81 / 153
第八十話 祈り
しおりを挟む
1
アベルは少しもじもじとした素振りながらも、すっきりとした表情で階下に降り立ち、皆に眩しい笑顔を振りまいた。
「よく眠れたかい?」
まずガイウスが、先陣切って話しかけた。
その言葉をアベルは噛んで含める様に自分の中に一旦飲み込み、一拍置いてちゃんと考えてから返答をした。
「ううん、あまり眠れなかった。眠ろうとしたけど駄目だった。でもまったく眠れなかった訳じゃない。だから、大丈夫」
皆アベルの言葉を、一言漏らさず、大事に自らの臓腑に染み渡らせるかのように聞いた。
ガイウスは、再びこの場の代表者のごとく声をかける。
「そう。とりあえずこっちにきて座りなよ」
ガイウスの言葉にアベルは力強くうなずき、ゆっくりと歩を進めてその隣に時間をかけてたどり着くと、はにかんだ笑顔を周りに振りまきながら座った。
そこへ宿の主人がそのタイミングを見計らっていたのか、料理を載せたお盆をアベルの目の前に、すっと差し出した。
たっぷりと脂の乗ったゲルカ牛のオーブンローストに、滋味あふれるレンゲ草のソテーを添えた熱々の鉄板皿。香ばしい香りが立ち込める、赤ちゃんのほっぺたのように柔らかそうな白パン。それにアベルの大好物のマタイ茶に砂糖をたっぷり加え、ゼリー状に冷やし固めたものに、カミル山羊の乳を泡立てたクリームを上に被せたデザートなど、実に豪華なお盆を目にし、アベルは驚嘆の笑みをこぼした。
主人は、その笑顔に対して少々不気味ににんまりと微笑み、昨日と変わらぬぶっきらぼうな口調でアベルに向かって言った。
「遠慮せずに食いな」
アベルは素直にうなずき、元気に笑顔で返事をした。
「いただきます!」
アベルは言うなり、さっそく目の前の豪華料理を片付ける作業に取り掛かった。
ガイウスたちはしばしその様子を、慈愛に満ちたまなざしでもって見守った。
そこへまた筋骨隆々な主人が、両手にお膳を一膳ずつ載せて軽々と運んできた。
「あんたたちも食べな」
再び主人はぶっきらぼうに言った。
ガイウスは、ロデムルと顔を見合わせ軽くうなずいた。
「いただきます」
二人は声を合わせるかのようにして言うと、すぐさま料理に取り掛かった。
2
「気をつけて行くんだよ。元気でね」
女将さんが名残惜しそうにアベルの亜麻色の髪を撫でながら、別れの挨拶をした。
アベルは、気丈にも快活に返事をした。
「うん!ありがとう」
たった一日だけの短い付き合いとはいえ、すでにアベルに情が移ってしまっていた女将さんは、目に涙を浮かべていた。
それを見て傍らの主人が、逞しく発達した丸太のような腕で女将さんをすっと抱き寄せた。
「それでは、これで失礼します。本当にお世話になりました」
ガイウスが丁寧に一礼しつつ、お礼の言葉を述べた。
「いいえ、大したこと出来なくてごめんなさいね」
女将さんの言葉に、ガイウスは大きくかぶりを振った。
「とんでもない。本当によくしてくださいました。ありがとうございます」
そう言って再び深く一礼すると、振り返ってロデムルに合図をした。
ロデムルはガイウスの両脇を持って抱え上げ、すでにアベルが跨る馬に乗せた。
次いでロデムルも宿屋の夫婦に一礼すると、別の馬に颯爽と跨った。
「ではご主人、女将さん本当にお世話になりました」
ガイウスが最後のお別れをすると、アベルもそれにならって最後の挨拶をした。
「お世話になりました。またね!」
「本当に気をつけて行くんだよ。それから、本当にまたおいでね!」
「うん!じゃあね!」
アベルが言うなり、ガイウスは馬腹を強く蹴った。
ガイウスたちを乗せた馬は力強く大地を蹴り、テーベへ向けて走り始めた。
次いでロデムルも馬腹を強く蹴り上げると、馬は勢いよく前へと駆け出し、ガイウスたちの後を追いかけた。
アベルは馬上より振り返って夫婦に向かって何時までも手を振り続け、夫婦もまた手を振り返し続けた。
そしてついに二頭の馬が見えなくなると、女将さんの目から涙が一滴零れ落ちた。
「大丈夫かしら、あの子……」
