1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ

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4巻

4-2

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「やってみるよ」

 僕は力強く言った。

「任せた」

 レノアも力強く返した。
 僕はうなずくと、警備員を見据えてタイミングを計った。
 警備員のひとりがゆっくりと僕らの前を歩いている。まだだ。まだ動いては気づかれる。僕は息をひそめて待った。そして……今だ。
 僕は両足の筋肉に脳から信号を送った。それにより爆発的に筋肉が躍動を開始する。すさまじい勢いで身体が前に出る。だが、できるだけ足音を立てないようにしなくてはならない。
 僕は自分が、トムソンガゼルに襲いかかるサバンナのチーターになった気分で、獲物である警備員に対し、背後から全速力で忍び寄った。
 そのとき、警備員が僕の気配に気づいて振り返った。
 だが、時すでに遅し。僕は渾身こんしんのラリアットを警備員ののどにぶちかましていた。もんどりうって警備員が倒れ込む。
 まずいか。結構大きな音がした。
 僕はあわてて倒れている警備員に近づくと、気絶している彼の右腕と左足をつかんで持ち上げた。
 そして、階段脇の死角へと引きずり込む。
 よし、次の警備員が現れる前に隠れられたぞ。
 僕は、へいの陰に隠れているレノアに対して親指を立てた。
 暗がりの中でかすかに見えているレノアも親指を立てた。そしてすぐにその親指を横に倒し、次の警備員が角を曲がったことを僕に合図した。
 僕は心を落ち着け、次の警備員が来るのを待つ。
 すると、次第に足音が聞こえてきた。
 コツ、コツ、コツ。
 徐々に足音が大きくなってくる。
 そして……警備員が姿を現した。
 僕は中腰の姿勢で構える。
 警備員が通りすぎた。
 今だ!
 僕は素早く立ち上がると、警備員の首筋目がけてラリアットを打ち込んだ。
 これまたもんどりうって前に倒れ込む警備員。
 よし、上手くいった。
 警備員はうつぶせに倒れ込んで微動だにしない。こちらもうまい具合に気絶してくれたらしい。
 僕はすぐさま駆け寄り、警備員の左腕と右足を抱えて死角へと引きずり込む。
 そうして、さらに残る三人の警備員も同様に気絶させることに成功した僕は、大きく両手を振ってレノアたちを呼び寄せた。

「さすがだね。見事なものだ」

 レノアが開口一番、僕をたたえる。
 僕は照れ気味にほおを人差し指でいた。

「そんなことはないよ。さあ、いよいよ突入だね」

 僕の言葉に、レノアがうなずいた。

「ああ。すまないがまた先頭を頼むよ」
「もちろん任せてよ」

 僕はゆっくりと階段を上り、玄関ドアにたどり着いた。そして取っ手に手をかけると、不用心にも鍵はかかっていなかったので、観音開きに押し開く。開いた扉の隙間すきまから中をのぞき込んだ。大きなエントランスだ。
 そこに……いた。警備兵だ。数は五人。明らかに外の警備員とは装備が違う。全身に鎧をまとっている。重装備だ。
 僕は扉を開けきるやいなや、全速力で駆けた。
 そのまま、まだ僕に気づかず、たむろって話し込んでいる警備兵におどりかかる。
 僕はズボンのポケットから小さな棒を取り出すと、強く念じた。
 途端にその棒が大きく伸び、青く輝く槍となった。
 アーティファクトの蒼龍槍そうりゅうそうだ。
 僕は一番手前の警備兵目がけて、蒼龍槍を頭上高く振りかぶった。

「食らえっ!」

 渾身こんしんの力を込めて蒼龍槍を振り下ろす。蒼龍槍のが警備兵の肩にめり込み、同時に彼は両膝りょうひざを屈した。次だ。
 僕は肩にめり込んだ槍を引き抜くなり、横に振るう。右手にいた警備兵が驚きの表情を浮かべながら吹き飛ぶ。次。
 僕は力強く床を踏んでび、横に振り切った槍を反対側に振るった。それにより一気に二人を槍の餌食えじきにすると、最後のひとり目がけて頭上から勢いよく振り下ろした。恐怖に表情がゆがむ警備兵。だが僕は躊躇ちゅうちょなく蒼龍槍を振り下ろし、警備兵のひざを折った。

