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3月1日、転勤判明したけど好き。
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「転勤、ですか……」
「うん。本発表出るまでは秘密な。久住さんにしか言ってないから」
入社して以来、ずっと憧れていた上司と自販機ブースの一角で二人きり。
笹倉さんはそう言って缶コーヒーを飲み干した。
頭の中が真っ白だ。
笹倉さんがいなくなるなんて……。
「さ、寂しいです……そんな……」
「はは。俺も」
「仕方ないけど……頭が追い付かないです……」
こんなこと笹倉さんに言ったってどうにもならないのに。
寂しさが溢れてしまう。
「久住さんも頼もしくなってきたし、俺がいなくても仕事はちゃんと回るよ。安心して」
仕事は……どうにでもなるのかもしれない。
でも、オフィスに笹倉さんがいないことが考えられない。
「本当に成長したよな。俺も安心して行けるよ」
いつになく優しい声で諭されて、それが逆に現実なのだと思い知らされた。
久住奏美、27歳。
笹倉マネージャー、30歳。
異動通知日まで、あと一週間。
3月。繁忙期なのに、仕事に集中できない。
何もなかったように働いている笹倉さんを見ては、胸がぎゅっと切なくなる。
個人的な話で集中力を欠いている、こんな私のどこが成長したと言うのだろう。
「久住さん。案件の進捗どうなってる?」
笹倉さんからふいに確認が入り、慌ててデータを探す。
「……あっ、えっと……今出します」
「どうしたんだよ、ぼんやりして。寝不足か?」
からかうように笑う笹倉さんの前で、いつものようには笑えなかった。
出したデータを見てもらいながら、仕事に集中するため心を正す。
切れ長の伏せた睫毛に見惚れる。
笹倉さんは、私のことなんて何とも思ってないだろうけど――。
……だめだ。
やっぱり私、この人が好き。
ここからいなくなるなんて、もう簡単には会えないなんて耐えられない。
笹倉さんの視線がタブレットから私に移った。
表情は柔らかい。
ますます好きになってしまう。
「ありがと。完璧! パーフェクト」
「ふふっ、めっちゃ褒めてくれますね」
「思ったことはちゃんと言っておこうと思って。言い残して行くのは嫌だからな」
私にしか聞こえないほどの声量で、でもはっきりと聞こえて。
いなくなってしまう実感が嫌でも深まって、悲しくなった。
「うん。本発表出るまでは秘密な。久住さんにしか言ってないから」
入社して以来、ずっと憧れていた上司と自販機ブースの一角で二人きり。
笹倉さんはそう言って缶コーヒーを飲み干した。
頭の中が真っ白だ。
笹倉さんがいなくなるなんて……。
「さ、寂しいです……そんな……」
「はは。俺も」
「仕方ないけど……頭が追い付かないです……」
こんなこと笹倉さんに言ったってどうにもならないのに。
寂しさが溢れてしまう。
「久住さんも頼もしくなってきたし、俺がいなくても仕事はちゃんと回るよ。安心して」
仕事は……どうにでもなるのかもしれない。
でも、オフィスに笹倉さんがいないことが考えられない。
「本当に成長したよな。俺も安心して行けるよ」
いつになく優しい声で諭されて、それが逆に現実なのだと思い知らされた。
久住奏美、27歳。
笹倉マネージャー、30歳。
異動通知日まで、あと一週間。
3月。繁忙期なのに、仕事に集中できない。
何もなかったように働いている笹倉さんを見ては、胸がぎゅっと切なくなる。
個人的な話で集中力を欠いている、こんな私のどこが成長したと言うのだろう。
「久住さん。案件の進捗どうなってる?」
笹倉さんからふいに確認が入り、慌ててデータを探す。
「……あっ、えっと……今出します」
「どうしたんだよ、ぼんやりして。寝不足か?」
からかうように笑う笹倉さんの前で、いつものようには笑えなかった。
出したデータを見てもらいながら、仕事に集中するため心を正す。
切れ長の伏せた睫毛に見惚れる。
笹倉さんは、私のことなんて何とも思ってないだろうけど――。
……だめだ。
やっぱり私、この人が好き。
ここからいなくなるなんて、もう簡単には会えないなんて耐えられない。
笹倉さんの視線がタブレットから私に移った。
表情は柔らかい。
ますます好きになってしまう。
「ありがと。完璧! パーフェクト」
「ふふっ、めっちゃ褒めてくれますね」
「思ったことはちゃんと言っておこうと思って。言い残して行くのは嫌だからな」
私にしか聞こえないほどの声量で、でもはっきりと聞こえて。
いなくなってしまう実感が嫌でも深まって、悲しくなった。
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