「強い子だった。だから、きっと大丈夫だろう」
「ならいいのだけれど……」
女将さんは右掌を胸の前に、左掌を額にかざすダロス教の祈りを神に捧げた。
「どうか神様、あの子たちをお守りください」
その時、朝の礼拝時間を告げる教会の鐘の音が、朝日に染まる町全体に鳴り響いた。
しかし女将さんは鐘の音が鳴ったことにも気付かないくらいに、アベルたちのために一心不乱にいつまでも祈りを捧げ続けた。
アベルは少しもじもじとした素振りながらも、すっきりとした表情で階下に降り立ち、皆に眩しい笑顔を振りまいた。
「よく眠れたかい?」
まずガイウスが、先陣切って話しかけた。
その言葉をアベルは噛んで含める様に自分の中に一旦飲み込み、一拍置いてちゃんと考えてから返答をした。
「ううん、あまり眠れなかった。眠ろうとしたけど駄目だった。でもまったく眠れなかった訳じゃない。だから、大丈夫」
皆アベルの言葉を、一言漏らさず、大事に自らの臓腑に染み渡らせるかのように聞いた。
ガイウスは、再びこの場の代表者のごとく声をかける。
「そう。とりあえずこっちにきて座りなよ」
ガイウスの言葉にアベルは力強くうなずき、ゆっくりと歩を進めてその隣に時間をかけてたどり着くと、はにかんだ笑顔を周りに振りまきながら座った。
そこへ宿の主人がそのタイミングを見計らっていたのか、料理を載せたお盆をアベルの目の前に、すっと差し出した。
たっぷりと脂の乗ったゲルカ牛のオーブンローストに、滋味あふれるレンゲ草のソテーを添えた熱々の鉄板皿。香ばしい香りが立ち込める、赤ちゃんのほっぺたのように柔らかそうな白パン。それにアベルの大好物のマタイ茶に砂糖をたっぷり加え、ゼリー状に冷やし固めたものに、カミル山羊の乳を泡立てたクリームを上に被せたデザートなど、実に豪華なお盆を目にし、アベルは驚嘆の笑みをこぼした。
主人は、その笑顔に対して少々不気味ににんまりと微笑み、昨日と変わらぬぶっきらぼうな口調でアベルに向かって言った。
「遠慮せずに食いな」
アベルは素直にうなずき、元気に笑顔で返事をした。
「いただきます!」
アベルは言うなり、さっそく目の前の豪華料理を片付ける作業に取り掛かった。
ガイウスたちはしばしその様子を、慈愛に満ちたまなざしでもって見守った。
そこへまた筋骨隆々な主人が、両手にお膳を一膳ずつ載せて軽々と運んできた。
「あんたたちも食べな」
再び主人はぶっきらぼうに言った。
ガイウスは、ロデムルと顔を見合わせ軽くうなずいた。
「いただきます」
二人は声を合わせるかのようにして言うと、すぐさま料理に取り掛かった。
2
「気をつけて行くんだよ。元気でね」
女将さんが名残惜しそうにアベルの亜麻色の髪を撫でながら、別れの挨拶をした。
アベルは、気丈にも快活に返事をした。
「うん!ありがとう」
たった一日だけの短い付き合いとはいえ、すでにアベルに情が移ってしまっていた女将さんは、目に涙を浮かべていた。
それを見て傍らの主人が、逞しく発達した丸太のような腕で女将さんをすっと抱き寄せた。
「それでは、これで失礼します。本当にお世話になりました」
ガイウスが丁寧に一礼しつつ、お礼の言葉を述べた。
「いいえ、大したこと出来なくてごめんなさいね」
女将さんの言葉に、ガイウスは大きくかぶりを振った。
「とんでもない。本当によくしてくださいました。ありがとうございます」
そう言って再び深く一礼すると、振り返ってロデムルに合図をした。
ロデムルはガイウスの両脇を持って抱え上げ、すでにアベルが跨る馬に乗せた。
次いでロデムルも宿屋の夫婦に一礼すると、別の馬に颯爽と跨った。
「ではご主人、女将さん本当にお世話になりました」
ガイウスが最後のお別れをすると、アベルもそれにならって最後の挨拶をした。
「お世話になりました。またね!」
「本当に気をつけて行くんだよ。それから、本当にまたおいでね!」
「うん!じゃあね!」
アベルが言うなり、ガイウスは馬腹を強く蹴った。
ガイウスたちを乗せた馬は力強く大地を蹴り、テーベへ向けて走り始めた。
