転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~【改訂版】

マツヤマユタカ

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第四十三話 将軍

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 突如現れた千年竜サウザンド・ドラゴンによって、レイダム軍の前線は、たちまちの内に列を乱して崩壊した。

 それはそうであったろう。人智を超えた究極の生物が、突然彼らの目の前に現れ出でたのだから。

 つねならば勇猛果敢な彼らのこと、どれほどの大軍が敵として現れようと、おくすることなどありはしなかっただろう。

 だが今、彼らの眼前に立ちはだかるものは、常なる敵ではなかった。

 故に彼らは恐怖におののき、震えた声で叫びながら、散り散りに逃げ惑った。

 しかしそんな彼らの背を、千年竜サウザンド・ドラゴンの灼熱の焔が、容赦なく襲い掛かった。

 彼らが自らの身を守るために身に着けていたはずの鎧兜は、その役割をまったく担うことなく、一瞬で溶け失せ、と同時に数十もの人の命が、あっけなく奪われた。

 千年竜サウザンド・ドラゴンは一つ凄まじい雄叫びを上げたかと思うと、その巨木の如き太い足で大地をしっかと踏みしめ、次いで勢いよく蹴って飛び上がるなり、天を覆い尽くすかの如き巨大な翼を一杯に広げて、力強く羽ばたいた。

 すると、千年竜サウザンド・ドラゴン途轍とてつもない巨体が、見事に宙に浮きあがった。

 そして逃げ惑うレイダム軍目掛けて、容赦なく上空から襲い掛かった。

 千度を遥かに越す高熱の焔を幾度となく吐き出し、その度ごとに幾十もの命が雲散霧消うんさんむしょうした。

 さらに千年竜サウザンド・ドラゴンがその長い首をめぐらして、十数度目かの焔を浴びせかけた頃には、レイダム軍はもはや全軍総崩れとなった。

 絶対的な強者による、絶望的なまでの殺戮劇は、千を越す犠牲者を出してもなお続いた。

 レイダムが誇る三軍団、計一万五千もの大軍が、見るも無残にその数を打ち減らされ、ついに残兵数が一万を切った頃、突如千年竜サウザンド・ドラゴンはその矛先を変えた。

 千年竜サウザンド・ドラゴンの眼前のレイダム軍はまだ一万近くを有していたとはいえ、そのほとんどは散り散りに逃げ惑っているため、もはやまとまった集団など存在しなかったが、アルターテ川を挟んだ対岸には、まだ巨大な一塊の集団が存在していた。

 千年竜サウザンド・ドラゴンはその光り輝く巨体をめぐらし、勇躍と対岸のローエングリン教皇国軍目掛けて、突撃を開始した。


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「なんという光景だ……」

 ロンバルドは、対岸のレイダム軍の惨状を見て、低いうめくような声で呟いた。

「地獄絵図とは、正にこのことですね……」

 ロンバルドの有能なる副官シェスターもまた、対岸の殺戮劇に圧倒されてか満足に声を発っせず、しわがれ声で呟いた。

「とにかく、散開させよう。さもなくば、次はこちらへ来るぞ」

「ええ、そうですね。集団でいるのは極めて危険でしょう。将軍に会って、そう進言するとしましょう」

「ああ。とは言っても、将軍の幕舎はどこなんだ?」

「参りましたね。レノンにかまけて、まだ将軍の所へは行っていませんでしたから――あっ!ロトス君!」

 シェスターは混乱の極みともいえるローエングリン本陣内で、唯一の頼みの綱を奇跡的に見つけることができた。

「彼に案内してもらいましょう。おーい、ロトス君!」

 シェスターの呼びかけに気づき、アンヴィルのロトスが雑踏ざっとうき分け、近づいてきた。

「た、大変なことになったなっす!あ、あれはドラゴンでなっすか?」

 以前にも増して落ち着きを欠いたロトスに、ロンバルドが答えた。

「そうだ。それも恐らくは、伝説の千年竜サウザンド・ドラゴンだ。このままここでかたまっていては、次に奴に狙われること請け合いだ。今すぐにでも散開させねばならん。ロトス君!将軍が今いずこに居るか、知っているか?」