「ふう~」

 僕は肺腑はいふの中の空気を一気にき出した。

「これまたお見事」

 僕に続いて居館に入ってきたレノアが、背後から声をかけてきた。僕は振り向き、軽く肩をすくめる。

「まだ五人だけだよ。でも、やっぱりレノアの予想通りだったね。数が少ないや」

 レノアは巨大なエントランスを見回している。

「どうやらそのようだね。さて、とりあえず手分けしてこの五人を隠そう。あのソファーの陰がいいだろう」

 そして、エントランスに入ってすぐ右にしつらえられた大きな五人掛けソファーを指さした。
 僕はうなずき、すぐにひとりの警備兵の両足を持つと、力強く引っ張り、ソファーに引きずっていった。
 レノアたちもそれぞれ二人一組で取りかかる。
 レノアとアーバル、ベルトールとシモーヌが組んでそれぞれ警備兵を運んでいた。
 でも、僕ほど速くはない。
 僕は結局、レノアたちがそれぞれひとりずつの警備兵を処理する間に、三人の警備兵をソファーの陰に隠した。

「さすがだね。ひとりで三人片づけるなんて」

 レノアが感嘆かんたん交じりに言う。僕が照れると、レノアたちは声を立てずに笑った。だが、すぐにレノアは表情を引き締めた。

「よし、では二階に上がろう。裏口にいるであろう大量の警備兵が来る前にね」

 僕らは一斉にうなずくと駆け出し、二階につながる階段に向かった。
 そしてたどり着くなり、勢いよく駆け上がる。
 先頭で二階に到達した僕は、あたりを見回す。どうやら警備兵はいないようだ。さて、どうするか。階段は二階までで、その上の階に上がるには別の階段を探すしかない。
 レノアを見ると、あごに手をやり考え込んでいる。
 僕はレノアが判断をくだすまでの間、何気なにげなくアーバルに目を留めた。
 仲間にしたばかりなのに、レノアの指示に忠実かつ即座に従っている。
 どうやら結構なじんでいるようだ。今もまったく遅れることなく、階段を駆け上がっていた。でっぷりと肥え太っているのに、かなり俊敏しゅんびんな動きで驚く。僕は興味を持ち、アーバルに話しかけた。

「なかなか動きが俊敏しゅんびんだね?」

 アーバルは突然僕に話しかけられたことで驚いた様子だった。

「まあ、そうでやすね。結構動きには自信ありやすよ」
「へえ~、マフィアのボスなんて、ソファーにふんぞり返っているだけだと思ってた」
「そういうやつもいますがね。あっしは違いやすぜ。今も現役バリバリよ」

 そう言うと、アーバルは得意げにあごをくいッと上げた。

「あちらの廊下ろうかの先に、上への階段があります」

 奥の廊下ろうかを見に行ったベルトールが、僕らのところに戻って言った。
 レノアがうなずく。

「よし、ではそこから上へと向かおう。おそらく、ゼークル伯爵は最上階にいるだろうからね」

 僕もうなずき、レノアのあとを追いかけながらたずねる。

「なんで最上階にゼークル伯爵がいるって思うの?」

 レノアが肩をすくめた。

「四階建てなんて高い居館を建てるということは、この館の主は高いところが好きなんだろうと思ったからさ」

 なるほど。道理だ。僕は納得し、何度も首を縦に振った。
 先頭を行くベルトールが、奥の廊下ろうかに差しかかったところで立ち止まり、前方を指し示した。

「あの先にございます」
「よし、行こう」

 レノアが答えると、再びベルトールは歩き出した。
 レノアが続き、その後にシモーヌ、アーバル、最後に僕がしんがりを務める形となった。
 廊下ろうかを進む途中で、僕は思った。僕が先頭に立った方がいいかな? そこで、少し歩く速度を速めてアーバルを抜かした。そしてシモーヌと並んだあたりで、先頭を行くベルトールに向かって言う。