次いでロデムルも馬腹を強く蹴り上げると、馬は勢いよく前へと駆け出し、ガイウスたちの後を追いかけた。
アベルは馬上より振り返って夫婦に向かって何時までも手を振り続け、夫婦もまた手を振り返し続けた。
そしてついに二頭の馬が見えなくなると、女将さんの目から涙が一滴零れ落ちた。
「大丈夫かしら、あの子……」
「強い子だった。だから、きっと大丈夫だろう」
「ならいいのだけれど……」
女将さんは右掌を胸の前に、左掌を額にかざすダロス教の祈りを神に捧げた。
「どうか神様、あの子たちをお守りください」
その時、朝の礼拝時間を告げる教会の鐘の音が、朝日に染まる町全体に鳴り響いた。
しかし女将さんは鐘の音が鳴ったことにも気付かないくらいに、アベルたちのために一心不乱にいつまでも祈りを捧げ続けた。
10
あなたにおすすめの小説
異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。
桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。
だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。
そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。
異世界転生 × 最強 × ギャグ × 仲間。
チートすぎる俺が、神様より自由に世界をぶっ壊す!?
“真面目な展開ゼロ”の爽快異世界バカ旅、始動!
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
【収納】スキルでダンジョン無双 ~地味スキルと馬鹿にされた窓際サラリーマン、実はアイテム無限収納&即時出し入れ可能で最強探索者になる~
夏見ナイ
ファンタジー
佐藤健太、32歳。会社ではリストラ寸前の窓際サラリーマン。彼は人生逆転を賭け『探索者』になるも、与えられたのは戦闘に役立たない地味スキル【無限収納】だった。
「倉庫番がお似合いだ」と馬鹿にされ、初ダンジョンでは荷物持ちとして追放される始末。
だが彼は気づいてしまう。このスキルが、思考一つでアイテムや武器を無限に取り出し、敵の魔法すら『収納』できる規格外のチート能力であることに!
サラリーマン時代の知恵と誰も思いつかない応用力で、地味スキルは最強スキルへと変貌する。訳ありの美少女剣士や仲間と共に、不遇だった男の痛快な成り上がり無双が今、始まる!
転生者は冒険者となって教会と国に復讐する!
克全
ファンタジー
東洋医学従事者でアマチュア作家でもあった男が異世界に転生した。リアムと名付けられた赤子は、生まれて直ぐに極貧の両親に捨てられてしまう。捨てられたのはメタトロン教の孤児院だったが、この世界の教会孤児院は神官達が劣情のはけ口にしていた。神官達に襲われるのを嫌ったリアムは、3歳にして孤児院を脱走して大魔境に逃げ込んだ。前世の知識と創造力を駆使したリアムは、スライムを従魔とした。スライムを知識と創造力、魔力を総動員して最強魔獣に育てたリアムは、前世での唯一の後悔、子供を作ろうと10歳にして魔境を出て冒険者ギルドを訪ねた。
アルファポリスオンリー
学生学園長の悪役貴族に転生したので破滅フラグ回避がてらに好き勝手に学校を魔改造にしまくったら生徒たちから好かれまくった
竜頭蛇
ファンタジー
俺はある日、何の予兆もなくゲームの悪役貴族──マウント・ボンボンに転生した。
やがて主人公に成敗されて死ぬ破滅エンドになることを思い出した俺は破滅を避けるために自分の学園長兼学生という立場をフル活用することを決意する。
それからやりたい放題しつつ、主人公のヘイトを避けているといつ間にかヒロインと学生たちからの好感度が上がり、グレートティーチャーと化していた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる