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猛獣は我慢できない1
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それから嫌がらせされるようなこともなく、日曜はあっという間にやってきた。
休日に二人きりで光希と会うことには緊張したが、映画を見始めてからはそちらに夢中で気にならなくなってしまった。カフェで休憩しながら話すのは観たばかりの映画のことばかりで、その後のことは何も決めていなかった。
「これからどうする?」
そう光希に問われても希彩は正直にしたいことを言えない。
まだ十分に明るく、これで終わるのは名残惜しく感じるが、光希を引き回すほど欲しいものがあるわけでもない。
「あ、そうそう、メガネ。俺の家、近くだから取りに来る?」
光希に伊達眼鏡を取られていたことも希彩にとってはもうどうでも良いことになっていた。逃げない隠れないと決めた今は必要のない物だ。
しかし、まだ光希と一緒にいたくて希彩はよく考えもせずに頷いていた。
光希の家は立派なマンションだった。
ドアを開ける彼に促されて足を踏み入れて、希彩は玄関を見る余裕もなかった。
閉まったドアに背中を押し付けられてわけもわからない内に唇が重なっていた。
重なったなどというほど生易しくもなく、貪るような激しさでキスされていると気付くのに時間がかかったほどだ。息もできず、何度も光希の胸を叩いても彼はなかなかやめてくれなかった。
「さあ、狼の巣に誘い込まれちゃったウサギさん、どうする?」
やっと解放されたと思えば、猛獣のようにぎらついた目をして笑う光希に見下ろされている。
「みつ、くん……?」
見上げても何を考えているか、希彩にはわからない。どうしたら良いかわからないまま伸びてきた手は後頭部に回される。
「嫌なら、本気で俺から逃げてみなよ」
そうして、また唇が塞がれる。
逃げられない。けれど、本気で逃げたいと思うわけでもない。嫌ではないのだ。ただ、わからないことが辛い。
「みつきくん……!」
上手に呼吸ができず、力が抜けた希彩の体を光希が支える。
「ダメだよ、ちゃんと鼻で息しないと。俺、君を窒息死させちゃうかもしれないよ?」
やめてくれるわけではないのか。
靴を脱がされ、抱き上げられ、驚いている間にベッドの上に下ろされ、光希がのしかかってくる。
「なん、で……?」
どうして、こんなことになっているのだろうか。
希彩は光希を見上げる。もっと彼と一緒にいたかっただけなのに、これはまるで最初の出会いのようだ。
否、あの時とは違う。あの時のような嫌悪や恐怖はない。けれども、光希の本心がわからないからこそ希彩は不安になる。
「だって、メガネなんかもうないし」
「え……?」
「こんなので釣られるなんて、おバカさんだね」
光希が言っていることを希彩は瞬時に理解できなかった。
「俺がちょっと映画観たくらいで満足するわけないでしょ? きちんと対価は体で支払ってもらわないと」
光希の手が希彩の頬に触れて、顎を首を伝って下りていく。
本気で言っているのだろうか。
鎖骨のあたりを撫でて、笑いながら滑るように光希の手は下へと向かっている。
こんなはずではなかった。甘い雰囲気を期待していたのかもしない。やはり光希が本気でなくて、皆が騙されて、自分が一番馬鹿だったのかもしれない。
「げ、外道……!」
希彩は叫ばずにはいられなかった。視界が滲み、涙が出そうなのを必死に堪える。
「まさかそんなこと言われるなんて……藤村の仕込み?」
「さ、最低! 帰る! 光希君のバカ! 大嫌い!」
希彩が暴れても光希は離してくれるどころか、より強く抑えつけられる。しかし、密着した体から感じる体温を優しく感じるのはなぜだろうか。
「それ、マジで言ってる?」
「うっ……」
目尻に浮かぶ涙を拭われ、顔を覗き込まれると希彩はどうしたら良いのかと視線をさまよわせる。
なぜ、先程までギラギラしていたのに、今はそんなに優しい顔をするのだろうか。
「希彩ちゃん、俺のこと好きでしょ?」
声音は優しく、髪を撫でる手も愛おしむかのようだ。
「ねぇ、好きだよね?」
「バカバカ! 本当に光希君のバカー!」
確信しているように意地悪く問われ、希彩は一気に頭が沸騰するような気がして、ぽかぽかと何度も光希の胸を叩く。
「ぷっ……あはははは!」
いきなり吹き出したかと思えば、光希は希彩の髪をぐしゃぐしゃに撫で回す。これまでお洒落にあまり頓着しなかった希彩が頑張ってセットしたというのに台無しだった。
理解が追いつかない、わけのわからない状況に希彩は本格的に泣き出したい気分だった。
「泣かないで、マスカラとれちゃうよ」
「光希君のせいだよ!」
安心させようとしているのか、光希は笑っているがすべては光希のせいだった。
「さっきのは嘘嘘、ちゃんと大事に保管してあるよ?」
光希は言うが、疑わしいものだ。希彩が睨みつければ彼は肩を竦める。
「だから、まだ帰らないで、ね?」
また光希の顔が近付いてきたと思えば、そっと額にキスをされ、希彩は素直に頷いてしまっていた。