「ねえ、ベルトール。僕が先頭に立つよ」

 僕が声をかけると、ベルトールは立ち止まった。そして、僕に振り向いたところで、突然彼の背後にあったドアが、バンッと大きな音を立てて開いた。
 敵かっ! 僕は驚き、あわてて駆け出した。
 ベルトールも背後の大きな音に対して、臨戦態勢を取るべく、身体を反転させながら軽く腰を落とす。
 次の瞬間、扉の奥からギラリときらめく鋭利な刃物が突き出された。槍だ!
 僕はすぐさまポケットから蒼龍槍を取り出した。
 伸びろ!
 蒼龍槍は瞬時にすさまじい勢いでもってぐんぐん伸びた。そしてベルトールを襲う凶刃きょうじんを見事に弾き返す。
 よしっ! 間に合った。
 僕はそのままの勢いで駆けた。そして、腰を落として構えるベルトールの前に出るや、扉の奥の敵に相対した。

「何者だ!」

 僕がそう問いかけると、扉の奥から低くくぐもった男の声が返ってきた。

「それはこちらの台詞せりふだ。お前らこそ何者だ?」

 あ、確かに。僕らは立場的に侵入者だった。

「え~と……僕はカズマ・ナカミチだ」

 僕は少し考えて正直に名乗ることにした。すると、扉の奥の男がふんと鼻で笑った。
 男はゆっくりと歩を進めて姿を見せると、僕から距離を取ったまま立ち止まった。
 そして、僕のことを上から下までをじっくりと観察したあとで、右手であごひげをすりすりとさすりながら口を開いた。

「ふ~ん、本当に来たのか……英雄っていうのも、ずいぶんとひまなんだな?」

 男は、年の頃は四十過ぎ、左手で先ほど僕に弾かれた槍を肩にかついでいる。
 左手で持っているってことは、左利きの槍の使い手か。
 今まで左利きの相手をしたことはない。油断しない方がよさそうだ。それに雰囲気的ふんいきてきに、相当に腕が立ちそうだ。なんというか、いかにも用心棒って感じだ。先ほどの突きもかなり鋭かった。
 僕は油断なく蒼龍槍を構えつつ、男に相対した。

「本当に来たのかって言ったね? ということは、僕のことを聞いていたってわけだ」
「まあな。一応聞いてはいたんだが、正直なところ本当に来るとは思っていなかったな」

 男はひげをわしゃわしゃと触りつつ答えた。

「なんで?」
「ここは遠いだろ? こんな田舎にまで来るもんかねえ、なんて思ってたんだよ」
「確かに遠いけど、必要があれば来るさ」
「必要? どんな?」

 男は遠慮なくずけずけと聞いてくる。僕はなんとなくペースをつかまれていることに気づき、言葉に詰まった。
 すると、それを察してレノアが割って入ってくれた。

「その前に聞きたいんだが、あんたの名前は?」

 すかさず男は返す。

「その小僧は名乗ったが、お前はまだ名乗ってないだろう。だったらまずは名乗れ。ひとに名前を聞くときはまず自分が名乗るものだ」

 レノアが逆らわずに名乗る。

「失礼した。僕はレノア・オクティスだ」

 男は満足したのか、あご傲然ごうぜんと反らした。

「素直で結構。俺はアルファード・ワイズマン。お察しのとおりの用心棒さ」

 やっぱりそうか。そんな雰囲気ふんいきだしね。
 僕は改めてワイズマンのいでたちをながめた。
 昔見た西部劇に出てくるひとのように、ポンチョというか、マントみたいなものを身に着けている。
 槍を肩にかついでいるけど、すきは感じない。僕が動けば、瞬時にワイズマンも動くだろう。パワーはありそうには見えない。先ほども、槍を弾くときに力強さは感じなかった。
 おそらくあの卑怯ひきょうものソウザ・デグラントと同様に、スピード重視の槍さばきをするんだろうと思う。でも、ソウザと槍のタイプは似てそうだけど、ワイズマンは卑怯ひきょうには見えない。それどころか、どちらかというと話が通じそうな感じに見えるけど……
 僕はそう思って聞いてみた。

「いくらで雇われたの?」

 ワイズマンは噴き出した。

「ぶっはははは。お前、そんなこと普通聞くか?」
「普通は聞かないのかな? でもちょっと興味があって」
「おいおい、興味本位で用心棒本人に、用心棒代を聞いたのか?」
「まあ、そうだね」

 ワイズマンはさらに笑った。
 だがひとしきり笑い終えると、打って変わって真剣な表情となった。

「それで、用心棒代がいくらか聞いて、どうするつもりだ?」

 ワイズマンの問いに、僕は少しだけ考えてから答えを返した。

「う~ん、そうだね。それよりも多い金額を出して、あなたを雇おうかなと思ってる」

 ワイズマンが爆笑した。

「ブワーハッハッハー!」

 僕はそんなに変なことを言ったかな?
 僕がそう思って首をかしげていると、ワイズマンも落ち着いたようだ。でも、笑いすぎで目に涙を浮かべていた。

「お前、本気かよ?」

 僕はうなずいた。

「本気じゃまずい?」
「いや、ありだな」

 ワイズマンがまた真顔になった。

「えっ!?」

 そこへ、レノアが頓狂とんきょうな声を出した。
 ワイズマンは軽く首を振ってレノアを見る。

「なんだ? 文句があるのか?」
「いや、文句があるってわけじゃないが……」

 レノアは困惑の表情を浮かべていた。

「俺は用心棒だからな。俺を高く買った方につくぜ」

 ワイズマンがにやりと笑う。
 僕は彼の言葉を聞いて心を決めた。

「じゃあ買った! いいよね? レノア!」

 僕がそう言うと、レノアはさらにうろたえた。

「いや……それはその……いいのか?」

 最後の言葉は、レノアが自問自答しているようだった。
 だが、しばらくするとレノアも覚悟を決めたのか、大きくうなずいた。

「わかった。ゼークル伯爵はあなたをいくらで雇っている?」

 ワイズマンは目の前に人差し指と中指を突き出した。

「金貨二十枚だ」

 金貨二十枚……どれくらいの価値なんだろう。
 正直、僕はこちらの世界に来てから、お金というものをほとんど使っていない。
 窪地くぼちにいたときはもちろん使うところがなかったし、アリアスたちと出会ったのち、オルダナまでの旅程においても、お金が必要なときは、すべてギャレットたちが支払ってくれていた。
 そしてオルダナでの三か月間だって、なんやかんやで周りのひとたちが支払いを済ませてくれていたのだ。
 なので、僕はこの世界におけるお金の価値についてはほとんど無知であった。
 しかし金貨二十枚と聞いたときのシモーヌやアーバルの顔を見れば、かなりの大金であることは想像にかたくなかった。
 そこで、僕は横にいたシモーヌに顔を寄せ、こっそり聞いてみた。

