転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~【改訂版】

マツヤマユタカ

文字の大きさ
10 / 91

第九話 運命の出会い

しおりを挟む
 1


「失礼いたします。審議官、出港の準備が整いました」
 
 ヴァレンティン共和国海軍所属の高速船、エルウィン号の船長アルメックは、ロンバルドにそう告げた。

 ヴァレンティン共和国が誇る高速三角帆双胴船、エルウィン号。

 細く長い二艘の船を横に連ね、その二艘の上に甲板を載せて繋げたような形状で、二つの船体が共に細長いため波や風の影響を受けにくく大変高速航行に適しているが、小回りが利かないため戦闘には向かないとされている。

 また甲板上にそびえる二本のマストにはそれぞれ三角帆が張られており、逆風を受けても直進することが可能であった。

 ロンバルドとシェスターはそのエルウィン号の甲板後部に設置された船室内にいた。

「わかった。では、直ちに出港してくれたまえ」

「はっ!それでは」

 ロンバルドの回答に勢いよく返事をするやいなや船長はきびすを返し、即座に船室を出て行った。 

 そして室外に出たとたん、船長は大声で「出港!」と叫んだ。

 その大音声だいおんじょうに、呼応した船員たちの「出港!」の声が次々に鳴り響いた。

 そしてしばらくの時を経て、エルウィン号は静かに、そしてなめらかに港を出立した。


「エスタ到着まで、およそ三日というところですか」

 シェスターの問いに、ロンバルドが答える。

「そう聞いている。何事もなければの話だが」

「あってもらっちゃ困りますよ。事変が勃発ぼっぱつして、すでに丸二日経っているわけですからね」

 ローエングリン教皇国とレイダム連合王国との国境線であるアルターテ川の中洲地帯、エスタにおいて両国軍による衝突が起こったのは九月九日のことであった。

 エスタにはヴァレンティン共和国を含む周辺七カ国による監視団が駐留しており、それぞれの国の監視員は事変勃発と同時に自国へ急報を発していた。

 その中で最も早くその報を受けたのは、地理的にもっともエスタと近いヴァレンティン共和国の属州エルムールであった。

 エルムールはエスタからアルターテ川を南に真っ直ぐ下った河口部に存在する町であるため、川の流れにも乗ってわずか二昼夜でその急報がもたらされた。

 だがエルムールからエスタへ向かうとなると話は変わってくる。

 川下から川上へ向かうということは、川の流れに逆らって進むということである。

 もっともアルターテは世界第二位の流域面積を誇る大河であり、川の流れはとてもゆるやかであるため、逆風を受けても直進できる三角帆を持つ高速船エルウィン号であれば、三日ほどで到着できると思われた。

「大規模な軍事衝突という報告だったが、実際どの程度の規模なのかは今のところまったくわからん。実はちょっとした小競り合いを、駐留監視員が慌てふためいて大げさに報告してしまっただけなのかも知れないし、逆にすでに完全なる戦争状態に突入してしまっているのかもしれない」

「そうですね。我々が今こうしてエスタに向かって北上している間にも伝令船が二報、三報をたずさえて次々に南下してくるでしょう。それらがもたらす報を待たねば、今の段階では判断できませんね」

