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「さあ、どうぞおかけになってください」
メラルダ侯爵夫人は睨めつけるような視線をジトー侯爵に送りながら言うと、自らも手近なソファーに腰掛けた。
だがジトー侯爵は慌てて手を振り、丁重に断りを入れた。
「いや、申し訳ない。実は他に用事があるのだ。こちらへはその途中に少し立ち寄らせてもらっただけでね。すまない」
だがメラルダは、易々と引き下がりはしなかった。
「少しくらい良いではないですか。お茶を飲むくらいの時間はあるんじゃなくって?」
メラルダ侯爵夫人はそう言うと、パンと両手を叩いた。
それに呼応して召使いが動いた。
おそらくお茶の用意をしに行ったのだろう。
すると、ジトー侯爵が仕方なく観念したように言った。
「ああ、そうだな。ではアリオン、お茶だけいただくとしようか」
ジトー侯爵はそう言って、メラルダ侯爵夫人と対面するソファーへと腰掛けた。
俺は内心嫌々ながらも、ジトー侯爵に促されて、その隣に座った。
だがメラルダは相変わらず、ジトー侯爵を値踏みするかのように見つめている。
この視線の意味はなんだ?
いくらなんでも見過ぎだろう。
何かを計っているような、そんな目をしているように思える。
ちょっと待てよ。
もしかして、ジトー侯爵の正体に気付いているんじゃないだろうな?
いや、まさか。
でも、そう考えれば辻褄は合うな。
いくら何でも、これだけずっと見続けるというのは異様だ。
だけどジトー侯爵の正体をある程度知り、それが本当なのか探っているとしたら。
有り得るな。
俺はこの考えを持つに至り、夫人に対する嫌悪感はさておいて、注意深く観察することを決めた。
すると召使いたちによって、お茶がしずしずと運ばれてきた。
俺たちは召使いたちがお茶の用意をする間、誰一人口を開くことなく待った。
その間というものは、実に気まずかった。
ただカチャカチャという陶器同士が触れ合う音のみが響き、他一切は音がしない空間である。
俺はいたたまれない気持を押し殺して、この沈黙が破られるのを待った。
すると、ようやくお茶の用意を終えた召使いたちが退出するのを見計らって、メラルダが口を開いた。
「ところで、そちらのお子は、どなたのお子にあたられるのですか?」
これまで一度たりとも視線を合わせなかったメラルダ侯爵夫人が、突然俺を見つめて言った。
俺は突然のことに、大層驚いた。
そして同時に、その言葉の意味がわからずキョトンとした。
横を見ると、さすがのジトー侯爵も唖然とした表情をしている。
だがすぐに落ち着きを取り戻したのか、ジトー侯爵は言ったのだった。
「いや、彼は誰の子というわけではない。いやもちろん、彼にも両親はいるだろうが、いわゆるその、王家の者でも、貴族の者でもないよ」
するとメラルダ侯爵夫人が一瞬眉根を寄せて、不快な表情を見せた。
ああ、なるほどね。そういうことね。
俺は独りごちた。
とことん嫌な女だな。
人の値踏みを、出自でするのかよ。
すると案の定というか何というか、メラルダは急激に興味を失い、俺から視線を外して話題を変えた。
「そうですか。わかりました。ところでジトー侯爵は何用があって当屋敷へいらしたのでしょうか?」
またもいきなりのド直球な質問だね。
だがジトー侯爵は、この質問は想定していたのか、淀みなく答えた。
「先程キーファーにも言ったんだがね。ただ顔が見たいなと思って、ふらっと立ち寄っただけだ。特に用があるわけではないさ」
「そうですか。ただふらっと」
メラルダ侯爵夫人は全く納得いっていない表情であったが、そこでカップを手にしてお茶をすすった。
そして一口飲み終えると、再び口を開いた。
「またいつでもお寄りいただけると、主人も喜ぶと思いますわ」
全く心の籠もっていない、うわべだけの薄っぺらい言葉だった。
ジトー侯爵はそれを潮時と思ったのだろう、すかさず切り出した。
「それではこの辺で失礼させてもらうよ」
するとメラルダ侯爵夫人も、今度は引き留めなかった。
「そうですか。それは残念です」
「また今度、時間のあるときに寄らせてもらうよ」
ジトー侯爵は素早く立ち上がってそう言うと、すかさず踵を返した。
「そうですか。それではその時を、心よりお待ち申し上げております」
そしてメラルダ侯爵夫人が頭を垂れながらのたまう言葉を背に受け、ジトー侯爵はスタスタと退出するのであった。
俺は、ジトー侯爵の後をついて行きつつ、頭を上げるメラルダ侯爵夫人をチラと見た。
だがすぐに視線を外して前を向くと、もうすでに退室してしまったジトー侯爵の後を慌てて追ったのであった。
メラルダ侯爵夫人は睨めつけるような視線をジトー侯爵に送りながら言うと、自らも手近なソファーに腰掛けた。
だがジトー侯爵は慌てて手を振り、丁重に断りを入れた。
「いや、申し訳ない。実は他に用事があるのだ。こちらへはその途中に少し立ち寄らせてもらっただけでね。すまない」
だがメラルダは、易々と引き下がりはしなかった。
「少しくらい良いではないですか。お茶を飲むくらいの時間はあるんじゃなくって?」
メラルダ侯爵夫人はそう言うと、パンと両手を叩いた。
それに呼応して召使いが動いた。
おそらくお茶の用意をしに行ったのだろう。
すると、ジトー侯爵が仕方なく観念したように言った。
「ああ、そうだな。ではアリオン、お茶だけいただくとしようか」
ジトー侯爵はそう言って、メラルダ侯爵夫人と対面するソファーへと腰掛けた。
俺は内心嫌々ながらも、ジトー侯爵に促されて、その隣に座った。
だがメラルダは相変わらず、ジトー侯爵を値踏みするかのように見つめている。
この視線の意味はなんだ?
