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2章 王宮
29.初戦闘
しおりを挟む「こんにちは。突然来てごめんな、俺たちは怪しい奴じゃないよ」
不安そうな表情を浮かべる少女を安心させるように、笑顔でそう伝える。突然来たから、びっくりさせちゃったかな。申しわけない。
それにしても、とリオの妹を改めて見る。
……めちゃくちゃリオに似てるな。大きな瞳はリオと同じきれいな翡翠色。髪はオレンジと茶が混ざったような色で、肩に届かないぐらいの長さだ。
十二歳ぐらいかな。かわいい兄妹だなー。
「スズさま、この子が僕の妹です。名前は、ミリアっていいます」
「はじめまして、ミリアちゃん。可愛い名前だな」
リオが紹介してくれたので、にっこりと笑って、あいさつをする。
「は、はじめまして」
ミリアちゃんは不安そうな表情のまま、控えめに頭を下げた。
そのあとすぐに、リオはミリアちゃんに向きなおる。言いにくそうに口をよどませた。
「ミリア……あのね、僕、スズさまの部下を決める面接に、受かったんだ」
「えっ、受かったの?」
リオの言葉に、ミリアちゃんは声をあげて驚いた。
「うん、そうなんだ」
「お兄ちゃん、すごいね。お兄ちゃんには悪いけど、出身地がこんなところだから、受かると思わなかった……」
「そ、そうだったの? 絶対受かるよって言ってくれてたのに……? ま、まぁそれは置いといてね、僕はこれから王宮で暮らすことになるんだ。だから、病み上がりのミリアを、一人にすることになってしまうんだけど……」
リオが沈んだ声でそう言った。
そ、そうか! リオが王宮で暮らすことになれば、ミリアちゃんはこの家に一人きりになってしまうのか! 話を聞いている限り、両親はもういなさそうだし、さすがにこんな小さな女の子を一人にするのはまずい。こうなったら、ミリアちゃんも王宮に連れていくしか……!
そんなことを考えていたら、ミリアちゃんは首を大きく振った。
「何言ってるの! 私のことは気にしないで。すっかり元気になったんだから、病み上がりもなにもないよ。たまに顔を見せに来てくれれば、それでいいから!」
「でも、ミリア一人じゃ心配で……」
「街の人たちはみんな優しいから大丈夫。どっちかというと、私はお兄ちゃんの方が心配だよ!」
ミリアちゃんが強くそう言うと、リオは言葉につまった。
「し、心配かけてごめん。お給料がもらえるみたいだから、これからは生活に不自由させないから……」
「お金もいらないよ! 前に、お兄ちゃんにも言ったでしょ。やりたいことがあるの。どうしようもなくなったら、お兄ちゃんを頼るから、それまでは一人でやらせて」
ミリアちゃんは強い口調でそう言った。
やりたいことって何だろう。気になるけど、今は口を挟めないな。
「ところで、お兄ちゃん。まさかとは思うんだけど、こちらの方って……?」
「あ、うん! この方が、僕たちを治してくれた、治癒能力者のスズさまだよ!」
リオが嬉しそうに言った。
ミリアちゃんはかちんと固まって、すぐにリオに詰め寄った。
「な、何でそれを先に言わないのっ!? は、はじめまして、スズさまっ! 先日は兄と私を助けて頂き、ありがとうございました……!」
ミリアちゃんはそう言って、勢いよく頭を下げた。
突然のことに驚いて、慌ててミリアちゃんの身体を起こさせる。
「当たり前のことをしただけだから、気にしなくていいよ! これからも病気になったり怪我をしたら、遠慮せず呼んでくれていいからな」
「い、いえっ、とんでもないですっ! スズさまには何てお礼を言ったらいいのか……!」
「本当に気にしなくていいよ! 普通にしてくれた方がうれしいな」
できるだけ親しみやすい口調で、そう言う。
すると、ミリアちゃんはゆっくりと顔を上げてくれた。
「そういえば、ミリアちゃん。さっき、やりたいことがあるって言ってたよね。それってなに? よかったら、教えてほしいな」
思い出してたずねると、ミリアちゃんはおずおずとうなずいた。
「はい。せっかくスズさまにこうして、身体を治していただいたので、お店を開こうかと思っています。この辺りは土地がやせていますが、両親から継いだ土地に大きな小麦畑があるので、パン屋を開こうかと思っていて……」
「ミリアちゃん、パン作れるのか!? すごいな! 俺、パン大好きなんだ。お店が開いたら、食べに行ってもいいかな?」
驚いてそうたずねると、ミリアちゃんは頬を緩ませて、大きくうなずいてくれた。
「は、はいっ! お口に合うかは分からないんですけど、ぜひ来てくださいっ!」
ミリアちゃんは嬉しそうに笑った。
まだ小さいのにしっかりしてるなぁ……。
リオもほっとした表情をしている。ミリアちゃんを一人、家に残していくのは心配だけど、ミリアちゃんならしっかりしてるし、大丈夫だろう。
でも、できるだけ顔を出してあげようと思った。
リオは俺と一緒じゃないと自由に動けないからな。
