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第四十七話 波に揺られて
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「はあ、まったくもう、なんていうか、無茶苦茶だよ」
ガイウスは心底うんざりした様子で、傍らのロデムルに対して愚痴をこぼしていた。
ロデムルもまた苦渋に満ちた顔つきで、ガイウスに対して言葉を返す。
「はい、本当に困ったお方です。エメラーダ様に断りもなくダロスへ向かうなど、本当に良いものか。しかしながら、わたくしにはあの方に逆らう術はございませんで、坊ちゃま、誠に申し訳ございません」
「いや、それはいいんだ。母様には、ユリアを家に送るついでに託けしてくれるようジェイドに頼んだことだし、大丈夫だろうとは思うし」
ガイウスはアッバス行きの巨大な商船内の一室で、開け放たれた窓から入り込む柔らかな潮風に髪を撫でられながら、波に揉まれていた。
ヴァレンティン共和国の属州エルムールを発って一路西へ向かった一行は、メリッサ大陸南岸域一帯の各港を経由しつつさらに西進し続けた。そしてついに大陸西南端に到達したのだが、まだなお目的地には達していない。そこから今度は一路北上し、大陸西岸の各港をさらにいくつも経て、ようやく目的のダロス王国北西岸に位置する港町アッバスへたどり着くわけだが、それには実に二ヶ月もの月日を要した。
「実は、大事なことを忘れていたんだよ」
「と、申されますと?」
「実は、シュトラウスと初めて面会した時のことなんだけど、あいつらが『殿下』と呼ぶ人間が、何者かを探しているらしいんだけど、それがどうも僕じゃないかって話をしていたんだよ」
「坊ちゃまが、ですか?」
「その可能性がある、とかなんとか。しかももし本当にそうなら、恩賞は望みのままだって言っていたんだよ」
「それはさても面妖な」
「うーん、参ったなー、あいつらに聞くの忘れちゃったんだよなー」
「残念ながら、いまさら引き返すことも出来ません」
すると突然、大きな音を立てて扉が開き、カルラが傍若無人に室内へ入ってきた。
「お前たち、何の話をしていたんだい?」
ガイウスはばつが悪そうな顔をしながら、今していた話を改めてカルラにした。
するとカルラは口角をことさらに上げて、にやりと笑った。
「な~るほど。そういうことかい」
「あの~、なにがなるほどなんですか?」
「ふん、お前に教える筋合いはない!」
「ちょ、ちょっと僕の話じゃないですか!教える筋合いは無いっておかしい――」
「うるさい!お前たちは知らなくていい!今のところは、な」
カルラはそう言い残し、さっさと部屋を出て行った。
「なんだ、あれは!」
ガイウスは怒り心頭に発して怒鳴ったものの、その際喉の奥からこみ上げるものがあり、途端に青い顔をしてベッドに倒れこんだ。
「まずい、ロデムル。気持ちが、悪い……」
ガイウスはベッドに倒れ伏しながらアッバスまでの長い歳月を思い、深く、ただひたすらに深く嘆息し続けた。
2
しばらくすると、またも大きな音を立てて入り口ドアを開け放ち、カルラが勢いよく室内へと入ってきた。
「ふん!まったくだらしがないねえ!もうへばったのかい!」
カルラは、商船内に設えられた貴人用の船室備え付けのかなり豪華なベッドの上で死んだように倒れ伏すガイウスを、ベッド脇から冷たい視線で見下ろしながら、吐き捨てるように言った。
「……勘弁……して……くだ……さい……」
ガイウスはもはや虫の息といった様子で、とても弱々しげに呟いた。
「カルラ様、なんと申しましても坊ちゃまは、当年とっていまだ六歳でございます。なにとぞご容赦をお願い致します」
ロデムルは、ガイウスのおでこにあてるための濡れ布巾を、たっぷりの水で満たされた洗面器の上でぎゅっと固く絞りつつ言った。
「ふん!仕方がないねえ!今日のところは勘弁してやるが、明日からは必ず特訓を始めるからね!今日中に船酔いを治しておくんだ!いいね!」
カルラはそういい捨てると大股で室内を横切り、入り口ドアへとたどり着くなり、先ほど同様大きな音を立ててドアを閉めて部屋を出て行った。
「明日までになんて無理だよ、ロデムル……」
ガイウスが半目を開けたうつろな表情で切々と訴えるも、ロデムルはかける言葉も見当たらず、口をぎゅっと固く引き結んで瞑目し、ただうつむくのみであった。
「うう、殺されるう……」