いくらなんでも見過ぎだろう。
何かを計っているような、そんな目をしているように思える。
ちょっと待てよ。
もしかして、ジトー侯爵の正体に気付いているんじゃないだろうな?
いや、まさか。
でも、そう考えれば辻褄は合うな。
いくら何でも、これだけずっと見続けるというのは異様だ。
だけどジトー侯爵の正体をある程度知り、それが本当なのか探っているとしたら。
有り得るな。
俺はこの考えを持つに至り、夫人に対する嫌悪感はさておいて、注意深く観察することを決めた。
すると召使いたちによって、お茶がしずしずと運ばれてきた。
俺たちは召使いたちがお茶の用意をする間、誰一人口を開くことなく待った。
その間というものは、実に気まずかった。
ただカチャカチャという陶器同士が触れ合う音のみが響き、他一切は音がしない空間である。
俺はいたたまれない気持を押し殺して、この沈黙が破られるのを待った。
すると、ようやくお茶の用意を終えた召使いたちが退出するのを見計らって、メラルダが口を開いた。
「ところで、そちらのお子は、どなたのお子にあたられるのですか?」
これまで一度たりとも視線を合わせなかったメラルダ侯爵夫人が、突然俺を見つめて言った。
俺は突然のことに、大層驚いた。
そして同時に、その言葉の意味がわからずキョトンとした。
横を見ると、さすがのジトー侯爵も唖然とした表情をしている。
だがすぐに落ち着きを取り戻したのか、ジトー侯爵は言ったのだった。
「いや、彼は誰の子というわけではない。いやもちろん、彼にも両親はいるだろうが、いわゆるその、王家の者でも、貴族の者でもないよ」
するとメラルダ侯爵夫人が一瞬眉根を寄せて、不快な表情を見せた。
ああ、なるほどね。そういうことね。
俺は独りごちた。
とことん嫌な女だな。
人の値踏みを、出自でするのかよ。
すると案の定というか何というか、メラルダは急激に興味を失い、俺から視線を外して話題を変えた。
「そうですか。わかりました。ところでジトー侯爵は何用があって当屋敷へいらしたのでしょうか?」
またもいきなりのド直球な質問だね。
だがジトー侯爵は、この質問は想定していたのか、淀みなく答えた。
「先程キーファーにも言ったんだがね。ただ顔が見たいなと思って、ふらっと立ち寄っただけだ。特に用があるわけではないさ」
「そうですか。ただふらっと」
メラルダ侯爵夫人は全く納得いっていない表情であったが、そこでカップを手にしてお茶をすすった。
そして一口飲み終えると、再び口を開いた。
「またいつでもお寄りいただけると、主人も喜ぶと思いますわ」
全く心の籠もっていない、うわべだけの薄っぺらい言葉だった。
ジトー侯爵はそれを潮時と思ったのだろう、すかさず切り出した。
「それではこの辺で失礼させてもらうよ」
するとメラルダ侯爵夫人も、今度は引き留めなかった。
「そうですか。それは残念です」
「また今度、時間のあるときに寄らせてもらうよ」
ジトー侯爵は素早く立ち上がってそう言うと、すかさず踵を返した。
「そうですか。それではその時を、心よりお待ち申し上げております」
そしてメラルダ侯爵夫人が頭を垂れながらのたまう言葉を背に受け、ジトー侯爵はスタスタと退出するのであった。
俺は、ジトー侯爵の後をついて行きつつ、頭を上げるメラルダ侯爵夫人をチラと見た。
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