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続く日々
覆水盆に返らず
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慶と過ごす内にいつかは満たされると思っていた。どんなことでも時が解決してくれると信じたかった。
しかしながら、過ぎる時は実結の心に開いた穴を広げ、愛ではなく後悔を育てた。
あれから和真とも会っていないが、たまらなく恋しいことを慶に言えるはずもない。
もう取り戻すことができない二人に愛された日々の思い出も薄れようとしている。
実結を求めるばかりだった慶が歩み寄ってくれているのだろう。以前にも増して恋人らしいことを考えてくれる。
この日も出かける約束していたのだが、待ち合わせ場所に慶の姿は見当たらない。
肝心な時に待ち合わせ場所に現れない前例がある慶だが、遅れているだけだと実結は思おうとした。連絡はきていないが、まだ時間があるのだ。不安になるのは早いというのに、一度悪い方に考えれば止まらなくなってしまう。彼が自分を手放すことはないと慢心していたのか。
何よりも慶がいるはずの場所に和真が立っているからそう感じてしまうのかもしれない。偶然ならば、あまりにも皮肉だ。
「あっ……」
和真と目が合ってしまって、実結は俯くことしかできなかった。。
「久しぶり、実結ちゃん」
近づいてきた和真が以前と変わらぬ優しい声音で話しかけてくる。それだけで泣きそうな気持ちになるのは、今でも彼が好きだからか。胸騒ぎがするのはなぜか。
何か言わなければ和真に対して失礼だと思うほどに言葉が出なくなる。
「元気だった?」
「はい……」
問われても実結は頷くことだけで精一杯だった。こんなところを慶に見られたら彼はどう思うだろうか。それとも、彼は現れないのだろうか。
「あ、あの……」
邪魔にならない場所まで導いてくれる動きは自然だが、そもそも、なぜ和真がここにいるのか。問いかけようとしたところで実結の手の中でスマートフォンが震える。画面は慶からの着信を告げている。そうして、和真の顔を見たところで促されて実結は通話ボタンを押した。
「慶君? どうしたの?」
何かあったのか。後ろめたさを抑え込みながら問いかければ返ってくるのは沈黙だ。
「慶君……?」
『今まで、すみませんでした。これで終わりにしましょう』
「え……?」
再び声をかけて、実結は何を言われたかわからずに呆然とする。それは実結が最も恐れていた言葉だとも言える。慶が自分から離れることがあるとは思ってもいなかった。
『結局は同情で俺を選んでくれたってことですよね。俺をフると何するかわからないから、怖かった。違いますか?』
「ちがっ……」
『解放してあげます。だから、和真先輩の胸に飛び込んでいいですよ。そこにいるでしょう?』
電話越しの慶は否定の言葉を紡がせてくれなかった。実結の視線を受けて眉尻を下げる和真は知っていたのだろう。
彼との関係が始まった頃、望んでいたはずの言葉が今は胸に突き刺さる。
『思いやれないくせに、って和真先輩が言うことが正しいって本当はわかってたんです。でも……それでも、俺は先輩が欲しかった。どんな手を使ってでも手に入れちゃえば落とせると思ってたんです』
慶は今どんな顔をしているのだろうか。慶の気持ちはわかっているはずだったのに、喉が締め付けられるようで、実結は彼の言葉を聞いていることしかできない。
『他の女と違うから、実結先輩に惹かれたのに、結局女なんて顔が良くてセックスが上手ければ繋ぎ止められるって思ってたんです。たとえ、先輩の本命じゃなくても』
「私は……!」
『今までありがとうございました――さよなら』
自分の気持ちを伝えなければと焦るのに、感謝と別れの言葉は待ってくれなかった。そして、通話が切れたことを示す音が無情に響く。
「あ……」
一方的に切られてしまったかけ直しても電源が切られてしまったようだ。けれども、自分の気持ちに嘘を吐いた罰が当たったのかもしれない。
助けを求めるように和真を見てしまえば、彼が全てを察していると確信してしまう。
「私……」
「少し、話そうか?」
そう問いかけてくる和真もどこか躊躇いがちだが、彼にならば打ち明けられるだろうか。彼ならば受け入れてくれるだろうか。そんな期待を抱きながら実結は小さく頷きを返すのだった。
「ごめんね、直接話せって言ったんだけど」
公園でベンチに座って和真が切り出す。実結の手には和真が買った飲み物がある。
その温かさも彼の変わらない優しさも実結の心を余計に冷やしていくようだった。
並んで座る姿は他人の目には恋人のように映るだろうか。一年前はそうなりたかったはずなのに、今はそれでは満たされないほど欲深くなってしまったのだ。
「会ったら離れられなくなるからって押し切られちゃってさ……実結ちゃんのこと、頼まれた。あいつも悩んだみたいだ」
