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第四十六話 狼煙は上がった
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「き、貴様は――」
面頬の奥の顔を覗き込んで驚くゴルコスが言い終えるのを待たずに、ロンバルドは腰に帯びた佩刀を電光石火に抜き放ち、その研ぎ澄まされた切っ先をその喉仏にスッと押し当てた。
「ひっ……」
ロンバルドの突然の登場と出し抜けの行動にゴルコスは恐慌に陥り、無様な引き入れ声を発したのを最後に完全に沈黙し、蝋で塗られたようにその場に固まった。
ゴルコスの身辺警護が主たる任務の親衛隊たちもまた、ロンバルドたちを味方の来訪と思い込み、一旦気を弛めてしまったがために即座の逆撃体勢を取ることが出来ず、わずか数秒間ではあったものの、呆然と時を過ごす結果となった。
その結果、ロンバルドの脇を固めていたシェスターとロトスは、そのわずか数秒の間にゴルコスの両脇に回りこんで万全の態勢を取ることに成功し、両者共に面頬を上げて満足げな顔を辺りに晒した。
「ロトス!アンヴィルのロトスでねえか!」
ロトスの赤ら顔を確認した担ぎ手の一人が驚きの声を上げた。そして他の担ぎ手たちも次々と「おお、本当だ。ロトスだ」などと口々に言った。
ロトスは赤ら顔をことさらに赤く染めて、照れくさそうにはにかんだ。
その時、これまで茫然自失といった有様だった親衛隊たちが、ようやく動き出した。
真っ先に状況を把握した親衛隊の隊長が突如として檄を飛ばし、我に返った隊員たちは瞬時に散らばって円陣を敷き、ロンバルドたちを瞬く間に包囲した。
だがロンバルドはそれを意に介さず、ゴルコスに向かって轟然と言い放つ。
「狼煙を上げてもらおう!」
ロンバルドの怒気を孕んだ声にたじろいだゴルコスは、そのガマガエルのような顔にだらだらと大粒の汗を浮き上がらせた。
しかしゴルコスは往生際悪く、必死になんとか誤魔化そうとした。
「な、何のことかな……」
「惚けるのは無しだ!」
「べ、別に惚けてなどいないが」
「やかましい!一刻が惜しい!問答無用!」
ロンバルドは言うなり、剣先をほんのわずか動かし、ゴルコスの喉にスーッと一筋の線を描いた。その線は初め淡いピンク色をしていたが、次第に所々に真っ赤な玉がポツポツと浮かび上がり、それが徐々に大きくなったかと思うと、やがて自らの重さに耐え切れなくなって静かに流れ落ちた。
「いーっ!」
ゴルコスは、たまらず無様な悲鳴を上げた。
「き、斬った!この私を斬りおった、将軍であるこの私を、枢機卿であるこの私を!」
「斬ったがどうした!部下を見棄て、あまつさえ盾にせんとするような輩を斬って、何が悪いというのか!」
「ぐっ!おい親衛隊!貴様ら、さっきからなにを黙って見ておるのじゃ!なんとかせい!」
「はっ!しかし……」
上官の命とはいえ、現状においては完全に劣勢であるため、隊長は言い澱んだ。
するとシェスターが、ゴルコスの耳元で冷たく言い放つ。
「現状を理解していないようですな。あなたが彼らを動かすのならば、すぐさまこの剣をあなたの身体に突き立てますが?」
シェスターはその手に握る鋭利な刃を、ゴルコスに見せ付けた。
「あっ、いや、動くな。動いては、ならん」
ロンバルドはゴルコスの馬鹿さ加減に心底呆れ返り、露骨に嫌そうな顔をしつつも、一刻を争う状況を鑑み、気を取り直して言った。
「いいか!もう二度と言わんぞ!今すぐに狼煙を上げよ!」
「貴様ら、こんなことをしてただで済むと思うなよ!いや、貴様らだけではない!貴様らの国ごと叩き潰してくれるわ!」
「二度と言わないと言ったはずだぞ!早くしろ!」
ロンバルドは言うなり、剣を握る手に力を込めた。
それを素早く察知したゴルコスが、大慌てで言った。
「の、狼煙を上げよ!」
「はっ!ただちに!」
隊長は待ってましたと言わんばかりの勢いで返答し、迅速に狼煙を上げるよう隊員たちに指示した。
