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婚約破棄されて意識を失った気弱な令嬢の体に憑依してしまったから、やり返してやろう
後編
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私の変貌振りについて来られない男と、私が今までの娘じゃないことに気付いた、目が大きくて可愛い女。
「でたらめを!」
「でたらめ?え、貴方本当に何も知らないの?自分の家の歴史を?」
この娘の婚約者は、額に脂汗を浮かべながら、周囲を見回す。もちろん知らない人もいるけれど、知っている人だっている。
あの女の一族は、妃殺しの一件を無かったことにしたかったのは解る。でもね、歴史と伝統を重んじる貴族にとって百年って、つい最近の出来事よ。
この娘の婚約者の腕に抱かれて、こちらを見下していた女は、少しだけ体を離した。
そんなことをしても、遅いんだけど。
「恩赦で出仕できるようになったって言うのに、また王家に対してこんな態度を取るなんて。貴方の実家、どれほど王家のことを軽んじているの?王家の方々が寛大から、今回も許してもらえるとでも?」
「ぐっ……そんな……つもり……」
「だから新年の王家主催で、全ての貴族が集まるパーティーで、こんなことをするなんて、自殺願望があるとしか思えないわ。そして私は自殺願望がないから、婚約破棄は喜んでお受けします」
「いや!待て!」
悲鳴じみた声で、待てと叫ぶ元婚約者に、
「貴方と早々に縁を切りたいから、破棄を受け入れるって言ってるの。婚約者ではなく浮気相手をエスコートするだけでは飽き足らず、王族の前で婚約破棄宣言をするような家とは早々に縁を切りたいの。解る?婚約解消とか白紙に戻すとか、そういう話し合いすらしたくないの。私の名誉が傷付いてもいいから、貴方の家とは離れると判断したの。だから、待てだなんて言わないで下さらない」
何度も言うけれど、王家主催のパーティーで、これはない。私を殺したあの女のほうが、まだマシといったレベル。
あれは後宮での出来事だし、王家の催し物の最中でもなかったし、なにより私も悪かった。もちろん、同じ状況になったら、同じ事をするのだけども。
「み、みんなの、前で婚約を、破棄したら……絶対に……」
先ほどよりも更に大量に浮かぶ脂汗と、それに比例するかのようにかさつく唇。そして緊張で乾いた口内。意気揚々とこの娘に婚約破棄を告げていた時のような、声の張りはなくなっている。
「近寄らないで下さらない」
私はそれだけ言って、この娘の両親の所へと戻った。
両親もどうして良いのか解らないようだ。この娘に似て鈍いというか、なんと言うか。
「王家主催のパーティーで、あんなことをしでかすような男と、やり直せなどとは言いませんよね?お父様、お母様」
二人は弾かれたように頷いた。
この娘の記憶では、娘は何度か両親に婚約者が浮気をしているから、どうにかして欲しいと頼んだものの「結婚前の火遊び」「夫の浮気ぐらいで、慌てふためいてはいけません」「気にしすぎだ」など、貴族令嬢なら誰も一度は聞いたことがある言葉を、おざなりに掛けられるだけで、真剣には聞いて貰えていなかった。
「あ、ああ……」
父親は何とか声を絞り出しているような状態。
「私が相談を持ちかけた時に、もっとしっかり聞いて下さって、早めに判断を下していたら、このような場で悪い意味で注目を集めずに済んだのに。反省なさってくださいね、お父様」
この娘同様、そんなに注目を浴びることが、得意ではないこの娘の両親は、私に言われて周囲の視線に気付き、俯いてしまった。
私はこの程度の視線は慣れたもの。
私と婚約者の婚約破棄で、一度場が白けたが、なんとかパーティーは続行された。王家主催のパーティーなので、最後までしっかりと会場に残るしかない。
渦中の人となった私は、下世話な好奇心から声を掛けてくる、この娘の知り合いに答えた。いつものように見下して話し掛けてきた相手には、どちらが上か解らせるように。
「あんな凄い女だって知ってたら、ちょっかい出さなかった……」
少し離れたところで、人目は避けているが避けきれていない、この娘の婚約者とその両親、そしてこの娘の両親と、目が可愛い女の両親が、ぼそぼそと話し合っている中、もっとも若い女の声で、そう聞こえてきた。
――――――
王家のパーティーの汚点になった今回の出来事だが、騒ぎを起こしたこの娘の婚約者の実家と、あの女の実家に対し、王家側は罰を与えなかった
(王家は余程怒っているみたいね)
「そうなの?」
あのパーティーの最中、この娘は意識を取り戻さなかったので、私はそのまま王宮を後にすることになった。
いままで王宮から出られなかったので、王宮を出ようとしたら、この娘から出られると思って。
私だっていつまでもこの娘に取り憑いているつもりはなかったのだけれど、なんと王宮から簡単に出られた。
そして、
(当たり前よ。罰を与えられたら償えるけれど、罰を与えられないということは、償えない。すなわち許すつもりがないってことよ。王家が許さない相手と、交友を結び続ける家なんていないわ)
「そ、そう……なの」
この娘の意識が戻っても、私はこの娘の体から出られないどころか、何故か会話までできるようになった。
(まあ、幸い貴女の家には、御言葉が貰えたらから、お咎めなしよ。良かったわね)
「本当なの?」
(本当よ。この私の言うことが、信じられないと)
「ち、違うんだけ、ど……」
このおどおどした気弱な娘は、かなり苛つくけれど、百数十年振りに王宮の外へと出られたのは嬉しい。
(外を満喫したら、満足して昇天するかもしれないから、精々私に付き合いなさい)
