転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~【改訂版】

マツヤマユタカ

文字の大きさ
46 / 91

第四十五話 秘策

しおりを挟む
 1


 雑多な人混みを掻き分け、ようやく本部へと帰り着いたロンバルドたちは、現状を把握するため最も見晴らしの良い見張り塔の最上階にいた。

「酷いな。なんて酷い有様だ」

 ロンバルドの嘆きに、シェスターが嘆息気味に応える。

「これはただの虐殺ですね。絶対的な強者による、逃れようのない絶望的な殺戮劇ですよ」

 シェスターの言葉通り、千年竜サウザンド・ドラゴンによる暴虐は、絶え間なくレイダム軍に襲い掛かっていた。

「お二人さん!ローエングリン軍が集結しているだなっす!」

 見張り塔の真下に陣を張るローエングリン軍を見たロトスの言葉を聞いて、ロンバルドたちもその陣容を眺めた。

 そして足下に広がる光景を見て、吐き捨てるようにロンバルドは言った。

「くそ!ゴルコスの奴、本当に軍を中央に集結させていやがる」

「これでは千年竜サウザンド・ドラゴンに襲ってくれと言っているようなものですね」

 シェスターの言を聞いた、人の良さそうな赤ら顔の小男は、大層困り顔でドタドタと音を立てて右往左往した。

「それは大変だなっす。どうしたらいいんだか、困ったなっすなあ」

 慌てふためくロトスを横目に、ロンバルドは諦め顔で半ば自分自身に言い聞かせるように言った。

「ロトス君、残念だがもはや我々に出来ることはもう、何もない」

 ロトスはそれを聞いてさらに激しく動揺し、先程よりも大きく右往左往した。

「そうだなっすなあ。でも助けたいんだなっすなあ。わたすたちが生きのびることは大事だけんども、あの人たちを見捨てることは出来ないんだなっすなあ。このままわたすたちが諦めたら、あの人たちは無駄死してしまうんだなあ。だからわたすたちは、諦めたらだめなんだなっすなあ」

 それを聞いたロンバルドは、豁然かつぜんとして大きく目を見開いた。

 次いでゆっくりと何度もうなずき、そして強い口調で言った。

「ロトス君の言うとおりだ!彼らをこのまま無駄死させるわけにはいかん!まだ何か手は残っているはずだ。決して最後まで諦めずに考えよう、彼らが一人でも多く生き残れる方策を!」

「ええ。そうですね。そうしましょう」

 ロンバルドの決意に応じたシェスターはそこで一旦言葉を区切り、次いでニヤリと微笑んだ。

「で、実は一つ良い手を思いつきまして。ただし、後々面倒なことになりそうな手なのですが、お二人共、覚悟はお有りですか?」

 シェスターの問いに、二人は力強くうなずいた。

「では決まりですね。やるとしましょう。ですが、成功するかどうかの保障は出来ませんよ?」

「ああ、もちろん構わない。この状況下で成功の保障を求めたりなどするものか。とにかく、まずは動くことだ。どうせ我々三人は、この状況を黙って見過ごすことの出来ない人間だ。ならば動くことだ。そして少しでもこの状況を変えてみせようじゃないか。何故ならばこんな状況は、あまりにも理不尽なのだからな!」


 2


 見張り塔を降りたロンバルドたちは、階下で待ち受ける監視員のエルネスに尋ねた。

「今回の事変のそもそものきっかけとなった、九月九日の未明に起きた小競り合いでは、ローエングリンにも死者が出たのだったな?」

 エルネスは手元のファイルを開き、ロンバルドに答えた。

「ローエングリン側の死者は、三名であります」

「で、その遺体は遺留品と共に、この本部へ運んだのだったな?」

「はい、そうです。遺体検分のために本部へ運びまして、医師に見てもらったのですが、残念ながら遺体の傷が生前のものか、それとも死後に付けられたものかは判明しませんでした」