指示を受けた隊員たちも、同様にてきぱきと無駄のない動きであるのを見て取ったロンバルドは、この場の敵が実はゴルコス唯一人であることを悟った。
「こんなところで、こんなところで散開などしたら、この私はどうなってしまうのだ」
「自分の身ぐらいは自分で守ることですね。あなたには本当の盾など、一人もいないのですから」
シェスターが冷笑交じりにゴルコスの耳元で囁いた。
「ぐぅ、どうすれば」
とその時、遥か対岸であらん限りの暴虐を繰り広げていた千年竜が、突如としてその巨体を優雅に翻し、ローエングリン軍目がけて突進し始めたのを見て、ロンバルドは叫んだ。
「急げ!奴が気付いた!」
だがそんなロンバルドの悲痛な叫びが言い終わる前に、一筋の希望が大空高く立ち昇った。
それは白くて長い尾をたなびかせ、どこまでも高く高く立ち昇っていった。
「任務完了いたしました!」
隊長が他の隊員たちと同様に満面の笑みを湛えながら、ゴルコスに向かって敬礼して報告した。
だがその報告がゴルコスに対してのものでないことは、誰の目にも明らかであった。
そしてそれはゴルコス本人にも判ったらしく、不愉快そうに顔を歪めて怒鳴り散らした。
「えーい、貴様ら!何を笑っておるのだ!この役立たずどもが!」
ゴルコスは憤懣やるかたないといった様子で、乗っている輿の上で思いっきり地団太を踏んだ。
遥か彼方を見れば、ローエングリン軍が四方八方に散開している。
ロンバルドはその様子を見て満足げにうなずくと、皮肉めいた笑みを浮かべつつ、絢爛豪華に彩られた自らの輿に今だ飽きもせず八つ当たりをして踏みつけているゴルコスに向かって言った。
「このようなところで遊んでいてもよいのですか、将軍閣下?」
その言葉にゴルコスが、ハッとした表情を見せた。
「おい、貴様ら!撤退だ!大至急、撤退するぞ!」
ゴルコスは大慌てで指示を出した。
それに伴い、担ぎ手たちが呼吸を合わせて、輿を持ち上げようとした。
だがその持ち上げる途中で、激しい音を立てながら輿の台座部分が突然抜け落ちた。
そのためゴルコスは、もんどりうって地面に倒れ込み、悲鳴を上げた。
「がっ!い、痛い!膝が!うう、肩もだ!ぐう」
輿から落ちた衝撃で、ゴルコスは膝や肩などを負傷したようだ。
「ぐぅ!な、何をしておる!わしを助けろ!」
ゴルコスは無様にもうつぶせの恰好で地面に倒れ込んでおり、自分ではどうにも起き上がれない様子だったため、担ぎ手たちが手を貸して助け起こした。
だがゴルコスの顔は土まみれとなっており、皆それを見て必死に笑いをこらえた。
「ぐう、わ、笑うな!」
ゴルコスは屈辱で顔を真っ赤にしながら、服の袖で顔を拭った。
そこでロンバルドが、ニヤリと口角を上げながら言った。
「これは困りましたな。どうやら輿が壊れてしまったようです。これでは到底逃げられませんな」
ゴルコス専用の豪華な意匠の輿は、ただでさえゴルコスの満々と肥え太った身体をこれまで支え続けてきた上に、先程台座の上で怒りに任せて地団太を踏んだことにより、ついに耐え切れなくなって壊れてしまった。
「お、おい!予備は?予備はないのか!」
ゴルコスは脂汗をかきながら、親衛隊隊長に慌てた様子で問いかけた。
だが隊長は、首を横に振るのみだった。
「ないのか!?おい、ならば馬を貸せ!誰か!馬だ!わしに馬を寄越せ!」
すると今度はシェスターが、口元に笑みを浮かべながら言った。
「いやあ、さすがに閣下をお乗せ出来るような頑丈な馬は見当たりませんな。閣下はでっぷりと肥え過ぎなのですよ。こうなったら、徒歩でお逃げなさるしかありますまい」
「ば、馬鹿を申せ!膝を!膝を怪我したのだぞ!とてもではないが、歩けるものか!」
「まあそこは、頑張るしかないでしょうね」
シェスターは肩をすくめて両手を広げながら、冷たく言い放った。
ゴルコスは尋常でないほど汗を滴らせ、周囲を見回した。
「お、おい、誰か、誰か、なんとかせい!おい、貴様、なんとか言ったらどうだ!」
ゴルコスは隊長に対して、必死で言い募った。
その時、シェスターが遥か遠くを指さしながら、白々しく大仰に芝居口調で言った。
