双子の姉の身代わりという人生から逃げるため、空飛ぶ絨毯作ります

ねり梅

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ガタッ。大きな音に、子供の頃へ飛んでいっていた心が、現実に引き戻された。ケーニスさんが目を見開いてシエルを見つめていた。視線に気づくと、即座に目を逸らされてしまう。


「身代わりねぇ。あんた、姉妹が、いや、双子なんだろう」
「え、どうして・・・・・・」
「そりゃあ分かるさ。あんた、呪われてんだもの」
「の、のろ、呪わレて!?え、それはどういうことでしょうか?」
「・・・・・・ふん、偏屈な婆さんの戯言さ。それより布の染め方について教えてあげる」

ケーニスさんは、高齢とは思えない足取りでスタスタと部屋の奥へ行ってしまう。呆然と見送っていたが、「早くしないかね」という一声に慌てて向かった。


(どういう心変わりかしら?よく分からないけれど、とても有難いわ)


部屋に入ると、まず目に入ったのが、大きな樽だった。ちょうどシエルと同じ位の高さで、台を使わないと中が見えなさそうだ。横には両手でどうにか抱えきれる大きさの寸胴鍋が2つあった。片方の鍋には茶色く細長い何かが液体に漬け込まれている。


「それは、樹皮だよ。しかも魔木のね」
「魔木の?え、なんでまた樹皮を?」
「採るのも難しくて取れる魔力が少ないのにって?ふんっ、馬鹿だね。魔獣は身体が大きいほど魔力量が多いっていうのに、魔木から取れる葉や実の魔力量は少ないと思わなかったのかい」
「っそうか、樹皮だったんですね!私はてっきり根っこに魔力が蓄えられているのではないかと思っていたところでした。樹皮とは、気づかなかったです」
「おや、貴族にしちゃあ、なかなか良い所に気がついたね。あいつらは上辺しか見ちゃいないのさ。あんた、なんで根じゃなくて樹皮に魔力が集まってるか分かるかい?根に魔力を貯めすぎると、魔獣が寄ってきちまうのさ」


(あぁ、魔獣は魔力の匂いに敏感ってことをすっかり忘れていたわ!樹皮なら成長の為に魔力が必要よね)


ケーニスさんは、寸胴鍋から樹皮を取り出してザルにあげている。横から鍋を覗き込むと、水が綺麗な紅色に染まっていた。自然の物からこんなに鮮やかな色が抽出できることに驚いてシエルは言葉が出ない。


「綺麗な水に漬けておいてから煮込むと魔力と花の、いや、木自体の色が出るのさ。単純に花を煮込むより樹皮の方が遥かに鮮やかな色になる。ただの水だけど、煮込む温度の調整が肝なのさ。下手くそかがやると色も魔力も全く出ないねぇ」
「水で煮込むだけで、こんなに色が・・・・・・?でも、樹皮に魔力が豊富にあるならどうして魔道具には使えないのかしら」


シエルは部屋を歩き回って考えを巡らす。魔道具は金属で外枠となる形を作る。金属は魔力が無いが伝導性が高い。魔木の枝で作れば魔木の魔力を使えて、魔力の消費量を減らせるのではないか。


「うんうんと唸って気味が悪い子だねぇ。ふん、どうせ魔木の枝を使って魔道具を作ろうと思ったんだろう。そんなに世の中上手くいかないよ」
「どうしてですか?枝は確かに魔力を通しにくいですが、工夫をすればもしかしたらっ」
「ふん、あんた1人が思いつく方法なんて既に試されたに決まってる。樹皮にある魔力は、外へ外へと押し出すように成長するから魔力が圧縮され濃度高くなってんのさ。そんな簡単には解決できるわけがない。現に、魔木は糸にするのが一番使い勝手がいいとされてんのさ」
「糸に?え、でも魔木から作られた糸なんて聞いたことがありません」   


話しながらもケーニスさんは手を止めていなかった。気がついたら、空の寸胴鍋は布で覆われ、その上にはザルが置かれていた。


紅色の染液が入った重い鍋をぐっと持ち上げてそそいで濾している。シエルは水の音がちょうど被って前半の言葉が聞き取れなかった。


「・・・・・・自業自得さ。それより次の工程の説明はいいんだろう?なら、布染めは次で最後さ」
「え?えぇ、お願いします」
「なら見てな」


いつの間にか大きな布を手に持っていて、ケーニスさんは、じゃばら折りにしながら不純物を取り除いた寸胴鍋の方にいれていく。入れ終わったかと思うと棒で乱暴にかき混ぜていく。


「せっ、せっかく綺麗に折りたたんだのに」
「はじめは、色むらにならないように動かした方がいいのさ。頃合いを見て強火にかけて煮る。これでおしまいさ。」
「火にかけると生地が痛まないんですか?この生地の原料も教えて頂きたいのですが」
「やれやれ、こんな老いぼれに長時間立って説明させたのにまだ知りたいのかね。貴族ってのは相変わらず人遣いがあらいったらありゃしない。鍋底に布が当たらないようにすれば生地は痛まないよ。それっ」


ケーニスさんが鍋の下で燻っている炭や薪に何かを投げた。途端に、ぼぉっと火が燃え上がり、鍋を包み込む。シエルは息を呑んだ。


(平民なのに、魔法使いなの?うそっ)


身を乗り出し過ぎていたらしく、火の粉が目の前でパチパチッと音を立てて爆ぜた。身を仰け反らせるが、熱さは全く感じてなかった。


「驚いたようだねぇ。これは魔木の薪と炭だから魔力はほとんど要らないのさ。あとは煮えた布を冷水ですすいで干して終わりさ」


シエルは炎から目が離せなかった。凝視したからといって何かが浮かび上がってくる訳でもないというのに。しかし、いくら考えても精霊の力を借りて火をつけたとしか思えない。


 「あの、どうしてっ」
「魔法じゃないさ。魔木の扱いに、布作りに成熟している、それだけだよ・・・・・・」
「他にも同じように魔木から布を作る職人はいるんですよね?」


途端にケーニスさんの目が獰猛に光った。心の奥底にある敵意をあらわにしていた。この敵意はシエル個人にというより、貴族、いや、もっと大きなこの世界に対する怒りのように思えてならなかった。


「・・・・昔は職人たちがいたんだが、もう失われちまったよ。何十年も前にね」


静かな声だったが、芯から恐怖を感じさせる冷酷な響きを帯びていた。シエルはどうにか食い下がりたかったが、ケーニスさんの目がそれを許さない。


幾つも疑問があったけれど、おとなしく帰ることにした。お礼を言って玄関に向かおうとした時、ケーニスさんが何かを手に押し付けてきた。


「ふん、さっさと帰んな」
「あ、あの、これは?」
「あんたを寄越したカレームか使用人のゼーリエとでも今日食べな」
「ありがとうございます!」


扉を閉める直前、「クソ硬くて苦いお菓子さ」と聞こえたような気がした。

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