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66 キーファー侯爵
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「何にもか。そんなに身体が悪いの?」
俺はすでにキーファー侯爵が気の毒になっていた。
物にも人にも何にも興味がないなんて、俺からしたら考えられない。
でも常に死と背中合わせの人生だったら、そうなるのかもしれない。
何かに興味を持つということは、この世に対しての執着となる。
そうとなれば、死に際してつらくなるのかもしれない。
だけどやっぱり俺からしたら、想像が難しい。
俺自身も死にかけたことはあるけど、ずっと生まれつき、いつ死ぬかもしれないという状況に陥ったことはない。
それと、一瞬の死の煌めきとは大きく異なるだろう。
結局、俺には金輪際理解することは出来ないのだろうな。
そんなことを考えていると、ついにそのご本人が姿を現わした。
だがその姿は、俺には幽霊のように見えた。
キーファー侯爵はゆったりとしたローブを着込み、静かな足取りで応接間に入ってきた。
そして一瞬だけ俺を見ると、すぐに視線を外し、ジトー侯爵の前に立ったのだった。
「やあ、兄さん。久しぶりだね」
俺は、こんなに心のこもっていない言葉を初めて聞いたような気がした。
声には抑揚がなく、明暗もなにも一切感じられない冷たい言葉だった。
その時、ジトー侯爵がどんな顔をしていたのかは俺は知らない。
何故なら俺は、ジトー侯爵の斜め後ろにいたからだ。
だからジトー侯爵の顔が見えなかった。
だけど、背中越しになんとなく悲しみを感じたような気がした。
ジトー侯爵は努めて冷静に、返答した。
「本当に久しぶりだな。すまない。中々顔を見せられなくて」
するとキーファー侯爵が、口の端をクイッと上げて皮肉な笑みを浮かべた。
それはさも、ジトー侯爵の思いをあざ笑うかのように俺には見えた。
「いや、気にしないでいいよ。それで、今日は何かご用でも」
キーファー侯爵は会話を、いやこの面会を今すぐにでも切り上げたいと思っているのだろう。
椅子に座ろうともせず、また俺たちに勧めるでもなく、淡々と用件を聞いてきた。
ジトー侯爵の思いは如何ばかりかと、俺は何やら悲しくなってきた。
すると、そのジトー侯爵が口を開いた。
「特に用があるわけでもないさ。お前の顔を久しぶりに見たくなってね。急なことだが寄らせてもらったんだ」
するとキーファー侯爵が、止まった。
何事かを考えているのか、完全に動きが止まった。
だがその表情からは、何も感じ取れるものはなかった。
俺は、キーファー侯爵を不気味に思った。
この人の生気の無さは異常だ。
顔は薄暗く青ざめ、両手をダランと下げている。
頬はこけ、目は落ち窪んでいる。
無論、病気なのだからそれらは仕方がないとも思う。
だけど、病気でも明るく元気に暮らしている人も多い。
病気による痛みに苦しみつつも、その苦しみと折り合い、努めて明るく生きている人たちを、俺は知っている。
でもこの人は……。
すると長い間止まっていた時間がようやく動き出した。
キーファー侯爵がおもむろに口を開いたのだ。
「そう。それはありがとう」
それだけを言うのに、何故これほどの時間を要したのだろう。
俺はさらにキーファー侯爵に不気味さを、いや恐怖にも似た感情を覚えた。
するとジトー侯爵が、忘れていたとばかりに後ろを振り向き、俺と視線を合わせた。
そしてもう一度キーファー侯爵に向き直ると、俺を紹介したのだった。
「すまない。紹介するのを忘れていたよ。彼はアリオン=レイス。わたしの元で勉強をしている子だ」
ジトー侯爵に紹介され、キーファー侯爵が俺を見た。
だがそれはほんの一瞬であり、すぐさま視線は外れた。
「そう。それでご用件は」
先程ジトー侯爵は、用件はなくキーファー侯爵の顔を見に来たと言った。
にもかかわらずまた同じ事を問い掛けるということは、そんな言葉は信用していないという意味だ。
それともう一つは、早く帰れという意図の表れだろう。
これまで感じたことのない気まずさを俺は感じ、いたたまれない気持となった。
というのも、確かにジトー侯爵は俺にせがまれてここへ来た。
だけど、それは良い口実だと思ったんじゃないだろうか。
ジトー侯爵は本当に、キーファー侯爵の顔を見たかったんじゃないだろうか。
だけど上手い口実がなかったため、これまで足が向かなかったんじゃないだろうか。
兄弟なんだから口実なんてなくとも会いに行けばいいとも思う。
だけど、たぶん気まずいんだ。
キーファー侯爵はおそらく昔からずっとこんな感じだったのだろう。
だからジトー侯爵はこれまでここへ来ることが出来なかったんだと俺は思った。
何か、本当に、嫌な感じだ。
俺は思わずため息を吐きそうになった。
だけどさすがにまずいと、なんとか踏みとどまった。
だけど、辺りは沈黙が制している。
そして気まずい空気が充満していた。
だがそこで、そんな空気を一変させる人物がけたたましく登場した。
だけどそれは良かったのか、それとも悪かったのか。