「お、これはまずいぞ!千年竜がこちらに向かってくるようだ。これは逃げないといけないなあ」
シェスターに呼応して、ロンバルドがニヤリと口角を上げながら、同じく芝居口調で言った。
「ああ、本当だ。これはもう、逃げるしかあるまい。みんな、一目散に逃げるとしよう。決して振り返ることなく、脱兎のごとく逃げるんだ!」
ロンバルドがそう言うなり、担ぎ手の一人が逃げだした。
ゴルコスが慌ててその担ぎ手の手を掴もうとするも、出来ない。
「お、おい!何処へ行くつもりだ!貴様、戻れ!」
だがもうゴルコスの命令を聞く者は、この場には一人も居なかった。
他の担ぎ手たちも、次々に逃げ出した者の後を追って走り出す。
「ま、待て!このわしを置いていくつもりか!」
ロンバルドは走り去っていく担ぎ手たちの背中を見送ると、次いでまだ居残る親衛隊員たちに向き直った。
「おい、君らも逃げろ!命あっての物種だぞ!さあ、とっとと走り出せ!」
ロンバルドの号令を受け、隊員の一人が走り出した。そして馬に飛び乗るなり、手綱をしごいて脱兎の如く逃げ出した。
その後は雪崩を打ったように、皆その後を追った。それぞれ馬に跨り、後を振り向かずに逃げていく。
「お、おい!貴様ら!何処へ行く!このわしを置いていくつもりか!それでもわしの親衛隊か!」
ロンバルドは不敵な笑みを浮かべつつ、ゴルコスに向かって言う。
「閣下もさっさとお逃げなさい」
ゴルコスは、怒りに顔を紅潮させた。
「それが出来たらしているわ!おい、貴様ら、わしをどうするつもりだ!」
「どうするも何もありませんよ。お逃げなさいと言っているでしょう」
ロンバルドはそう言うと、最後に残ったシェスターとロトスに向かって言った。
「さあ、それでは我々も逃げるとしよう」
シェスターとロトスは笑みを浮かべてうなずいた。
と同時に、三人が一斉に走り出した。それぞれが駆ってきた馬に颯爽と跨るなり、馬腹を蹴る。
馬はそれに呼応して、素早く駆けだした。
「ま、待て!おい、待ってくれ!わしを、このわしをこんなところに置いていくなあ~~~~!」
ゴルコスの汚いだみ声が響く中、ロンバルドたちは地平の彼方に向かって一目散に駆けていった。
面頬の奥の顔を覗き込んで驚くゴルコスが言い終えるのを待たずに、ロンバルドは腰に帯びた佩刀を電光石火に抜き放ち、その研ぎ澄まされた切っ先をその喉仏にスッと押し当てた。
「ひっ……」
ロンバルドの突然の登場と出し抜けの行動にゴルコスは恐慌に陥り、無様な引き入れ声を発したのを最後に完全に沈黙し、蝋で塗られたようにその場に固まった。
ゴルコスの身辺警護が主たる任務の親衛隊たちもまた、ロンバルドたちを味方の来訪と思い込み、一旦気を弛めてしまったがために即座の逆撃体勢を取ることが出来ず、わずか数秒間ではあったものの、呆然と時を過ごす結果となった。
その結果、ロンバルドの脇を固めていたシェスターとロトスは、そのわずか数秒の間にゴルコスの両脇に回りこんで万全の態勢を取ることに成功し、両者共に面頬を上げて満足げな顔を辺りに晒した。
「ロトス!アンヴィルのロトスでねえか!」
ロトスの赤ら顔を確認した担ぎ手の一人が驚きの声を上げた。そして他の担ぎ手たちも次々と「おお、本当だ。ロトスだ」などと口々に言った。
ロトスは赤ら顔をことさらに赤く染めて、照れくさそうにはにかんだ。
その時、これまで茫然自失といった有様だった親衛隊たちが、ようやく動き出した。
真っ先に状況を把握した親衛隊の隊長が突如として檄を飛ばし、我に返った隊員たちは瞬時に散らばって円陣を敷き、ロンバルドたちを瞬く間に包囲した。
だがロンバルドはそれを意に介さず、ゴルコスに向かって轟然と言い放つ。
「狼煙を上げてもらおう!」
ロンバルドの怒気を孕んだ声にたじろいだゴルコスは、そのガマガエルのような顔にだらだらと大粒の汗を浮き上がらせた。
しかしゴルコスは往生際悪く、必死になんとか誤魔化そうとした。
「な、何のことかな……」
「惚けるのは無しだ!」
「べ、別に惚けてなどいないが」
「やかましい!一刻が惜しい!問答無用!」
