転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~【改訂版】

マツヤマユタカ

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第四十二話 最初の犠牲者

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 1


 メリッサ大陸の北に、とても広大な面積を有する大陸がある。

 通称、魔大陸と呼ばれるガルダン大陸である。

 現在ガルダン大陸は、大陸南部沿岸のごく一部の地域のみに、わずかに人の手が入っているものの、それ以外のほぼ全土はいまだ人跡未踏じんせきみとうの秘境であった。

 それと言うのも、大陸の中心部から四方八方へと縦横無尽じゅうおうむじんに走る巨大な火山脈が、所構わず至るところで間断かんだんなく溶岩を上空高くに噴き上げ、恐るべき速度の火砕流かさいりゅうが大地にくまなく襲いかかるために、ほぼすべての動植物はその侵入を固く拒まれていたからであった。

 故にガルダンは、人々から生きとし生ける物のない死の大陸、通称『魔大陸』と呼ばれ恐れられていた。

 だがそんな灼熱の大地をものともせずに、我が物顔で支配する者たちがいた。

 ドラゴン族である。

 古今無双の名槍めいそうを手にした天下の豪傑が乾坤一擲けんこんいってきの一撃を繰り出したとしても、かすり傷一つ付けることもできない程堅牢けんろう翠緑すいりょく色のうろこで全身を覆い、その体躯たいくは幼体であっても全高三メルクル、全長にして十メルクルを優に越すほどの巨体であり、成体ともなればその十倍以上にもなるという。

[注] 1メルクルは約1メートルである

 強固な岩盤をも噛み砕く頑丈なあごを持ち、そこから吐き出される灼熱のほむらは、名にし負う鍛冶師が鍛錬した固く丈夫な合金をも瞬時に溶かした。

 樹齢千年を越す大木を思わす長くて太い尾は、一振りで大地に亀裂を生じさせるほどの威力を誇り、その広く大きな背から生えた広大無辺な翼の羽ばたきは、どの様に肥え太った者でさえあっけなく遥か彼方へと吹き飛ばした。

 竜とは、ガルダンはおろかこの世界最大にして最強の生物であった。

 中でもよわい千年を数えるほどの者は、体表を覆いつくす翠緑色の鱗から色素が抜け落ち、目がくらまんばかりの透明なクリスタルの輝きを放つ、千年竜サウザンド・ドラゴンと呼ばれる竜族の王となった。

 千年竜は極めて高い知性を持ち、一説には神がこの世に姿を現す際の化身ともいわれ、他の竜族と同様に、決してガルダン大陸を離れることは無いとされている。

 だが、かつて歴史上においてただ一度だけ、ガルダンを離れて遠くメリッサ大陸に上陸したことがあった。

 しかしそれは、遥か昔の神話時代のことであり、本当にメリッサに千年竜が現れたことがあるのかどうかは、古来より歴史家たちの間で疑問視する声が大きく、現在のところ懐疑派かいぎはが大勢を占めていた。


 だが今、まさにその伝説の千年竜が、メリッサ大陸中央部、悠久なるアルターテ川の中腹、人の子等が絶えずいさかい、その血を大地に染み込ませ続けてきた係争地、ここエスタに現れ出でた。


 2


 アロウズはその日、大層不機嫌であった。

 いや、そもそもこの遠征の間中、ずっと不機嫌であった。
 
 本来この時期は、八ヶ月間に及ぶ長い軍務を終え、ついに迎える四ヶ月間もの待ちに待った長期休暇の真っ最中のはずだった。

 ところが突如、エスタにおいて武力衝突が起こったために、レイダム全土に非常事態宣言が発令された結果、アロウズは嫌々ながらも軍部からの非常召集に応じ、ここに来ていた。

「まったく、この遠征は、呪われていやがるぜ」

 アロウズは、先程からずっと一人で、ぶつくさとあたり構わず繰言を吐き続けていた。

「良いことなんて一つもありゃしない。やっぱりこの遠征は、呪われていやがるぞ」

 アルターテ川の川辺をアロウズと連れ立って歩く幼馴染おさななじみのタルカスは、一つ大きなため息を吐いた後、仕方なしに合いの手を入れた。

「おい、一体何があったと言うんだ?さっきから呪われてるだのなんだのと、縁起の悪いことばかり言っているが」

「おう、タルカス、我が友よ。よくぞ聞いてくれた。俺はこの遠征の間中、いささかだって良いことがないのだ」

 ようやく話し相手になってくれたタルカスを放すまいと、アロウズは勢い込んで己の不幸を語り始めた。

「まずもって最初の不幸は、召集初日のことだ。俺はせっかくの休暇がおじゃんになったことで、天に向かって神をののしっていたんだ」

 そこでアロウズは、芝居じみた口調となった。

「おお神よ!あわれな一般庶民の大切な休暇を、何故にかくも無慈悲に奪いなされたのですか!この大馬鹿野郎!ってな」

 タルカスは、アロウズの大げさな言い回しに苦笑しつつも、黙って聞いていた。

「するとどうだい、俺の足元の地面が突然消えやがったんだ」

 驚いたタルカスは、そこで思わず声を上げた。

「おいおい、本当か?」

 アロウズは、したり顔で言った。

「ああ本当さ。俺は当然、慌てて足元を見たさ」

「うん」

「すると俺が足元を見たとほぼ同時に、俺の右足はなんとか地面を踏みしめたんだ。だがその時にはすでに俺の身体は斜め前方に傾いていやがったんだ。で、次の瞬間俺は前のめりに転げ落ちちまったってわけさ」