「はい」
(さあ、観劇に向かうわよ)
「わ、わか、りました」
あの女の子孫の一族が没落するのを眺めつつ、私は久しぶりの外を満喫することにした。
「でたらめを!」
「でたらめ?え、貴方本当に何も知らないの?自分の家の歴史を?」
この娘の婚約者は、額に脂汗を浮かべながら、周囲を見回す。もちろん知らない人もいるけれど、知っている人だっている。
あの女の一族は、妃殺しの一件を無かったことにしたかったのは解る。でもね、歴史と伝統を重んじる貴族にとって百年って、つい最近の出来事よ。
この娘の婚約者の腕に抱かれて、こちらを見下していた女は、少しだけ体を離した。
そんなことをしても、遅いんだけど。
「恩赦で出仕できるようになったって言うのに、また王家に対してこんな態度を取るなんて。貴方の実家、どれほど王家のことを軽んじているの?王家の方々が寛大から、今回も許してもらえるとでも?」
「ぐっ……そんな……つもり……」
「だから新年の王家主催で、全ての貴族が集まるパーティーで、こんなことをするなんて、自殺願望があるとしか思えないわ。そして私は自殺願望がないから、婚約破棄は喜んでお受けします」
「いや!待て!」
悲鳴じみた声で、待てと叫ぶ元婚約者に、
「貴方と早々に縁を切りたいから、破棄を受け入れるって言ってるの。婚約者ではなく浮気相手をエスコートするだけでは飽き足らず、王族の前で婚約破棄宣言をするような家とは早々に縁を切りたいの。解る?婚約解消とか白紙に戻すとか、そういう話し合いすらしたくないの。私の名誉が傷付いてもいいから、貴方の家とは離れると判断したの。だから、待てだなんて言わないで下さらない」
何度も言うけれど、王家主催のパーティーで、これはない。私を殺したあの女のほうが、まだマシといったレベル。
あれは後宮での出来事だし、王家の催し物の最中でもなかったし、なにより私も悪かった。もちろん、同じ状況になったら、同じ事をするのだけども。
「み、みんなの、前で婚約を、破棄したら……絶対に……」
先ほどよりも更に大量に浮かぶ脂汗と、それに比例するかのようにかさつく唇。そして緊張で乾いた口内。意気揚々とこの娘に婚約破棄を告げていた時のような、声の張りはなくなっている。
「近寄らないで下さらない」
私はそれだけ言って、この娘の両親の所へと戻った。
両親もどうして良いのか解らないようだ。この娘に似て鈍いというか、なんと言うか。
「王家主催のパーティーで、あんなことをしでかすような男と、やり直せなどとは言いませんよね?お父様、お母様」
二人は弾かれたように頷いた。
この娘の記憶では、娘は何度か両親に婚約者が浮気をしているから、どうにかして欲しいと頼んだものの「結婚前の火遊び」「夫の浮気ぐらいで、慌てふためいてはいけません」「気にしすぎだ」など、貴族令嬢なら誰も一度は聞いたことがある言葉を、おざなりに掛けられるだけで、真剣には聞いて貰えていなかった。
「あ、ああ……」
父親は何とか声を絞り出しているような状態。
「私が相談を持ちかけた時に、もっとしっかり聞いて下さって、早めに判断を下していたら、このような場で悪い意味で注目を集めずに済んだのに。反省なさってくださいね、お父様」
この娘同様、そんなに注目を浴びることが、得意ではないこの娘の両親は、私に言われて周囲の視線に気付き、俯いてしまった。
私はこの程度の視線は慣れたもの。
私と婚約者の婚約破棄で、一度場が白けたが、なんとかパーティーは続行された。王家主催のパーティーなので、最後までしっかりと会場に残るしかない。
渦中の人となった私は、下世話な好奇心から声を掛けてくる、この娘の知り合いに答えた。いつものように見下して話し掛けてきた相手には、どちらが上か解らせるように。
「あんな凄い女だって知ってたら、ちょっかい出さなかった……」
少し離れたところで、人目は避けているが避けきれていない、この娘の婚約者とその両親、そしてこの娘の両親と、目が可愛い女の両親が、ぼそぼそと話し合っている中、もっとも若い女の声で、そう聞こえてきた。
――――――
王家のパーティーの汚点になった今回の出来事だが、騒ぎを起こしたこの娘の婚約者の実家と、あの女の実家に対し、王家側は罰を与えなかった
(王家は余程怒っているみたいね)
「そうなの?」
あのパーティーの最中、この娘は意識を取り戻さなかったので、私はそのまま王宮を後にすることになった。
いままで王宮から出られなかったので、王宮を出ようとしたら、この娘から出られると思って。
私だっていつまでもこの娘に取り憑いているつもりはなかったのだけれど、なんと王宮から簡単に出られた。
そして、
(当たり前よ。罰を与えられたら償えるけれど、罰を与えられないということは、償えない。すなわち許すつもりがないってことよ。王家が許さない相手と、交友を結び続ける家なんていないわ)
「そ、そう……なの」
この娘の意識が戻っても、私はこの娘の体から出られないどころか、何故か会話までできるようになった。
(まあ、幸い貴女の家には、御言葉が貰えたらから、お咎めなしよ。良かったわね)
「本当なの?」
(本当よ。この私の言うことが、信じられないと)
「ち、違うんだけ、ど……」
このおどおどした気弱な娘は、かなり苛つくけれど、百数十年振りに王宮の外へと出られたのは嬉しい。
(外を満喫したら、満足して昇天するかもしれないから、精々私に付き合いなさい)
「はい」
(さあ、観劇に向かうわよ)
「わ、わか、りました」
あの女の子孫の一族が没落するのを眺めつつ、私は久しぶりの外を満喫することにした。
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