「はい!案内するでなっす!」

 ロトスは自らの使命の重大さを認識したのか、いつもの赤ら顔をより一層赤くしつつも、引き締まった顔つきでロンバルドに対して手短に答えた。

「頼む!」

 返すロンバルドもまた必要最小限の文言もんごんであり、そのことが今彼らを取り巻く切迫した現状を如実にょじつあらわしていた。


 3


 ローエングリン教皇国軍の兵たちは、信じられぬ光景を目の当たりにして、日頃の精強さはどこへやら、今や完全にただの傍観者と成り果て、いたずらに右往左往していた。

 しかしその只中ただなかを、しっかりとした足取りで進む者たちがいた。

 ロンバルドたちである。

 競歩のような足取りで人波を掻き分け、ロトスが先頭を行く。

 それにロンバルドとシェスターが続いた。

 するとふいにロトスが、後に続く二人に向かって叫んだ。

「あれだなっす!あれが将軍のいる幕舎だなっす!」

 ロトスの指差す先には、本陣内でもっとも大きく、螺鈿らでん細工で装飾された極めて豪奢ごうしゃな造りの幕舎があった。

 ロンバルドはシェスターと顔を見合わせ、呆れ返った。

「なんて愚かな。これでは将軍の居場所を教えているようなものではないか」

 これを聞いてロトスが、右手の人差し指を自らの唇に当ててささやくように言った。

「その通りだなっす。けんどもあまり大きな声で言ってはだめだなっす」

 ロトスにたしなめられて、ロンバルドも小声になった。

「ああ、すまん。しかしこれでは、君たち近衛兵の命がいくつあっても足りないじゃないか」

「その通りだなっす。この第七軍団で一番致死率が高いのが、近衛兵だなっす。将軍はとかく目立ちたがり屋なもんで、あんな派手な幕舎を張ってしまうたんめに、次から次へと敵さんが突撃して来るんだなっす。だもんで、わたすらが命を張って守らねばならないんだなっす。その間に、将軍閣下は後ろに逃げるんだなっす」

「なんだと!ゴルコス将軍は後ろに逃げるのか!奴は馬鹿で阿呆だとは聞いているが、少なくとも勇猛果敢で猪突猛進なのではないのか!?」

「はあ、突撃をかけるのは好きだなっす。でも命令をだすのは、いつも軍の一番後ろの方でだなっす」

「なんて奴だ!人の命をなんだと思っていやがる!」

 そこでシェスターが釘を刺す。

「お怒りは、ごもっとも。しかし今は一刻も早く、軍を散開させることが肝要です」

「そんなことは判っている!」

 ロンバルドは言い捨てると、二人を残し大股でずんずんと先へ進んで行った。

 取り残されたシェスターは、ロトスと顔を見合わせて苦笑するしかなかった。



 4


 きらびやかな螺鈿らでん細工で彩られた豪華な幕舎内からは、その美しい外観にそぐわない耳障りな濁声だみごえが鳴り響いていた。

 しかし大股で急ぎ闊歩かっぽするロンバルドは、そのをいささかも緩めず、問答無用とばかりに入り口の幕を勢いよく跳ね上げると、いざその中へと入っていった。

「失礼する!」

 ロンバルドの切り口上な挨拶に、それまで当たり構わず怒鳴り散らしていた濁声の男が、間髪かんはつれずに反応した。

「誰だ貴様は!この忙しい時に!とっとと失せろ!」

 ガマガエルのような顔つきのでっぷりと肥え太った男は、その愚鈍そうな容姿に反して、よく回る舌でロンバルドの進入を即座に拒んだ。

 しかしロンバルドは、予想していたとばかりに顔色一つ変えずに口上を述べた。

「私はヴァレンティン共和国のロンバルド・シュナイダー審議官です。この度の事変に伴い、特使として――」

「他国の者などに用は無いわ!とっとと失せい!」

 ゴルコスは聞く耳持たぬと言わんばかりに、ロンバルドの挨拶をけた。

 しかしそんなことでひるむロンバルドではない。すかさず、負けじと言い返す。

「そうはいきません。このエスタは係争地として周辺七カ国が預かっている地。そこへ土足で上がりこんだ以上は――」

「やっかましいわ!今はそんなことを言っている場合ではない!貴様は見ていないのか、あの化け物を!」

 ロンバルドは、一瞬ニヤリと口角を上げる。

「見ましたよ。あれは伝説の千年竜サウザンド・ドラゴンですな」

「貴様、なにを悠長に構えておるのだ!あの化け物、今はにっくきレイダム軍を襲っておるが、いつこちらへ向かって来るのかわからんのだぞ!」

「まったく同感ですな。奴がこちらを見つける前に、一刻も早く軍を散開させなくてはなりませんね」

「たわけたことを!」

「なにがたわけたことなのですか?」

「そんなことをしては、このわしを守る者が少なくなってしまうではないか!」

 その瞬間、ロンバルドは体内の全血液が沸騰するかのような感覚に包まれた。

 さらには全身の毛が逆立ち、心臓の鼓動が激しく打ち鳴らされる。

 ロトスの言い分は、正しかった。

 ロンバルドは、ゴルコスは将たる者の器ではないと今はっきりと悟り、と同時に怒りに大きく打ち震えた。

 だがそこで、なんとかロンバルドは踏みとどまった。

 怒りにまかせてゴルコスを怒鳴りつけたりは、しなかった。

 何故ならば、そんなことをしても何の解決にもならないと判っていたからだった。

 兵たちの無駄死にを、一人でも多く防ぐ。

 今ロンバルドに課せられた使命は、それだけであった。
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