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5.作戦

60.テッドシー戦

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「……スズ。僕をここまでコケにしたのは、君がはじめてだよ。僕は尽くされることには慣れているけど、こんな酷い仕打ちには慣れてないんだ。イライラが収まらない。ねぇ君は一体、何をしたの? どうして僕はあんな汚いところで寝てたのかなぁ?」

 今にも殴りかかってきそうな雰囲気の青髪の騎士――テッドシーにたずねられて、言葉につまる。
 テッドシーが気絶したのは、たまたま通りかかったメアとカルナさんが助けてくれたからだ。もちろんそんな、恩を仇で返すようなことは言えない。
 ……っていうか、あの二人は結局、あの後どうしたんだろう。

「……起きたとき、近くに誰かいました?」

 気になってたずねると、テッドシーは不機嫌そうな表情のまま、顔をしかめた。

「は? 僕一人だったけど? きったない地面に寝てたから吐きそうになったよ」
「そ、そうですか! ならいいんですよ!」
「……全然よくないよ。僕の話聞いてる? 見てよこれ、高貴な騎士の服が泥まみれだ。どうしてくれるんだよ」

 テッドシー様は苛立たしげにそう言って、大して汚れていない騎士の服を見せてきた。
 メアとカルナさんは、宣言通りテッドシー様が起きる前に逃げたらしい。さすがに要領いいなぁ……。

 テッドシー様は怒りで顔を歪ませたまま、大きく息を吐いて俺を見た。

「……答えるつもりがないなら、もういいよ。あとで吐かせればいいだけだし。とにかく絶対にスズを王宮へ連れ戻す。そしてキッツイお仕置きを受けてもらうから。僕をここまでコケにしたんだ。もうちょっとやそっとの罰じゃ我慢できない」
「テ、テッドシー様、ちょっと落ち着いてくださいよ……」
「落ち着けるわけないだろ? 大体、僕はね、スズが陛下に気に入られているのが、めちゃくちゃ気に入らないんだよ。治癒能力者の分際で、どうしてここまで自由が許されてるのか理解に苦しむね。スズが逃げ出したことを陛下にお伝えすれば、きっと陛下も目を覚まして見放してくださるはずだ」
「い、いや、別に俺は気に入られたくて気に入られてるわけじゃないんですけど……」

 思わずそう言うと、テッドシー様の端正な顔がさらに歪んだ。

「それだよ! 僕はスズのそう言うところが大っ嫌いだね。別に陛下に気に入られたくないのに、気に入られちゃって困ってるんですーってか? 何アピールだよ、あさましい! 本当はうれしいくせに!」

 まずい地雷踏んだかも……というか妄想が激しすぎて、何を言っても地雷になりそうだ。これ以上刺激するのはまずいし、余計なことは言わないようにしよう。

 そのとき、エリスちゃんが俺を庇うように前に立った。テッドシー様を見て、にっこりと微笑む。

「こんにちは、テッドシー様。相変わらずお麗しいですね」
「君は……ああ、裏切った使用人だね? 可愛かったから覚えてるよ」
「テッドシー様ほどの方が、僕を覚えていてくださるなんて、光栄です」

 エリスちゃんは優雅に微笑みながら、片手をまっすぐにテッドシー様に向ける。
 途端に、テッドシー様がふわりと浮き上がった。エリスちゃんが能力で浮かせたんだろう。
 テッドシー様は少し驚いた表情をうかべたけど、慌てた様子はなく、落ち着いたままだった。

「けれどいくらテッドシー様と言えど、一人でいらっしゃるなんて、さすがに愚策です。僕のことは知らなかったとはいえ、リオ様がレベル10だとは知っていたでしょう?」
「はは、あんなの僕の相手じゃないよ。レベル10だからって無条件に強いわけじゃないしね」
「そうですか。では、テッドシー様、おやすみなさい」

 エリスちゃんが大きく腕を振る。
 床にたたきつけて、気絶させようとしているんだろうと思った。
 ――だけど、そのときだった。

「……あっ、は……っ」
「エリスちゃん、どうしたんだよ!?」

 突然、エリスちゃんは口元を抑えて、うめき声を漏らしはじめた。小さな身体をふらつかせながら、憎らしげにテッドシー様を睨む。
 直後にエリスちゃんは、大量の血を吐いた。
 真っ赤な血が、床を汚して広がっていく。それからすぐに目を閉じて、どさりと地面に倒れてしまった。

