魔法使いの日常

天使の羽衣

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秘密の箱と壊れかけた心

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 その日の朝、アリスは店の倉庫で古い箱を見つけた。
 魔道具の整理をしていたとき、埃をかぶった木箱が棚の奥から出てきたのだ。

「そういえば、これ……長いこと放っておいたなあ」

 手のひらほどの大きさで、ふたには小さな鍵穴がついている。
 表面には古い魔法文字が刻まれており、開けるには“持ち主の魔力”が必要だ。

「ねえリリィさん、ちょっと手伝ってみてくれる?」

「……私に?」

「うん。この箱、“心を映す鏡”って呼ばれてる魔道具なの。持ち主の記憶や感情に反応して、中に“必要なもの”を映すのよ」

 リリィは戸惑いながらもうなずいた。

 ふたに手をかざすと、指先から魔力がすぅっと吸い込まれる。すると、箱のふたがカチリと音を立てて開いた。

 中にあったのは、一冊の小さな日記帳だった。
 表紙には「リリィ」と、金の文字で書かれている。

「……どうして、こんなものが」

 リリィが震える声でつぶやく。

「これは、あなたの心が“必要としている記憶”を呼び出したのよ。自分でも忘れていた想いかも」

 リリィはそっと日記を開いた。
 中には、丁寧な字で、過去の出来事が綴られていた。

 ――お父さまに褒められた日。
 ――家庭教師に怒鳴られて泣いた日。
 ――初めて魔法を使おうとして、物を焦がしてしまった日。

「……これ、私が……」

「うん。たぶん、あなたがまだ“魔法を好きだった頃”の日記」

 リリィの手が止まる。ページの最後に、こんな一文があった。

 《私は、魔法を使うたびに、父の顔色を見てしまう。
 失敗したら怒られる。成功しても、褒められない。
 私は、魔法が好きだったはずなのに――怖くなってしまった》

 リリィは日記を閉じて、ぎゅっと抱きしめた。

「リリィさん……」

「……魔法なんて、嫌いだった。ずっと、そう思ってた。でも……ほんとは、ちがった」

 瞳が潤んでいた。アリスはその隣にそっと腰を下ろし、肩に手を置く。

「思い出せたのね。偉いわ」

「私……お父さまに“失敗作”って言われたことがあるの。“この子に魔法の素質はない”って。だから……ここに送られたの。きっと、諦めさせたくて」

 その声はかすれていた。けれど、はっきりと真実を語っていた。

 アリスはゆっくりうなずき、リリィの手を握る。

「魔法ってね、誰かに認められるためのものじゃないのよ。あなたが“好きだ”って思えるなら、それが一番大事」

「……好き、だった。今も……少しは、たぶん」

「うん、それでいいの。少しずつ、取り戻していこうね」

 リリィは小さくうなずいた。

 窓の外には午後の陽射しが差し込んでいた。
 日記帳は静かに閉じられたまま、二人の間にそっと置かれている。

 心を映したその箱が、きっと彼女の“再出発”を告げていた。
 
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