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1.我が家の天使フローラ

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「イザベルお姉様!わたしも一緒にお話ししたいです!」
 突如、五歳の妹のフローラが、婚約者との定例のお茶会の席に飛び込んできた。



 色とりどりの花が咲き誇るナルトリア公爵家自慢の庭園の一角に設けられたテーブルには、様々なお茶菓子と紅茶が用意されている。
 しかし、華やかな風景とは裏腹に、ナルトリア公爵の長女イザベルとその婚約者である王太子マリオンの間には、会話がない。
 鳥の声と葉音だけが聞こえてくる場に突如現れた闖入者。いつもは貼り付けたような笑みを浮かべているマリオンの目が見開いている。


 フローラは薄茶色のふわふわとした柔らかそうな髪をツインテールにして、新緑の大きな瞳を輝かせている。

 天使とはフローラみたいな感じじゃないかと思えるほど、可愛らしい。
 
 母親似のフローラに対して、イザベルは父親に似ていて、銀髪に紫紺の瞳の寒色の組み合わせで、顔立ちが整っていると言われるものの、少し吊り目がちで、気が強そうで冷たそうな印象だ。

 二人を比べたら、どっちがいいかなんて、訊かなくても分かる。




 一か月ほど前、フローラは足を滑らせて階段から落ちてしまい、三日間意識が戻らなかったことがある。
 幸いにも、跡が残るような怪我では無かったが、頭を打ったのか、それから性格が少し変わってしまった。
 
 前のフローラは自分の可愛いさをしっかり理解していて、どうすれば周りの愛情を得られるか本能的に知っている小悪魔的性格だったのだ。

 天使のような外見とは裏腹に、イザベルの物を無垢な笑顔で巧みに奪っていく。

 三歳年下の妹に強くも言えず、結局いつも「仕方ないわね」と譲ることになる。
 なんだかんだ言っても、イザベルも天使の笑顔には勝てないのだ。

 そのフローラが階段から落ちて、目覚めると
「今まで、わがままばっかり言ってごめんなさい」
 と言って、イザベルから取っていった髪飾りやブローチやクマのぬいぐるみなどを持って、部屋にやって来た。
 
「これから心を入れ替えるので、許してもらえますか?」
 可愛らしいうるうるした瞳を向けられて、嫌だと言える訳がない。

「優しいイザベルお姉様を絶対、悪役令嬢なんかにはさせません!」
 フローラの可愛らしさに内心悶えながら許すと、こう謎の宣言をされたのだ。
 

 え?
 わたくしが悪役令嬢?
 悪役って、悪いことするイメージよね。
 ???

 何のことか全く理解できないけど、まぁ、五歳の子どもの考えることだから、絵本か何かの影響なんだろう。

「何かよく分からないけど、よろしくね?」
 疑問に思いながらも笑顔を向けると、フローラは小さな手で拳を作って元気よく返事をしてくれた。
「はい!任せてください!」

 我が家の天使、尊い…





「申し訳ありません!フローラお嬢様!お邪魔してはいけませんよ」
 フローラがお茶会に乱入したのを知ったのか、執事が慌てて、フローラを回収しにやって来た。

 それを聞いたフローラは、うるうるした大きな瞳をマリオンとイザベルに向ける。
「お邪魔ですか?」


 全くもって盛り上がっていない婚約者同士の交流とはいえ、妹のフローラを参加させるのどうなのかと、マリオンの顔を窺う。

「……構わないよ。小さなお姫様」
 
 あの貼り付けたような笑顔か、面白くなさそうな無表情しか見たことのないマリオンが、くすりと笑った。

 あまりの尊さに気を失いそうになるが、この笑顔を脳裏に焼き付けないと。
 

 マリオンとイザベルの婚約は親同士が決めた政略的なものだ。
 ナルトリア公爵を第一王子であるマリオンの後ろ盾にする為に結ばれたのだ。
 
 もちろん、本人たちの気持ちなど関係ない。

 マリオンは艶やかな黒髪に紺碧の瞳を持つ、美少年で、頭脳明晰の上、運動神経もいい文武両道の王子。
 多くの令嬢たち同様、イザベルもマリオンに憧れていたから、婚約が決まった時は嬉しかったけれど、マリオンはそうではない。

 初っ端の顔合わせから、貼り付けたような笑みを浮かべてはいるものの、つまらなさそうな顔をしていた。
 元々口下手なこともあるが、大好きなマリオンの前だと緊張して顔が引き攣り、いつも以上に上手く話すことができず、マリオンの話に上手く返すことができなかったのだ。

 次こそ挽回しようと頑張ったけれど、空回りするばかりで、今に至るまで話が弾んだことがない。


 執事に席を用意してもらって、御満悦でクッキーに手を出す我が家の天使。

「マリオン殿下はお姉様の宝物って知ってますか?」
 にこにこ笑いながら、フローラが変なことを言い出した。
「知らないよ。どんな物なの?」
 いつもは素っ気ない態度のマリオンも天使のフローラには優しく問い返す。

「えーとね、マリオン殿下からもらった髪飾りとかマリオン殿下からもらったブローチとかマリオン殿下からもらったお花を押し花にした栞とかをね、宝箱に入れて大事にしてるの。特に髪飾りとブローチは大切にしてて、宝箱を開けては毎日眺めてるの」
 にこにこと告げるフローラの顔には悪気などこれっぽっちもない。

「わー!!」
 一方イザベルはフローラの恥ずかしい暴露に、思わず大きな声を出したが、マリオンに聞こえてしまったらしく、イザベルの顔を食い入るように見つめてくる。

 マリオンから頂いた物を使うのが勿体無くて、箱にしまってうっとりと眺めてるのを、よりによって本人にバラされてしまった。

 紅潮しているであろう顔を隠すように伏せたが、恥ずかしさは無くならない。


「…そんなに大事にしてくれてたんだ。ありがとう。でも、眺めるだけではなくて、身につけてくれると嬉しいな」
 初めて聞くような優しい声音に、恐る恐る顔を上げると、いつもとは違う、はにかむような笑顔のマリオンと目があった。

「!?はっはい!」
 鼻血が出そうになるのを必死に我慢しながら、横を向くと天使の微笑みを浮かべて頷くフローラがいた。
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