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シエルが部屋にたどり着いたのは、8の鐘が鳴る頃だった。人通りがすっかり無くなった夜道を大抵の令嬢は気味悪がるけれど、昼間の喧騒が魔法のように消え、ぽつりぽつりと灯る仄かな光に寄り添われた静けさがシエルには心地よかった。


随分遠くから歩いて帰宅するのは久しぶりで、足の裏がジンジンしている。そそくさと着替えを済ませると、ベッドになだれ込んだ。

「ん?」

顔に触れた硬く尖った感触に顔を上げると、枕の下から1枚の紙が飛び出ていた。ゼーリエの筆跡で伝言が書かれていた。今日はお母様と出かけていて帰りが明日になるという。話したいことがあったんだけど仕方がない。

(お腹も空いているし、ケーニスさんから頂いたお菓子食べたかったわ)


机に置いたお菓子の包みを名残惜しく見つめる。何か忘れている気がして、落ち着かない。暫く考えてみると、


「あっ」


頭に浮かんだのは黒い花を見に万霊の森へ行った時のことだった。帰ってきてから慌ただしくてじっくり調べる暇が無く忘れていたが、ずっと引っかかっていたのだろう。閉まった場所もすぐに思い出せた。


拾ったバッジを机の引き出しから取り出す。じっと見つめて、記憶の中のバッジと照らし合わせるが同じに見えてならない。


普段のシエルは、納得するまで調べないと気が済まない性格だが、今回は躊躇ってしまう。何かとても嫌な予感がするのだ。勘に自信がある訳では無い。が、知ってしまったら、もう元には戻れない。知らなかったでは済まされなくなり、知らなければ良かったと後悔するかもしれない。


でも、と心の声が反論する。お母様はお父様が屋敷にいない時は、買い物にも出掛けず屋敷にいるのだ。だから、お父様もお母様も本館に居ないなんてことは、年に数回もない。


それに、きっとお母様のことだから使用人もたくさん引き連れていったはずだ。


(今日は忍び込む絶好の機会・・・・・・。逃したら、次はないかもしれないわ)


「よし、確かめてみよう」


たとえどんな結果になろうとも、シエルがこの家にいるのはあと少しなのだ。そう思ったら、実行する勇気が湧いてきた。

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