甘い先輩と甘くない私

五十鈴スミレ

文字の大きさ
5 / 17
本編

第五話 四ヶ月前の先輩と私の再会

しおりを挟む
 学年が変わっても、社会科資料室で本を読む習慣は変わらなかった。
 変わったのは、そこに佐伯先輩の姿がないということ。
 本を読む私を邪魔する人が、いないということ。

 静かな空間が戻ってきて、喜ばしいはずなのに、なぜか心にぽっかりと穴があいたような思いがした。
 社会科資料室で本を読んでいるとき、ふと顔を上げて窓の外に視線をやってしまう自分がいた。
 窓の外に、あの色素の薄い髪が見えないかと、無意識に探してしまう。
 自分がどれだけ彼との時間を大切にしていたのか、会えなくなってから気づいた。
 告白を断ったのは自分なのに、今さら何を、と思うけれど。
 もしもあの時、違う答えを出していたら、どうなっていたのだろう。
 そんな馬鹿げた空想が、頭の片隅に張りついていた。

 佐伯先輩のいない日々は、ゆっくりと、けれど確実に過ぎていった。
 一年が経って、二年が経って。
 無事に志望校に合格し、私も中学校を卒業した。
 卒業式が終わったあと、私は初めて裏庭に行った。
 社会科資料室の窓を見つけて、黙したまま中を覗き込んだ。
 かつて彼が、見ていた景色。
 佐伯先輩はどんな想いで、ここに立ち、この部屋を……私を見上げていたのか。
 同じ場所に立ってみたところで、わかるわけがない。

 それでも、ツキンと針が刺さったように胸が痛んだのは、ただの感傷だったのだろうか。



 予想もしていなかった再会を果たしたのは、高校生になって一ヶ月ほど過ぎたころ。
 新しい生活がスタートし、中学生のときとはレベルの違う授業についていくのがやっとだった。
 私が通うことになった高校は、県内でそれなりに有名な進学校。
 毎日片道三十分も電車に揺られなければならないのは面倒だけれど、進学校にしてはのびのびとした校風が過ごしやすく、受かってよかったと思っていた。
 進学校だからということもあるのか、周りには中学のときよりも本好きの人がちらほらいた。
 中には私のように、とりあえずなんでも読むという本の虫もいて、最近読んだ本の話ができるのが楽しかった。
 その日も、図書室で借りた本を持って、教室で待っている友人の元へ向かう途中だった。

「――篠塚?」

 廊下を歩いていたときに声をかけられ、私は振り向く。
 驚きに目を丸くした男性が、そこにはいた。
 見上げるほどに背が高く、容姿も整っていて、髪は日に透けるような薄茶色。まず間違いなく女子に騒がれているだろう美形だ。
 ネクタイの色から先輩だということはわかったが、肝心の彼が誰なのかがわからない。
 こんなキラキラとした知り合いは私にはいない。

「たしかに私は篠塚ですが、どちらさまですか?」
「え、ひどいな、忘れちゃったの?」

 訝しげに問いかけると、男は目をまたたかせる。
 その表情はとても自然体で、初対面とは思えない気安さがあった。
 自分が忘れているだけなのだろうか、と記憶を探ってみても、目の前の男と一致する顔はない。
 私が思い出せずにいることを見て取ったらしく、美形の男性は弱々しく微笑んだ。

「過去に振った男なんて、記憶にとどめておく価値もない?」

 その言葉に、私はぽかんと口が開くほどに驚いた。
 過去に振った男。それに該当するのは一人しかいない。そもそも告白されたこと自体一度しかない。
 目の前の男性は、多少中性的だが背も高く適度にがっしりとしていて、かわいらしかった彼とは似ても似つかない。
 けれどよくよく見てみれば、面影はそこかしこに残っていた。
 やわらかそうな薄茶の髪。二重まぶたに大きな瞳。垂れ気味の優しげな目尻。そして何より、笑い方。
 記憶の中の彼と、目の前の男が重なって見えてくる。

