死神使役《ネクロマンサー》、現世《うつしよ》に惑う

マツヤマユタカ

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第2話 家族からの拒絶

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 やはりこの男は爽なのだ。だとしたら、その後ろで不安げな表情を浮かべている老女は――母だ。

 今俺は、二十年ぶりに家族と再会している。

 だがその光景は、想定を悪い意味で大きく逸脱していた。

 俺は意を決して爽に問いかけた。

「俺は……いや、『橘陣』は、母親の目の前で亡くなったのか?」

 爽は目を吊り上げて答える。

「そうだよ!兄は母さんの目の前で車にはねられて死んだんだ!即死だった!詐欺師だったらそれくらい調べてから来い!」

 違う。違う違う違う。

 俺は母の目の前で死んでなんかいないし、交通事故にも遭っていない。俺は人知れぬ森の中を彷徨さまよっている最中に、突然何者かによって転移させられたんだ。

 おかしい。全部間違っている。

「おい、とにかくそこにいろ。今警察を呼ぶからな!母さん!警察に電話を!」

 まずい。俺は咄嗟にそう思った。

 思った途端、きびすを返していた。

 過酷な戦いの日々の中でつちかった反応だ。ヤバいと思ったら何をおいても迷わず退却する。

 だがその俺の右腕を、爽が咄嗟に掴もうとした。

 俺はその手を、これまた反射的に払ってしまった。

「ぎゃっ!」

 俺はハッとして振り返った。

 爽が左腕を抱え込みながらうずくまっている。

 しまった。つい――

 見ると爽の左腕は、肘と手首の間で不自然に折れ曲がり、ぶらんと垂れ下がっていた。

 二十年もの闘いの日々の中で鍛え上げられた俺の払いを受けたのだ。爽の腕が、簡単に折れてしまうのも当然だった。

「ぐうぅ……」

 爽が痛みからうめき声を上げている。

 俺は突然のことに大いに焦り、右往左往した。

 こんなことはこの二十年なかったことだ。

 いや、最初の二、三年くらいはあったか。まだ転移してすぐの頃は戦闘はもちろん、何もかもに慣れていなかった。

 当然だ。俺は平和な日本に生まれたんだ。転移していきなり大活躍ってわけにはいかない。

 だから最初の数年は、驚きたじろぎ、あわてふためく毎日だった。

 だが、それから俺は成長した。日増しに落ち着きを得ていき、どんな危機にも冷静に対処できるようになっていった。

 そして魔王を倒し、勇者となった。

 だが今の俺は十数年前に逆戻りだ。あまりの意想外の出来事の連続に、混乱してしまっている。

 冷静さを取り戻せ。あの最後の魔王との戦いを思い出せ。

 俺はあの数時間にも及ぶ激闘の最中、一度だって冷静さを失わなかったはずだ。

 仲間がどんなに傷つき倒れても、俺は冷徹に判断をあやまたなかった。

 あの時を思い出せ。目の前の現状を把握し、落ち着いて対処をするんだ。

 今、弟の爽は右腕尺骨しゃっこつ橈骨とうこつの二本ともを骨折している。

 だが俺には回復系能力はない。そもそもこちらの世界で、あちらの能力が使えるかどうかもわからない。

 ならば、どうする。

「母さん!救急車を!爽が腕の骨を折った!」

 俺はこの世界での救護連絡の手段を持たない。ならば持っているであろう人物に頼めばいい。

 だが母は何事が起こったかわからず、先ほどの俺のように戸惑いうろたえていた。

「119番に連絡を!爽が痛がっている!」

 するとようやく母が動いた。老いているためゆっくりとだが、きびすを返して扉の向こうに消えていった。

 おそらく電話をしにいってくれたはずだ。

 俺はひとまず胸をなでおろした。確かに俺は弟の腕を骨折させてしまったが、その箇所は綺麗に折れているはずだ。

 その場合、回復は早い。骨がつながりやすいからだ。

 こちらの世界には治癒魔法はなくとも、現代医学がある。そして現代医学は優れているはずだ。きっと後遺症もなく、いずれ元通りになるはず。たぶんだけど……

 俺は一抹の不安はあったものの、この場にはもういられないと思った。

「すまなかった。お前を傷つけるつもりなんてなかった」

 爽は右腕を抱えてうずくまった姿勢から、俺を見上げて睨みつけた。

「お前にお前なんて言われる筋合いはない。この三流詐欺師が!ぐっ……」

 声を出せばわずかながらも身体が動く。まして激しく動けば腕にも振動が伝わってしまう。

 おそらく今、その振動により右腕に激痛が走ったのだろう。爽は顔を歪めてうつむいた。

「俺は行く。爽、母さんをよろしく頼む」

 俺はそう告げると、ゆっくりとその場を離れようと歩き出した。

 爽は痛みからだろうか、それ以上何も言葉を発しなかった。

 静寂な夜の闇の中を、俺はあてどもなく歩き続けた。

 懐かしのわが家を背にして、どこまでも静かに去っていく。

 頬を一筋、つーっと何かが流れ落ちた。

 思わず顔を上げ、夜空を見つめる。

 雲間にのぞ朧月おぼろづきが、相も変わらず俺をわらっていた。
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