ロンバルドは言うなり、剣先をほんのわずか動かし、ゴルコスの喉にスーッと一筋の線を描いた。その線は初め淡いピンク色をしていたが、次第に所々に真っ赤な玉がポツポツと浮かび上がり、それが徐々に大きくなったかと思うと、やがて自らの重さに耐え切れなくなって静かに流れ落ちた。
「いーっ!」
ゴルコスは、たまらず無様な悲鳴を上げた。
「き、斬った!この私を斬りおった、将軍であるこの私を、枢機卿であるこの私を!」
「斬ったがどうした!部下を見棄て、あまつさえ盾にせんとするような輩を斬って、何が悪いというのか!」
「ぐっ!おい親衛隊!貴様ら、さっきからなにを黙って見ておるのじゃ!なんとかせい!」
「はっ!しかし……」
上官の命とはいえ、現状においては完全に劣勢であるため、隊長は言い澱んだ。
するとシェスターが、ゴルコスの耳元で冷たく言い放つ。
「現状を理解していないようですな。あなたが彼らを動かすのならば、すぐさまこの剣をあなたの身体に突き立てますが?」
シェスターはその手に握る鋭利な刃を、ゴルコスに見せ付けた。
「あっ、いや、動くな。動いては、ならん」
ロンバルドはゴルコスの馬鹿さ加減に心底呆れ返り、露骨に嫌そうな顔をしつつも、一刻を争う状況を鑑み、気を取り直して言った。
「いいか!もう二度と言わんぞ!今すぐに狼煙を上げよ!」
「貴様ら、こんなことをしてただで済むと思うなよ!いや、貴様らだけではない!貴様らの国ごと叩き潰してくれるわ!」
「二度と言わないと言ったはずだぞ!早くしろ!」
ロンバルドは言うなり、剣を握る手に力を込めた。
それを素早く察知したゴルコスが、大慌てで言った。
「の、狼煙を上げよ!」
「はっ!ただちに!」
隊長は待ってましたと言わんばかりの勢いで返答し、迅速に狼煙を上げるよう隊員たちに指示した。
指示を受けた隊員たちも、同様にてきぱきと無駄のない動きであるのを見て取ったロンバルドは、この場の敵が実はゴルコス唯一人であることを悟った。
「こんなところで、こんなところで散開などしたら、この私はどうなってしまうのだ」
「自分の身ぐらいは自分で守ることですね。あなたには本当の盾など、一人もいないのですから」
シェスターが冷笑交じりにゴルコスの耳元で囁いた。
「ぐぅ、どうすれば」
とその時、遥か対岸であらん限りの暴虐を繰り広げていた千年竜が、突如としてその巨体を優雅に翻し、ローエングリン軍目がけて突進し始めたのを見て、ロンバルドは叫んだ。
「急げ!奴が気付いた!」
だがそんなロンバルドの悲痛な叫びが言い終わる前に、一筋の希望が大空高く立ち昇った。
それは白くて長い尾をたなびかせ、どこまでも高く高く立ち昇っていった。
「任務完了いたしました!」
隊長が他の隊員たちと同様に満面の笑みを湛えながら、ゴルコスに向かって敬礼して報告した。
だがその報告がゴルコスに対してのものでないことは、誰の目にも明らかであった。
そしてそれはゴルコス本人にも判ったらしく、不愉快そうに顔を歪めて怒鳴り散らした。
「えーい、貴様ら!何を笑っておるのだ!この役立たずどもが!」
ゴルコスは憤懣やるかたないといった様子で、乗っている輿の上で思いっきり地団太を踏んだ。
遥か彼方を見れば、ローエングリン軍が四方八方に散開している。
ロンバルドはその様子を見て満足げにうなずくと、皮肉めいた笑みを浮かべつつ、絢爛豪華に彩られた自らの輿に今だ飽きもせず八つ当たりをして踏みつけているゴルコスに向かって言った。
「このようなところで遊んでいてもよいのですか、将軍閣下?」
その言葉にゴルコスが、ハッとした表情を見せた。
「おい、貴様ら!撤退だ!大至急、撤退するぞ!」
ゴルコスは大慌てで指示を出した。
それに伴い、担ぎ手たちが呼吸を合わせて、輿を持ち上げようとした。
だがその持ち上げる途中で、激しい音を立てながら輿の台座部分が突然抜け落ちた。
そのためゴルコスは、もんどりうって地面に倒れ込み、悲鳴を上げた。
「がっ!い、痛い!膝が!うう、肩もだ!ぐう」
輿から落ちた衝撃で、ゴルコスは膝や肩などを負傷したようだ。