それからミリアちゃんにお別れをして、リオの家を出る。
街を徒歩で抜けたころには、日が傾き、辺りは薄暗くなっていた。
「そういえば、リオは何歳なんだ?」
ヴィラ―ロッドの不思議な街並みを眺めながら、リオにそうたずねる。
リオは少し恥ずかしそうに、うつむいた。
「じ、実は……もう十四歳なんです。見えないってよく言われます。あんまり背が伸びなくて……」
「いや、それぐらいに見えるから大丈夫だよ。まだ若いんだし、これから伸びるって」
「そ、そうですよね! 伸びてほしいです……。スズさまは、おいくつなんですか?」
そうたずねられて、しまったと思った。
……あんまり答えたくないんだけど、自分から聞いちゃったし、しかたない。
「俺は、二十ちょっとぐらいかな」
そう答えると、リオとエルマー様が同時に声を上げて驚いた。
「二十歳を超えているんですね。僕より少し年上ぐらいかと思っていました……」
「お、俺も……。全然見えねーなー」
「ははは……」
たぶん、若く見られているってことだろう。
本当なら喜ぶべきなんだろうけど、俺に関しては、どうしても少し複雑な気持ちになってしまう。
「てか二十ちょっとってなんだよ! 正確に言えよ、正確に!」
エルマー様が怪訝そうに言った。
やっぱり聞かれたか。どう答えようか少し悩んで、俺はへらっと笑った。
「いやーそれがですね。俺、自分の正確な年齢が分からないんですよ!」
「は? どういうことだよ!」
真剣な声色で聞き返されて、言葉につまる。
……あんまりこの話は、追求されたくない。元の世界でも、いい思い出が全くないんだよな。
――よし、ここはごまかそう!
そう決めて、勢いよく顔を上げた。
「そんな話はどうでもいいんですよっ! リオとかなり年が離れてることには、変わりないんですから! きっと俺に弟がいたらこんな感じなんでしょうね」
「えっ、おとうと……」
そう言うと、リオはなぜかショックを受けたような顔をした。
え、どうしたんだろ……俺の弟、嫌なの?
俺は立ち止まって、心なしか青ざめているリオを見て、笑いかけた。
「だからさ、さっきミリアちゃんにも言ったけど、リオも、あんまりかしこまらないで、普通に接してくれるとうれしい」
そう言うと、リオは戸惑ったような表情をして、俺を見た。
「でも、スズさまは僕たちの恩人ですし……」
「様もつけないでほしいな。俺はこの世界にきたばかりの、たまたま大層な能力者になっちゃった普通の人間だよ。実はいろんな人にかしこまった態度をとられるたびに、ちょっと悲しくなるんだ。だから、普通に仲良くしてほしい。だめかな?」
首をかしげてそう言うと、リオはやっとおずおずと、うなずいてくれた。
「はい。スズ、さん……」
小さな声でだけどそう呼ばれてほっとする。
よかった。様付けで呼ばれるの、あんまり好きじゃなかったんだよな。
今まで黙ってやりとりを見ていたバロンが、不機嫌そうにリオを見る。
「……おい、オオカミ人間。調子にのるんじゃないぞ。スズが一番かわいいって思ってるのはぼくなんだからな!」
「はい! バロンさんにはとてもかなわないです。僕のオオカミは、そんなにふわふわな毛じゃないですし」
「何だ、分かってるじゃん!」
バロンはすぐに上機嫌になる。
さすがにちょろすぎるだろ、バロン……。
そんな何気ないやりとりをして、再びヴィラ―ロッドを歩きはじめた。
――そのときだった。
突然、リオがすごい勢いでしゃがんで、地面に両手をあてた。形状変化の能力を使用したのか、突然地面が盛り上がり、俺たちの目前に厚い壁を作る。
「え、え、何、急にどうしたの!?」
「……敵だと思います」
すぐに衝撃音と共に、リオが作った壁が崩れ落ちる。
状況が把握できずにオロオロしてしまう。
すると、崩れ落ちた壁から人影が現れた。口元を布で隠した人間が二人。目が合った。俺が狙いだ。
全員が同時に動く。
俺は移動能力を発動させて、買ったばかりの武器を取り出そうとした。
しかしそれより早くリオは、一瞬で追手の傍へ飛び、足に触れる。
それで、終わりだった。
「ぎゃああああッ!」
追手らしい二人は痛ましい悲鳴を上げて、がくんと地面に落ちる。
リオが足を破壊したらしく、立てないでいるようだった。それからすぐに、リオは慌てて俺に駆け寄ってきた。
「ス、スズさん、お怪我はありませんかっ!?」
「……え? ああ、うん。全く。これっぽっちも」
「よかった……! 反応が遅くなってしまったので、お怪我でもされていたら、どうしようかと思いました……! バロンさん、エルマー様、防ぐのが遅くなって申し訳ありませんでした……っ!」
リオは心底申し訳なさそうに頭を下げる。
それを見て、バロンとエルマー様は。
「お、おう……よくやったな」
「う、うん……よくやったね」
呆気にとられたような返事をした。
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