「……佐伯先輩?」
「うん。よかった、忘れられてなくて」

 確かめるように呼んでみると、男はほっとしたように笑みをこぼした。
 本当に佐伯先輩なのだと、その表情を見て実感した。
 彼らしい、見ている人をも元気にするような朗らかな笑顔。
 最後に見たのが悲しげな微笑みだったせいか、久しぶりに見た彼の笑顔に、なぜか少し泣きそうになった。

「この学校、だったんですね」
「そういえば進学先の話をしたことはなかったね」

 今さら気がついたとばかりに佐伯先輩は言う。
 どうでもいいことはいくらでも話していたというのに、彼の進路は知らなかった。
 聞いたのは、第一志望の高校に受かった、ということだけだった。
 その時にどこの高校なのか尋ねなかった私もいけなかったのかもしれない、と今なら思える。

「お久しぶりです、佐伯先輩」

 軽く頭を下げながら、私は自然と微笑みを浮かべていた。
 こうしてまた佐伯先輩と話すことができるとは思ってもいなかった。
 再会を約束するものなんて、何もなかった。
 同じ中学校といっても、それほど都会ではないため学区は広い。
 まさか、地元から少し離れた高校の先輩と後輩として、再び顔を合わせることになるとは。
 世の中何があるかわからないというのは本当らしい。

「久しぶり。変わってないね、篠塚は」
「佐伯先輩は変わりすぎです。全然わかりませんでした」

 長身の彼を見上げて、私は言う。
 背もだいぶ伸びたようだし、身体つきも変わった。
 やわらかな丸みのあった頬の肉は落ち、顎のラインもシャープになっていて、よくできたマネキンのように全体的にバランスが整っている。
 変声期はとっくに終えたようで、声は男性らしい落ち着きを持ち、甘みを感じさせる低音が耳をくすぐる。
 女の子よりもかわいらしかったかつての佐伯先輩は、もういない。
 今、目の前にいるのは、どんな女の子も一目で夢中になってしまいそうな、立派な美男子へと成長を遂げた佐伯先輩だ。

「そうだろうね。でも、変わってないところもあるみたいだ、残念ながら」

 佐伯先輩は眉尻を下げ、苦笑をこぼす。
 見た目は変わっても、彼の見せる表情は変わらない。
 きっと、明るい性格も、誰にでも優しいところも、変わってはいないんだろう。
 けれど佐伯先輩が言いたいのは、そういうことではないようだ。
 何が残念なのか、私にはわからなかった。



 四ヶ月前、先輩と私は再会し、ここからまた物語は動き出し始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】お嬢様だけがそれを知らない

春風由実
恋愛
公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者でもあるお嬢様には秘密があった。 しかしそれはあっという間に公然の秘密となっていて? それを知らないお嬢様は、日々あれこれと悩んでいる模様。 「この子たちと離れるくらいなら。いっそこの子たちを連れて国外に逃げ──」 王太子殿下、サプライズとか言っている場合ではなくなりました! 今すぐ、対応してください!今すぐです! ※ゆるゆると不定期更新予定です。 ※2022.2.22のスペシャルな猫の日にどうしても投稿したかっただけ。 ※カクヨムにも投稿しています。 世界中の猫が幸せでありますように。 にゃん。にゃんにゃん。にゃん。にゃんにゃん。にゃ~。

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

汐埼ゆたか
恋愛
実花子はカフェで恋人と待ち合わせしているが、彼はなかなか来ない。 あと十分でカフェを出ようとしたところで偶然上司の各務と会う。 各務から出し抜けに「君の時間を十分ください」と言われ、反射的に「はい」と返事をしたら、なぜか恋人役をすることになり――。 *☼*――――――――――*☼* 佐伯 実花子(さえき みかこ) 27歳  文具メーカー『株式会社MAO』企画部勤務  仕事人間で料理は苦手     × 各務 尊(かがみ たける) 30歳  実花子の上司で新人研修時代の指導担当  海外勤務から本社の最年少課長になったエリート *☼*――――――――――*☼* 『十分』が実花子の運命を思わぬ方向へ変えていく。 ―――――――――― ※他サイトからの転載 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※無断転載禁止。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

処理中です...