魔法使いの日常

天使の羽衣

文字の大きさ
6 / 15

初めての助ける魔法

しおりを挟む
 朝の光が窓から差し込む。アリスは紅茶を淹れながら、厨房の方から聞こえる音に耳をすませていた。

「……あら、もう起きたのね」

 カップを二つ用意していると、リリィがそろそろと顔を出した。まだ眠たげだが、昨日より表情が少し柔らかい。

「おはようございます……」

「おはよう。よく眠れた?」

「……うん、たぶん」

「今日は、外に出てみようかしら」

 リリィは驚いたように目を丸くする。

「外って……?」

「近くにね、小さな市場があるの。魔法薬の材料も買いたいし。いい気分転換になると思って」

 戸惑いつつも、リリィはうなずいた。

 ***

 市場には、活気ある声が飛び交っていた。果物や薬草、骨董品まで所狭しと並び、通りには焼き菓子の甘い香りが漂っている。

「すごい……」

 リリィが感嘆の声を漏らす。彼女にとって、こうして庶民の世界を歩くのは初めての経験だったのだろう。

「アリスさん、あれ……薬草?」

「そう。あれは『銀葉草』、解毒に使えるわよ。触ってみる?」

「……うん!」

 リリィは目を輝かせ、店主に声をかけた。表情は少しぎこちないが、どこか楽しそうだ。

 だがそのとき――。

「いたっ……!」

 小さな悲鳴が上がった。路地の隅で、幼い男の子が転んで泣いていた。足元にはこぼれた果物と、擦りむいた膝。

 リリィが思わず駆け寄った。

「大丈夫? どこが痛いの?」

「ひざ……痛い……!」

 アリスもすぐに駆けつける。だがリリィは、自分のポーチから小さな瓶を取り出した。

「これ……昨日アリスさんがくれた、治癒の軟膏……!」

 そっと膝に塗りこむ。すると赤くなっていた傷が、みるみるうちに薄くなっていく。

「……いたくない」

 男の子が目を見開いてつぶやいた。

 リリィは、ほっとしたように微笑んだ。

「よかった……」

 それを見ていたアリスが、ぽつりと言った。

「すごいじゃない。初めて“誰かのために”魔法を使えたわね」

「……私、怖かった。でも、あの子が泣いてたから、気づいたら動いてた」

「それが、本物の魔法よ。人のために動く魔法は、心が動く魔法なの」

 リリィはゆっくりと頷いた。

 帰り道、手に入れた薬草の束を抱えながら、リリィはぽつりとつぶやいた。

「……魔法って、少しだけ、好きかも」

 アリスは微笑んで、言葉を返す。

「少しでいいのよ。好きって気持ちは、魔法より強いものだから」

 夏の陽射しが二人を包む。

 小さな一歩は、確かに“魔法使いの日常”の中で芽吹いていた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

処理中です...