会っていたら、その苦悩をぶつけられていたら、自分の気持ちも打ち明けられていただろうか。
「……選ばなくて、ごめんなさい」
何を言うべきか迷って口から出たのは和真に対する謝罪だった。実結を選んだあの日、和真がどんな気持ちだったか考えなかったわけではない。だからこそ、連絡もできずに終わったのだ。彼が卒業して会う機会がなくなって、こうして話すことになるとは思わなかった。
「実結ちゃんが本当の選択をできないってわかってたよ、俺は」
「え……?」
思いもかけない言葉に実結は和真を見る。
「慶を選んだことが間違いだったんじゃない。俺を選ぶことが正解だったわけでもない。今ならわかるよね?」
あの日の選択を実結が悔やむのは和真を選ばなかったことではない。それすらも彼は見透かしているようだった。
実結が頷けない内に和真が続ける。
「それとも、自惚れかな? 俺のことも足りないと思ってくれたなんて考えるのは」
「う、自惚れなんかじゃないです……!」
口をついて出た言葉の強さに実結自身が驚きながら、本当の気持ちを吐き出すのは今しかないと覚悟を決めて再び口を開く。
「彰さんに言われたんです。難しく考えずに自分の心に従えばいい、欲望に忠実なぐらいがいいって」
隠していた後ろめたさよりも聞いてほしい気持ちが勝る。彰に言われたことだけならば、迷うことはなかった。
「でも、河西さんに言われたことが頭から離れなくて……」
「河西に?」
「まさか二人と付き合ってるなんて言いませんよねって……そうしたら、凄く怖くなって、私は彰さんみたいにはなれないって……」
真悠子の言葉は何度も蘇って実結の気持ちに歯止めをかけた。彰の言葉よりも真悠子の言葉の方が強く響いたのは彼女の方が一般的な考え方だからだ。
「どうして言ってくれなかったの? なんて聞かないよ。言えなかったよね? そういう空気を作っちゃったのは俺も同罪」
「それでも、言わなきゃいけなかったって、思います。もう遅いんだって……」
慶を悪者にして責めることは簡単だが、実結はずっと流されてきた。自分が楽な選択をしてきた。慶を選んだこともそうだ。彼ならばずるい自分を見放さないはずだった。
「遅くないよ」
「え……?」
「遅くない。今から慶を殴りに行こう」
ぐっと拳を握り締めて見せる和真に面食らった実結もすぐにはっとする。
「で、でも……!」
「じゃあ、俺と二人っきりでデートする?」
そう問いかけてくる和真はいつになく意地悪に見えたが、いつだって実結を支えてくれたからこそ、その言葉は信じられた。
「慶君を殴りに行きます……!」
実結も和真と同じように拳を握り締める。和真も言葉通り慶を殴るわけではあるまい。決意を表すには丁度良かったのだ。
しかしながら、過ぎる時は実結の心に開いた穴を広げ、愛ではなく後悔を育てた。
あれから和真とも会っていないが、たまらなく恋しいことを慶に言えるはずもない。
もう取り戻すことができない二人に愛された日々の思い出も薄れようとしている。
実結を求めるばかりだった慶が歩み寄ってくれているのだろう。以前にも増して恋人らしいことを考えてくれる。
この日も出かける約束していたのだが、待ち合わせ場所に慶の姿は見当たらない。
肝心な時に待ち合わせ場所に現れない前例がある慶だが、遅れているだけだと実結は思おうとした。連絡はきていないが、まだ時間があるのだ。不安になるのは早いというのに、一度悪い方に考えれば止まらなくなってしまう。彼が自分を手放すことはないと慢心していたのか。
何よりも慶がいるはずの場所に和真が立っているからそう感じてしまうのかもしれない。偶然ならば、あまりにも皮肉だ。
「あっ……」
和真と目が合ってしまって、実結は俯くことしかできなかった。。
「久しぶり、実結ちゃん」
近づいてきた和真が以前と変わらぬ優しい声音で話しかけてくる。それだけで泣きそうな気持ちになるのは、今でも彼が好きだからか。胸騒ぎがするのはなぜか。
何か言わなければ和真に対して失礼だと思うほどに言葉が出なくなる。
「元気だった?」
「はい……」
問われても実結は頷くことだけで精一杯だった。こんなところを慶に見られたら彼はどう思うだろうか。それとも、彼は現れないのだろうか。
「あ、あの……」
邪魔にならない場所まで導いてくれる動きは自然だが、そもそも、なぜ和真がここにいるのか。問いかけようとしたところで実結の手の中でスマートフォンが震える。画面は慶からの着信を告げている。そうして、和真の顔を見たところで促されて実結は通話ボタンを押した。
「慶君? どうしたの?」
何かあったのか。後ろめたさを抑え込みながら問いかければ返ってくるのは沈黙だ。
「慶君……?」
『今まで、すみませんでした。これで終わりにしましょう』
「え……?」
再び声をかけて、実結は何を言われたかわからずに呆然とする。それは実結が最も恐れていた言葉だとも言える。慶が自分から離れることがあるとは思ってもいなかった。