「エ、エリスちゃんッ!?」
「おっと、近づかないで、スズ。治すの禁止だよ」

 床に降りたテッドシー様は、ぐったりと倒れ込んだエリスちゃんの腕を引いて立たせ、首を絞めるように後ろから抱え込んだ。
 楽しそうに笑って、俺を見る。

「人質ゲット。安心して、まだ生きてるよ。でも一度でもこの子を回復したら、即死させるからね?」
「な、何をしたんだよ……」
「さーて、何でしょう? ヒントは僕の能力でーす」

 テッドシー様は楽しそうに、にやにやと笑った。当たり前だけど、手の内は明かしてくれる様子はない。
 抱えられているエリスちゃんの顔は真っ青で、吐いた血が顔と白い服を汚していた。

「うーん、どうしよっかな。そうだ! 外にでようよ、スズ!」
「そ、外……?」
「人質は多い方が多いからね。ほら早くして。可愛い侍女ちゃん、殺しちゃうよ?」

 脅すように言われて、思わず肩に乗っているバロンを見る。
 バロンは険しい表情をしたまま、うなずいた。

「――スズ、とりあえずここは従うべきだ。ローレンからも離すべきだろうし」
「わ、分かった……」

 小さな声でバロンに言われて、うなずいた。
 真っ直ぐに扉に向かい、廊下に出た――そのときだった。
 突然、肩に乗っていたバロンの毛がぶわっと逆立って、もがきはじめた。

「バ、バロンッ!?」
「ぐっ……っ、あ、やられちゃった、ごめ……スズ、気をつけて……」

 バロンはそう言い残して、姿を消した。
 戦闘不能状態になって、ダンジョンに返送されてしまったのだ。
 突然のことに驚いた表情をしているだろう俺に、テッドシー様はまた楽しそうに笑った。

「そうそう、忘れてた。この自称精霊くん。地味に邪魔だったんだよね! よーし、これで僕とスズの二人だけ。だけど、僕は周到なんだ。だからもっとたくさんの人質がほしい。ほら、歩いてスズ。外に出るんだよ!」

 テッドシー様に促されて、重い足取りで部屋を出る。
 こいつは一体、何の能力者なんだろう。全く分からない。
 赤い絨毯が敷かれている長い廊下を歩いて、外へ向かう。廊下には、青い顔をした使用人が何人も倒れていた。きっとこれもテッドシー様がやったんだろう。
 大きな門をくぐって、外に出る。門番も当然のように、倒れていた。

「ね、見える? スズ。ここから見える、プレジュの城下町が。賑やかできれいだねー! まあ、ティルナノーグには劣るけど」

 テッドシー様は、エリスちゃんを抱えたまま、楽しそうに言った。

「あそこにいる全員が、人質だよ」
「ど、どういうことだよ」
「僕はね、ものの数秒で、あそこにいる人間を、みーんな地獄に落とすことができるんだ」
「そ、そんなこと……どうやって……」

 震える声でつぶやくと、テッドシー様は、うーんと考えて。

「そうだなぁ。じゃあ、どう見ても詰んじゃったスズに、教えてあげようかなー!」

 そう言って、にっこりと笑った。

「――僕はね、毒を操れるんだ」
「ど、どく?」
「うんそうだよ。めちゃくちゃ強いんだ、僕の能力って。だから陛下に認められて、あの位置にいるのさ。治癒能力者なんてさぁ、よっぽど酷いことをしても、死なないよね? だからぐずぐずにして、うーんと不細工にしてあげるよ。どうせすぐ治っちゃうだろうから、スズのマナが切れるまでね」

 あまりにも残酷なことを言われて、ぞっとする。
 抵抗するのは簡単だ。たぶん逃げることもできる。
 けれど、俺じゃテッドシーには勝てないし、何より人質をとられている。何もできない。

「陛下は、きれいなものが好きなんだ。だから、ぐずぐずの不細工になった君を見たら、ついに愛想をつかしちゃうかも。楽しみだなぁ」

 テッドシー様はうっとりするような表情で、そう言った。
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