「ぐぅ!な、何をしておる!わしを助けろ!」
ゴルコスは無様にもうつぶせの恰好で地面に倒れ込んでおり、自分ではどうにも起き上がれない様子だったため、担ぎ手たちが手を貸して助け起こした。
だがゴルコスの顔は土まみれとなっており、皆それを見て必死に笑いをこらえた。
「ぐう、わ、笑うな!」
ゴルコスは屈辱で顔を真っ赤にしながら、服の袖で顔を拭った。
そこでロンバルドが、ニヤリと口角を上げながら言った。
「これは困りましたな。どうやら輿が壊れてしまったようです。これでは到底逃げられませんな」
ゴルコス専用の豪華な意匠の輿は、ただでさえゴルコスの満々と肥え太った身体をこれまで支え続けてきた上に、先程台座の上で怒りに任せて地団太を踏んだことにより、ついに耐え切れなくなって壊れてしまった。
「お、おい!予備は?予備はないのか!」
ゴルコスは脂汗をかきながら、親衛隊隊長に慌てた様子で問いかけた。
だが隊長は、首を横に振るのみだった。
「ないのか!?おい、ならば馬を貸せ!誰か!馬だ!わしに馬を寄越せ!」
すると今度はシェスターが、口元に笑みを浮かべながら言った。
「いやあ、さすがに閣下をお乗せ出来るような頑丈な馬は見当たりませんな。閣下はでっぷりと肥え過ぎなのですよ。こうなったら、徒歩でお逃げなさるしかありますまい」
「ば、馬鹿を申せ!膝を!膝を怪我したのだぞ!とてもではないが、歩けるものか!」
「まあそこは、頑張るしかないでしょうね」
シェスターは肩をすくめて両手を広げながら、冷たく言い放った。
ゴルコスは尋常でないほど汗を滴らせ、周囲を見回した。
「お、おい、誰か、誰か、なんとかせい!おい、貴様、なんとか言ったらどうだ!」
ゴルコスは隊長に対して、必死で言い募った。
その時、シェスターが遥か遠くを指さしながら、白々しく大仰に芝居口調で言った。
「お、これはまずいぞ!千年竜がこちらに向かってくるようだ。これは逃げないといけないなあ」
シェスターに呼応して、ロンバルドがニヤリと口角を上げながら、同じく芝居口調で言った。
「ああ、本当だ。これはもう、逃げるしかあるまい。みんな、一目散に逃げるとしよう。決して振り返ることなく、脱兎のごとく逃げるんだ!」
ロンバルドがそう言うなり、担ぎ手の一人が逃げだした。
ゴルコスが慌ててその担ぎ手の手を掴もうとするも、出来ない。
「お、おい!何処へ行くつもりだ!貴様、戻れ!」
だがもうゴルコスの命令を聞く者は、この場には一人も居なかった。
他の担ぎ手たちも、次々に逃げ出した者の後を追って走り出す。
「ま、待て!このわしを置いていくつもりか!」
ロンバルドは走り去っていく担ぎ手たちの背中を見送ると、次いでまだ居残る親衛隊員たちに向き直った。
「おい、君らも逃げろ!命あっての物種だぞ!さあ、とっとと走り出せ!」
ロンバルドの号令を受け、隊員の一人が走り出した。そして馬に飛び乗るなり、手綱をしごいて脱兎の如く逃げ出した。
その後は雪崩を打ったように、皆その後を追った。それぞれ馬に跨り、後を振り向かずに逃げていく。
「お、おい!貴様ら!何処へ行く!このわしを置いていくつもりか!それでもわしの親衛隊か!」
ロンバルドは不敵な笑みを浮かべつつ、ゴルコスに向かって言う。
「閣下もさっさとお逃げなさい」
ゴルコスは、怒りに顔を紅潮させた。
「それが出来たらしているわ!おい、貴様ら、わしをどうするつもりだ!」
「どうするも何もありませんよ。お逃げなさいと言っているでしょう」
ロンバルドはそう言うと、最後に残ったシェスターとロトスに向かって言った。
「さあ、それでは我々も逃げるとしよう」
シェスターとロトスは笑みを浮かべてうなずいた。
と同時に、三人が一斉に走り出した。それぞれが駆ってきた馬に颯爽と跨るなり、馬腹を蹴る。
馬はそれに呼応して、素早く駆けだした。
「ま、待て!おい、待ってくれ!わしを、このわしをこんなところに置いていくなあ~~~~!」
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