ガイウスはまるで今際の際に残す遺言の如くそっと呟くと、静かにゆっくりと目を瞑り、深い眠りについた。
「はあ、まったくもう、なんていうか、無茶苦茶だよ」
ガイウスは心底うんざりした様子で、傍らのロデムルに対して愚痴をこぼしていた。
ロデムルもまた苦渋に満ちた顔つきで、ガイウスに対して言葉を返す。
「はい、本当に困ったお方です。エメラーダ様に断りもなくダロスへ向かうなど、本当に良いものか。しかしながら、わたくしにはあの方に逆らう術はございませんで、坊ちゃま、誠に申し訳ございません」
「いや、それはいいんだ。母様には、ユリアを家に送るついでに託けしてくれるようジェイドに頼んだことだし、大丈夫だろうとは思うし」
ガイウスはアッバス行きの巨大な商船内の一室で、開け放たれた窓から入り込む柔らかな潮風に髪を撫でられながら、波に揉まれていた。
ヴァレンティン共和国の属州エルムールを発って一路西へ向かった一行は、メリッサ大陸南岸域一帯の各港を経由しつつさらに西進し続けた。そしてついに大陸西南端に到達したのだが、まだなお目的地には達していない。そこから今度は一路北上し、大陸西岸の各港をさらにいくつも経て、ようやく目的のダロス王国北西岸に位置する港町アッバスへたどり着くわけだが、それには実に二ヶ月もの月日を要した。
「実は、大事なことを忘れていたんだよ」
「と、申されますと?」
「実は、シュトラウスと初めて面会した時のことなんだけど、あいつらが『殿下』と呼ぶ人間が、何者かを探しているらしいんだけど、それがどうも僕じゃないかって話をしていたんだよ」
「坊ちゃまが、ですか?」
「その可能性がある、とかなんとか。しかももし本当にそうなら、恩賞は望みのままだって言っていたんだよ」
「それはさても面妖な」
「うーん、参ったなー、あいつらに聞くの忘れちゃったんだよなー」
「残念ながら、いまさら引き返すことも出来ません」
すると突然、大きな音を立てて扉が開き、カルラが傍若無人に室内へ入ってきた。
「お前たち、何の話をしていたんだい?」
ガイウスはばつが悪そうな顔をしながら、今していた話を改めてカルラにした。
するとカルラは口角をことさらに上げて、にやりと笑った。
「な~るほど。そういうことかい」
「あの~、なにがなるほどなんですか?」
「ふん、お前に教える筋合いはない!」
「ちょ、ちょっと僕の話じゃないですか!教える筋合いは無いっておかしい――」
「うるさい!お前たちは知らなくていい!今のところは、な」
カルラはそう言い残し、さっさと部屋を出て行った。
「なんだ、あれは!」
ガイウスは怒り心頭に発して怒鳴ったものの、その際喉の奥からこみ上げるものがあり、途端に青い顔をしてベッドに倒れこんだ。
「まずい、ロデムル。気持ちが、悪い……」
ガイウスはベッドに倒れ伏しながらアッバスまでの長い歳月を思い、深く、ただひたすらに深く嘆息し続けた。
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しばらくすると、またも大きな音を立てて入り口ドアを開け放ち、カルラが勢いよく室内へと入ってきた。
「ふん!まったくだらしがないねえ!もうへばったのかい!」
カルラは、商船内に設えられた貴人用の船室備え付けのかなり豪華なベッドの上で死んだように倒れ伏すガイウスを、ベッド脇から冷たい視線で見下ろしながら、吐き捨てるように言った。
「……勘弁……して……くだ……さい……」
ガイウスはもはや虫の息といった様子で、とても弱々しげに呟いた。
「カルラ様、なんと申しましても坊ちゃまは、当年とっていまだ六歳でございます。なにとぞご容赦をお願い致します」
ロデムルは、ガイウスのおでこにあてるための濡れ布巾を、たっぷりの水で満たされた洗面器の上でぎゅっと固く絞りつつ言った。
「ふん!仕方がないねえ!今日のところは勘弁してやるが、明日からは必ず特訓を始めるからね!今日中に船酔いを治しておくんだ!いいね!」
カルラはそういい捨てると大股で室内を横切り、入り口ドアへとたどり着くなり、先ほど同様大きな音を立ててドアを閉めて部屋を出て行った。
「明日までになんて無理だよ、ロデムル……」
ガイウスが半目を開けたうつろな表情で切々と訴えるも、ロデムルはかける言葉も見当たらず、口をぎゅっと固く引き結んで瞑目し、ただうつむくのみであった。
「うう、殺されるう……」
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