「ああ。状況しだいで対処法は変わるよ。とは言っても、既に戦争状態となれば出来ることはほとんどないがね」

「ええ。そうでないことを祈るばかりですね」

 それを聞いたロンバルドは、小さく開いた丸い船窓からアルターテ川の広大な川幅を眺めながら、シェスターの願いは神に届くのだろうかとぼんやりと考えていた。


 2


「坊ちゃま、それでは出発してもよろしいですか?」

 ガイウスはシュナイダー家の家紋が入った年代物の豪奢ごうしゃな二頭立ての馬車の中で、横に座る年老いた従僕じゅうぼくの声を聞いた。

「はい。出発してください」

 ガイウスの許可を得た老従僕は、右手に持ったステッキで馬車の天井を軽く二回叩いた。

 そしてそれを合図に、馬車を操る御者ぎょしゃが、流れるような毛並みの二頭の鹿毛かげ馬にむちを入れた。

 地面に綺麗に敷き詰められた白石しろいしひづめが叩く音と同時に、大きな車輪がきしむような音を立てながら回転をし始め、馬車が前方にゆっくりと歩み始める。

 馬車はシュナイダー家の広大な敷地を抜けて、豪壮なたたずまいの正門をくぐり、秋の気配に赤く彩られた林道をゆるやかに進んでいく。

 ガイウスは、大きく開いた四角い窓から流れる風景を眺めながら、久しぶりの外出を楽しんでいた。
 
 出立から二十分ほどが経った頃、ガイウスが老従僕に尋ねた。

「あとどれくらいで着きますか?」

「もうまもなく。おそらくあと五分ほどかと」

 ガイウスは老従僕の返答にうなずくと、また景色を楽しもうと車窓に顔を向けた。

 するとガイウスの目に、いぶかしげな光景が飛び込んできた。

 初めは遠目なためよく判らず、なにやら数人の人間が踊っているかのような光景に見えたが、馬車が近づくにつれて、その光景の意味するものがよく見え始めた。

 それは四人の男が、一人のいたいけな少女を襲っている光景だった。

 ガイウスは瞬時に叫んだ。

「馬車を止めて!」

 従僕は年老いているため目が悪く、外の光景が見えていなかったため、何事が起こったかわからずおろおろとしている。

 ガイウスはらちが明かないと思い、あわてふためく老従僕の持つステッキを強引に奪い取り、すかさず天井を激しく何度も叩いた。

 すると御者がそれに気づき、馬車の速度がゆるみ始めた。

 しかし速度の緩みは遅く、事は急を要すると判断したガイウスは、馬車が止まるのを待たずに扉を開けて外に飛び出した。

 ある程度速度が緩まっていたとはいえ、動く馬車から飛び降りたため、ガイウスの身体はもんどりうって激しく転がった。

 しかし以前よりロデムルに体術を習っていたガイウスは、なんとか受身を取ることが出来た。

 多少の打ち身とり傷を抱えながらも、ガイウスは少女とそれを襲う男たちに向かって懸命に走り出す。

 ガイウスは少女に向かって一直線に駆けながら、その少女の横顔を見て、自らの記憶をたどっていた。

(あの子どこかで見たことある!そうだ!ダロス王国の貴族の娘だ。たしか名前はクラリス。俺より一つ年上だったな。かわいい子だからって、よくもまあ俺も覚えているよな)

 ガイウスは全速力で走り続けたものの、いかんせん身体は六歳児のものであり、近づくまでにかなりの時間を要した。

 しかもあたり一面だだっ広い草原だったため、四人の男たちに早々に気づかれてしまった。

 すると、その中の一人がガイウスに向かって叫んだ。

「餓鬼!止まれ!それ以上近づいたらぶっ殺すぞ!」

 男の怒声を、ガイウスは苦笑交じりに聞いた。

(止まれと言われて止まる奴がいるかよ。面倒くさいし、いきなりぶちかますか。ロンバルドには魔法の使用を禁じられてるけど、この状況なら大丈夫だろ)

 ガイウスは一定の距離を取ったところで突然立ち止まるなり、両手を軽く握って人差し指を一本づつ突き出した。

 次いで両腕を地面と水平に上げ、二人の男の顔面をその二本の人差し指で指し示した。

 すると突然、ガイウスの両人差し指が、薄ぼんやりとした水色に輝きだす。

 ガイウスは、小さな声で呟いた。

「アクア」

 途端にガイウスの人差し指の先から、とてつもない勢いの鉄砲水が二本同時に吹き出した。

 それは圧倒的な速度で空気を切り裂き、男たちの顔面を激しく叩いた。

 直撃を食らった男たちの首はそれぞれ後方に大きく反り返り、次いで男たちの身体も首と同様に反った後、音を立てて地面に激しく倒れこんだ。

 突然倒れた男たちを見て、残りの二人はとても驚き、互いの顔を見合わせたのち、ガイウスに対して戦闘態勢を取ろうとした。

 だがガイウスは、それをゆるさなかった。

「遅い!」

 ガイウスは言うや否や、残りの二人目掛けて鉄砲水を発した。

 二人は避けるまもなくその直撃を受け、先ほどの二人とまったく同じ姿勢で地面に倒れした。


 突然あらわれた自分より背の低い、明らかに年下の男の子が、大の大人四人をあっという間に倒すという光景を見た少女は、驚愕の色をその可愛らしい顔に浮かべていた。

「大丈夫?怪我はない?」

 ガイウスは少女に近寄りながらとても優しげに語りかけつつも、心の中では狼の顔を覗かせていた。

(パーティーの時は可愛い顔に似合わず高慢ちきで、俺のことなんか鼻にもかけないって素振りだったけど、今ので完全に俺に惚れたな、この子)

「ねえ、覚えてる?前になにかのパーティーで会ったことがあると思うんだけど。僕はガイウス。君の名前はたしかクラリスだったよね?」

 すると少女は驚愕の表情の上に怪訝けげんな表情を重ねた。

 そして、少し怯えながらも少女は、ようやく口を開いた。

「わたし、クラリスって名前じゃない。わたしの名前はユリア」

「えっ!?あっそう?じゃあ、僕の記憶違いだね」

「それにわたし、あなたに会ったことないと思う」

 それを聞いて今度はガイウスが怪訝な表情になった。

「いや、前に何かのパーティーで会ったんだけど、覚えてないかな?まあ僕もどんなパーティーだったかよく覚えてないんだけどね」

「わたし、パーティーなんて出たことないし。やっぱり人違いだと思う」

 ガイウスはさらに怪訝な表情になって少女に問いただした。

「あのう、君ってダロス王国の貴族の子だよね?」

 すると、少女はさも吃驚びっくりしたという表情で勢い込んで言った。

「貴族!?とんでもない!わたしはただの平民です。父は剣術家で、すぐそこの町で剣術道場を開いています。ダロスなんて行った事もないです」

 ガイウスはユリアの言葉を聞いて悟った。

「あのう、もしかして君のお父様はアキレス・クラウディウスさん?」

「ええ!そうです。父をご存知で?」

「ええ、まあ、そのう、今日からそちらの道場で剣術を教わることになってまして」

「父の生徒さん?あっ!もしかしてシュナイダー家のお坊ちゃま?」

 ガイウスは多少ばつが悪そうな顔をしつつ、居住まいを正して挨拶した。

「改めまして、ガイウス・シュナイダーです。よろしくお願いします」

「あっはい。わたしはユリア・クラウディウスです。助けていただいてありがとうございました」

 二人は互いの顔を見合わせ、それぞれぎこちなく微笑んだ。

 それが二人にとっての、運命の出会いとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~

北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。 実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。 そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。 グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・ しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。 これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...