転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~【改訂版】

マツヤマユタカ

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第八十話 祈り

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 1


 アベルは少しもじもじとした素振りながらも、すっきりとした表情で階下に降り立ち、皆に眩しい笑顔を振りまいた。

「よく眠れたかい?」

 まずガイウスが、先陣切って話しかけた。

 その言葉をアベルは噛んで含める様に自分の中に一旦飲み込み、一拍置いてちゃんと考えてから返答をした。

「ううん、あまり眠れなかった。眠ろうとしたけど駄目だった。でもまったく眠れなかった訳じゃない。だから、大丈夫」

 皆アベルの言葉を、一言いちごん漏らさず、大事に自らの臓腑に染み渡らせるかのように聞いた。

 ガイウスは、再びこの場の代表者のごとく声をかける。

「そう。とりあえずこっちにきて座りなよ」

 ガイウスの言葉にアベルは力強くうなずき、ゆっくりと歩を進めてその隣に時間をかけてたどり着くと、はにかんだ笑顔を周りに振りまきながら座った。

 そこへ宿の主人がそのタイミングを見計らっていたのか、料理を載せたお盆をアベルの目の前に、すっと差し出した。

 たっぷりと脂の乗ったゲルカ牛のオーブンローストに、滋味あふれるレンゲ草のソテーを添えた熱々の鉄板皿。香ばしい香りが立ち込める、赤ちゃんのほっぺたのように柔らかそうな白パン。それにアベルの大好物のマタイ茶に砂糖をたっぷり加え、ゼリー状に冷やし固めたものに、カミル山羊の乳を泡立てたクリームを上に被せたデザートなど、実に豪華なお盆を目にし、アベルは驚嘆の笑みをこぼした。

 主人は、その笑顔に対して少々不気味ににんまりと微笑み、昨日と変わらぬぶっきらぼうな口調でアベルに向かって言った。

「遠慮せずに食いな」

 アベルは素直にうなずき、元気に笑顔で返事をした。

「いただきます!」

 アベルは言うなり、さっそく目の前の豪華料理を片付ける作業に取り掛かった。

 ガイウスたちはしばしその様子を、慈愛に満ちたまなざしでもって見守った。

 そこへまた筋骨隆々な主人が、両手にお膳を一膳ずつ載せて軽々と運んできた。

「あんたたちも食べな」

 再び主人はぶっきらぼうに言った。

 ガイウスは、ロデムルと顔を見合わせ軽くうなずいた。

「いただきます」

 二人は声を合わせるかのようにして言うと、すぐさま料理に取り掛かった。


 2


「気をつけて行くんだよ。元気でね」

 女将さんが名残惜しそうにアベルの亜麻色の髪を撫でながら、別れの挨拶をした。

 アベルは、気丈にも快活に返事をした。

「うん!ありがとう」

 たった一日だけの短い付き合いとはいえ、すでにアベルに情が移ってしまっていた女将さんは、目に涙を浮かべていた。

 それを見て傍らの主人が、逞しく発達した丸太のような腕で女将さんをすっと抱き寄せた。

「それでは、これで失礼します。本当にお世話になりました」

 ガイウスが丁寧に一礼しつつ、お礼の言葉を述べた。

「いいえ、大したこと出来なくてごめんなさいね」

 女将さんの言葉に、ガイウスは大きくかぶりを振った。

「とんでもない。本当によくしてくださいました。ありがとうございます」

 そう言って再び深く一礼すると、振り返ってロデムルに合図をした。

 ロデムルはガイウスの両脇を持って抱え上げ、すでにアベルが跨る馬に乗せた。

 次いでロデムルも宿屋の夫婦に一礼すると、別の馬に颯爽と跨った。

「ではご主人、女将さん本当にお世話になりました」

 ガイウスが最後のお別れをすると、アベルもそれにならって最後の挨拶をした。

「お世話になりました。またね!」

「本当に気をつけて行くんだよ。それから、本当にまたおいでね!」

「うん!じゃあね!」

 アベルが言うなり、ガイウスは馬腹を強く蹴った。

 ガイウスたちを乗せた馬は力強く大地を蹴り、テーベへ向けて走り始めた。

 次いでロデムルも馬腹を強く蹴り上げると、馬は勢いよく前へと駆け出し、ガイウスたちの後を追いかけた。

 アベルは馬上より振り返って夫婦に向かって何時までも手を振り続け、夫婦もまた手を振り返し続けた。 

 そしてついに二頭の馬が見えなくなると、女将さんの目から涙が一滴ひとしずく零れ落ちた。

「大丈夫かしら、あの子……」

「強い子だった。だから、きっと大丈夫だろう」

「ならいいのだけれど……」

 女将さんは右掌を胸の前に、左掌を額にかざすダロス教の祈りを神に捧げた。

「どうか神様、あの子たちをお守りください」

 その時、朝の礼拝時間を告げる教会の鐘の音が、朝日に染まる町全体に鳴り響いた。

 しかし女将さんは鐘の音が鳴ったことにも気付かないくらいに、アベルたちのために一心不乱にいつまでも祈りを捧げ続けた。
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