「おい、それって」

「そうさ、そこは集合場所のトラファルガー広場の名物の大階段だった、っていうオチさ」

「くっだらねえ!そりゃお前が上を向いて歩いていて階段に気付かず、足を踏み外してすっ転んだってだけじゃねえか!」

 タルカスは当然ともいえる抗議を、アロウズに入れた。

 しかしアロウズは、それに必死で反駁はんばくした。

「冗談じゃねえ。俺だって普段ならそんなドジなことはしねえよ。俺が階段から転げ落ちたのなんて、ガキの時分以来のことなんだぜ。だいたいこんな理不尽な召集でもなけりゃ、この時期にトラファルガー広場なんざ行かねえし、そうでなけりゃ大階段から転げ落ちることも無かったはずだぜ」

「それはそうだが、休暇が飛んだのは別に神さんのせいって訳じゃないだろうよ。聞いた話じゃ、ローエングリンの連中が突然攻め込んで来たってことじゃねえかよ。なら悪いのはローエングリンであって、神さんじゃねえよ」

「何言っていやがる。神さんってのは全知全能だっていうじゃねえか。なら今回のことも、全部お見通しのはずだろ?その上で、俺たちの休暇が吹っ飛んじまうのを、ただ指をくわえて黙って見てたってことじゃねえかよ」

 アロウズの勢いに押されたタルカスは、面倒くさくなって再反駁をあきらめた。

「わかったよ。で、次の不幸は何だったんだ?」

「おう、それよ。俺はその一件以来、歩くときは下を向いて歩くことに決めたのさ」

「ああ、そうかい。そいつは良かったな。ていうかそんなの当たり前の話だけどな」

 タルカスはあきれたといった風情で、アロウズをたしなめた。

「まぜっかえすなよ。まあそんで、俺はこう、靴のつま先の部分をじっと見つめながら、歩いていたんだ」

 そこでタルカスは、何かひらめいた様子で、ぱっと明るい表情になった。

「わかった。今度は下を見すぎて、前を歩いていたがらの悪いやからにでもぶつかって、殴られでもしたんだろ?」

 すると今度はアロウズが、呆れたといった風情で言った。

「ふん!違わい、そんなんじゃねえ。実はな、地面に銀貨が落ちていやがったんだ」

「銀貨だって!?どこが不幸な話しなんだよ。幸運な話しの間違いじゃねえか」

「ああ、普通はそう思うよな。だがな、この話には続きがあるんだよ。あのな、銀貨を見つけた俺はそりゃあ飛び上がらんばかりに喜んださ。で、勢いよく腰を折り曲げ、今にも銀貨をつかまんとしたその瞬間!俺の腰が、悲鳴を上げやがったのさ」

「ぎっくり腰か!たしかにあれはつらいって聞くな。でもその代わりと言っちゃなんだが、銀貨が手に入ったんなら、ぎっくり腰を差し引いたって、まだ幸運が勝っていると思うぞ。なんたって俺らの給金の二日分だからな」

 この世界における貨幣は四種類あり、高価な順に、金貨、銀貨、青銅貨、銅貨となる。

 基本の青銅貨一枚で、パンが一つ買え、二枚で安物のワイン一瓶が手に入る。

 その上の銀貨は、青銅貨二十枚分の価値があり、さらにその上の金貨に至っては、その銀貨の実に五十倍もの価値がある代物で、一般庶民はまず手にすることはなかった。銅貨は十枚で、青銅貨一枚分の価値であり、細々こまごまとした物を売買するときに使われている。

 そして彼ら職業軍人の給金は、月に銀貨十五枚であり、日割り計算だと一日当たり銀貨なら二分の一枚、青銅貨なら十枚分であった。

「確かにそうだ。だがそれは、銀貨を手に入れられたら、の話だろ?」

「どういうことだ?」

「俺はぎっくり腰になった瞬間から、身動き一つ取れなくなっちまったんだよ。腰を折り曲げた状態で固まっちまったんだ。そしたらその俺の無様な姿を見つけて、あざけりながらあの野郎が近づいてきやがったんだ」

「あの野郎ってのは、まさか金貸し屋の息子のガスパンのことか?」

「ああ、あのいつも何かっていうと俺らにつっかかってきやがる厭味いやみ野郎のガスパンさ。あの野郎、俺を散々馬鹿にしくさったあげく、銀貨を目ざとく見つけやがって、あっ銀貨!って叫びやがったんだ。そこで俺はよせばいいのに、そいつは俺が先に見つけ・・・たんだって、言っちまったんだよ」

「うん?先に見つけた権利を主張してなにが悪いんだ?」

「いや、悪くはないさ。だが相手はガスパンの野郎だ。あの野郎にそんなことを言ったって、俺に譲ったりする訳がないだろう?だからさ、俺はその時、その銀貨は俺が落とした・・・・・・って言えば良かったのさ。そうしたらさすがに、あの野郎でも引き下がったに違いねえ」

「ああそうか、確かにそうだな」

「だろ?案の定ガスパンの野郎は、先に見つけたとか関係ねえ。拾ったもん勝ちだって言って、銀貨をさらっていきやがったんだ」

「そいつは運が悪かったな」

「ああ、踏んだり蹴ったりだぜ。腰は痛いは、銀貨は持っていかれるは、だからな」

「災難だったな」

「ああ、そんで今日さ」

「今日も何かあったのか?」

「あったさ。昼飯の肉が、俺のだけ小さかったんだ」

「くっだらねえ!そんなことかい」

「まあ確かに今日のは大したことじゃないが、何にせよこの遠征は、呪われていやがるぜ」

「それは、お前だけな」

「いいや、そんなことはねえ。三年前にも悪いことが重なったことがあったが、そんときゃその後、山火事が起きて、町のみんなや、隣町の連中までも動員して、なんとか鎮火したんだ」

「ああ、あの時か。そういえばあの時は、結構死人が出たんだったな」

「それに、八年前の大嵐を憶えているか?」

 タルカスは無言でうなずいた。

「あの時も相当な数の死者が出たんだ。そんで、その嵐が来る前、数日間に渡って俺は不運だったんだ」

「そんなのただの偶然だ。気にすることなんてないって」

 タルカスは、言葉とは裏腹に神妙な表情をしていた。

「それならいいけどな。それなら、な」


 3


 アロウズたちは、しばし無言で川べりを歩いた。
 
 先程までの会話が、二人に重苦しい雰囲気を負わせていた。
 
 すると突然、アロウズが素っ頓狂な声を出した。

「おい、タルカス。ありゃなんだ?」

 アロウズの指先は、ゆるやかに流れるアルターテ川を指していた。

 タルカスはそんなアロウズの指差す先を見て、言った。

「煙か?それとも霧か?うん?おい、アロウズ!こっちに向かってきているぞ!」

「ああ!なんて速さだ!」

 それは、あっという間に対岸のローエングリン陣を覆いつくしたかと思うと、さらにアルターテ川の上をすべるように渡りきり、アロウズたちのいるレイダム陣をもまたたく間に飲み込んだ。

「うわっ!なんだこれは?霧か?本当に霧なのか?おい!居るのか、タルカス!」

「ああ、いるにはいるが、なんて霧だ!何にも見えやしない。こんな霧なんて、見たことも聞いたこともないぞ」

 二人は視界がまったくないほどの濃霧の中で、しばらくこの霧の正体についてあれやこれやと予想しあったが、結局結論を出せずにいると、次第に霧が薄れてきた。

「おい、タルカス。霧、晴れてきてないか?」

「ああ、どうやらそのようだ。まったく、一体この霧はなんなんだ?」

 すると、かすかに見えるアルターテ川を見て、アロウズがまたも素っ頓狂な声を上げた。

「なんだありゃ!?」

 それを聞いてタルカスも、アロウズの視線の先にあるものを見た。

 そして今度は、タルカスまでもが素っ頓狂な声を出した。

「ありゃなんだ!?ひ、人か?」

 アロウズが、その声に応じた。

「ああ、ありゃあ人だ。それも子供だ。なんてこった!子供が水面の上を、歩いて・・・いやがる!」

「こ、こりゃあ夢か?おいアロウズ!俺たちは夢でも見てるのか?」

 二人は、あまりのことに気が動転した。

 そして慌てふためき、挙句の果てには、共に腰が砕けて地面にぺたりとへたり込んでしまった。

 そうこうしているうちに、くだんの子供が川を渡りきり、アロウズたちのいる川べりにたどり着いた。

 そしてへたり込むアロウズたちの目の前まで来て、ふと立ち止まった。

 アロウズは内心の恐怖を押し殺し、その子供に語りかけた。

「き、君は、お、男の子かい?と、歳は、い、いくつだい?じ、十歳くらいかな?」

「お、おい、アロウズ!そんなこと聞いてどうするってんだい!?」

「あ、ああそうだな。つい気が動転して、くだらないことを聞いちまった」

 アロウズは再び子供に向き直り、改めて語りかけた。

「な、なあ君は今、水面の上を歩いてなかったかい?いや、おじさんたちの見間違いかもしれないんだけど」

 少年は無言のまま、中空を見据えて、ただたたずんでいた。

「な、なあ君――」

 アロウズがめげずに少年に話しかけたその時、少年の身体から突然、幾条もの光が発せられた。

 それは初め十本ほどの光線であったが、次第にその数を増やし、ついにはアロウズたちを光の渦に飲み込んだ。

 アロウズは、眩い光の中で呟いた。

「ああ、やっぱりな」と。

 不運なアロウズは、幼馴染のタルカスと共に、恐怖の宴の最初の犠牲者となった。
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