「ねえ、金貨二十枚って、どれくらいの価値なのかな?」
「金貨一枚あれば、四人家族が一年間裕福に暮らせるでしょうね」

 おお! すごい。それが二十枚か。これは大金だ。
 だが、レノアとベルトールの二人は顔色をまったく変えていない。
 特にレノアはその金額を聞くなり、言う。

「いいだろう。ならばその金額の倍、金貨四十枚を支払おう」

 ワイズマンが甲高かんだか口笛くちぶえを吹いた。

「こいつは驚いた。いきなり倍額かよ」
「ああ。不服か?」

 レノアは片眉かたまゆをピンとね上げ、落ち着いた声音こわねで言う。
 ワイズマンは自らの目の前で両の手のひらを開き、ひらひらとさせる。

「とんでもない。ただ……」

 さらに、そこで一旦言いよどむと、顔を伏せて上目遣いとなった。

「ただ、なんだ?」

 レノアは表情を崩さず、言った。
 ワイズマンはにっこりと笑い、上目遣いのまま答える。

「そいつは月給かい? それとも日給……なんてことはあるのかな?」

 すると、それまで無表情だったレノアの顔が、突如として崩れた。
 眉根まゆねをギュッと寄せ、鬼の形相ぎょうそうもかくやとなってさけんだ。

「そんなわけあるか! もちろん年給に決まっている!」
「ブワーハッハッハー!」

 ワイズマンは顔を上げて爆笑した。
 そしてひとしきり笑い終えると、笑顔のままレノアに対して言った。

「もちろん冗談じょうだんだよ、冗談じょうだん。年給金貨四十枚、充分すぎるくらいだぜ」
「当然だ! 金貨四十枚なんて、普通は用心棒に払うような額じゃない! それを……」


 レノアがまだ怒りの表情をしたまま、き捨てるように言った。

「だから冗談じょうだんだって言ってんじゃねえか」

 ワイズマンはそう言うと、僕に向かって言った。

「どうもこのレノアってのは、冗談じょうだんが通じないみたいだな?」
「僕だって普通なら冗談じょうだんが通じる! お前のそれは冗談じょうだんに聞こえなかっただけだ!」

 僕が答えるより早く、レノアが怒鳴どなった。
 ワイズマンは僕の顔を見て肩をすくめた。

「だとよ」

 僕はどういう立場を取ればいいのかわからず、少し困った。

「えっと……でもいいんだよね、レノア。金貨四十枚でワイズマンを雇い入れるってことで」

 レノアはまだ憤然とした表情ながらもうなずいた。

「ああ。君が認めた相手だ。とてつもなく高額ではあるが、かなりの戦力になると見た。それに、人となり自体は悪くなさそうだからね。雇い入れることにするさ」

 僕は笑顔になり、ワイズマンに向き直った。

「じゃあ、これからよろしく!」

 ワイズマンも片方の口角を上げ、多少皮肉っぽくはあるが笑みを浮かべた。

「ああ、こちらこそよろしくな」

 彼はそう言うと、他の面々にも挨拶あいさつをする。

「よろしく頼む。ワイズマンだ」

 シモーヌやアーバルも少々困惑しつつではあったものの、挨拶あいさつを返した。
 だが、ベルトールは違った。

「確かに戦力にはなりそうですが……レノア様、信用してもよろしいのですか?」

 ワイズマンはベルトールの言葉を受け、肩をすくめた。

「ま、普通はそうなるわな」

 ベルトールは後ろで手を組み、二歩三歩と前に出た。そしてワイズマンを値踏みするのか、上から下までをじっくりとめまわすように見る。

「金で簡単に転ぶような男は信用できません。いざというときに裏切られでもしたら目も当てられませんので」
「簡単じゃないぜ。俺だって普段ならこうはならない」

 ワイズマンはすかさず反論した。

「普段なら……というと?」
「言葉のとおりさ。普段なら、金では転ばないって言ってんだよ」
「ほう……ではなぜ、今回に限り金で転ぶと?」

 ワイズマンが口元をゆがめ、不愉快そうな顔をした。

「ゼークルの野郎が気に入らないからさ。だから今回に限り、よろこんで金で転んでやろうってわけさ」
「本当かな?」

 ベルトールが顔を軽く横にかたむけ、ワイズマンを見つめる。ワイズマンは同じように軽く顔を横にかたむけ、ベルトールに角度を合わせるようにして見つめ返した。

「本当さ」

 ベルトールは軽く鼻を鳴らし、レノアに向き直った。

「わたくしはどうにも信用できません」

 レノアはコクンコクンと何度も小刻みにうなずいた。
 どうやら、レノアも僕の反応を見て一旦は雇い入れることを決断したものの、ベルトールの冷静な疑問によって再び躊躇ちゅうちょしているようだ。


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