逃げるチャンスだったのかもしれない。本当に自分は馬鹿なのかもしれないと思いながら、どこかでは彼を信じていたのかもしれない。
休日に二人きりで光希と会うことには緊張したが、映画を見始めてからはそちらに夢中で気にならなくなってしまった。カフェで休憩しながら話すのは観たばかりの映画のことばかりで、その後のことは何も決めていなかった。
「これからどうする?」
そう光希に問われても希彩は正直にしたいことを言えない。
まだ十分に明るく、これで終わるのは名残惜しく感じるが、光希を引き回すほど欲しいものがあるわけでもない。
「あ、そうそう、メガネ。俺の家、近くだから取りに来る?」
光希に伊達眼鏡を取られていたことも希彩にとってはもうどうでも良いことになっていた。逃げない隠れないと決めた今は必要のない物だ。
しかし、まだ光希と一緒にいたくて希彩はよく考えもせずに頷いていた。
光希の家は立派なマンションだった。
ドアを開ける彼に促されて足を踏み入れて、希彩は玄関を見る余裕もなかった。
閉まったドアに背中を押し付けられてわけもわからない内に唇が重なっていた。
重なったなどというほど生易しくもなく、貪るような激しさでキスされていると気付くのに時間がかかったほどだ。息もできず、何度も光希の胸を叩いても彼はなかなかやめてくれなかった。
「さあ、狼の巣に誘い込まれちゃったウサギさん、どうする?」
やっと解放されたと思えば、猛獣のようにぎらついた目をして笑う光希に見下ろされている。
「みつ、くん……?」
見上げても何を考えているか、希彩にはわからない。どうしたら良いかわからないまま伸びてきた手は後頭部に回される。
「嫌なら、本気で俺から逃げてみなよ」
そうして、また唇が塞がれる。
逃げられない。けれど、本気で逃げたいと思うわけでもない。嫌ではないのだ。ただ、わからないことが辛い。
「みつきくん……!」
上手に呼吸ができず、力が抜けた希彩の体を光希が支える。
「ダメだよ、ちゃんと鼻で息しないと。俺、君を窒息死させちゃうかもしれないよ?」
やめてくれるわけではないのか。
靴を脱がされ、抱き上げられ、驚いている間にベッドの上に下ろされ、光希がのしかかってくる。
「なん、で……?」
どうして、こんなことになっているのだろうか。
希彩は光希を見上げる。もっと彼と一緒にいたかっただけなのに、これはまるで最初の出会いのようだ。
否、あの時とは違う。あの時のような嫌悪や恐怖はない。けれども、光希の本心がわからないからこそ希彩は不安になる。
「だって、メガネなんかもうないし」
「え……?」
「こんなので釣られるなんて、おバカさんだね」
光希が言っていることを希彩は瞬時に理解できなかった。
「俺がちょっと映画観たくらいで満足するわけないでしょ? きちんと対価は体で支払ってもらわないと」
光希の手が希彩の頬に触れて、顎を首を伝って下りていく。
本気で言っているのだろうか。
鎖骨のあたりを撫でて、笑いながら滑るように光希の手は下へと向かっている。
こんなはずではなかった。甘い雰囲気を期待していたのかもしない。やはり光希が本気でなくて、皆が騙されて、自分が一番馬鹿だったのかもしれない。
「げ、外道……!」
希彩は叫ばずにはいられなかった。視界が滲み、涙が出そうなのを必死に堪える。
「まさかそんなこと言われるなんて……藤村の仕込み?」
「さ、最低! 帰る! 光希君のバカ! 大嫌い!」
希彩が暴れても光希は離してくれるどころか、より強く抑えつけられる。しかし、密着した体から感じる体温を優しく感じるのはなぜだろうか。
「それ、マジで言ってる?」
「うっ……」
目尻に浮かぶ涙を拭われ、顔を覗き込まれると希彩はどうしたら良いのかと視線をさまよわせる。
なぜ、先程までギラギラしていたのに、今はそんなに優しい顔をするのだろうか。
「希彩ちゃん、俺のこと好きでしょ?」
声音は優しく、髪を撫でる手も愛おしむかのようだ。
「ねぇ、好きだよね?」
「バカバカ! 本当に光希君のバカー!」
確信しているように意地悪く問われ、希彩は一気に頭が沸騰するような気がして、ぽかぽかと何度も光希の胸を叩く。
「ぷっ……あはははは!」
いきなり吹き出したかと思えば、光希は希彩の髪をぐしゃぐしゃに撫で回す。これまでお洒落にあまり頓着しなかった希彩が頑張ってセットしたというのに台無しだった。
理解が追いつかない、わけのわからない状況に希彩は本格的に泣き出したい気分だった。
「泣かないで、マスカラとれちゃうよ」
「光希君のせいだよ!」
安心させようとしているのか、光希は笑っているがすべては光希のせいだった。
「さっきのは嘘嘘、ちゃんと大事に保管してあるよ?」
光希は言うが、疑わしいものだ。希彩が睨みつければ彼は肩を竦める。
「だから、まだ帰らないで、ね?」
また光希の顔が近付いてきたと思えば、そっと額にキスをされ、希彩は素直に頷いてしまっていた。
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