「いや、傷のことはいいんだ。それよりも遺体は、今も本部にあるのかね?」

「腐敗しないように、本部地下に安置しておりますが、それがなにか?」

 エルネスの回答に満足げな表情を浮かべたロンバルドは、次いで口角を上げて不敵な笑みを湛えて言った。

「ああ、実はその遺体に用があって、な」


 3


「よいか!なにがあっても合図の狼煙のろしが上がるまでは、決して散開してはならんぞ!」

 ゴルコスの濁った怒声が、幕舎に響いていた。

 それを聞く全ての者がうんざりとした心持ちであったが、上官の手前でもあ、誰一人表情に出すものはいなかった。

「聞いておるのか!断じて散開してはならんぞ!よいな!」

 居並ぶ各部隊の部隊長たちは、それぞれの心中を押し殺して、一斉に声を合わせて返事をした。

「「「はっ!」」」

「よし!では出発じゃ!」

 言うなり、ゴルコスの醜く肥え太った身体が宙に浮いた。

 いや、正確にはゴルコスを乗せた輿こしを、四人の近衛兵たちが持ち上げた。

「ではな、くれぐれも狼煙が上がるまで、動くでないぞ」

 そう言い残し、ゴルコスは輿に乗ったままゆったりと幕舎を出て行った。

 心ならずもこうべを垂れてゴルコスを見送った部隊長たちは、皆この後に待ち受ける己と、己の部下たちの運命を思い、それぞれに深く嘆息した。

 何故ならばゴルコスの体重は、日頃の極端な不摂生により極度に重く、それを乗せる輿もまた実用性よりも華美に重きを置いた造りであり、大変に過重であった。

 そのためゴルコスが安全圏に逃げ切ったと判断する距離にまで移動するには、膨大な時間を要すると彼らには思われ、いざ散開の合図の狼煙が上がる頃には一人として息のある者などいないであろうことが簡単に想像出来たからだった。


 4


「ええい!もう少し速く移動できんのか?!」

 自らが極度の肥満体である上に、もっとも重い木材といわれる黒檀製の輿に乗っていながらも、そんなことなど一切考慮に入れずにゴルコスは無慈悲に言い放った。

「はっ、申し訳ございませんでっす。これが精一杯でございますでっす」

 輿を担ぐ四人の内のリーダー格と思われるものが、方言丸出しで苦しげに答えた。

「どういうことだ!これではいつもよりも遅いではないか!」

「はっ、一番の力自慢が見当たらず、代わりのものが担いでるっす」

「一番の力自慢じゃと?」

「はっ、アンヴィルのロトスでっす」

「ふん!貴様らは近衛兵とは名ばかりのただの輿の担ぎ手じゃ!力だけが自慢の田舎者の名前なぞ、このわしが一々憶えていられるか!むろん貴様もじゃ!」

「はっ……」

「ええい!誰であろうと構わん!とにかく急げ!急いで安全圏まで逃れるのじゃ!」

 その時、逃走するゴルコスの後方で小さな砂塵が舞い上がった。

 ゴルコスを警護する第十九近衛中隊の中でも最強との呼び声高い親衛隊三十名は、警護対象であるゴルコスを中心に円陣を敷いており、最後方を守っていた兵がその砂塵に気づき、大音声だいおんじょうで全隊に第一報をもたらした。

「後方より騎馬!」

 それを聞くや親衛隊は、瞬く間に後方警戒のために円陣を解き、輿の周りに四人だけを残して、後は全て後方にて二列の横陣を敷いて身構えた。

 そして先程の者が、砂塵を巻き上げ近づく騎馬の頭数を確認して第二報を告げた。

「三騎!」

 そしてさらに目を凝らして後方より迫り来る騎馬上の鎧兜を見極め、第三報を高らかに伝えた。

「我が軍の者です!」

 すると緊張の面持ちで警戒態勢を取っていた親衛隊の者たちは、途端に弛緩しかんし、緊張を解いた。

 しばらくして三騎の騎馬が、二列横陣を敷く親衛隊に追いつくと、彼らの前で立ち止まり、即座に下馬して官姓名を名乗ってゴルコスへの面会を乞うた。

 ゴルコスは地面に下ろされた輿の上で、さも不機嫌そうに言った。

「まったく、このわしの行軍を邪魔しおって。一体何の用じゃ?!ええい!早くこっちへ来んか!」

 ゴルコスの言葉を受け、親衛隊は道を空けて三人を通した。

 三人は急ぎ足で親衛隊の脇を抜けると、ゴルコスの面前に立った。

 そして先頭の者がやおら兜の面頬めんぼおを上げるなり、ゴルコスに用向きを告げた。

「いやなに、狼煙を上げようと思ってね」

 頑丈そうな造りの西洋式兜の奥には、不敵に笑うロンバルドの笑みがあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~

北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。 実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。 そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。 グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・ しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。 これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...