもな。今は旧友とミネクラフトという山々の峰を作るゲームにハマってるんだ」
「へえ、なんかそれは意外やないな」
「えっ、意外じゃないのかっ?」
ふと、由奈氏を見る。夕日に染まってオレンジ色になっている顔が俺を見上げていた。
それを表現するなら、愛おしげな表情。愛おしいものを見る目だった。
少し細めたまぶたの中にある眼球は、少しだけうるうると光っている。
俺がもう一歩ロマンチストに近しい存在だったら、心が通じ合ったと信じていたところだ。
胸がばくばくと鳴り始める。
苦しくて、彼女を直視できない。
飲み物を持つ手が震えているのがわかった。
「ごめん……由奈氏……」
「えっ、なにが?」
「俺は……期待にはこたえられないかもしれない」
「はっ! なんかと思えば、なに抜かしとんよ!」
由奈氏は俺の肩をばしばし叩いて、軽快に笑った。
「へっ?」
「古路里くん、アホちゃう? 一回デートしたくらいで、うちを彼女にでもしたつもりなん? さすがにそれは気が早すぎるで」
「お……おぅ……」
「だいたいまだうち何も言っとらんし」
「これはやはりデートだったのか。そうなると人生初のデートだ」
「えっ? まじ?」
笑っていたかと思えば、由奈氏は目を見開いてキョトンとした。
俺ももちろんキョトンとするしかなかった。
「やっぱり……ダサいよな……?」
「ううん、そういうとこ好きやで」
「は、はじめて人に好きだと言われた」
「なんかうち、続々と新記録更新しとる?」
「あぁ……レコードホルダーだ」
俺はこくこくと頷く。由奈氏は、何かを反芻するようにゆっくり頭を上下に揺らしている。
そこで会話が途切れてしまった。
ここで突然キスしたらさすがに流れがおかしいよな。
手を繋ぐ? そしたら如月杏のことは忘れるべきだよな。トリエステの言葉が本当なら、今こそルート変更の時なのか。
いったいどうしたらいいんだ?
どうするのが正解だ?
「なぁ、古路里くん」
「はっ、はい?」
「ほな、また明日ね!」
「えっ? あぁと……」
由奈氏は何事もなかったように、俺と距離を取りながら手を振っている。
「楽しかったで、デート」
「た、楽しかったのか⁉ ほんとに?」
「そやで。久しぶりにこんなに笑ったもん」
「でも、俺面白いこととか言わないぞ? 軽快なジョークとか無理だし。かと言って真面目でもないし。由奈氏を笑わせたのはカモと魚と犬だぞ」
「そういうとこやで。はじめて古路里くん見たとき、あっ、この人おもろい人やって直感でわかってん」
「待て、俺は単なる太ったオタクだぞ? いや、中身の話だが」
「あんな。古路里くんは古路里くんのままでええんやで。うちもうちのままやし。そうやって、どこかでまたこんなふうに道でばったり出逢えたらええよね」
「……どういう意味だよ? 鈍い俺にちゃんと説明してくれ!」
「じゃあね!」
「待ってくれ。今の俺たちはどんな関係になるんだ? 一般的に考えて」
「バーン!」
由奈氏が指で作った銃に撃たれた。
「おいっ、あっ、あぁ……」
夕闇に消えていく由奈氏を、俺は呆然と見送り続けた。
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