『結局は同情で俺を選んでくれたってことですよね。俺をフると何するかわからないから、怖かった。違いますか?』
「ちがっ……」
『解放してあげます。だから、和真先輩の胸に飛び込んでいいですよ。そこにいるでしょう?』
電話越しの慶は否定の言葉を紡がせてくれなかった。実結の視線を受けて眉尻を下げる和真は知っていたのだろう。
彼との関係が始まった頃、望んでいたはずの言葉が今は胸に突き刺さる。
『思いやれないくせに、って和真先輩が言うことが正しいって本当はわかってたんです。でも……それでも、俺は先輩が欲しかった。どんな手を使ってでも手に入れちゃえば落とせると思ってたんです』
慶は今どんな顔をしているのだろうか。慶の気持ちはわかっているはずだったのに、喉が締め付けられるようで、実結は彼の言葉を聞いていることしかできない。
『他の女と違うから、実結先輩に惹かれたのに、結局女なんて顔が良くてセックスが上手ければ繋ぎ止められるって思ってたんです。たとえ、先輩の本命じゃなくても』
「私は……!」
『今までありがとうございました――さよなら』
自分の気持ちを伝えなければと焦るのに、感謝と別れの言葉は待ってくれなかった。そして、通話が切れたことを示す音が無情に響く。
「あ……」
一方的に切られてしまったかけ直しても電源が切られてしまったようだ。けれども、自分の気持ちに嘘を吐いた罰が当たったのかもしれない。
助けを求めるように和真を見てしまえば、彼が全てを察していると確信してしまう。
「私……」
「少し、話そうか?」
そう問いかけてくる和真もどこか躊躇いがちだが、彼にならば打ち明けられるだろうか。彼ならば受け入れてくれるだろうか。そんな期待を抱きながら実結は小さく頷きを返すのだった。
「ごめんね、直接話せって言ったんだけど」
公園でベンチに座って和真が切り出す。実結の手には和真が買った飲み物がある。
その温かさも彼の変わらない優しさも実結の心を余計に冷やしていくようだった。
並んで座る姿は他人の目には恋人のように映るだろうか。一年前はそうなりたかったはずなのに、今はそれでは満たされないほど欲深くなってしまったのだ。
「会ったら離れられなくなるからって押し切られちゃってさ……実結ちゃんのこと、頼まれた。あいつも悩んだみたいだ」
会っていたら、その苦悩をぶつけられていたら、自分の気持ちも打ち明けられていただろうか。
「……選ばなくて、ごめんなさい」
何を言うべきか迷って口から出たのは和真に対する謝罪だった。実結を選んだあの日、和真がどんな気持ちだったか考えなかったわけではない。だからこそ、連絡もできずに終わったのだ。彼が卒業して会う機会がなくなって、こうして話すことになるとは思わなかった。
「実結ちゃんが本当の選択をできないってわかってたよ、俺は」
「え……?」
思いもかけない言葉に実結は和真を見る。
「慶を選んだことが間違いだったんじゃない。俺を選ぶことが正解だったわけでもない。今ならわかるよね?」
あの日の選択を実結が悔やむのは和真を選ばなかったことではない。それすらも彼は見透かしているようだった。
実結が頷けない内に和真が続ける。
「それとも、自惚れかな? 俺のことも足りないと思ってくれたなんて考えるのは」
「う、自惚れなんかじゃないです……!」
口をついて出た言葉の強さに実結自身が驚きながら、本当の気持ちを吐き出すのは今しかないと覚悟を決めて再び口を開く。
「彰さんに言われたんです。難しく考えずに自分の心に従えばいい、欲望に忠実なぐらいがいいって」
隠していた後ろめたさよりも聞いてほしい気持ちが勝る。彰に言われたことだけならば、迷うことはなかった。
「でも、河西さんに言われたことが頭から離れなくて……」
「河西に?」
「まさか二人と付き合ってるなんて言いませんよねって……そうしたら、凄く怖くなって、私は彰さんみたいにはなれないって……」
真悠子の言葉は何度も蘇って実結の気持ちに歯止めをかけた。彰の言葉よりも真悠子の言葉の方が強く響いたのは彼女の方が一般的な考え方だからだ。
「どうして言ってくれなかったの? なんて聞かないよ。言えなかったよね? そういう空気を作っちゃったのは俺も同罪」
「それでも、言わなきゃいけなかったって、思います。もう遅いんだって……」
慶を悪者にして責めることは簡単だが、実結はずっと流されてきた。自分が楽な選択をしてきた。慶を選んだこともそうだ。彼ならばずるい自分を見放さないはずだった。
「遅くないよ」
「え……?」
「遅くない。今から慶を殴りに行こう」
ぐっと拳を握り締めて見せる和真に面食らった実結もすぐにはっとする。
「で、でも……!」
「じゃあ、俺と二人っきりでデートする?」
そう問いかけてくる和真はいつになく意地悪に見えたが、いつだって実結を支えてくれたからこそ、その言葉は信じられた。
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