現れ出でたのは問題のキーファー侯爵夫人、メラルダであった。
俺はすでにキーファー侯爵が気の毒になっていた。
物にも人にも何にも興味がないなんて、俺からしたら考えられない。
でも常に死と背中合わせの人生だったら、そうなるのかもしれない。
何かに興味を持つということは、この世に対しての執着となる。
そうとなれば、死に際してつらくなるのかもしれない。
だけどやっぱり俺からしたら、想像が難しい。
俺自身も死にかけたことはあるけど、ずっと生まれつき、いつ死ぬかもしれないという状況に陥ったことはない。
それと、一瞬の死の煌めきとは大きく異なるだろう。
結局、俺には金輪際理解することは出来ないのだろうな。
そんなことを考えていると、ついにそのご本人が姿を現わした。
だがその姿は、俺には幽霊のように見えた。
キーファー侯爵はゆったりとしたローブを着込み、静かな足取りで応接間に入ってきた。
そして一瞬だけ俺を見ると、すぐに視線を外し、ジトー侯爵の前に立ったのだった。
「やあ、兄さん。久しぶりだね」
俺は、こんなに心のこもっていない言葉を初めて聞いたような気がした。
声には抑揚がなく、明暗もなにも一切感じられない冷たい言葉だった。
その時、ジトー侯爵がどんな顔をしていたのかは俺は知らない。
何故なら俺は、ジトー侯爵の斜め後ろにいたからだ。
だからジトー侯爵の顔が見えなかった。
だけど、背中越しになんとなく悲しみを感じたような気がした。
ジトー侯爵は努めて冷静に、返答した。
「本当に久しぶりだな。すまない。中々顔を見せられなくて」
するとキーファー侯爵が、口の端をクイッと上げて皮肉な笑みを浮かべた。
それはさも、ジトー侯爵の思いをあざ笑うかのように俺には見えた。
「いや、気にしないでいいよ。それで、今日は何かご用でも」
キーファー侯爵は会話を、いやこの面会を今すぐにでも切り上げたいと思っているのだろう。
椅子に座ろうともせず、また俺たちに勧めるでもなく、淡々と用件を聞いてきた。
ジトー侯爵の思いは如何ばかりかと、俺は何やら悲しくなってきた。
すると、そのジトー侯爵が口を開いた。
「特に用があるわけでもないさ。お前の顔を久しぶりに見たくなってね。急なことだが寄らせてもらったんだ」
するとキーファー侯爵が、止まった。
何事かを考えているのか、完全に動きが止まった。
だがその表情からは、何も感じ取れるものはなかった。
俺は、キーファー侯爵を不気味に思った。
この人の生気の無さは異常だ。
顔は薄暗く青ざめ、両手をダランと下げている。
頬はこけ、目は落ち窪んでいる。
無論、病気なのだからそれらは仕方がないとも思う。
だけど、病気でも明るく元気に暮らしている人も多い。
病気による痛みに苦しみつつも、その苦しみと折り合い、努めて明るく生きている人たちを、俺は知っている。
でもこの人は……。
すると長い間止まっていた時間がようやく動き出した。
キーファー侯爵がおもむろに口を開いたのだ。
「そう。それはありがとう」
それだけを言うのに、何故これほどの時間を要したのだろう。
俺はさらにキーファー侯爵に不気味さを、いや恐怖にも似た感情を覚えた。
するとジトー侯爵が、忘れていたとばかりに後ろを振り向き、俺と視線を合わせた。
そしてもう一度キーファー侯爵に向き直ると、俺を紹介したのだった。
「すまない。紹介するのを忘れていたよ。彼はアリオン=レイス。わたしの元で勉強をしている子だ」
ジトー侯爵に紹介され、キーファー侯爵が俺を見た。
だがそれはほんの一瞬であり、すぐさま視線は外れた。
「そう。それでご用件は」
先程ジトー侯爵は、用件はなくキーファー侯爵の顔を見に来たと言った。
にもかかわらずまた同じ事を問い掛けるということは、そんな言葉は信用していないという意味だ。
それともう一つは、早く帰れという意図の表れだろう。
これまで感じたことのない気まずさを俺は感じ、いたたまれない気持となった。
というのも、確かにジトー侯爵は俺にせがまれてここへ来た。
だけど、それは良い口実だと思ったんじゃないだろうか。
ジトー侯爵は本当に、キーファー侯爵の顔を見たかったんじゃないだろうか。
だけど上手い口実がなかったため、これまで足が向かなかったんじゃないだろうか。
兄弟なんだから口実なんてなくとも会いに行けばいいとも思う。
だけど、たぶん気まずいんだ。
キーファー侯爵はおそらく昔からずっとこんな感じだったのだろう。
だからジトー侯爵はこれまでここへ来ることが出来なかったんだと俺は思った。
何か、本当に、嫌な感じだ。
俺は思わずため息を吐きそうになった。
だけどさすがにまずいと、なんとか踏みとどまった。
だけど、辺りは沈黙が制している。
そして気まずい空気が充満していた。
だがそこで、そんな空気を一変させる人物がけたたましく登場した。
だけどそれは良かったのか、それとも悪かったのか。
現れ出でたのは問題のキーファー侯爵夫人、メラルダであった。
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